Episode.25 蜘蛛頭は誰【裏切られた男】
「てめえ……」
ジョニィは怜也を睨み上げる。怜也はキャンプのために持参したような小さなサバイバルナイフを握りしめ、吹き出すジョニィの血にその手を真っ赤に染め上げていた。
「やってくれたな」
ジョニィは怜也を軽々しく吹き飛ばすと、頸からサバイバルナイフを引き抜く。すぐに血は止まり傷口も修復されたが、足元の地面は真っ赤に染まっている。数メートル先に飛ばされた怜也はゆっくりと起き上がると、再びのろのろ彼女の方へと向かって来ていた。彼の肩についた呪印は徐々に体へと広がっている。ジョニィはじっと目を凝らす。
「巣を展開するだけが呪印の意味じゃないってことか……」
呪印が広がっている皮膚は青紫色に代わり、皮膚がブクブクと膨れ上がっていた。毒が彼の体に作用し始めたのだ。
確かに怜也にだけは解毒剤を投与されていない。それはあまりにも強力で即効性の高いものを現状回復機能がどれほどのものか分からない人間に投与することが難しかったからだ。そこを狙われた。だがジョニィに焦った様子はない。袂から小型のカプセルを取り出すと、パチンと割った。そこには小型の注射器が入っている。解毒剤だ。万が一怜也が毒素に犯されるようなことがあればとるい太から預かって来たのだ。ここは一旦、副反応からは目を逸らそう。
「すぐ解毒してやる。暴れるなよ」
「うっ……じょ、に……さん。に、げて……」
「あ?」
怜也が必死に訴えかける。苦しむようなうめき声をあげると、怜也の顔が半分蜘蛛頭に代わる。
「うわ。きもい」
「ジョニィ、さん。僕、どうなって……」
その時ジョニィの後ろにいたはずの蜘蛛頭が倒れる音がした。何もしてこないのを逆に危惧していたが、ついに行動を始めたか。ジョニィはちらりと後ろを振り返る。そこには顔が溶け、眼球が転げ落ちている男が横たわっていた。もう、生きてはいないだろう。どうやらそれはただの人間の死体らしい。怜也の方を振り向くと、顔がほとんど蜘蛛頭に成り代わっている。
「なるほど。元から体は別人のものだったって訳か。誰かに寄生することでしか生きていけないパラドックス。お前――実験に使われたか」
「…………」
「仲間に裏切られたのか?元は自分の体を持っていただろう。そこまでして復讐を果たしたいか」
「……ウ・ラ・ギ・リ」
「裏切ったのは人間じゃない。お前が仲間だと思っていたリミットだ」
「チガウ」
「……聞いてやるよ」
ジョニィは追求するのをやめて、蜘蛛頭が話し出すのを待つ。蜘蛛男は怜也の口を借りて話し出した。
「オレは……裏切られた。友達に。親友だと、思っていたのに。俺がリミットだと知って、どれだけ体を傷つけても死なないと知って――体を、解剖されて。将来の医療のためだとか言っていた。本当は、ただ、自分のオペでのミスを、俺にあてつけたかっただけなんだ。自分は優秀だから、二度と失敗なんてしないからって。一度のミスで名誉を失ったアイツを俺は、同じ医者として……助けてやりたかっただけなのに――」
「…………」
「死にたかった……。でも、戻るんだ。何度も何度も。死ねないんだ。死ぬ前に身体が先に回復してしまう。だが、傷つけられる痛みはなかったことにはできない。体を引き裂かれるのも、臓器を潰されるのも、その壮絶な痛みは――! 人間と同じように感じるというのに――!」
「……殺したのか」
ジョニィの言葉に蜘蛛頭はうなだれた。
