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【目指せコミック・アニメ化!】MANJU!~ひょっとこ饅頭空想譚〜  作者: 高冨さご
おまんじゅう熟成期

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Episode.34 人間の死Ⅰ【当たり前がない男】

 おそるおそる目を開けた。そこは――知らない天井。万寿はむくっと起き上がる。来てしまった。たった一人で。

 とにかく現状を把握しようとあたりを見渡すも、重たいカーテンが引かれているせいで部屋は薄暗く、ここがどこなのかがはっきりと理解できない。万寿はポケットからスマートフォンを取り出して、懐中電灯代わりにライトをつけた。積まれた段ボール。散らかった小道具。どこかの倉庫だろうか。それにしては親しみのある内装というか……。しいて言うならば、誰かの部屋の中のように感じる。そう、例えるならば――ユーチューバーの物置部屋、みたいな。

 音をたてぬようゆっくりと立ち上がった。周囲を確認する。人影はない。人目のない所に飛ばされたのだから当たり前か、と思いながら万寿はゆっくりとその場から移動を始めた。雑多に積まれた荷物へ当たらないように体を縮めこませながら、段ボールの隙間をやっとの思いですり抜ける。ほっと息をついたのもつかの間、足元に何か柔らかいものが当たって思わず声をあげそうになった。

 慌ててその口を塞ぐ。そしてそちらの方にスマートフォンの明かりを下ろした。そこには、明るい髪色をした見覚えのある姿の男性がうつぶせで倒れていた。最近学生の間で人気のユーチューバーだ。万寿はあまり彼らの動画を見たことはなかったが、人気が故勝手に情報がなだれ込んでいるので顔くらいは知っていた。


「だ、大丈夫ですか?」


 怜也はスマートフォンを地面に置くと、迷うことなくその身体に触れた。

 それが、良くなかった。その身体は、恐ろしい程冷たく、息をしていないことが確認できた。


 ――死んでいる。


 その事実を突きつけられた瞬間、万寿はその場にしりもちをついた。あれほど注意深く移動していたのにも関わらず、段ボールをなぎ倒しながら、気が付けば部屋の端にその身をよせていた。

 初めてだった。死んだ人間に触れたことが。初めてだった。目の前で人の死を認識してしまったことが。死んだ人間を見るのは決して初めてのことではない。入学式の日、棺桶の中で眠る祖父の死に顔を見た。だが、それとは比にならない。愛してくれた人に囲まれ送り出される人間の顔ではなく、恐怖に歪んだその顔が脳裏に張り付いて離れない。万寿の体は、震えていた。

 ……どうしよう、どうしよう、どうしよう! 部屋の角に身体を収めるように縮こまり、その膝を抱え込んだ。その時、今の物音に気が付いたのかこちらに誰かが向かってくる足音が聞こえた。万寿はさらに自分の体を抱え込む。


 見つかったらどうなる……? 僕もあの人みたいに――。それとも――。


 ガチャリと扉は開かれる。扉を開いた人物は部屋に踏み入れることはなく、中を覗き見ている様子だった。


「気のせいか」


 しばらくして一言呟き、部屋の扉を閉めて行った。

 ――助かった。素直にその言葉が最初に浮かんだ。深い安堵の息が漏れる。再びゆっくりと時間をかけてその壁から背中を離し、扉の方を覗き込んだ。暗闇にも随分と目が慣れて、先ほどよりも鮮明にあたりが確認できる。うっすらとスマートフォンのライトで照らされているままの彼の亡骸。万寿は向こうを向いたままの彼の顔がぐるりとこちらを向きそうで、いそいそと再び部屋の隅に戻っていた。

 

 助かっただって? 何が……?


 万寿は扉の前に転がるその屍を越えていくことは出来なかった。

 恐ろしかった。魔物と戦うことが、ではない。パラドックスに殺されることが、ではない。知らない人間が、『リミットにより殺された』というこの状況が。助けられなかったという、この事実が。戦えば怪我をする。死ぬかもしれない。そんなことは分かっていた。でも、きちんと向き合えていなかった。救えなかった人間がいた時のことを。

 軽かったのだ。己の覚悟が。ただ憧れた。自分も能力で戦うヒーローみたいなことがしてみたかった。いつだってハッピーエンドの先には、誰も死なない世界が待っているのだから。万寿は実感してしまった。己の無力さを。

