Episode.46 BAKU編~思惑~
「忙しい所、急に呼び出してごめんね。ちょっとばかし急用でね」
リーダーはいつものように笑っているが、その笑顔もまたどことなくぎこちない。怜也はごくりと生唾を飲み込んだ。
「ここ最近クラフトによる魔物放出、犠牲者を出しているという証言が後を絶たないのを皆も知っているかな。実際に僕もその証言している複数人と接触してきたんだが、彼らは口を揃えて『彼らはクラフトの一員である』と断言した。これを見て欲しい」
リーダーはそう言うと、部屋の白い壁に映像を映し出した。そこには犬のような四本足を引きずって地面を這うように歩く、動物なのかバケモノなのか分からない物体が映し出された。
「これは……?」
「リミットというより、パラドックスが生み出した魔物に近いですね」
「いや――人間だよ」
「っ!」
その時その物体がぎょろっとこちらを向いた。その眼は確かに、人間の眼だった。そしてその顔には見覚えがあった。そう、それは第三部隊の一人――。夏休み最後の日、万寿へと優しく微笑んでくれた小柄な女性だ。
「――っ⁉︎」
「そんな! なんで彼女が――」
思わず顔を背けるイッチ。ニィニは震えて涙を流し始めた。
「我々は――チーム、クラフト。 チーム、クラフト」
画面内の彼女はかすれた声で、永遠と同じ言葉を繰り返している。リーダーはプツン、と映像を切った。
「ごめんね、気分を悪くさせてしまったかな。でも、君たちにはこの事実をちゃんと見ておいてほしかったんだ。これは証言者が彼女と遭遇した際、撮影していたものだ。おそらく犯人により拉致され今見た合成獣にされた、と考えるのが妥当だろう。あえて半分人間を残しているのは、自分がどこの何者なのかを口で言えるようにしておくため。実際顔が露呈している分、問題点も大きい」
リーダーは数枚の紙きれを、机の上に広げた。
「これはクラフトからの失踪者の顔写真とその情報。これが今見た彼女。そしてそれ以外にも既に十名もの失踪者が出ている。最近連絡が途絶えていたので捜索していたところだった。彼らは住んでいるところもバラバラだが、決まってある場所の近くに出向いていたことが分かっている。それがここ――、月河島総合病院」
リーダーは顔写真と同じように並べた地図の上に、人差し指をスライドさせた。
「病院……?」
万寿の脳裏に、かつてのパラドックスが浮かび上がる。
「まさか――」
「君は過去に会ったことがあるよね」
以前医師をしていたと語っていたパラドックスだ。
「そう、蜘蛛頭が所属していた病院だよ」
「まさか! まだあの蜘蛛頭が生きて――⁉︎」
「いや、蜘蛛頭は確かにあの時死んだ。今回の犯人は彼ではなく、彼を蜘蛛頭にした張本人だ。ただ、ここからが少しややこしい。落ち着いて情報を整理してくれ。これが、今回の犯人の顔写真」
リーダーがさらに一枚の写真を取り出した。その顔はどこかで見た覚えがある気がするが、いつだろう。
「蜘蛛頭」
「――!」
ジョニィの呟きに怜也は冷や汗をかいた。そうだ、あの時眠る様に旅立った蜘蛛頭の亡骸そっくりだったのだ。
「そう。蜘蛛頭であった彼だ。だが、彼は死んでいる。ではこれは一体誰なのか。犯人は蜘蛛頭と接触した後、彼を実験に使い自らは彼の顔をして姿を隠したんだ。生存していた人間そのものを乗っ取る方が、身を隠すには容易で安全だからね。それをするためには医師である彼の技能と知識を取り込まなければ、周りから怪しまれる。『能力ごとコピー出来る』能力者ならば、それは可能だ」
万寿の脳裏にはもう一人のパラドックスが浮かんできた。目の不自由な彼だ。
「でも、彼も捕まえましたよね?」
「そう。おそらくだが、能力だけ利用された、もしくは盗まれた可能性が高い。――だから始末された」
「……⁉︎」
突然突き付けられた真実に万寿が驚きの表情を見せている中、リーダーは静かに目を閉じた。その表情は、彼の命に黙とうしているようだった。
そう、あの後彼はいつも通りクラフトに回収され記憶操作をされるところであった。だがその前に死んだ、否、殺されたのだ。――多量の血を吐いて。
そこに居合わせたであろうるい太が、話を続けた。
「俺が駆けつけた時には、既に息を引き取っていたよ。後から分かったことなんだけど、彼の内臓からは大量の毒薬が検出された。クラフトに回収され尋問を受けた際、自分の情報が露呈しないよう手を下したんだと思う。蜘蛛頭から奪った『毒を操る』能力でね」
『毒を操る』能力。その言葉を聞いて、万寿は彼と繰り広げた山中での戦いを思い出す。常に追いかけられた。どこに逃げても、ずっといた。どれほど走っても、彼がいなくなることはなかった。ついには肩に触れられて……。その記憶を肯定するように、るい太から能力の補足が入った。
「彼の能力は半径一キロ圏内に巣を張ることだが、その巣自体に毒がある訳ではない。あくまでも毒を操れるのは本人が直接触れた場合のみ」
直接触れなければ、相手に毒を投与することは出来ない。直接触れなければ。
その言葉に何か引っかかる万寿。クラフトへ戻る前に、パラドックスが始末されたということは――。
「犯人があの場所に、――いたってことですか?」
「言っただろ? 俺が駆けつけた時には、って」
「え……?」
「あの事件の後。君たちが退却してすぐに、俺も元いた場所へと帰ったんだ。体調不良を言い訳に授業を抜け出していたからね。――こいつは俺の顔を使って、平然と殺して行きやがった」
るい太は悔しそうに奥歯をギリギリと鳴らした。
まさか、そんなことがあっただなんて。ならばあの戦いの間、ずっと監視されていたというのか。手を下すチャンスを伺って、常に近くで――。恐怖に慄く万寿へ、るい太はさらに悍ましい情報を追加する。
