Episode.56 慰安旅行
「ハアー! やっぱり夏はいいねえ! テンション上がるー!」
ダンテは海水パンツに身を包み、大きなボートを担ぎ上げた。
「結局ダンテさんの希望通りになったね」
「まあいいじゃないですか。海も楽しいですよ?」
「俺日差し苦手なんだよね」
「僕も日焼けしたくないから外には出たくない」
「おいテメーら! 何そんなところでぼさっとしてんだよ!海行くぞ、海!」
「僕は今忙しいから」
「俺も」
「はあ⁉︎」
大きなパラソルの下、サングラスをかけたジョニィと長袖で完全防備のるい太。二人に拒否されたダンテは、大きなバナナボートを抱えてじろっと万寿を睨んだ。
「おい、万寿!」
「はい!」
「お前はもちろん来・る・よ・な・?」
「あ、あ、当たり前じゃないですか!」
「よし来た! 引っ張ってやるから後ろ乗れ!」
「引っ張るって? え、ダンテさんが運転するの⁉︎ それはちょっと……。僕泳ぐのはあまり得意じゃないので、せめて救命胴衣を……!」
と言っている間にダンテは万寿を抱きかかえる形で連行していくのである。
「まだ話は終わってないんですけど⁉︎ わああ! ジョニィさん助けてえええ!」
「にぎやかだな」
「いいですね、旅行感があって」
「万寿も楽しそう」
「仲がいいんだか悪いんだか、不思議なチームですね」
憐れむこともなく適当な言葉を発する二人の元に一人の女性が声をかけた。ショートカットで赤いリップが特徴的だ。首からは立派な一眼レフをぶら下げている。まさに仕事の出来るキャリアウーマンのオーラを放っていた。
「真さんも大変ですね。能力もないのに広報部になんか配属されちゃって。取材でよく来てたからって、今までの会社から強制的に引き抜かれたって聞きましたけど」
「まあね。でもいいのよ。こっちの方が刺激的だし、アタシには合ってるって感じ。それにそれに? 本物のリミットとこうやって話が出来るんだもの! 今までよりずーっとワクワクしちゃう! アタシ都市伝説大好きなのよ! ねえねえ、もっと聞かせて? あなた達の話!」
そう言って容赦なくすり寄ってくる真。ジョニィはあからさまに嫌そうな顔をして立ち上がると、一人堤防の方へと歩いて行ってしまった。
「あら。つれないのね、ジョニィちゃん」
「初対面の人にべたべたされるのが苦手なんですよ」
「ぐいぐい行けば話してくれるって聞いたんだけどなあ」
「誰からです?」
「ダンテくんから」
「大ホラ吹きですよ、その人」
るい太はそう言いながら一冊の本を取り出し視線を落とす。真は遠く離れて行くジョニィの背中を静かに見送った。一人で歩くその背中は、少しだけ寂しそうに見えた。
「優しいんだか、優しくないんだか」
そう言って優しく笑うと、平和な海辺をつまらなそうな顔で見つめているのだった。
広報部が出来て半月が経過した。新たな部署が出来たとて丁度良く入隊希望者が増えたりすることはない。(自称リミットが押し掛けるのは日常茶飯事であるが……。)ほとんどは第三部隊・管理組織より派遣された者が情報整理を行い、真の指示の元広報誌を出版していくようだ。仕事が始まって早々の慰安旅行とはかなりドタバタだが、真の「掲載する写真のデータが少なすぎる!」との苦言から強制決行となった。なんでもこの旅行中にクラフトメンバーの能力解放時の姿を写真に収めておきたらしい。
新作ゲームに大忙しだったダンテは「んなの任務中に適当に撮ればいいだろ」と文句を垂れていたが、「ロケーションが大事なの! 分かるわよね? ダンテ君?」と押し迫られてすんなり了承した。るい太から「おっぱいが大きいお姉さんだからだ」と言われて、危うくジョニィから再び同居を辞められそうになりかけたのは、また別の話である。
ダンテは一人歩いていくジョニィの後姿を横目に捉えていた。また勝手なことを――。
「ダンテさん!」
「んだよ」
「前、前!」
「え」
万寿の声が聞こえた時には、見事に大きな岩礁にぶつかっていた。そのままひっくり返ったダンテと、もちろんのこと道連れを喰らった万寿。手足をばたつかせながら、万寿は大慌てで海から飛び出した。
「ぷはあ! 死ぬかと思った!」
対してダンテは何事もなかったかのような顔をして起き上がると、前髪を掻き上げながら適当な愛想笑いを浮かべる。
「いや、悪りい、悪りい」
「悪いと思ってないですよね⁉︎ 浅瀬で足が付くから良かったものの、大波にのまれたりでもしてたら大変なことになってましたよ⁉︎ って聞いてます⁉︎」
万寿は心ここにあらずのダンテの視線の先を追った。そこにはジョニィ、の手前に座る綺麗なお姉さん。
「もしかしてですけど――」
「あ?」
「お、お、お……おっぱい……見てました?」
「見てねーよっ! このエロガキが!」
