Episode.59 入隊試験【居場所のない少女】
「あーあー。ひどい目にあった」
「それ僕の台詞ですよ」
見事に袋の破けた燃えるゴミにダイブしてしまったものだから、全身生ゴミだらけの万寿。鼻をつまんだジョニィが匂いを避けるように万寿を団扇であおいでいる。可能ならシャワーを浴びたいところだが、出来立てほやほやの広報部にはちょうどいい着替えは用意されておらず「少しの間なので待っていてください」とタンバに言われてやむを得ずこのままでいる。
そしてそれを言った張本人は現在、無事救助した少女と二人っきりで尋問タイムだ。かれこれ部屋の外で待ち続け二十分が経とうとしていた。「少しの間」を信じて待ち続けたものの、結果はこの通り。少しの間が連なれば少しの間じゃなくなるんですよ、とタンバが部屋から出てきたらまず伝えようと心に決めた万寿であった。
広報部の外はいつになくにぎやかだった。先程の騒動はマスコミや彼女の生放送、そしてその場に居合わせた野次馬達の動画がSNSで拡散されたことにより一斉に広まった。さらには飛び降りたはずの少女が忽然と姿を消したもんだから、そこにいた誰しもがクラフト広報部へと集まり「事情を説明してください!」「彼女は無事なのでしょうか!?」と入り口で押し問答を繰り返しているという訳だ。
だが真はこんな非常事態に目を輝かせていた。
「クラフトがさらに注目を集めるきっかけになるわね!」
何ひとつ焦りも不安も感じさせない笑顔を携え、意気揚々表に飛び出して行った。去り際「こんなことならじゃんじゃん皆飛び降りちゃって!」とふざけたことを抜かしたので、それについてはリーダーからかなり重めな注意を受けていた。
「タンバさん、遅いですね」
「そうだな」
「僕たちへの要請がないということは、彼女はパラドックスではなかったということでしょうか」
「かもな」
「というかあの子、自分の事リミットだって言ってましたよね。あれは本当なんでしょうか」
「さあな」
言わずもがな退屈そうな相槌を打っているジョニィ。面倒くさがられてるかなあ、と万寿は一瞬弱気になったが、はなから黙ることは選択肢になかった。このまま黙ってしまえば自分から発せられる匂いに集中してしまいそうだったからだ。気を紛らわすためにもジョニィの様子にはあえて気が付いていないふりをして話を続けた。
「彼女が言っていた能力は『未来予知』。もしそれが本当にできるなら、僕たちが来ることも予知していたってことですかね」
「どうだかな」
「助かることが分かっていて飛び降りたという事でしょうか」
するとジョニィはやっとその会話に興味を持ってくれたのか、ひとフレーズ以外の言葉で返事をしてくれた。
「もし本当に彼女に未来が分かるのだとしたならば、僕らに『助けてください』なんて言葉は使わないさ。必ず現れます、と言い切るだろ」
「確かに。でも、それを聞いた僕たちが現れなかったら?」
するとジョニィは、仰ぐ手を辞めると静かに続けた。
「万寿。残酷な話を教えてやろう。例え未来が見えていたとしても、それを変えることは出来ないよ」
「え……」
「未来はもう決まってしまっている。未来を知ったところでその事実を捻じ曲げようとしても、決していいことにはならない。何事も、なるようにしかならないんだ。だからあの時こうすれば良かったとか過去を悲観したところで無駄なんだよ。今の自分は何ひとつ変わりはしないから。だからもし自分の納得のいかない結果だったとしたなら、過去の自分を恨むのではなくこの運命を割り当てられたことを悔やめ」
その時のジョニィはまるで別の人の記憶を元に喋っているように見えた。万寿には彼女が何を言いたいのか、この時点ではすぐに理解ができなかった。
「ジョニィさん……」
二人の会話を遮るように、部屋の扉が開いた。中からはタンバが一人だけで出てきた。少女はまだ中に残されているままのようだ。タンバはその場の空気に少しだけ顔をしかめると、すぐに二人を部屋の中へと導く。
「どうぞ」
「もうお話終わったんですか?」
「これから彼女に『入隊試験』を行います。ぜひ立ち合いを」
「にゅ、入隊試験……⁉︎ ってことは、リミットだったということですか⁉︎」
「もし不合格の場合記憶操作を行い地上へと送り届けますが、万が一のこともありますので能力解放後のお姿でお願いできますか」
ジョニィは返事もなく能力を解放させると、カツカツ足音を立てながらすぐに部屋へと入って行った。
入隊試験……。一体何をするのだろう。正式な方法でクラフトに来た訳じゃないから必要なのか? 不合格ってこともあるのだろうか……?
