Episode.22 クラフトにいる理由
その後無事肉を調達してきた三人。近くのスーパーでジュースなども買ってキャンプ場へと向かう。ダンテはハンドルを握りながら、もう片方で差し込む日差しを遮っていた。
「今日暑ちいな! 今頃ジョニィの奴はもっと暑ちい中で爆買いしてんだろうな。なあ、男同士が絡み合ってんのってエモいの? 俺一回読ませてもらったけど、全然良さ分かんなかった」
るい太は鞄の中から分厚い本を取り出しながら、適当な返事をする。
「さあ。価値観は人それぞれですから」
「お前尻に突っ込まれて平気だと思う?」
「痛いのはちょっと」
いったい何の話をしているんだ……?
怜也は二人の会話をただただ無言で聞いていた。半分くらい何を話しているか分からなかったので、るい太の裾を引いて問いかけてみる。
「あの、なんの話ですか?」
「セックス」
「……⁉︎」
単発で返された言葉に何も言い返せず、結局真っ赤になって口を噤ぐ羽目になった。それを見てダンテはガハガハと笑い声をあげる。
「中坊は保健体育でも読んどけー!」
◆
キャンプ場に着き、さっそくバーベキューが始まった。怜也はあまりこういった経験がないのでドキドキしていたが、焼けた肉をダンテが配給してくれるので黙々と食べることに専念してあれこれ気を遣うこともなく緩やかに時間は過ぎて行った。
「あらかた肉は片付いたな。デザートにアイス買って来たけど食う?」
「はい! いただきます!」
「良いって、主役はそこに座ってろ」
ダンテはそう言うと、一人キャンピングカーの中に入って行った。中では涼しい環境で黙々と本を読み進めているるい太がいる。二人で何か会話をしているようだが、外までは聞こえてこなかった。怜也は一人椅子に座ってぼんやりと森の奥を眺める。
ダンテさんも、るい太さんも、僕のためにわざわざこんなことしてくれるだなんて。ダンテさんは全部準備してくれて、今日も動きっぱなしだもんな。本当に優しい人ばっかりだ。なのに、世間からははみ出し者扱いされてるだなんて――おかしいよな。
怜也が物思いにふけっていると、目の前に小さなアイスのカップが差し出された。
「ほれ、アイス」
「ありがとうございます!」
怜也は両手で包み込むようにして、それを受け取る。ふとダンテを振り返ると、彼の手にアイスのカップはなさそうだった。
「あれ、ダンテさんは?」
「俺はコレ」
彼はそう言いながら、プシュッと缶ビールを開ける。
「カンパーイ!」
森にこだまするほどの大声で叫んだ後、缶の中身をぐびぐびと飲み干した。
「はあー! うめーっ!」
怜也はそれを横目にカップを開け、バニラアイスにスプーンを刺した。つい最近まで家に引き込もって、誰とも関わりを持っていなかったのが嘘みたいだ。今では歳の離れた人と一緒にこうして自由な時間を過ごしている。
やはりリミットになれたというのは、人生の分岐点であると怜也は思った。今後も能力がなくてよかっただなんて、決して思うことはないだろう。
しかしダンテはどうなのか。社会人か? 単なるゲームオタクなだけではないような。普段の仕事に影響はないのだろうか。
怜也はあまり踏み込んだ話をするべきではないかもしれないと思ったが、この際だからずかずか物を聞いてみることにする。
「あの、ダンテさんってお仕事なにされてるんですか?」
「んー? クラフト」
「え?」
「クラフトで魔物倒してる」
……それは、そうなんですけど。
「あ、お前知らねえの? ああ、そっか。未成年だから金銭的なのはタンバに上手い事ちょろまかされてんな」
「え?」
「俺らクラフト構成員は、一応全員給料もらって働いてんだよ」
「え⁉︎ そうなんですか⁉︎」
そういえばと、最初に出会った時のことを思い出した。確か給料天引きだー! と言って叫んでいた気がする。つまり彼らがしているこれは、立派なビジネスということだ。
「こっちは命がけで戦ってんだ。金もらって悪いこたあねえだろ」
「そうですけど……。なんか、お金貰って働いてるって言うと急に現実味増しますね」
「結局金なんだよ。金がねえと誰も動かねえの」
ダンテはそう言うともう一本缶ビールを開けた。あまりにも夢もかけらもない言葉に、怜也は眉を顰める。
「ダンテさんは……、お金のために、ここにいるんですか?」
するとダンテは二つ返事で答えた。
「そりゃそうだろ。金がないと住むどころか食うことも危ういからな。それにそれに娯楽も加わんだ。何事も金がないと成立しないのよ。どうせ同じ生きるなら、楽しい方が良いに決まってんだろ? 好きなもんに囲まれて、好きなことだけして暮らしてーじゃん」
