Episode.24 蜘蛛頭Ⅱ【裏切られた男】
「よし。本体が移動したな」
「結界がとけたみたいですね」
ピピピと三人の耳に電子音が響き渡った。
《こちら管理組織、イッチ。1km範囲内に魔物出現。対応願います》
ジョニィが二人に代わり通信を繋げる。
「ハーイ、こちらジョニィ」
《ジョニィちゃん! その声はもう能力解放してるってこと⁉︎》
《何度も発信したのに通信が取れなかったんだよ! 大丈夫?》
「うん。もう出くわしたよ。どうやらパラドックスが巣を作ってたみたいだね」
《巣?》
「自分のテリトリー内では相手に好き勝手させないようしてたってこと。上から見下ろした時、気が付いたんだ。パラドックス中心に半径1km、結界が張られていた。それが通信障害の原因だよ」
《なるほど! ところでまだ、まんじゅうちゃんと連絡が取れてないんだけど》
「何? まんじゅうチャン?」
「アイツは万寿を狙ってる……」
るい太の解毒剤がやっと効いて来たのか、ダンテが虚ろになりながらも伝えた。
「理由は分からねえが、標的は万寿だけみてえだ。アイツが走って行った方に、ここら辺の蜘蛛全部追いかけて行きやがった」
「分かってるよ。だから行かせたんだ」
ジョニィはひょいっと体を宙に浮かせる。
「随分と毒を受けたんだね。能力解放後の君の身体は血液量が増えるから全身に回るの早いんだよ。ま、ゆっくり寝てな」
「おい! 俺も――」
「悪いけど、ちょっとお金使いすぎたんだ。今回のボーナスは僕が貰っちゃうね」
ジョニィは口の端を釣り喘げて笑うと、すぐに空高く飛び上がって行ってしまう。
《能力解除準備出来てるよ!》
「すぐに頼む」
るい太はダンテを寝かせると、全能力をダンテの治療に当てた。
「ったく。とっくの昔に毒で身動きできなくなってたんじゃないんですか? なぜ逃げなかったんです?」
「あー? 野暮なこと聞くなよ。仲間だろうが」
「……世話が焼けますね」
◆
あれから一体どれくらい走っただろう。胸が焼けるほど熱い。坂道を下っていたはずなのに、いつの間にか歩道はなくなって、どう考えても道に迷ってしまった。入り組んだ道のおかげで相手は僕を見失ったらしい。一度立ち止まろう。学校のマラソンでもこんなに走ったことはない。もう、息が、出来ない――。
「捕まえた」
「ひいっ!」
立ち止まった直後に、何者かが肩に触れた。横目でゆっくり確認すると、そこには人間の手。
どうか……。どうか、ジョニィさんでありますように!
そのまま視線をスライドさせる。そこには馬鹿でかい目があって、カサカサうごめく口が近距離で確認できた。
「うげええっ!」
あまりの気色悪さにおかれた手を振り払うと、体勢を崩し背中から地面に着地した。かと思えば、そのまま後転如く足がのけぞりゴロゴロと斜面を転がり落ちる。全身を打ち付ける痛みがなくなったかと思ったら、今度は空が見えて、そのままあの浮遊感に襲われた。
落ちる――っ。
「わあああああっ!」
空中に必死に手を伸ばして、そのまま怜也は谷底へと真っ逆さま。恐怖で目を強く閉じ、身体に受ける衝撃を覚悟する。が、受けた衝撃はあまりにも弱かった。むしろ柔らかく、あたたかなものに包まれているような……。
目を開けると、そこは本日二度目の空中。今度は先ほどのるい太のように片脇に抱え込まれている。
「ジョニィさん!」
「いやあ、よく走ったじゃないか。探したよ」
「アイツは⁉︎」
「あそこ」
ジョニィが長いライフル銃の先で標的を指し示す。おそらく時が止まっているのだろう。自分と一緒に谷底へと落ちて行った岩や土は空中に固定され、パラドックスはそれを覗き込んで見ているのが分かった。
「丁度いい」
「え?」
ジョニィはそう言うと、片手でライフルを打ち抜いた。その衝撃でジョニィ自身の体が揺さぶられ空中を浮遊する。怜也も同様に某遊園地にある足が宙ぶらりんのジェットコースター如く全身を回転させられながら、必死に地上を確認した。強烈な発砲音が耳をつんざくと同時に、谷底に岩がなだれ込んでいく。時が動き出した。
「倒したんですか?」
「まだ。時間稼ぎ」
ジョニィはそう言うと、そのまま空を飛び蜘蛛頭から距離をとる。おそらく敵のテリトリー外に出るのが目的だろう。だが、ジョニィはしばらく進んで、軽い舌打ちを打った。
