Episode.41 お友達Ⅰ
翌朝。目が覚めてジョニィさんの朝食はどうしようか、なんてぼんやりと考えている怜也の耳元で呼び出し音が鳴った。ジョニィはまだ横になっている。もしかして、パラドックス出現の連絡だろうか。と身構えたが、ジョニィの様子を見る限り自分にしかこの電子音は届いていないらしい。怜也は機械をタップして通信を受けた。
「はい、万寿で――」
《ジョニィいるか⁉︎》
通信がつながるや否や鼓膜をはち切らんばかりの声でダンテが怒鳴っている。寝起きのぼんやりとした視界は、一気に鮮明になった。
「あ、はい。いますよ。まだ寝てますけど」
《あのヤロー……。まあいい! あとちょっとしたら迎えに行くから起こしといてくれ。インターホン鳴らすから!》
「はい。分かりました……」
……って、インターホン?
「ちょっと待って⁉︎ ダンテさん、うちに来るつもりですか⁉︎」
《好きな時に帰って来りゃそれでいいかなと思ってたんだけどさ。なんつーか、ソワソワすんだよ! 昨日のパスワード忘れてねえかなってさ!》
「またレトロゲームの話ですか! ってそうじゃなくて!」
《いいから、いいから。そうだ、どうせならお前も一緒にどっか行こうぜ。朝飯まだだろ》
「そうですけど! そうじゃなくて! いや、あの! せめて来るなら直接部屋に来ていただいた方が……!」
《悪りい、読み込み終わったわ!》
そうこう言っている間にと言われプツン、と通信は切れた。怜也があんぐり口をあけたままベッドに座っていると、隣でむくりとジョニィが起き上がる。
「あ。すみません……。起こしちゃいました?」
「いや。起きてた」
「今ダンテさんから電話で」
「知ってる」
「え」
「無視してたし」
……狸寝入り……。
「それより、あんまり大きい声出さない方がいいんじゃないのか」
「え?」
その通り。見事にその声は、リビングにいた母親にも、しっかりと届いていた。
「怜也。電話? 部屋に誰かいるの?」
「え⁉︎ い、いや、なんでもないよ!」
怜也は大慌てでベッドから飛び出す。そして見事にすっころび、ジョニィの真上に着地した。
「ドジな奴……」
「ジョ、ジョニィさん! どうしましょ! 母さんこっち来てる!」
「まあ、そりゃ不審に思うだろうな。閉じこもりの息子が今度は一人で喋ってたら」
「怜也?」
「部屋の扉開けられたら大変ですよ! ジョニィさん早くどこかに――!」
なんて言っている間に、母親は既に部屋の外に立っていた。
「誰か来てるのね? お友達?」
「ち、違うんだよ! その!」
ジョニィと扉を交互に見る怜也。肝心のジョニィはボサボサの頭を掻き上げながら、大あくびをしている。
「入るわよ」
「待って! 母さん――!」
無情にもその扉は開かれた。部屋には知らない女性が布団で寝ている。しかもベッドからずっこけたために、今にも襲い掛かりそうな状態にさえ見える。最悪だ。
「なに、布団なんか出して。お友達来てないの?」
「へ」
怜也は不思議そうな顔をしている母親の視線の先を目で追う。そこにはぽっかりとあいた空間。先ほどまでいたジョニィの姿がない。
……消えた?
「どこからそのお布団だしたか知らないけど、片付けときなさいよ。それから、もしお友達来るなら先に言っておいてね」
「う、うん」
母親はそのまま部屋を出て行った。怜也は慌てて立ち上がり、閉じられた扉を自らの手で開いた。廊下を歩く背中に、咄嗟に出た言葉。
「おはよう」
「……え?」
「お、おはよう。……母さん」
「……おはよう」
久しぶりの会話。母は少しだけ微笑んで、階段を降りて行った。
「仲良さそうじゃないか」
「っ⁉︎」
振り返ると、再びそこにはジョニィの姿があった。怜也は扉を閉めなおすと、ジョニィを振り返る。
「もう、急にいなくなるからびっくりしましたよ! どこに隠れてたんですか!」
「一時的に本部に飛ばしてもらったんだよ。お前がのろまだから」
「のろまって……。あの状況じゃ何もできなかったじゃないですか!」
「お前が時間止めたら良かっただろ」
「あ」
納得したように、片手で手のひらを打つ。
「そう言ってくださいよ」
「お前の能力だろ。自分で判断してうまく使えよ、下手くそ」
「そこまで言わなくても……」
そんな言い合いをしている間にも、ジョニィは帰る支度を整えている。
「あれ、ジョニィさん、帰るんですか?」
「まあな。いつまでもいる訳にいかないし。邪魔したな」
「いえ。元はと言えば僕のせいですし。あれ? でも、ダンテさんが迎えに来るって……」
「分かった。じゃあ後でな」
「え? あ、いや! ちょっと! 待ってくださ――!」
ジョニィは荷物を背負うと、軽々しく怜也を突き飛ばした。ドスン、とベッドにしりもちをつく怜也。思わず目を閉じてしまって、気がついた時にはジョニィは姿を消していた。
――もう、勝手な人たちだ。だが、これでダンテがわざわざ家に直接来ることもなくなったし、問題ない……か?
