Episode.49 BAKU編~潜入~
「着きましたよ」
「立派な病院ですね。患者さん一杯いる。こんなところで暴れられたら、たまったもんじゃないですね」
「さて、とりあえずは院内を見て回りますよ」
「はい。――とその前に一言良いですか。何ですか。その恰好」
万寿は自分の隣に立つ黒髪の男性を見上げる。きりりとした太めの眉、はっきりとした顔立ちで目は大きく、鼻は高い。男らしい口髭も携えながらもさわやかな印象も与えるその男は、今にも「東大に行け!」と言い出しそうな雰囲気を醸し出している。
長髪で金髪だと目立つだろうということで顔を変えてきたとは聞いていたが、まさかこんな形で再会することになるとは思っても見なかった。変えるにしても、もう少し目立たない顔があったのでは。
「おかしいですか?」
「おかしいと言うかなんと言うか……。逆に目立ってますよ。ほら、あの受付の人ずっとこっち見てますし」
タンバが受付の方へ目をやると、数人の女性がコソコソ話をしているようだった。
「ねえあれ本物かな?」
「いやそっくりさんでしょ」
「雰囲気ちょっと違くない?」
タンバは彼女たちに背を向けながら呟く。
「これはこれは――。目立ってますね」
思わずずっこける万寿。あんな冷静かつスマートな対応をとるタンバが、まさかこのような失態を犯すとは。
「だから言ってるんですよ! よりにもよって、なんでその顔にしたんですか?」
「僕は地上のことにはあまり正通しておりませんので。るい太さんに『ダンディでかっこいい顔』を教えていただいたらこうなりました」
「そりゃそうなるでしょ! てかなぜ変装するにあたって『ダンディ』になろうとしてるんですか!」
「どうせなら美しい方がいいかと思いまして」
「目立たない事を第一に考えてくださいよ!」
「黄色スーツの方が良かったですか?」
「それはノーゲッツで正解」
結局悪目立ちしてしまうので、院内の売店でマスクと帽子を買って顔を隠してもらうことにした。そこにたどり着くまでに既に数名から「応援してます!」と声をかけられてしまっており、本当にごめんなさいと心の中で何度も謝罪を繰り返している万寿なのだった。
ひとまず顔を隠したタンバ。もはやこれなら顔を変えずとも良かったのではと思ってきたが、深くはつっこまないことにした。
「どこに向かえばいいんですかね? 相手に見つからないように合成獣の生成場所を探すだなんて。というか病院内をうろついて見つかるんでしょうか」
「まずは院内に安全が確保されているかどうかを確認するのが先です。もしBAKUが先手を打っていたとしたなら、いつここが戦場に代わってもおかしくはありませんからね」
万寿は周囲を見渡す。廊下に並べられた椅子は診察を待つ人々で溢れかえっている。もしこんなところに合成獣が放たれようものなら――考えただけでも悍ましい。
「もしも院内に生成場所を作っていたとしたなら、彼が行きやすい所にあると思います。医師と言えども他の科にずかずか入って行ったら不審がられますからね」
「だとしたら、相手に見つからないように探すのってかなり難しそうですね」
「手あたり次第探しても無駄骨になってしまいますので、ある程度目星をつけてから――」
「だとしたら、こういうのはどうでしょうか」
珍しくタンバの言葉を遮って万寿が続けた。タンバはちらりと万寿を見下ろす。
「蜘蛛頭で思い出したんですが、彼の記憶の中に手術台のようなところがありました。一般的に手術の多い外科あたりから捜索するのは?」
「一理ありますが、果たしてどうやって捜索を?」
「僕が時間を止めるんです。その間に中へ入れば誰にも怪しまれないし、あわよくばそのまま犯人逮捕!なんてことも――」
「不可能ですね」
今度は逆に言葉を遮られ、口を尖らせる万寿。
「なんですぐ否定するんですか」
「君の能力は最大でも12秒が限界。その間に初見の建物内を隅から隅まで調べるのは困難です。それに運よくBAKUが見つかったとして、相手がもし君と同じように時を操る能力を持っていたとしたならどうします? 私たちがここに乗り込んできたことがばれて、一斉に合成獣を放つかもしれません」
「それは――」
「それにジョニィさんから預かった報告書によれば、君の能力発動にはその間に約十分のダウンタイムが必要になるそうです。12秒止めて十分休み、もう一度12秒。そちらの方が、時間がかかりそうですが?」
正論を叩きつけられて、ぐうの音も出ない万寿。
