Episode.31 知らない顔Ⅰ
怜也はあれから学校へ行くようになった。高堂の様子が変化してからというもの、その周りの取り巻きも怜也に絡んでくることはなくなった。むしろ高堂は定期的に挨拶をしてくれるようにもなっていた。
そんな怜也は、新たなる問題を抱えている。それは、学力の著しい低下。今までまともに授業も受けていなかったのだ。期末試験は散々な結果だった。中間試験は学年最初のテストで内容もそこまで難しいものはなかったが、さすがに四ヶ月の損失は大きかった。
「えー、赤点のものは夏休み中補習を行うため、必ず欠席するように!」
「まじかよー!」
「高堂赤点かよー!」
後ろの方からそんな話声が聞こえてくる。
え、高堂も赤点?高堂、も?
こうして怜也は、このクラスでたった二人の補習を、あの高堂と受けることになったのだった。
◆
「どしたんだ、万寿。急にがり勉君か?」
本当は家で一人勉強に励むべきなのだが、今日は第五部隊の会議があるから、と呼び出されていた。来てみればなんと、ただのお菓子パーティー。楽しくない訳ではないが、ここでまた自分に甘えて勉強を放棄してしまえば、二度とこの教科書を開くことがないような気がしていた。
机に広がるお菓子になど目もくれず黙々と教科書を睨みつけている少年。その様子にすぐさまツッコミを入れたダンテに、怜也は徐に視線を持ち上げながらボソボソと応答をした。
「ちょっと、テストが……」
「なんだ、テストか。んなの適当に書いとけばいいんだよ」
「ダンテさんって勉強苦手そうですもんね」
「なんだとー⁉︎」
教科書を眺めながら答えてしまったもので、つい口からは本音が飛び出していた。慌てて弁解する。
「あ、ああ! 違うんです今のはっ!」
「なーにが違うんだよ! 俺だってな! ちゃんと高校卒業してんだからな! 不登校のお前と一緒にすんなっ!」
「出席してても成績は下の下だったんでしょう?」
るい太も怜也に加勢して言った。するとダンテは乱暴に怜也の教科書をひったくる。
「な、何するんですか!」
「えっと……数学か。いいだろう、俺が家庭教師をやってやるよ」
「えっ⁉︎」
「んだよ、嫌だってのか⁉︎」
「い、いえ! ありがたいです! で、でも、ダンテさんもお忙しいんじゃ……」
「気にすんなって! こないだ出たゲームはもうクリアしちまったし、来週までは時間あるぜ」
本当はるい太の方が教えるのうまそうだし、年も近いしなー、と思っていた怜也だったが、そこで助け船は来なかった。
「えっと、じゃ、じゃあ……。その……」
「おう! 任せとけ!」
「ハイ。お願いします……」
こうしてなんとダンテが怜也の家庭教師をしてくれることになったのだった。
◆
それからというもの、怜也は補習の日までみっちりダンテと二人第五部隊の部屋に閉じこもって、夏の講習並みに教科書と向き合っている。こう見えてダンテは教えるのが上手い。怜也が問題に取り組んでいる間に、次の問題を先に予習して、それを怜也に教えてくれている。実は頭がすごくいいのかもしれない。成績は最悪だとるい太は言っていたが……。
怜也はちょっと気になって、ダンテに学生時代のことを聞いてみることにした。
「ダンテさんは……学生時代、どんな学生でしたか?」
「んー、不良」
……ぽい。異論なし。
「ってのは冗談で、普通の学生だよ。フツーに授業も受けてたし。たまーに遅刻したりすっぽかすだけで出席日数は足りてたし、テストよりもっといい経験値積んでたし」
「それを俗に不良というのでは……?」
「別に俺盗んだバイクで走り出したりしねーよ?校舎の窓ガラス壊して回ったりしねーし」
「好きなんですか、その歌手」
「お! お前好き? かっけーよな、やっぱ!」
「すみません、僕世代じゃなくって」
「世代じゃなくても知ってるんだな! やっぱすげーよなあ!」