「待てよ。後でって言ってたよな……?」
嫌な予感がする。怜也は慌てて機械をタップして通信を繋ぐ。
「もしもし! ジョニィさん!?」
《なんだ何度もうるさいな。忘れものなら後で――》
「違いますよ! もしかしてですけど、一緒に来るつもりとかじゃないですよね⁉︎」
《何がだよ。飯食いに行くって、今ルンルンで準備してるやつがいるけど。……二人でデートか⁉︎》
「んなわけないでしょ! 変なところでテンション上げないで!」
《僕も適当に化粧したら行くよ》
「じゃあさっきみたいに直接部屋に来てくださいね! インターホンは絶対に鳴らさないで!」
《はいはい、インターホンね》
「あれ、もしもし? 聞こえてます?」
通信の音が途切れ、途切れになる。電波障害だろうか? よく聞くと水が流れるような音がする。
「もしかしてですけど、お風呂入ってます?」
《クソ、アイツまだ45度に設定してやがる》
「やっぱ風呂入ってる!」
《分かったって、伝えとく。じゃ》
最後の一言が先か切られるのが先か、すぐに通信は途絶えた。
「大丈夫かな……」
もちろんのこと安心はできない。家の前で待っていようか。でも、ちゃんと部屋に来てくれたとしたら……。部屋の主がいないとまずくないか? 急に二人が家の中歩き出したり――。さすがにそれはないと思うが、万が一でも母親と鉢合わせてしまった時の方が大問題だ。それならインターホンを鳴らされた方がマシか。
一応ダンテにも連絡を入れておこうと電話したが、残念ながら出てはくれなかった。
とりあえず着替えを済ませてリビングに降りる。母親に「友達が来るかもしれないから、来たら自分が出る」と言っておこう。
リビングでは、母親が一人キッチンでコーヒーを飲んでいた。まだ朝食は出来ていないらしい。
「あ、あの。母さん」
「……なに?」
「えっと、今日さ……。友達がうちに来るかもしれなくて。一緒に朝ごはん、食べに行くから……」
「……そう」
母親はそう言うと、財布から五千円札を取り出して手渡す。
「学校の子?」
「あ、えっと……」
なんと言おうか。ジョニィはまだ学校の子と言ってもごまかせるかも。だがダンテに至っては絶対に無理。
「じ、実は、その……。えっと……」
その時、怜也は迷った。クラフトのこと、リミットのこと、全部話すべきか。
「あの、その……」
「……」
怜也が言いあぐねていると、口火を切ったのは母親の方だった。
「帰ったらでいいから、お部屋のお掃除、しておいてくれる?」
「あ、あの布団? もう片付けたから!」
「ううん。――この家、出て行かないと行けなくて」
「……え」
突然の言葉に、言い出そうとしていたことが全て吹き飛んだ。
「引っ越すの……?」
「元々お父さんの名義で買ったお家だから。向こうの奥さん連れて帰ってくるって。怜也の荷物もあるから、少しここにいる時間を貰ったんだけど。一ヶ月後には……」
「そう、なんだ……」
「……来年からは、うちの実家に引っ越そうと思ってるの。とりあえず、中学校ももうすぐで卒業だし、それまで学校の近くにアパートでも借りようかなって。怜也、また学校行ってくれるようになったから」
「……」
「うちの実家。ちょっと遠いんだけど。高校はそっちの方へ行くことになるから、今のお友達とは会えなくなるかもしれない。お友達せっかく出来たのに……。ごめんね」
言葉が出なかった。突然のこと過ぎて。いつもなら、ここで会話は終わっていた。でも、なんとなく昨日の言葉が浮かんできて。
ちゃんと話そう。ちゃんと喧嘩しよう。ジョニィさんの丸まった背中を見た時、そう思ったから。
「あ、あのさ……。母さん」
「…………」
「僕さ……。高校は――」
その時、インターホンが鳴った。ハッと怜也は我に返る。
「ぼ、僕が出る!」
玄関に走って扉を開ける。そこには――宅配便のお兄さんが立っていた。
「宅配でーす」
「あ、ありがとうございます……」
なんだ、びっくりした。小包を受け取り扉を閉めようとすると、その入れ替わりに姿を現したのは、太陽の光をぎらぎら照り返す、銀髪の男。
「よっ!」
「げっ!」
「げってなんだよ! よっに、げって返事すんな!」
その横には帰ったばかりの黒髪の少女も。
「チッ。インターホン鳴らし損ねたな」
「今舌打ちしましたよね? わざと鳴らそうとしてましたよね⁉︎」
「俺はお前の部屋でも良いって言ったんだぜ? 色々気になるし。ベッドの下ちゃんと隠したか?」
「うちには無いですよ! ダンテさんじゃあるまいし!」
「あ⁉︎ なめんなコラ! ジョニィの方がいっぱい持ってるっての!」
「エッチなのは読んでないって言ってるだろ!」
「……まあ、いいですよ」
怜也は喧嘩が始まりそうな二人の言葉を遮りながら、ホッと一息ついていた。インターホンを鳴らさず無事集合できたことに、安心したから。小包を置きに帰ろうと振り返ると、そこには既に、母親が立っている。
「えっと……お友達、よね?」
「あ!」
怜也は顔面蒼白。ダンテは笑顔で手を振り、ジョニィは律義にお辞儀をしていた。
「お、お友達――デス……よね?」
怜也の言葉に、二人はこくこくと頭を縦に振っていた。
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