「監視されていたのはその時だけじゃないよ。おそらく自らの記憶を持つ蜘蛛頭も、生きた状態で補完されそうであれば排除していただろうから」
「それって……」
「蜘蛛頭と対峙した時から既に、犯人は俺たちを見ていたってことだよ」
万寿は思わず身震いした。何も知らなかった。何も知らず、普通の生活をしていた。常にいたのか、すぐそこに。いつ、どこから襲われてもおかしくはない距離で、彼はずっと監視していた。殺されていたかもしれない。そうだ。奴は常に見ていた。森の中、窓の外。橋の上ですれ違うだけの学生にだってなりすまし――。
全身を駆け巡る寒気を断ち切るよう、リーダーはあえて明るい声で続ける。
「他に今回の犯人の情報を得られる方法はないかを探していたが、なかなか目ぼしいものはなくてね。だが犯人が見落としているものを、僕たちは発見したんだよ」
リーダーが示した先、皆の視線が万寿へと集まる。
「え? ぼ、僕ですか?」
「以前変な声が聞こえるとおっしゃっていましたね」
リーダーに代わり、タンバがそう告げた。万寿はかつて謎の声に恐れを抱き、タンバへ相談に行っていたことを思い出す。
「まさか、あの時聞こえた声って――。この事件の犯人……⁉︎」
「はい。蜘蛛頭はアナタの神経細胞に深く作用し一体化を図っていました。もしかすると彼の記憶がアナタの中に流れ込んではいまいかと思いましてね。思惑通りでしたよ。捜査のご協力、感謝いたします。不用意に人の記憶を覗くことは規則違反に当たるのですが、一刻を争う捜査のためお許しを」
そう言いながら万寿に向かって一礼をするタンバ。万寿は自分の知らないところでどんどんと事が進んでいたことに敬服しながら、小さくお辞儀を返した。
「さて、おまんじゅうくんから得た情報を加えてさらに分析を進めるよ。今回の犯人は二つのものを『融合する』能力を持っていると仮定する。そしてその人物がリミットと魔物の融合体を製造し人間を襲わせている。あえて自らをクラフトに属する者だと名乗らせてね。そのことから考えられる真の目的は――。同じリミットである我々クラフトを完全に排除すること」
犯人の真の目的――。それは、クラフトをこの世から葬り去ることだった。クラフトは人間たちを守る、いわば人間の味方だ。人間を憎むリミットからすれば、目障りな団体に他ならない。だが、彼らの目的はそれだけではなかった。
「事実を知らない者のために補足情報を入れるよ。我々クラフトは単なる個人団体ではない。国から認可されている、秘密の戦闘部隊であることを明かしておく」
それには思わず首を傾げる万寿。国から認可されているだって……? だがリミットには人権すら与えられていないはずではないのか。
「少し昔の話をしよう。かつてある政治家が声を上げた。人間の彼には、随分と世話になったよ」
リーダーは過去を懐かしむように、少しだけ微笑んだ。
【リミットは本当に未来永劫己を殺し続けるしか道はないのか! 人間とリミットが手を取り合い生きていく道はないのか! リミットを存在すべきの人種として受け入れ、愛していくべきだ!】
「だがリミットを認めるということは、今までの行いを全て否定するという事に繋がる。もちろん、なかなか賛同は得られなかった。ならばと我々はその政治家に約束した。この能力が人のためになるものだと必ず証明してみせる。リミットとは人を傷つけるだけでなく、愛することも出来る存在なのだと。どれほど時間がかかったとしても、いつかリミットは一人の『人間』として受け入れられる。それを信じて、クラフトは作られた。リミットの力を使って国の防衛をすることを前提に、組織の存続が認められているんだよ」
その言葉に万寿は開いた口が塞がらなかった。知らなかった。まさかそんな大それた団体だったとは。
「さて、今回の件と結び合わせるが、彼は本物のクラフトの構成員を合成獣として利用している。実際の顔が国へと上がってしまった。我々が反旗を翻したのではないかと不信感を抱き始めている。そうすればどうなるか。国が動き出す。彼らが手出しをする前に、国が我々の存在をなかったものにするだろう。表に情報が露呈していない分、クラフトを消滅させることは実に容易い」
そんな、そんなことって……!
思わず万寿がその場に立ち上がった。言いたいことはあるのに言葉が続いて出てこない。
用するだけ利用して、いざとなったら知らないふりをするだなんて――。そんなの、僕が受けたイジメと何ら変わりはないじゃないか――!
怒りと悲しみの混ざり合った顔で押し黙っている万寿を見て、リーダーは優しく微笑む。
「ありがとう、おまんじゅう君。言った通りクラフトが排除されてしまえば、犯人を皮切りにパラドックスは暴動を起こすだろう。リミット優位にことは進み、いずれ全世界を取り込んだ大戦争へと発展する。そしてこの戦争は、どちらかが喰らいつくすまで終わることはない。そうならないためにも、こちらから先手を打つ。我々は国から切り離される前にクラフトとリミットの存在理由を世の中に示すことで、地上へと浮上する。リミットの情報が露呈してしまえば、擁護していた国もそう簡単に切り捨てはしまい。リミットを人間がすぐに受け入れてくれるとは限らないが――。まあ、そこまで考えていても埒が明かないね。今できることを全力でやろう」
リーダーはそう言うと、蜘蛛頭の写真を持ち上げる。
「呼び名が必要だね。彼の名は――『BAKU』。人々の儚い夢を喰らう魔物だ」
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