Episode.44 知らない声
「おはようございます……」
その日怜也は珍しく、朝一番にクラフト本部へと出向いていた。
今日で夏休みも終わり明日からは再び学校が始まる。なんとか宿題も一段落している状態で部屋に転がっていると、なぜだか一日がとんでもなく勿体ないものだと思えてしまう。ここ数日だって同じような生活をしてきたというのに、最後だと言われると無性に寂しくなるものだ。
「よし、クラフトに行こう」
思い立ったのは、なんと朝の五時半。夏と言えどまだあたりは薄暗い。こんな時間に出向こうものなら不審な目で見られるだろうか。というかその時間立ち入りは可能なのだろうか。あれこれ考えながらベッドの上で何度も寝返りを繰り返している間にすっかり日は昇っていた。しかしまだ朝の七時だ。
「誰かいるかな……」
考えることも飽きてしまったので、怜也は気の向くまま耳の機械を二度タップした。するといつもの聞きなれたイッチの声ではなく、優しい女性の声が帰って来た。
《こちら第三部隊です。ご用件をどうぞ》
「えっと……ワープって、できますか?」
《可能ですよ。どちらに向かわれますか?》
「クラフトにお願いします」
《了解致しました》
プツン、と通話が切れた途端、身体がガクンと揺れた。咄嗟に目を閉じる。
恐る恐る目を開けると、そこは見慣れた第三部隊・管理組織の部屋の中。イッチとニィニの姿はないが、その他の机は全て埋まっていた。その中の一人の女性が小さくお辞儀をして挨拶をしてくれた。万寿も同じようにお辞儀を返す。
「おはようございます」
「お勤めご苦労様です」
「あ……。す、すみません、こんな朝早くに……」
先ほど通信で応答してくれた女性の声だ。小柄で優しそうなだった。
「問題ありませんよ。クラフトは24時間体制ですので、好きな時にいらしてくださいね」
「え?じゃ、じゃあ、皆さんは夜の間ずっと?」
「はい、私どもは夜勤担当ですので。魔物に昼夜なんて関係ありませんからね。そういうおまんじゅうさんは、呼ばれたらすぐに駆けつけなければならない部隊ですし、魔物と直接対峙し戦うので、私どもよりもっと大変でしょうに」
「あ、い、いえ……。その、僕は……」
「いつも、ありがとうございます」
「……こ、こちらこそ」
万寿は何と返事していいのか分からなくなってしまい、とりあえず一礼して部屋を後にした。そう言えば今まで昼間にしか呼び出されたことはなかったけど、夜中でもパラドックスの襲来はあり得ることなんだよな。と考えながらエレベーターに乗り込みⅤの数字を押す。
第五部隊・戦闘組織は最前線で魔物と戦う。怪我なんて腐るほどしてるし、常に死と隣り合わせだ。相手が現れれば昼も夜も関係ない。他の部隊からすると第五部隊は少し特別視されているような気がした。
前回の戦いのこともあり少しばかり自分の能力に自信を持てた万寿は、俯いていた顔を上げた。
「僕も頑張らないと……。おおおおっ⁉︎」
エレベーターの扉が開いた瞬間、どこかで何かが爆発したような破裂音と同時に、建物全体が揺れた気がした。ピーピーとエレベーターの危機センサーが反応して扉が開きっぱなしになっている。
どうすればいいんだろ……。それより何の音……。
万寿はパラドックスによる襲撃の可能性も視野に入れてゆっくりと廊下を進んだ。第五部隊の部屋の扉に近づき、聞き耳を立てる。確か音はこの辺りから聞こえてきたような――。さらに顔を押し寄せると、鼓膜が弾け飛ぶほどの爆発音がもうひとつ響き渡った。キーンという耳鳴りで痛みさえ感じる。
「ゲホ……ゴホ……オエッ」
部屋の中で誰かが三拍子を刻む声が聞こえた。万寿の聴覚が次第に回復してくると、その人物が誰だかはっきりとわかった。恐れることなく扉を開く。
「るい太さん」
「あれ、おまんじゅう君。どしたの、こんな時間に」
「こっちの台詞ですよ」
るい太はおそらく白衣だったであろう焦げた羽織を脱ぎ捨て、第五部隊のソファに深く腰掛けた。
「死ぬかと思った」
ふとるい太の研究室を見ると、見事にドアが吹き飛び、中は未だ得体のしれない煙が立ち込めている。おそらく火災として認識されたのであろう、部屋の中でスプリンクラーによる放水がこちらにまで飛んできていた。
「何作ってたんですか?」
「夏の自由研究」
「え⁉︎」
万寿が真に受けるものだから、るい太は小さく笑ってレンズの外れたゴーグルを外した。
「嘘だよ。新しい能力の開発」
「能力の開発? そんなこと可能なんですか?」
「実はね、いくつか開発には成功してるんだ。まあ、実際に適用した前例はないんだけど」
「え、すごいじゃないですか! 能力を開発できるだなんて! その能力を身に付けたら、より一層優位に戦うことが出来るってことですね⁉︎」
「まあ、それが第一目標だからね」
「それで、どんな能力なんです⁉︎」
キラキラ輝く目を向けて来る万寿に、るい太は実に真剣な顔で答えた。
「『触れたものの時間を早める』能力だよ」
「すごい! どんな時に使うんですか⁉︎」
「例えば、バナナをすぐに熟させたい時とか」
「……え?」
「他の例えがいい? じゃあ、ジャガイモを発芽させたい時とか」
「いや、えっと……。それ、必要です……かね?」
「僕はあったら便利だなあと思ったことはあるけど」
「まあ全くないよりはあった方がいい時もあるか……。いやあるか?」