「じゃあどうすれば――うおっ⁉︎」
思わずその場に足を止めた万寿は、突然誰かに追突された。慌てて振り返ると、そこには三歳くらいの男の子がぽかんとした顔で立っている。
「こら、病院の中は走っちゃダメでしょ」
その子を追いかけるようにして母親らしい女性が駆け寄って来た。女性はその子どもを抱き上げると深くお辞儀をする。
「ごめんなさい。この子ったら突然走り出してしまって」
「い、いえ! 僕はなんともないので!」
万寿は両手を振りながら答える。
「早くおうち帰ろうよ!」
その子は嬉しそうに足をばたつかせながら、外を指さしているようだった。母親の方を見ると肩に大きめのバックをぶら下げており、その中には着替えや洗面用具などが入っている。
「入院されていたんですか?」
聞かなくても良いことだったが不意に聞いてしまった万寿。すると母親は笑顔で答えた。
「はい。二週間ほど。今日退院でやっとお家に帰れるからって喜んでいて」
「そうだったんだ」
万寿は少し屈むようにして、その子に目線を合わせる。
「お兄ちゃんこそごめんね、こんなところに立ち止まって」
「ほら、レイヤもごめんなさいを言って?」
母親の言葉に、万寿は思わず目を見開く。
「この子、レイヤって言うんですか?」
「え? あ、はい。そうですけど……」
「僕と一緒だ!」
「あら! レイヤ、お兄ちゃんも同じ名前なんだって! レイヤお兄ちゃんよ?」
「レイヤお兄ちゃん?」
その子はよく分からないまま同じ言葉を繰り返して首をかしげている。その愛らしさで笑顔になった、万寿と母親。
その後二人は大きく手を振りながら病院を去って行った。万寿は少しほっこりした気持ちになる反面、今から行われようとしていることがより許せなくなった。
「今もこの病院でたくさんの人が病と闘ってるというのに、こんなところでテロを起こそうとするだなんて……! タンバさん、絶対にBAKUを捕まえて皆を守ってみせましょうね!」
万寿はより一層気合を入れてタンバを振り返る。するとタンバもまた万寿の方をじっと見つめていた。
「えっと……どうかしました?」
「そう言えばそうでしたね。アナタも……」
「何がです?」
「いえ、昔のことを少し思い出しただけですよ」
タンバはそれだけ言うと、先に歩き出していた。
昔のこと。その言葉にふとダンテの顔が浮かんできた。ダンテとタンバは馬が合わないにしても随分と仲が悪い。というかダンテが一方的に突っかかっているようではあるのだが、一体どうしてだろう。
ダンテさんは過去に何を失ってしまったのだろう。それにタンバさんも関わってるのかな……。
聞いていいものなのか。万寿が黙ったままタンバの後ろをついて歩いていると、タンバは求めていた答えを返してくれた。
「レイヤ」
「はい! あ、えっと、今は万寿で――」
「違いますよ。今のはアナタの名前を呼んだのではありません」
タンバは一息入れると、意を決したように話し出した。
「かつて、戦闘組織には丁度君と同じくらいの男の子がいたんです」
「もしかしてその子の名前が……!」
「本名は知りません。ただ、あんころ餅ばかり食べていたので『あんころ』と呼ばれていました」
また餡子の食べ物……。
「そして彼が初めて任務で対峙した相手、それが『レイヤ』という少年だったんです」
「え……」
「保護された合成獣の状態を見てまさかとは思いましたが、アイツの様子から疑いが確信に変わりました。今回のテロには、過去の事件が大きく関わっている。いつかは出会うことになるだろうとは思っていた。避けては通れぬ道なのです」
「過去の事件……。それって……ダンテさんが怒って殴りかかるほどのこと、ですよね」
「まだ私が――戦闘組織にいた時の話です」
「え? タンバさんが……戦闘組織に?」
万寿は目を丸くさせた。
「おや、アイツから聞いていませんか?」
「アイツって……ダンテさんのことですね? いえ。ダンテさんはあまりタンバさんのお話はされませんから」
「まあ、それもそうですね。彼は、私のことを恨んでいるのでしょうから」
「恨む……?」
タンバはそう言いながら、病院の奥へと進んで行った。
「歩きながら話します。どうか、最後まで聞いてください。我々が救えなかった命の話です」
万寿はタンバを見上げる。その顔は全く別の人のものなのに、その目は悲しみに暮れたタンバの目そのものであった。
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