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Episode.5 クラフトリーダー

 スーツをまとった美しい男を前にして、怜也は言葉を失っていた。人は美しいものを見ると本当に言葉を失うんだなと自己解析していると、タンバが掌を招いて部屋の中へと促して来た。怜也は急いで部屋に足を進める。


「し、失礼します…」

「うん、君が坂下怜也くんだね」

「は、はい」

「初めまして。僕はこのクラフトのリーダー。気軽にリーダーって呼んでね♪」

「はい…」

「じゃあ少しお話ししようか。まあ、軽い面接みたいなもんだから適当に答えてね」

(面接…)


リーダーは三人掛けのソファに腰かけると足を組んで右手を背もたれに回した。


「どうぞ」


向かいの席を掌で示され、怜也はゆっくりソファに近づく。


「さて、まず席に着く前に」

「は、はい!!(どんな質問だろうっ)」

「それ、君のファッション?」

「え?」


怜也は顔を真っ赤にすると頭からかぶっていた布団を脱ぎ捨てる。


「す、すみませんっ!!!!」

「あれ、違うの。個性的な子で素敵だなあと思ったのにな。さ、座って」

「はい」


 怜也がソファに座ると思ったよりも柔らかくて後ろにひっくり返りそうになった。背もたれがあってよかったと胸をなでおろしながら忙しなく座りなおす。その一部始終を黙って見届けたリーダーは穏やかに話を切り出した。


「まずは、改めて君の口から自己紹介を聞いておこうかな。お名前をどうぞ」

「さ、坂下、怜也です」

「何歳?」

「十五です」

「中学生?」

「はい。中学三年生です」

「最近はまってることとかある?」

「最近は特に…えっと…都市伝説とか書いてある雑誌を読むのは好きです。クラフトのことも、それで知りました」

「ああ、あのよく来る記者さんの出版してる本だね」

(記者とか来るんだ…)

「じゃあ好きな食べ物は?」

「と、とんかつ」

「ソース派?醤油派?」

「ソースです」

「好きな色とか」

「えっと…白」

「白か。何色にも染まるものって感じがして好印象だね。じゃあ最後の質問。君の嫌いな人間は誰かな?」

「えっ…」


 怜也は突然真意をつかれたような質問に自分の足元を見下ろす。思い出すだけでも膝の上に置かれた手が震え出していた。それを隠すためにぎゅっと左右の手を組んで握りしめる。


「クラスメイトの、高堂っていう男。あとその仲間も、見て見ぬふりするクラスメイトも、先生も、親も、そこらへんの大人も!みんな消えればいいと思ってます!」


そこまで言い切ったところで我に返り、ひゅっと音を立てて空気を吸いこんだ。初対面なのに話しやすく安心感を与えてくれる人であったあまり、つい口から本音が溢れ出してしまった。


 リーダーは怜也を見つめたまま背もたれに回した手を口元に当てる。


「そうか。辛かったね」

「……いえ…」


 怜也の瞳からは自然と涙がこぼれ落ちた。荒れ狂っていた心が、穏やかな風に包まれたようだ。


 異常者だって?むしろ僕の周りにいる人間の方が、異常者じゃないのか。


「辛い質問に答えてくれてありがとう。それでは坂下怜也くん」

「はい」

「君の能力を見せてくれるかな」


 先程の質問同様に軽々しく発せられた言葉だったが、その質問に怜也は顔色を変えた。抑え込んでいた両手が再び震え始めた。緊張とは違う冷たい汗が背中を伝うのが判る。今更能力など持ち合わせておらず、ただ適当に入れた言葉が偶然にも認証されただけだなんて言い出せない。リーダーは目を輝かせながらソファに預けていた背を空間に明け渡し、上半身をこちら側へと傾けた。


「大丈夫、緊張しないで」

「あの、僕…その…」

「説明しにくいかな?じゃあ、少し助け船をだすよ。君、最近不思議な体験をしたんじゃないのかな。だから能力があると思った。違う?」

「そ、そうです」

「じゃあ、その時のことを詳しく教えてくれるかな?」


 怜也は何度か深呼吸を繰り返した後、あの日橋の上であったことをゆっくり話し始めた。


「学校の帰り道でした。高堂ってやつに後をつけられてて、このままだと家までついて来られるんじゃないかなって思って、怖くて走って逃げたんです。そしたら橋の上で捕まって、そのまま荷物を橋の下に投げられて。下は浅瀬の川になってて、荷物は岩場に挟まってました。取りに行けって言われて、僕どうしていいか分からくて、橋の下を覗き込んでたら、背中を押されて…それで…」


両手から始まった震えは全身へと広がっていた。あふれ出す感情を抑えるように、今度は両腕で自分の体を抱え込む。


「死んだって思いました。でも、生きてた。目を開けたら僕は川のすぐ隣に立っていて、川に落ちたはずなのに濡れてもいませんでした。僕は何が起きたのか分からなかったけど、高堂達も分かってないみたいで混乱した様子でした。だから…実際どんな能力だったのかとか、僕には分からないんです」


なんとか必死に続けた言葉を聞き終えたリーダーは、顎に手を当て再び背をソファに預けた。


「なるほど。どうやら君は誰かに救われたようだね」

「救われた…?じゃ、じゃあ!僕は…能力者じゃない?」

「いや、能力者じゃない人間がクラフト内部に入ることは出来ない」

「じゃ、じゃあ僕――」

「おめでとう。君は『リミット』だ」


震えが止まると同時に、肺を空っぽにするほどの安堵の息が漏れだした。


(僕はリミットだった。本当に能力者だった。選ばれし人間だったんだ。これでアイツらを見返すことが出来る!)