万寿がブツブツ呟いているのを無視して、るい太は部屋の時計を確認した。
「あ、やば。もう帰らないと」
「え、帰っちゃうんですか?」
「親夜勤明けなんだ。家にいないと色々面倒だから。あ、そうだ」
るい太は自分の研究室を指さす。
「片付け、お願いしていい?」
「はい⁉︎」
「ありがとう、じゃあ」
「いや今のは了承のはいではなく疑問符のはいで――!」
万寿の抵抗も虚しく、るい太はさっさと部屋を出ていく。いつの間にかエレベーターは復旧されており、るい太は軽い足取りでその中へと乗り込んでしまった。
「るい太さん⁉︎ 片付けって何をどうすれば……。って、もう……」
万寿は一人部屋に取り残され、大きなため息をついた。この大爆発に誰も駆けつけてくれないなんて、どれだけ日常茶飯事のことなんだ。
とりあえずるい太の研究室を覗き込む。スプリンクラーは止まっていたが、部屋の中はびしょびしょだし、割れたビーカーで床はじゃりじゃり音を立てる。正直何から始めて良いかも分からない状況。
「とりあえず、拾うか」
万寿は部屋のゴミ箱を持ってくると、そっとビーカーの端を持ち上げて中へと入れていく。どこまで捨てて良いんだろうか。割れているのはもういらないだろうが……。というかこれ素手で触って大丈夫な薬品なんだよな?まさかバナナを熟させる能力が混じってたりして、触れたところからじわじわと――。なんて無駄な想像力を駆り立てながらちまちま作業をしていたが、これでは埒が明かないことに気が付いた。どうせ全部捨てられても文句は言えまい。箒でかき集めることにした。
「えっと、箒、箒……」
そう言えばクラフトに所属してからも内部をあまり探索していない。メンバーがいないと何がどこにあるのかも未だ分からないままだ。
「どうしよう……。道具の場所が全く分からない……」
とりあえずは第五部隊の部屋の中を物色してみる。ありとあらゆるロッカーや引き出しの中を探ってみるも、掃除道具ひとつ見当たらない。るい太の研究室の棚には薬品類がずらりと並んでいるため、不用意に開けるのは良くない気がした。
なので部屋を出て近くの部屋に勝手ながら入ることに決めた。これは悪意ある行動ではない、善意から来るものだ!と言い聞かせ勇気を振り絞り扉に手をかざす。
開いた先は倉庫のようだった。よく見るスチールロッカーがずらりと並んでいる。もしかするとこの中にあるかもしれないと手当たり次第開いて見たが、見事に空ばかりだった。埃ひとつ見当たらない中身に、期待もせず最後の扉を開く。
「あれ、なんかある……」
そこには、白い箱が一つだけ入っていた。普段なら完全スルーするところ、なぜか万寿はそれに自然と手を伸ばしていた。
手のひらに収まるほどの小さな箱だ。手で持ち上げると中で何かが転がるような音がした。まわりに誰もいないことを確認し、そっと箱を開けてみる。中には、クラフトメンバーが耳に付けている機械が一つしまわれていた。手に取って光にかざしてみる。傷が入っていたりして今まで使われていたような使用感があった。
「誰かの古いやつかな……。まあいっか」
万寿はそのまま箱に戻そうとしたが、手を滑らせてその機械を地面に落してしまった。コーン、と地面を跳ね、ピピ、と電源が付いた。
「わわっ、起動しちゃった! これ、どうやって消すんだろ……」
慌てて拾い上げて確認するも電源ボタンなどは見当たらず、とりあえず色々触りまくっていると再び何かが起動するような音がした。耳を近づけると、そこから人の声が聞こえる。
……もしかして、通話になってしまったのだろうか。耳を澄ませると、それは知らない人の声がだった。
《ごめん、俺――》
通話?いや、録音された声……?
《――のこと、救ってあげて》
なんだ?よく聞こえない……。
ぷつぷつと音が切れて、重要なところは分からない。さらに万寿はその声に集中した。
《こんなことなら……、良かったな》
……?
《あーあ。笑って――》
なんだろう? まだ何か言って……?
《レイヤ……、ごめんな――》
そこでピーと音が鳴り、電源が落ちた。
「今、レイヤって、言った……?」
万寿はその体勢のまま立ち尽くしていたが、しばらくして機械から耳を離した。おそらくこの声は、かつてここにいたリミットのものなのだろう。戦闘組織の遺品だったりするのかもしれない。
万寿は傷だらけのその機械をもう一度天井へと掲げた。電気の灯りを背にして少しだけまぶしい。
知らない人の声で『ごめんね』と言われた。それはきっと自分に向けられたものではないはずなのに、万寿は心のどこかで「謝らなくていいよ」と返事をしていた気がする。
その機械を白い箱の中に戻すと、あった場所へ置いて扉を閉めた。
「聞いて、良かったことなのかな……」
自分の知らない人、知らない過去。その人がいうレイヤって、一体誰なんだろう。
そんなことを考えながら、素手でビーカーを拾う作業へと戻って行った。
あらかた大きなゴミをかき集めた後、そう言えば第二部隊なら掃除道具があるかもと思い出して借りに出向いた。すると修復ならしておくとあっけなく了承されて、一体自分は何のために掃除をしていたのか分からなくなってしまい、なんだか腑に落ちない最後の夏を過ごしたのであった。
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