「そのためクラフトに?」
「さてね。きっかけなんて忘れちまった。でも、そんなこと今更どうだっていいだろ? 今は今だし、俺はこうやって昼間っからビール飲めて幸せー。お〜い、るい太ちゃんもう一本〜!」
ダンテは二本目のビールも早々に空にすると、上機嫌に車へと声をかけた。やや酔っぱらっている様子だ。
「お前は?」
「え?」
ダンテは立ち上がりながら、空き缶で怜也の方を示した。
「なんでクラフト入ったの」
「えっと、それは……。リ、リミット、だから?」
「……ハッハッハッ! 違げーねえなあ! おめでとう、万寿! その能力のおかげで一生楽して暮らせるぜ!」
ダンテは森に響き渡る声で笑った。
ダンテの言い分も分からないでもない。もちろん生きていくためにはお金は必要だ。それが自分の居心地良い場所で、自分の能力を活かした仕事で得ることが出来るのなら。それは全うで何ひとつ悪いことはない。けれど怜也の中では何かはっきりとしない感覚が渦を巻いていた。
じゃあお金が貰えなくなったら……。ダンテさんはもう、ここからいなくなっちゃうのかな……。
怜也が俯いていると、ダンテは背を向けたまま彼に声をかけた。
「なあ万寿」
「はい」
「長生きしろ? 出来るだけ有意義にな」
「……はい」
ダンテはそう言うともう一度車に「ビール!」と声をかけながら歩いて行く。ダンテの背中を見ながら、怜也は未だ腑に落ちない顔をしていた。
お金のため。でも、それだけならどうして、もっと楽な組織にいないのだろう。いつ死んでもおかしくないような部隊で、最前線で戦う。ただのゲーム好きってだけで、そんなこと出来るのだろうか。
ダンテは車の扉を開けると中を覗き込んだ。そこには運ばれて来た肉を優雅に食しながら、読書に勤しむるい太の姿。ダンテと目が合うと、慌てた様子で立ち上がった。
「あ! 何してんですか! ビールなんか飲んで!」
「あ? いいだろ、別に。無礼講だよ、無礼講!」
「帰り誰が運転すると思ってんですか」
「あー? お前免許なかったっけ?」
「俺まだ十七!」
二人の痴話喧嘩は少し離れた怜也のところまで聞こえて来た。確かに、こんな山奥まで来てどうやって帰るつもりなのだろう。
今日は一旦クラフトにワープして、その後日を改めて車取りに来るとか? さすがに車ごとワープなんて出来ないよなあ……。
怜也が溶けて底に残ったアイスを流し込むように天を仰いだ時、視界に影が差したのが分かった。まるで太陽を雲が覆い隠したような……。
雲。――改め、蜘蛛。しかも、あり得ないほど巨大な。
怜也が悲鳴を上げる前に、その蜘蛛の体にダンテの右腕が貫通していた。
「おいおい、弱い者いじめは良くねえぜ」
ダンテが腕を引き抜くと、その場に大蜘蛛の死体がひっくり返る。緑色の液体がどろっと出てきて、蜘蛛の体液って緑なの、って疑問と、これ魔物ですか、ただの蜘蛛ですか、という疑問が同時に浮かんだ。
「魔物だよ」
「うわああああっ!」
るい太の声と同時に目の前に数十匹と同じような大蜘蛛が姿を現した。怜也は思わず先ほどの蜘蛛の死体如く、その場にひっくり返る。きょろきょろと複数の目が動き回り、怜也と目が合うと素早い動きでこちらに向かってきた。
「だ、ダンテさん! これ――!」
「どうやら、狙いはお前みてえだな」
「へ⁉︎ ぼ、僕ですか⁉」
ダンテがふうと息を吐くと身長がぐっと伸び、ぼこぼこと皮膚が波打ち全身を固いうろこのようなものが覆った。それは見覚えのある悪魔の姿。
「車に戻ってろ」
「で、でも!」
「先輩の言うことが聞けねえってのか? ああ⁉」
「分かりましたっ!」
怜也は慌てて立ち上がると、キャンピングカーの中に転がり込んだ。中では窓越しにそれを眺めるるい太が立っている。
「おかしいな」
「え⁉︎ 何がですか⁉︎ やっぱ緑の体液っておかしいですか⁉︎」
「通信が来ないなんて」
「……っ!」
るい太の言葉でやっと気がついた。
確かにそうだ。魔物が出現した場合、まずは管理組織から連絡が来る方が先のはず。だが、この状況に陥っても何ひとつ機械から通信音は鳴らない。怜也は確認するように耳についている機械をタップするも、何の反応もなかった。
「で、電波障害とか⁉︎ 山奥ですし!」
「そんなはずはない。例え深海五千メートルでも通信可能なはずなのに」
「ダ、ダンテさんっ!」
怜也は車から一人取り残され戦うダンテを見つめる。まさかこの状況で戦い続けるつもりなのか。能力解除申請の出せないこの状況で。
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