ダンテはとても嬉しそうに、その後も彼の歌の話を勉強そっちのけで話していた。
気が付けば帰る時間が過ぎていて今日はほとんど勉強が進まない日となってしまったが、ダンテが満足そうなので良しとする。
「僕そろそろ帰らないと」
「もうそんな時間か? 学生ってのは不自由だなあ」
ダンテはそう言いながらけだるそうに足を組んだ。まだ帰る気配はない。
「ダンテさんは、まだ帰らないんですか?」
「んー、まあ。今日はちょっと用事があるから、暇つぶして帰るわ。んじゃ、また明日なー」
「ありがとうございました」
深く追求することはなく、そのまま部屋を出た。エレベーターのボタンを押したところで、怜也は右手にぶら下げていたはずの手提げかばんを忘れてきたことに気が付いた。別になくても問題はないのだろうが、今まで置き勉をして良いことのなかった記憶が怜也を再び部屋へと誘う。そう遠くはないし、さっと取って帰れば何ひとつ問題はない――。
怜也が扉を開けようと近づくと、中から話声が聞こえて来た。ダンテの声だ。
「わーったよ。じゃあ今日は牛肉にしてやるって。特別だぜ?本当に我儘だなあ、クルミちゃんは」
今女性の名前を呼んだか? ――クルミちゃん……?
「はいはい。じゃあ終わったら連絡しろよ、迎えに行くから。そう遠慮すんなって。そんじゃ、また後でなー」
会話が途切れた。怜也があまりにも扉に耳を近づけていたためか、扉が反応して勝手に開く。怜也は思わず声を上げて廊下にしりもちをついた。
「うわあっ!」
「……なにしてんの、お前」
怜也は立ち上がりながら、盗み聞きをした言い訳を必死に探している。
「い、いや! 違うんですっ! ぼ、僕はただ……。忘れた荷物を取りに来ただけでっ!」
「んだよ、連絡したら持って行ってやったのに。ホレ」
ダンテは怜也の忘れた鞄を軽く持ち上げると、彼に向かって放り投げた。勢いのままそれを受け止めようとするが、その中に大層な辞書が入っていることを思い出し鞄と一緒に再び地面へ転がることとなった。
「重いっ……」
「お前力ねーよなあ。今度筋力トレーニングも訓練に加えとくかー」
ダンテはそう言いながら煙草に火をつけた。
「あ、悪りい。未成年の前では吸わねえようにしてんだけど」
ダンテが煙草をもみ消そうとしたので、怜也は慌てて首を横に振った。
「だ、大丈夫です! 僕もう帰りますから!」
「そう? 気ぃ付けてな」
「はいっ! ありがとうございました!」
怜也はなぜか逃げるようにそこから飛び起きて、エレベーターの前まで駆け足で戻っていく。
――なぜかは分からない。ただ、いつものダンテさんとは少し違うような気がして。無邪気で元気で、気を遣わせないところがダンテさんのいいところで、だから僕もダンテさんが年上であろうと何も気にせず友達のように接していられたのだと思う。なのに、煙草を吸う仕草や、少し低めの声や、暗い部屋の中で前髪を書き上げたその顔が、とてつもなく――いい男に見えた。
「いや、元からいい男ですよ⁉︎」
そこにダンテはいないのに、「んなのいつもだろーが!」と言われたような気がして誰もいない空間に弁解していた。
そう。怜也はまだ、メンバーのことを何ひとつ知らない。るい太は少しだけ過去の話をしてくれたが、それだけだ。どこで暮らして、どんな生活をしているのだろうか。深入りするようなことではないのかもしれないが、るい太はダンテの学生の頃を知っているような口ぶりだった。
第五部隊に所属してから、まだ一ヶ月足らず。知らないことがあって当たりまえだ。しかし――信じている人の中で僕だけが知らない、ということが、とてつもなく寂しい思いにさせたのを怜也はきっと忘れないだろう。
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