「エロガキってなんですか! エッチな本なんて読んだことないですよ!」
「ジョニィの同人誌盗み読みしてただろ!」
「してませんよ! 二ページしか!」
「読んでんじゃねえか!」
「偶然開いちゃっただけですー!」
岩場で水をかけあう二人。それを微笑ましく眺めるるい太。
「平和過ぎてつまんなーい」
その横でろくでもないことを口にする新入社員の真なのであった。
◆
その頃ジョニィは一人で堤防の上に立って海を眺めていた。穏やかな風に吹かれていると、後ろから声をかけられた。
「ジョニィさん」
「万寿か」
「お隣いいですか」
「勝手にしろ」
「ありがとうございます」
万寿はいそいそとジョニィの隣へと移動して腰を下ろした。ジョニィは何を話すでもなく、ただその場に立っているだけだ。視線の先には透き通るほど美しい海。万寿は感想程度の話題を振った。
「海、綺麗ですね」
「……そうだな」
もちろんのことそこで会話は終了してしまったので、慌てて話題を探す。
「えっと……。なんか、変な感じですね」
「何が」
「……ついこの前まで生きるか死ぬかの戦いをしていただなんて。まるで全部夢だったみたいで」
「夢なら良かったかもな」
万寿は膝を抱え込み、身を縮ませた。
「いいんでしょうか」
その言葉に、ジョニィはやっと万寿に視線を移した。
「あの戦いの間、一般人の犠牲者はゼロでした。でも、僕たちが戦う前にBAKUによって殺されてしまった人たちはもちろんいる訳だし、その人達は帰って来ない。それに……合成獣にされてしまったクラフトの人達も、沢山死んで……」
そこまで言ったところで万寿は口を噤んだ。人でなくなってしまったとはいえ実際に手を下したジョニィにこんな言葉を伝えるのは、彼女を責めるような言い方だったかもしれないと反省したからだ。
ジョニィは再び顔を上げると、遥か水平線の向こうへと目をやった。
「救えない命があった。けれど僕らは、その命を諦めたわけではない。最後まで仲間であったと思っているし、今だってそうだ。確かに、殺されてしまった人たちがいるというのに、僕たちがこんなバカンスじみたことをしていていいのかと疑問に思うことはよくあるよ。でも、後ろを向いても、死んだ人間は戻って来ない」
「……っ」
「何度頭を下げても、悔やんでも、立ち止まっても、現実は非情だ。だから僕らは、痛みをこらえて前へと進まなければならない。彼らのためを思うなら、泣いてばかりいるのではなく未来を見据えて過ごすべきだ。僕らが下を向いていたら、次に守るべき人を救えないかもしれない」
「強いんですね」
「強くなどないさ。だから進むんだよ」
ジョニィの言葉を聞いて、万寿もまた水平線を見つめた。
「僕、やっぱりジョニィさんみたいになりたいです」
「――ならない方がいいさ。僕みたいな奴」
「ダンテさんにも以前同じようなことを言われました」
「誰にでも同じようなこと言ってるのか?」
「そういう意味じゃないですよ」
そこまで話すとジョニィは堤防から飛び降りて、再び一人で歩き出した。万寿も急いでその後ろに続く。
「ジョニィさん。ひとつ聞いても良いですか」
「……」
「ジョニィさんは、自分みたいにはならない方がいいって言いましたけど……。それなら、ジョニィさんは一体どんな人になりたいって思うんですか?」
するとジョニィは海辺を見下ろした。そこには一眼レフを手にはしゃいでいる一人の女性。
「自分の好きなことに素直で真っ直ぐで、無理せず笑える……ただの人間」
その時、万寿は思い出してしまった。ジョニィには死にたくなるような過去があることを。そしておそらくそれが原因で、リミットである自分自身を悔やんでいることも。
もしも、能力がなかったら、今頃ジョニィさんはどんな人間になっていたのだろうか。彼女のように、いつもキラキラした笑顔で笑いかけてくれたりしたのだろうか。
思わず黙ってしまいそうなところ、万寿は勇気を振り絞りその小さな背中へと声をかける。
「ジョニィさんはどうして――」
その時何者かの声が、万寿の言葉をかき消した。
「おーい! 何チンタラ歩いてんだ! ホテル帰るぞー!」
呼びかけられたその声に、ジョニィは歩を速める。ジョニィがダンテの隣を通り過ぎると、ふと彼が万寿の方を振り返った。そしてゴツゴツとしたその人差し指を、ゆっくりとその鼻先へと持ち上げる。
「悪りいな」
ダンテは万寿に囁くように告げると、ジョニィの隣へと駆け寄って行った。
なんだよ。ダンテさんが話して来いって言ったくせに……。
万寿は先を歩く二つの大きな背中を眺めながら、ただその後ろをついて歩くだけだった。
ブックマーク、評価、感想等お待ちしております!
誤字等もありましたらご報告お願いいたします。
どうぞ御贔屓に……!