「俺は……友人を殺した。いや、それ以前に何人もの患者を殺してきたのかもしれない。病で苦しみ、痛み、死を恐れながらも早く楽になりたいと願う患者を――。『毒を操る』能力で、安楽死へとつなげてきた。それは救いなのだと言い聞かせて――。でも、本当は……怖かった。俺の手で人を殺しているのだと思うと。俺は人を救うため医者になったのに……! 何が医者だ! 何が安楽死だ! 俺は苦しむ患者を見届けることから、目を逸らしてきただけだった! 俺の能力で何かを変えられると思った! でも、できない! リミットは誰にも受け入れられない! 誰からも愛されない、孤独な存在だ! 天罰だったんだ! 友人に裏切られたのも、俺が今まで殺してきた患者の怨念――! 聞こえる! 俺たちと同じ苦しみを味わえと――! だから俺は――!」
グニャグニャと顔が蜘蛛に代わっていく。
「ナンドでも、死ヌ……俺、チカラ、貰ッタ……ドク、アヤツル……ダケジャナイ。ウマレカワレル……」
「違う。それはお前じゃない」
「イタイ……クルシマナイ……ドクデ……ネムリニツケル……ミンナ……ラクニナル」
「安楽死という名で患者を手にかけてきた時、お前は何度だって頭を抱え悩み悔やんできた。確かにお前の毒で患者を死に追いやったのは事実かもしれない。だが、救ってやりたいと願った心を一言で殺人と呼ぶのは、あまりに卑屈すぎやしないか?」
「モウ、イタクナイ! レイヤ、セイギ! クラフト ノ ウラギリモノ!」
怜也の体を乗っ取った蜘蛛頭はジョニィに毒液を吹きかけながら腕を振り回す。ジョニィがかわして怜也の腕を地面に打ち付け反対方向へ折り曲げても、すぐに回復し向かってくる。
「ウラギッタ! オマエモ、ウソツキ! ナカマ! ウラギル!」
「……なんだって?」
「オマエ! コロス! ナカマ、コロス! デモ、デキナイ!」
「だから怜也を選んだのか?」
ジョニィはぐっとこぶしを握ると、蜘蛛頭を振りぬいた。ぐにゃッと曲がった顔が、じわじわと元に戻る。殴った時についた毒液でジョニィの指は腐っていたが、それもまたすぐに回復した。
「仲間とか、裏切りとか。案外熱い奴だね、お前」
「……?」
「だから殴った。喧嘩の後は皆友達だって言うだろ?」
「トモダチ……ダト?」
「そうだな。お前風に言うと……。苦しんでるみたいだから、殺してやるよ」
ジョニィは地面から銃を拾うと、蜘蛛頭に向けて構えた。すると蜘蛛頭はすぐに顔を怜也に戻す。
「ジョニィさん……やめて! 殺さないで――!」
「…………」
「仲間でしょ⁉︎ ねえ、お願い――!」
ジョニィは口元を釣り上げる。
「殺さないで? 仲間だから? 万寿は――そんなこと言わないよ」
そう言って引き金に指をかける。
「忘れたか? お前に取り込まれながら、こいつの言った言葉を」
「……っ」
「こいつ、自分が死ぬかもしれないって状況で、僕に『逃げろ』って言ったんだ。一番下っ端で何にもできないこいつがだよ? 笑っちゃうよね。そういうこいつが、もしこの状態で言うとしたらなんて言うと思う? 多分ね、万寿はこう言うよ。――『殺してくれ』って」
「…………」
「お前も言われた? 『先生。もう殺してください。楽にしてください』ってさ」
「ウルサイ……」
「こいつは随分とお人好しでね。自分をいじめてたクラスメイトでも、自分の命かけて守ったりするような奴なんだよ。そんな男が、助けてくれなど懇願すると思うか? 万寿はお前とは違う。自分の命を悲観したりしない」
「ウルサイ……!」
「リミットであることを後悔したりはしない。後悔から逃げるために己を捨てたりしない。万寿は強い。僕らの仲間を――返してもらう」
「ウルサイっ!」
思わず蜘蛛頭がジョニィにとびかかる。それを見計らって、ジョニィは怜也の体の下に滑り込む。左手には注射器。そしてそれを、怜也の心臓へと突き立てた。
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