Episode.19 パラドックスの裁き
「やれやれ。それにしても学校で悪さするとは、とんだ性悪女だな」
「おっぱいでかいとか何とか言ってなかった?」
クラフトに戻って来た一同は、全員揃って廊下を突き進んでいた。先頭を歩くタンバの後ろに戦闘組織メンバーが続き、ダンテの小脇には先ほどのパラドックスである女性が抱きかかえられている。その後方では、がっくりと肩を落としてノロノロと歩く怜也の姿があった。
「まあ、訓練もしてないんだから気にすることはないよ」
「すみません。何度も、何度も」
発動条件が明らかになっておらず、またしてもワープ中に時を止めてしまった怜也。さらにタイミング悪く管理組織の幹部であるイッチとニィニが不在で、復旧に時間がかかるとのこと。結果、こうやって長い廊下を徒歩で移動しているという訳である。
「にしても0.8秒ですぐ判断して高堂くんを救おうとしたのには驚いたよ」
るい太はしょげている怜也を励まそうとしたのか、明るい声で話題を振った。怜也は重たい頭を持ち上げて、弱々しい声で応える。
「多分ですけど、時間伸びてるんだと思います。さっきのは3秒くらい時間あったかと思うし……」
「そうなんだ。僕らも時間が止まっている間は動けないからね。君の能力がどれほど成長してるかも確認するの大変そうだね」
「え? 動けないんですか?」
怜也は目を丸くしてるい太の顔を見上げた。るい太は視線を前に向けたまま頷く。
「他人の能力にそこまで干渉できないよ。ま、君と同じく時を操れる能力を持ってるなら動けるかもしれないけどね」
はっとして怜也は先を歩くジョニィの背中を見た。橋から落とされたあの日、彼女は自分を救ってくれた。でもそれは、自分が時間を止めたあの0.8秒の間に起きた出来事だったはず。
ジョニィさんも、時間を操れる……?
そのまま考え事をしながら歩いていると、広い背中におでこをぶつける形で立ち止まった。ダンテが突然立ち止まったからだ。
「うわっ⁉︎」
「ぼさっとすんな。着いたぞ」
怜也はダンテの背中からひょこっと顔を覗かせた。そこには今まで見たことのない重厚な扉があった。まるで金庫の扉のようで、いかにも厳重な場所といった感じがした。
「タンバです。戦闘組織とパラドックスを連れて戻りました」
「どーぞ」
タンバの呼びかけにすぐさま返事が来た。その声に反応するように扉は左右に開く。中では今日も今日とて美しい姿のリーダーが待っていた。その手には小さなコーヒーカップが握られている。
部屋の中央に大きな台のようなものがあり、付属する机に見たことない器具が並んでいた。頭上からは巨大なライトが部屋全体を照らし、そこはまるでドラマでよく見る『手術室』のようだった。そう考えるとこんな場所で優雅にコーヒーを飲んでいるリーダーはあからさまに異常なのだが、なぜか彼がすると絵になるのだから不思議だ。
「大変だったね。お疲れ様」
「大した事ねーっすよ」
リーダーの労いにダンテは軽く返事をしながら、パラドックスの女性を台の上に寝かせるように置いた。これでは生贄を捧げる祭壇のようでは、と思ったがさすがにつっこめる状況ではなかったので、怜也は必死に口を噤んだ。
リーダーはそこに寝かされた女性を見ると顔をしかめる。
「随分とひどい火傷の痕だね」
「学生時代イジメにあった際つけられたと言っていました」
「そう」
女性の顔を見ると、半分は真っ赤にただれていた。不思議だ。学校で見かけた時にはこんな状態ではなかったはずなのに。怜也はるい太の服の裾を少し引っ張って、極力小さな声で問いかける。
「あの。あの痣さっきまでなかったと思うんですけど」
「ああ、あれね」
怜也はわざわざ周りを気にして声を抑えていたのに、るい太は部屋中に聞こえる声で返事をした。そのため注目は二人に集まる。
「あ、あの! す、すみません! 気になったもので!」
「いいよ。続けて」
リーダーはニッコリ笑顔を浮かべて手を差し出した。るい太は遠慮なく話し続ける。
「あれが彼女の本当の姿だよ。パラドックスの多くは世の中で言う犯罪者に該当するからね。能力で『顔を変える』人も多いんだ」
「能力が解けたってことですか?」
「そう。この部屋に入ったからね」
「この部屋……?」
