Episode.51 BAKU編~償い~
「あんころ君? どこですか?」
タンバはあれから迂回し瓦礫の先へと向かう道を探していた。ようやく回り道を見つけ、先の建物へとたどり着く。瓦礫のあった場所まで戻ってみたが、案の定そこにお目当ての姿はない。
「やれやれ。思ったよりも遠くに行ったみたいですね。それにして湿気がすごい。それにこの匂い――」
タンバは思わず立ち止まる。血……? 血の匂い……。
次の瞬間には走り出していた。血の匂いのする方へ。どうか気のせいであってほしい。そう願いながら駆けつけた先には、最も起こって欲しくない現実が広がっていた。
「あんころ君……!」
タンバは額にナイフの突き立ったあんころの元に駆け寄って抱き上げる。まだかろうじて息はあった。
「あんころ君! すぐにナイフを抜きますから、自然治癒能力に意識を集中させて回復を――」
タンバがナイフを握りしめる。そして引き抜こうとしたが、それはあんころによって遮られた。
「あんころ君?」
「や……このままで……いい……。この、ナイフは……俺の、脳みそと、一体化、しちまってるから――引き抜いたら、そのまま死んじゃう」
「――っ!」
レイヤの能力。『触れたもの同士を合成させる』能力。
「ですがこのままでも、いずれ脳組織が――」
「いいんだ、これで……」
「何がいいんですか! 何も解決などしていません!」
「ごめん、俺――アイツの事、いじめてたんだ」
「アイツ……? 今回のパラドックスの相手ですか?」
「そう……。ねえ、タンバさん……。アイツのこと、救ってあげ……て。俺のせいで……ひん曲がっちまった……」
「アナタのせいではありませんよ」
「俺が、いじめ、ちまった、から……。レイヤは、優しい……やつだから……きっと、分かってくれる……。ああ……こんなことなら……あんとき――」
親父に、執拗に殴られて血だらけになった時――。
「死んどけば、良かったな」
「あんころ君……!」
「あーあ。笑って死にたかった、クソ……ざまあねえな……。これも全部――俺の、した、間違い――」
「あんころ君! まだ、まだ諦めてはいけません! あんころ君!」
「レイヤ……ごめんな――」
彼はそう言って、静かに目を閉じた。
「……っ」
タンバはしばらくそこであんころを腕に抱えたまま動かなかった。涙は流さなかった。泣き方を忘れてしまったから。
◇
外から鳴り響いてくるサイレンの音が鳴りやんだ時、タンバは彼の体をゆっくりと冷たい地面へと寝かせた。
「君の最期の言葉、確かに受け取りましたよ。彼は私が止めます」
あんころと野良猫の体の上にそっと脱いだ上着をかけると、タンバはさらに奥へと向かって行った。
注意深く周囲を確認しながら進んでいると、「おい」と突然声をかけられた。慌てて振り返ると、そこにはダンテが立っている。
「ダンテ……」
「なんつー顔してんだよ。らしくねえ。何、今回の相手そんな強敵な訳?ダンテ様がいなくてさぞ寂しかったことだろうな」
「……っ」
「んだよ、何か言えって。てかお前ひとり? あんころは?」
「……彼は――」
タンバが続きを言う前に、二人の前にパラドックスが姿を現した。二人は臨戦態勢をとる。黒いフードを深くかぶっている少年。ギロっと二人を睨みつける。
「アナタたちは、クラフトの人間ですか?」
「なんだ? まだあんころくらいのガキじゃねえか」
「だとしたら――僕の、敵ということですね」
彼がフードを脱いだ。その顔に、二人は驚きを隠せない。なぜならその半身は――あんころそのものだったからだ。
「な、なんで――あんころ? お前――」
「ダンテ。混乱してはいけません。あれはあんころ君ではない」
「でも――」
「彼はもう、いないんですよ」
「……は?」
ダンテが一瞬隙を見せた。その瞬間、レイヤはダンテと転がっている鉄パイプに触れた。直後、ダンテの腹部に鉄パイプが突き刺さる。
「――っ⁉︎」
「ダンテ!」
咄嗟にタンバも剣を手にレイヤへと斬りかかったが、すぐにかわされて距離を置かれた。
「斬るんですか? 僕の事」
「君はあんころ君ではない」
「よく見てください。僕の顔。『あんころ君』ですよ」
じっとレイヤの方を見つめるタンバ。そこで気がついた。その額に、ナイフが付き立っていたであろう傷口があることを。
「まさか――貴様……っ!」
「これは正真正銘あんころ君の体。攻撃するんですか?僕のことを。仲間の体なのに、その剣で切り刻むんですか?」