「おいおい。片足吹っ飛ばしたんだぞ」
「き、来てるっ!」
空中からでも分かる範囲で、蜘蛛頭は追いかけて来ていた。しかも先ほどよりも明らかに足が速い。二足歩行だというのに、その移動速度八本足の蜘蛛並みだ。ジョニィが頻回に飛ぶ方向を変えても、蜘蛛頭は常に見える範囲にその姿を現していた。
「無駄足だな」
ジョニィは逃げるのをやめるとその場にとどまった。
「どうやら君のいる位置が正確に分かるようだ。先手を打たれたな」
「先手って……? 攻撃された、ってことですか?」
「そう。例えばそうだな。失礼」
ジョニィはそう言うと、怜也の服の首元を引きちぎった。破られた服の隙間から見えた怜也の肩には、蜘蛛男の手形の後がべったりと付いている。
「なんだこれ!」
「印だよ。どうやら自分のターゲットが取られないように呪印を入れられるようだね」
「呪印⁉︎ 僕、死んじゃう⁉︎」
「いや。大丈夫。……多分」
「多分って!」
ジョニィは視線を逸らすとわざと話を紛らわせるように、現状の説明を始めた。
「僕がどれほど移動しても巣の形状が変わらないんだ。最初は奴と僕の距離が変わらないからかと思ったが、どうやらそうではなさそうだな。おそらく、巣の中心が『君』に代わったんだろう」
「僕に?」
「その呪印は巣にかかった獲物だ。付けた相手を中心に結界が展開されるようになる。巣から出ることが出来ないようにね」
「じゃあ、逃げても無駄っていうことですか?」
「つまりはそういうこと」
ジョニィは観念したように怜也を抱えたまま地上へと降り立った。その先ではスーツを着た蜘蛛頭がじっとその場に立っている。ジョニィは降り立つと同時に銃を構え相手の胸元を打ち抜いたが、蜘蛛頭は何事もなかった様子でもごもご口を動かすだけだ。よく見ると、撃たれた体は一瞬血が噴き出たのみですでに穴もふさがっていた。
「随分と回復機能に自信があるようだね」
ジョニィはフフッと薄気味悪く笑うと、蜘蛛頭の方へと近づいていく。怜也は降り立った場所でじっと動けずにいた。ジョニィはスーツ姿の蜘蛛頭の前に立つと余裕そうに相手を見つめている。
「大人しくなったじゃないか。さて、ここからは君のお喋りタイムだ。狙いは何だ? 君が彼を襲う理由は?」
蜘蛛男は変わらずもごもご口を動かす。
「悪いが蜘蛛語は分かりかねるんで、人間の言葉で頼むよ」
「――ユ・ル・サ・ナ・イ」
「?」
「ウ・ラ・ギ・リ」
「――っ!」
「うわあああっ!」
蜘蛛頭の言葉とかぶるように、本日何度目かの怜也の雄たけびが森中に響き渡る。二人の周りには、先ほどの大蜘蛛達が包囲していた。
「ジョ、ジョニィさんっ!」
怜也は慌ててジョニィへと駆け寄った。彼女は周囲を確認すると小さくため息をつく。
「こりゃ、数が多いなあ……」
その言葉の直後すぐさま蜘蛛頭の足を払い、地面に突き落として馬乗りになる。そして銃口を蜘蛛頭の口の中に突き付けた。
「さっさと能力解除しろ。それとも、このまま脳天ぶちまけるかい?」
蜘蛛頭の反応はない。ジョニィはにやりと笑う。
「そうポーカーフェイス決めるなって。分かってんだよ、お前の弱点は。その姿から大体予想はつく。人間の体を残せるってことはつまり、防御力を上げる必要がないってことだ。イコール、回復機能が極めて高いということを示してる。実際その通りだったしな」
「…………」
「だが、リミットの唯一の弱点。脳だけは元には戻せない。そのくそきめえ蜘蛛頭も、ぐちゃぐちゃにされたら元には戻せないだろ?」
ジョニィの言葉に反発するように、蜘蛛頭は上体を起こして逃走を図るが、すぐにジョニィの反対の手で首元を抑え込まれ、そのまま再び地面に押し付けられた。より強く銃口を蜘蛛頭の口元に押し込む。
「どうした? 脈が速くなってるみたいだな。図星か?」
「……っ!」
握りしめられた蜘蛛頭の首に、ジョニィの爪が食い込んでいく。
「一瞬でバラバラにするより、このままじわじわと絞め殺しても、僕は構わないんだけ、ど――」
ジョニィが話し終える前に、ジョニィの首をナイフが貫通した。そのナイフを握っているのは、蜘蛛頭ではない。――怜也だった。
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