 放心状態のまま、丸まった背中を冷たい壁に預けていた。


 ◆


 どれくらい経っただろうか。おそらく時間としては十分も経っていないだろうが、万寿にとってはそれは数時間だったかのように感じるほどの長い時間であった。

 静寂を引き裂くように、耳元から電子音が響き渡った。万寿は驚きで肩を震わせながら、震える手で耳の機械を何とかタップした。するとその先からは、聞きなれた声が聞こえてきた。


《万寿! 無事か⁉︎》


 その声はダンテだった。安心感から涙が込み上げてくる。だが大きな声を出す訳にはいかない。必死に声を殺して、涙を流した。


「うっ……。ううっ……」

《おい! 大丈夫か⁉︎ 状況は⁉︎》


 言葉が出てこなかった。人が死んでいます。僕はまだ、何もできていません。そう伝えるべきなのに、この恐怖と安心と、目の前の死体と己の無力さと。何を伝えればいいのか分からなかった。ただ必死に言葉を繋ぐ。


「人が……死んでて……」

《……》


 震えながら絞り出した言葉に、ダンテは少し間をおいて返事をした。


《……そうか。怖かったな》

「……」

《……いい。お前は、そこにいろ》


 ダンテにそう言われて、なぜか「ハイ分かりました」とすぐに納得できなかった。不思議だった。己の無力さに悲観し、ここにうずくまっていたはずなのに。いざ誰かに行かないでいいと言われたら、本当に自分が不必要な存在なのではないかと思ってしまい、より自分を追い詰めた。

 卑怯だ。行きたくなかったくせに、誰かに行くなと言われたら行くと言うなんて。

 またしても自分の弱さに直面し落ち込みきっているところに、更なる波は押し寄せる。


《お前、今どこで何してる?》

「――っ」


 その声は、ジョニィだった。


《ジョニィ! お前また勝手に――!》

《答えろ。相手はどんな人物だ。そこにいる人間の死因は? 他に人質は何人いる? 無事は確認したのか?》


 ダンテとの通話に無理やり割り込んできたその声に、万寿は口を噤んだ。何も、答えられない。


「あ、あの……」


 上部だけの返事。思わず言葉を詰まらせると、ジョニィは容赦ない言葉を浴びせた。


《そのままそこに居られても邪魔だ。戦う気がないなら、さっさと帰還しろ》

「……っ!」


 分かっていた。分かっていたからこそ、その言葉を告げられることが一番辛い。


「そ、そんな言い方……」

《じゃあどうするんだ?》

「……っ」

《戦うのか、逃げるのか。お前が選べ》


 その言葉に、万寿はごくりと生唾を飲み込み、かすれた声で返事をする。


「僕だって、何もしようとしなかったわけじゃないんです。本当に助けようと思ってここに来たんです。でも……目の前で人が死んでいたんです。他に人質がいるかもしれません。その人達だって殺されるかもしれない。でも、僕は……何もできないんです。たった数秒しか能力を発動できない。それ以外戦う方法もない。こんな僕に、何が出来るんですか。――命令してくださいよ。僕に戦えって言ってくださいよ。そうしたら僕……!」


 万寿の瞳から再びぽろぽろと涙が零れ落ちた。だが、その答えは非情だ。


《お前が選べ》

「――っ」


 すると今度は、落ち着いた声でダンテが続けた。


《万寿。聞こえるか? ……怖えーよな。自分の能力に自信が持てなくて、先が見えねえのに色々抱えこまされてさ。でも、ジョニィの言い分も理解して欲しい。俺たちは、どんな状況でも、たとえ一人きりになったとしても、最後まで責任をもって戦わねーといけねえ。どれほどの人間の命がかかっていても、自分のせいで誰かが死んでしまったとしても、今できる最善のことを考えて命を懸ける。それが、俺たち戦闘組織なんだ》


 分かっていた。本当は。


《怖がるお前に無理やり戦えとは言わねえ。逃げたって誰もお前を責めたりはしねえ。だから選べ。お前の意志で。お前がどの道を選んでも、俺たちは仲間だ》


 万寿には、既に答えが見えていた。


「僕は……戦いたいです。戦います」

《――分かった。俺たちもすぐに向かう! 無茶すんなよ!》


 プツン、と通信が切れた。万寿は立ち上がると、ひとつ大きな息をする。

 ――やらないと。そのために僕はここにいるんだ。

 万寿は扉の前に転がっている人間の死体に、そっと手を合わせた。


 もう誰も、殺させはしない。


 その足は彼の屍を越え、指はドアノブに触れていた。

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