Episode.42 お友達Ⅱ
やばい、やばい、やばい! 最近の若者は言葉を知らないと言われても仕方がない!
語彙力もなくなるほどに怜也は焦っていた。母親に見られてしまった。一体どんな理由を付けて友達と言えばいいのだろうか。先ほどまでリミットであることを正直に話すべきかどうかを悩んでいたのに、今はどう隠すかで必死だった。だが慌てているのは怜也一人で、ダンテは「お母さんお若いですね」と世間話まで始めようとしている有様だ。ジョニィは顔色ひとつ変えずその場に立っている。
母親は外に出てくると不思議そうな顔をして会釈した。怜也は慌てて間に割り込む。
「あ、あのね母さん! この人たちは……!」
「怜也くんのお友達です」
親指を立てて笑っているダンテ。いや、アナタが一番不安をあおるんだってば!
「どうも、うちの怜也がお世話になってるみたいで……。えっと……」
どう見ても怪しんでいる怜也の母親。当たり前だ。ここ最近まで不登校だった息子の元に、絶対まともな職に就いていなさそうな男が家まで尋ねてくるのだ。隣には不愛想な女の子。怪しまれない理由を見つけるほうが難しい。するとジョニィがとてつもなく綺麗なお辞儀をした。
「保良木くるみと申します。大学は法学を専攻しています。弟が怜也くんと同じ学校で、先生の勧めで夏の補習のお手伝いをさせていただいておりました。彼も同じ大学の学生で同様に」
そう言うとジョニィはダンテを片肘でつつく。ダンテは少しだけ目を泳がした後、同じように頭を下げた。
「大学で芸術を専攻してます、村上株樹です」
「あら、そうでしたか……」
二人の言葉を飲み込む母親。それを聞いたダンテはこのまま押しきれると思ったのか、顔をあげると饒舌に話し始めた。
「普段は油絵を中心にやっておりますが、友人の彼女の勧めで美術の講師もさせていただいておりまして。怜也君の学校にも何度かお邪魔させていただいたことがあるのですが、そこで彼の絵を一度拝見し実に個性的で素晴らしいものを感じました。今日はその作品が出来あがるまでの彼の苦悩やインスピレーションの働きかけをぜひとも詳しく聞かせていただきたいと思いまして突然押し掛ける形になってしまいました。最初は講師と学生という立場でありながらも授業を通していくうちに会話も弾み、今では友人の一人として大変尊敬している所存でございます。本日は何の連絡も入れず大変申し訳ございません」
「こ、こちらこそ……」
ダンテの思惑通り、勢いにのまれた母親はやむを得ず納得した様子だ。
まあ芸術家なら多少見た目が風変りでも――。ってなるか! 嘘も方便! よくも出るな、つらつらと!
怜也は呆れたがこうなればその波に乗るしかない。小包を玄関に置くと、苦笑いをしながらダンテ達の元に駆け寄った。
「そういうことだから……。い、行ってきまーす」
「行ってらっしゃい。ご迷惑かけないようにね」
「う、うん! 大丈夫だよ。ウフフ」
普段しないような笑い方をしながら手を振る怜也。
三人はそのまま歩き出し、家から離れて行く。怜也は無言のまま歩いていく二人の背中に恐る恐る声をかけた。
「あの……。騙せてましたかね?」
「ばれたかもな」
「やっぱそうですよね。だって――」
「お前の演技が下手だったから」
「僕ですか⁉︎ ダンテさんの嘘じゃなくて⁉︎」
「なんで俺だよ!」
「まあいいだろ。半分は本当だし」
淡々とそう告げるジョニィ。怜也は先ほどの会話を思い出す。
そう言えばさっき『クルミ』と名乗っていた。本当にジョニィさんの本名なんだ。じゃあ大学の話は?あれも本当なのかな。じゃあ――。
「ダンテさんは、株樹さん、ってことですか?」
「……俺のは全部嘘!」
思わずずっこける怜也。
「いや嘘かい!」
「そんなパチモンの小説家みたいな名前なわけねーだろ」
「本名の方がパチモンみたいだろ」
「どういう意味だよ!」
ジョニィの言葉にすかさず突っ込むダンテ。昨日家出していたことが嘘のように、すっかりいつもの調子に戻っている。肩を並べて歩いている二人を眺めながら、怜也は後ろを振り返った。母親は家に戻っただろうか。そうしていると、ジョニィから声をかけられた。
「それで?」
「え?」
「ちゃんと話、出来たか?」
「あ……」
その反応に、答えずとも理解したようだった。
「まあ、昨日の今日じゃな。無理か」
「でもダンテさんとジョニィさんは、仲直りしてるじゃないですか」
「ま、俺とこいつは特別? つーの? ダチ越えて親友? みたいな?」
「きめーんだよ。黙れハゲ」
「ハゲてねーわ」
二人の掛け合いに少しだけ頬が緩んだ。そして、呟くように続けた。
「お二人は血もつながっていないのに、ちゃんと『家族』としてお互い信頼し合ってるって感じがします。喧嘩してるようにみえるのだって、きっと相手のことちゃんと信頼してるから本音を言い合えるってことですもんね。僕なんて結局、嘘ついて家出てきただけですし」
「…………」
その言葉にダンテはジョニィに耳打ちする。
「やっぱ本名いうべきだったかな?」
「そこじゃねーだろ」
怜也がぐるぐる考えこんでいる様子を見て、ダンテは名前を呼んだ。
「怜也」
「――っ! 僕の名前……」
「俺はサンタ」
「へ⁉︎」
「三太! それが俺の本名。名前が原因で学生時代には随分バカにされて相手をタコ殴りにしたら、親父からタコ殴りにされた。でも今はスゲーかっこいい名前だと思ってる!」
「コンプレックスで偽名使ってんじゃねーか」