万寿はそんなことを考えながらムキムキ饅頭少年に変化し手拭いを巻いていたが、部屋へと入る前に止められた。
「それでは素顔がバレバレですので、これを」
タンバに言われて差し出されたのは、なんとも奇妙なひょっとこのお面。
「えっと、これは……?」
「お面です」
「いや、それは分かってるんでるけど……。なんでこの顔なんですか?」
「検索の一番上に出て来たので」
「人のビジュアルには興味ないんですか」
大きく首を傾げるタンバに言い返すことを諦めた万寿は、しぶしぶそのお面を身につけることにした。
部屋の中では先ほどの少女が一人椅子に座っていた。ジョニィが入ってくるや否や飛びつくかの如く立ち上がり、すぐにジョニィへとすり寄って行った。
「ほ、本物だ……! やっぱり来てくれた! 絶対に助けてくれるって信じてました!」
「……」
変化後はいつもおしゃべりでどことなく気取っていて、キザなところがあるイケメン(を演じているのか本当に性格が変わるのかは定かではない)が、今彼女の前では無表情でどこか冷たい印象を覚えた。
「悪いけど、少し離れてくれるかい」
「あ、すみません……。つい……」
彼女は慌てた様子で、ジョニィの腕に縋りついていた手を離した。
「タンバにも聞かれただろうが、なぜこのようなことをしたのか教えてもらっても?」
「私、リミットなんです。だからクラフトに入りたいんです。パソコンから何度もアクセスしましたが反応がなかったので……。だからあえて目立つことをして、見つけてもらおうと思って……」
「……」
後半になるにつれ、少女の声は弱弱しくなっていく。ジョニィがちらりとタンバを見ると、タンバは小さく頷き紙とペンを差し出した。
「ではこれからアナタの入隊試験を行います。立ち合いは私達三名。アナタの能力は『未来予知』でしたね」
「……はい……」
ジョニィはタンバから紙とペンを受け取った。少女も眉を顰めながらゆっくりと指を持ち上げ、それを受け取る。彼女以上に万寿が不思議そうにこの光景を眺めていた。
「ではこれからアナタには『未来予知』をしていただきます。これからジョニィさんが適当な数字をこの紙に書きます。0~99の数字、つまり100分の1でアナタは答えを当てることが出来る。見事当てられたならクラフトへの入隊を許可致します」
「100分の1……」
「アナタはこの紙が提示されるところを『未来予知』し書かれた数字を読み取ってください。開示時間はあなたの能力に合わせます。書き方は自由ですが数字が当たっていればいいことにしましょうかね」
そう言われるといよいよ少女も緊張した面持ちで紙とペンを握りしめた。ジョニィはタンバに何かを耳打ちし、タンバはそれに答えるようにジョニィの耳元で何かを囁く。ジョニィはそれを聞いた直後、紙に数字を書き込んだ。そしてその紙を二つに折り彼女の前に掲げる。
「さあ、書いたよ。君は今から何分後の未来を予知する?」
「え、えっと……。じゃあ、十分後……」
「オーケー」
タンバは懐から懐中時計を取り出すと、時間をはかり始めた。彼女は最初じっとジョニィの持っていた紙を見つめていたが、次第に時間が過ぎていくにつれてあたりを見渡し始め、落ち着きがなくなって来た。
「あと三分です。そろそろあなたも記入された方がいいのでは?」
「わ、分かってます……」
彼女は両手をかざし、うーんっと紙に向かってうなり始めた。
「見える、見える、絶対分かる」
「……」
そして約束の時間一分前になって、彼女はようやく紙に数字を書いた。その時点で見えた未来が先程の十分後に相当するのかは些か疑問だが、誰もそれを言及はしなかった。
「ではまずはあなたの紙をいただきます」
タンバは彼女から紙を受け取ると、開いて見せた。そこには「32」の文字。
「三十二……」
「では間もなく十分。ジョニィさん」
ジョニィは紙を開く。そこには「9/9」と書かれていた。
「残念ながら不正解ですね」
「ちょ、ちょっと待ってください。それって99ですか?それとも9分の9?」
「9分の9だったら『1』って書くだろ」
「じゃあ何ですかその書き方……」
「数字だろ」
彼女の代わりに万寿が言及しているが、いとも簡単に跳ね返された。タンバは淡々と続ける。
「書き方は自由と言いましたので、数字があっていれば問題ありません。確実な未来が予知できるのであれば書き方まで真似できてもおかしくはありませんが」
「い、今のは違うんです! 失敗しちゃっただけで!」
そう言いながら彼女は明らかに挙動不審となってあたりをきょろきょろ見渡し始めた。何とも言えない空気感に耐えかねた万寿が、ジョニィと彼女の間に割り込む。
「そ、そうですよ! 僕だって最近やっとコントロール出来るようになったばっかりですよ! 失敗するなんて当たり前じゃないですか! ねえ⁉︎」
万寿が同意を求めるように少女を振り返ると、彼女は戸惑いながら小さく頷いた。ジョニィはさらに言及するように続ける。
「では能力解放時の姿は? そのままなのか?」
「――変化が分かりにくい人だっているじゃないですか」
万寿が対抗するように答えた。その部分においては実際自分がそうだ。ジョニィは腕を組みながら万寿を睨みつける。
「では先ほどのビルの屋上で予知したのはいつだ? 十分前とは固定か、変動か? 君は何の予知をしていた? 回数制限は? 発動条件は? 予知した世界はどれくらい見える? 言葉、時間、人物、色、何かひとつでも言い当てられるか」
畳み掛ける言葉に、万寿は驚いた顔をして大きく両手を横に振った。
「ま、待ってくださいよ……! そんな沢山言わなくっても……! きっとまだ能力がよく把握できてないだけだと思います!」
「そうであったとしても、失敗したならその時点で正直に伝えて貰わないと困るな。もしこれが任務のひとつだったとしたならば、彼女の中途半端な発言で誰かが死んでいたかもしれない」
「またジョニィさんはそんな言い方を!」
思わず大きな声になってしまう万寿。ジョニィは怯むことなく、今度は彼女の足元を指さした。
「君、膝怪我してるな。それ、いつの傷?」
「え……っ」
万寿が振り向くと、確かに彼女の膝にはすりむいた傷跡が残っていた。
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