興奮のあまり汗で湿った掌を何度か握りしめていると、向かいの席から真の能力についての推測を告げられる。


「君の能力は『止まれ』と命令することだったね」

「止まれ…あの時認証された言葉ですか…?」

「そう。あのサイトで入力された言葉は能力提示。つまり、自らの能力を示すことがクラフトへ入隊するためのキーワードになっているんだ」


それに怜也は感嘆の声をもらした。


(そうか!あれは能力を示せばパスワードが見えるんじゃなくて、能力そのものがパスワードになるって意味だったのか…!)


「…そうだな。君の能力は、止める。――― 『時間を止める』こと」


「時間を、止める…?」

「おそらく橋から落ちた瞬間咄嗟に能力を発動したんだろうね。その間に何者かに救われた。だから時間が消し飛んだかのように感じたんだよ。僕が見るに今の時点では最大限に止められて0.8秒と言ったところかな」

「0.8秒…」


たったそれだけ?怜也が抱いた正直な感想だった。


(それっぽっちで一体、何が出来るというんだ?高堂を返り討ちにすることも、その場から逃げ出すことも出来やしないじゃないか!)


 怜也が黙ったままでいると、リーダーは右手を拳銃の形にしてこちらに向けてきた。


「誰かを、傷つけるつもりだった?」

「い、いや――」


全てを見抜かれているようなその眼差しに、思わず声が震える。リーダーは目を細めると口角を少し釣り上げるようにして微笑んだ。


「坂下怜也くん。リミットの歴史には詳しいかな?」

「あ、はい。えっと―――本に書いてある程度には……」

「そうか。じゃあ君はその歴史を聞いて何を感じた?」

「え…」


リーダーの意図することが分からなかった。その答えに対しての正解が見いだせず、思うままに答えることにした。


「あの歴史は、リミットだけが悪いみたいに書かれてますけど――実際はそうではないのかなって思ってます。何か人間を襲わざるを得ない争いの種みたいなのがあって、それで戦争になったんじゃないかなって。確かにそれを暴力で解決するのは良くないけど、リミットだけが非難されるのっておかしいじゃないですか。だって―――人間だってリミットのこと、沢山殺してるんだから」


その言葉にリーダーは微笑ましく笑った。


「ありがとう。そう言ってくれると僕もうれしい。つまりはそういうことなんだよ。そうせざるを得なかった。人間たちが我々の能力を利用しようと貿易を持ちかけてきた結果、我々は奴隷のように扱われた。そして暴動が起き、国同士の戦争へと発展した。それが真実だ」

「じゃあ―――悪いのは人間ってことじゃないですか!なのになんでリミットだけがこんな―――!」


思わずその場に立ち上がる怜也。リーダーはその様子を黙って眺めた後、三つの選択肢を提示した。


「そうだね。けれどこちらも彼らを傷つけたのは事実だ。その罪については償う必要があると思っている。そこで我々リミットが出した答えは三つ」

「三つ…?」

「一つ目、リミットで生きていくことを諦め自ら死を選ぶこと。二つ目、我々に苦痛を与えた人間たちに復讐をすること。三つ目。これが我々クラフトの思想であるが―――すべてを赦すことだ」


冷静にその話を聞いているつもりの怜也であったが、最後の一つだけはどうしても素直に飲み込むことが出来なかった。またしても声を大にして反論する。


「赦すって…でも人間たちはリミットに何もしてくれてませんよ?むしろ蔑んでばっかりじゃないですか!それなのにこっちから赦すだなんて!おかしいですよ!」


怜也の強気な言葉に、リーダーは深く頷いて見せた。


「一方的にだなんて、可笑しいよね。けれど、それが現実なんだよ。お互い罪を反省し手を取り合うはずの平等が、我々には与えられていない。なぜならこの世界は、人間たちが統べる世界だ。認められるためには、行動で示さなければ。赦してもらうためには、こちら赦さなければ―――。けれど、君に無理強いはしないよ。どの選択を選んでも、僕たちは君の生き方を尊重し応援します」


怜也は幾度か瞬きを繰り返した。赦しの選択を、強要されるわけではないのか…?


「君は虐められていい人間ではないし、必要のない人間でもない。今まで人と違う感性を持つが故”普通ではない”と感じて苦しんできたかもしれない。普通というのがどういう事か僕にはよく分からないが――いうなれば君は、多くの中から『選ばれてしまった存在』であったんだろうと思う。人に認められず自分でさえ己の存在を拒絶した。どこにも味方はいない。死だけが唯一の救いであるとまで思っていた。


けれど、もう大丈夫。そんな君を、僕が赦してあげる。よくここまで生きて来たね。よく耐え抜いた。頑張った。君が生きる道は君が選んでいい。君は、一人じゃないからね」


 不思議だった。僕の心の奥底にしまい込んだ感情までも、リーダーは把握しきっているのではないかと思わざるを得なかった。この人は、誰よりも自分を理解してくれている。その上で、僕を大切にしてくれている。


 リーダーの言葉に、怜也の涙は止まらなくなっていた。


「では、坂下怜也くん。最後の質問だ。君は、『クラフト』に入隊を希望しますか?」


怜也は両手で涙をぬぐい去りながら、まっすぐに前を見据えた。


(そうだ、僕が本当にしたかったこと。それは、死ぬことじゃない。復讐に手を染めることじゃない。それは―――)


「僕は―――『クラフト』に入りたいです」


リーダーはその日一番の笑顔を彼に向けた。


「いいでしょう。では、我々の組織を紹介します」

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