ジョニィのツッコミにはあえて返事をしないダンテ。
「俺は言ったからな、俺が一番気にしてる事!」
「やっぱ気にしてんじゃん」
「だからお前も悩んでる事、サンタさんに正直に話してみなさい!」
「プレゼントくれるって」
「ごちゃごちゃうるせーんだよテメーは! 今超絶かっこいいところだろ、はったおすぞ!」
それに怜也は声をあげて笑った。するとダンテからビンタが飛んできた。
「なんで⁉︎」
「笑ってんじゃねー!」
「いや今のは名前を笑った訳じゃなくて!」
「良かったな、夏のサンタさんからビンタのプレゼントフォー・ユー」
「ジョニィさんは火に油を注がないでください!」
三人がわちゃわちゃしているのを、母は遠くから眺めていた。冷静になって考えてみれば、先ほどの話は嘘だろうと気が付いた。でも、あんなにはしゃいで笑っている息子の顔を久しぶりに見た気がする。
「ちゃんと、向き合わないとね……」
母親もまた意志を固め、家の中へ戻っていくのだった。
◆
「んで、離婚したんだ」
「ハイ……」
ファミレスに入ってテーブルにしこたま料理を並べた後、怜也は悩んでいることすべてを伝えた。
「今まで親父に従ってやってきたのに、気が付いたら浮気されて、息子は反抗期に不登校。会社でも噂話されて行き場なし。そりゃ世間体気にしてヒステリックになるわな」
ダンテはそう言いながら水をがぶ飲みする。
「でもまあ、お前を引き取る意志はあるみてーだし、ちゃんと母親としての責任はあんだろうな。口煩そうだけど。んで?」
ダンテはスパゲッティをフォークに巻き上げながら怜也に話を振った。
「え?」
「え、じゃねーよ。お前は? 母親と一緒に家でて新しい高校行くの?」
怜也は少しだけ考えた後答えた。
「ダンテさんが前、嫌なら家を出るのもいいって言ってくれたじゃないですか。今のままの生活だったらそれもありかなって思ってたんですけど、父さんもいなくなったらいよいよ母さん独りぼっちになっちゃうなって。だから、僕の本当のことちゃんと伝えて、それでも一緒にいてくれるなら一緒に住んで新しい高校に通おうかなって」
「本当のことって?」
怜也は周囲を気にしながら小声で返す。
「リミットのことですよ」
「ふーん。別に言わなくてもいいんじゃね?」
「そうですかね」
「父親にもうひとつの顔があったように、誰しも本性隠して生活してんだよ。全部正面からぶつかってたらしんどいだろ。そこら辺は適当でいいんだよ。俺も両親には言ってねえし」
「そうなんですか」
「親父とおふくろももう高齢だろ? 突然あんなバケモン目の前に出てきたら腰抜かすわ。ま、能力出た時も言うつもりはなかったし。でもお前は見せない方がいいんじゃね? だって息子が急に饅頭で登場したら……ぷぷぷっ」
「大きなお世話ですよ!」
「ま、ちゃんと話しておきたいなら、自分のことを認めてくれてるなって思った時に話せばいいよ。それまでは適当に誤魔化してろ」
「じゃあ僕はどうしたら……」
「だーかーら、結局のところ、お前はあの母親と一緒にいたいかってことだよ」
ダンテは指をさす代わりに、ミートソースのついたフォークを怜也の方へと向けた。
「えっと、僕は……」
「嫌いか? 母ちゃんのこと」
「……小言ばっかり言われてるときは、嫌だなって思ってたんですけど。今はなんて言うか、一人にしておくのが心配というか」
「じゃあ一緒に家でてとりあえず中学卒業すれば? そしたら母ちゃん実家帰んだろ? そしたら自分の親と暮らすんだから寂しくねえし、お前は自分の好きなことをやれる。ハイ、お悩み相談終了!」
「僕もダンテさんみたいな割り切れる脳みそ欲しいです……」
怜也はがっくりと肩を落としながらイチゴパフェをつついた。ふとジョニィの方に目を向ける怜也。ジョニィは我関せずの様子で携帯をつついている。
ジョニィさん、ちゃんと話してみろってアドバイスくれたのに何も出来ないままウダウダ悩んでるのめんどくさいと思ってるかな……。それとも、やっぱり家族の話するの嫌だったのかも。身元不明って言ってたし……。
「あ」
「――⁉︎」
突然ジョニィが歯切れのいい声を上げた。怜也はびくっと肩を震わす。
「クッソ、やられた」
「お前まだそのステージやってんのかよ。討伐手伝ってやろうか?」
「ウルサイ課金勢」
ゲームしてただけでした……。
◆
「んじゃ、また」
「はい。わざわざ来ていただいて、ありがとうございました」
怜也は家の前で二人と別れた。とりあえずこれからのこと、母親と話はしておくべきだと思って今一度気持ちを持ち直し、家へと向かって歩いてく。すると後ろから「そういえば」と声をかけられた。振り返ると、ダンテとジョニィが顔だけのぞかせてこちらを見ている。
「家出る時嘘ついてたって言ってたけどさ、『友達』ってのは、嘘じゃねえから」
「え」
「仲間であって友達な。ただのチームメイトってだけで飯なんか誘わねーし相談も聞かねえよ。お前には逃げ場所あんだから。そこんとこ夜露死苦」
「族に入ってた時の癖が出てんぞ」
二人はひらひらと手を振って姿を消した。怜也は力が入っていた肩から力が抜け落ちた。
全ての問題がうまく片付いていくはずなんてない。思うようにいかないことの方がきっと多い。だけど――。
「それでも、いっか」
怜也は誰もいない空間に深くお辞儀をして、玄関の扉を開けた。
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