その時タンバは真横から衝撃を受けて数メートル飛ばされた。それはレイヤからの攻撃ではない。鉄パイプと融合し口から血反吐を吐きながら立っているダンテからのものだった。
「おい、タンバ……。どういうことだ。あんころは――!」
「……っ」
「どこにいる! アイツが乗っ取ってるのは、本当にあんころなのか⁉︎ なんであいつがあんころの体を――!」
それに対してレイヤは淡々と返事をした。
「死んでいたので融合しました。何かに使えるかと思って」
「な、んだと……?」
ダンテは奥歯がへし折れるほどにかみしめると、腹部から無理やり鉄パイプを引き抜いた。
「ぶっ殺す」
「ダンテ! 殺してはいけません!」
我を忘れたダンテ。真っ直ぐレイヤへと向かって行く。だがあんころの顔であることに一瞬の隙が生まれ、再び彼の体に鉄パイプが突き立った。
「――っ!」
「よそ見しない方がいいですよ。僕の手には既に武器が握られています。もう片方の手であなたに触れるだけでいい。それだけで、あなたはどんどん死に迫っていく」
「このガキ――」
「不用意に引き抜くのも辞めた方がいい。それはアナタの臓器と一体化しています。自らの臓器を無理やり引き抜いて捨てていることと同意ですよ」
「っるせーんだよ……。その顔で――御託抜かしてんじゃねえぞ!」
「ダンテ!」
このままでは本気で彼を殺しかねない。タンバは思わずダンテに飛びかかってその身体を抑え込む。
「何してんだ! 離せ!」
「彼を殺してはいけません! あんころ君の遺言なんです!」
「遺言だと⁉︎ テメーを殺した奴に同情しろってのか!」
「彼を殺してしまえば、あんころ君はもっと悲しむことになる! 彼は生かして正すべき人間です!」
「ふざけんじゃねえ! 仲間殺されといて、黙って許せってのか!」
「その痛みで相手にやり返せばそれはパラドックスがしていることと同じ! 痛くても踏みとどまりなさい! 血を血で塗り返してはいけない!」
「黙れ! アイツは俺が守んねえと! ――約束したんだよ!」
ダンテはタンバを振り払うと、レイヤへと飛び掛かって行った。ダンテの片腕がレイヤの右半身を引き裂いたのとほぼ同時に、ダンテの体に数本のパイプが貫いた。ダンテは思わずその場に崩れ落ちる。次にダンテが顔を上げた時には、既にレイヤの体は元に戻っていた。
「僕、自然治癒能力が異常に高いらしいです。死ねないんですよ。残念ながら」
「……っ」
ダンテはパイプと一体化した身体をなんとか支えながら立ち上がる。
「あまり動かない方がいいですよ。再生を繰り返していくうちに、あなたの体からそれ、二度と取れなくなっちゃうかも」
「返せよ――」
「……」
「約束したんだよ……。俺が、守るって……。世界でたった一人の弟を、代わりに俺が守ってやるからって、約束してきたんだよ!」
ダンテはそう叫ぶとレイヤへと無理やりつかみかかっていた。再び無機物と体を融合させられてもダンテはその手を離さなかった。
「どうする? もうその手には武器になるようなものは持ってねえよなあ? 俺を自分と融合させれば逃げられるかもしれねえが、こんな状態の俺を取り込めばテメーもお陀仏だぜ」
「――っ」
「このままテメーの脳天ぶちまけてもいいところなんだけど、あいにく俺の腕はもう動かねえらしい。だから……。タンバ! 今だ、斬れ!」
「……っ」
「何迷ってんだ! 俺ごとでいい! 脳天からぶった切れ! どれだけ治癒能力が高くても、脳みそを木っ端微塵に破壊すればこいつは殺せる!」
タンバはゆっくりとレイヤの方へと歩み寄る。死んだあんころの瞳が、静かに彼を見下ろしていた。
「俺の腕も限界が来てる! 早くしろ!」
タンバは持っていた剣をその場に落とした。
「……タンバ?」
「……レイヤくん。あんころ君は最期、笑うことが出来ませんでした」
「……」
「確かに、君に辛い思いをさせた。その罪は償いきれないかもしれない。けれど、そんな彼ももういません。君は今――幸せですか?」
「……」
レイヤは少しだけ、口角を釣り上げて笑った。
「悪者ぶっ潰したから――やっぱり俺が正義だった」
「……っ」
「タンバ!」
ダンテの叫びと同時に、レイヤはダンテに捕まれている腕を引き裂いてその場から逃げて行った。あんころの体を乗っ取ったまま――。
立ち尽くしたままのタンバ。力尽きてその場に倒れこむダンテ。もういない、もう一人の戦闘組織。傷の入った透明の機械だけが、その場に残されていた。
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