怜也は今一度部屋の中を見渡す。手術室には見えるが、それ以外にも秘密があるのだろうか。すると今度はるい太に代わりリーダーが答えてくれた。
「クラフトに所属する者は全員耳に機械が埋め込まれているよね。それを判断基準として、機械の付いていないリミットがこの部屋に入ると能力を制御するようにしてあるんだ。ま、部屋の中に色々小細工があるんだけど……。説明した方がいい?」
リーダーが苦笑いをしていると、怜也は慌てて首を横に振った。ただでさえまともに勉強していない中学三年生の頭だ。理解など到底できるはずもない。
「全部説明するの大変だから助かるよ。さて、じゃあさっさとやっちゃいますか」
リーダーはコーヒーカップをジョニィに手渡すと、両手に医療用手袋をはめた。それを見たメンバーはそそくさ部屋から出ていく。怜也も皆に続いて部屋を出た。部屋に残ったのはリーダーとタンバだけだ。後ろを振り向くとすぐさま扉がぴしゃりと閉まり、中は見えなくなってしまった。
怜也はその場に立ち止まり重たい扉を見つめていたが、他の戦闘組織とるい太は先に歩き出している。はぐれてしまえば二度とここから出られない気がして、怜也は慌ててその背中を追いかけた。
そして再びるい太に質問をするわけだが、先ほど小声にて話しかけたところで無駄だったので普通の声で話しかける。
「あ、あの。どうするんですか?あの人」
「どうするって?」
「あの部屋、なんか手術室みたいで、なんか変な雰囲気だったし」
「手術室だからね」
「え⁉︎」
怜也の驚きの声は先ほどよりもはるかに大声になっていたが、ダンテとジョニィは別の話で盛り上がっているのか振り返りはしなかった。
「と言っても、君に施した手術とは訳が違う。これからあの場で行われるのは『リミット能力者』を『普通の人間』にする作業。どうやってるのかまでは知らない。それはリーダーとタンバさん二人だけが知ってることだから」
「普通の人間……って。能力をなくすってことですか? そんなことが可能なんですか?」
「可能みたいだよ。パラドックスとして人を傷つけた者は、こうやってクラフトに回収され普通の人間となって地上へと戻される。世間一般には殺人鬼なんだけど、リミットを裁く法律はないからね。良くて殺処分さ」
るい太の言葉に怜也は眉間に皴を寄せた。
「どうしてですか? リミットの前に、僕たちは一人の人間ですよね」
「リミットになった時点で、法律では人間として認められていないんだよ」
「え……?」
……人間として認められていない?
「だから公には出来ないんだ。思わぬところで能力が発動してしまい情報が露呈した場合には、タンバさんが駆けつけて小細工を加えているらしいけど。本当のことは誰も知らない」
怜也は言葉を失った。リミットという存在がどれほど人間たちに受け入れられていないかを、身にしみて感じた気がした。
「人として認められる状態にして世界に返してあげる。その後でその人が再び犯罪に手を染めてしまったとしても、今度はちゃんと世の中が裁いてくれる。この方法がクラフトの選んだパラドックスへの『救い』の方法なんだ。目が覚めれば能力も、パラドックスになるきっかけとなった過去の記憶もない。今までのことは全て夢のように思えるだろうね。全てが解放されていく訳だから」
怜也はその場に立ち止まると、再び後ろを振り返った。
リミットになった瞬間から、僕たちは人間ではなくなった。世間から完全に切り離された存在。認められない存在。人ならざる者。冷たい扉のその先で、今まさに一人のリミットが消滅する。普通の人間、普通に戻るだけ。なのにどうしてだろうか。このすっきりとしない気持ちは。
怜也の表情は硬かった。
「幸せ……なんでしょうか」
リミットである自分もあるがままの自分だ。それをなかったことにして、それは本当に自分自身だと言えるのだろうか。今までのことが夢のようだった。夢で良かったと。今手術を受けている彼女もそう思うのだろうか。
怜也が向き直った頃にはすでにるい太はダンテとジョニィの会話に参加しており、怜也への回答はなかったが追究はしなかった。怜也はただ無言で三人の後を追う。
パラドックスは自分を傷つけた人間のことを恨んでいる。受け入れてくれない人間を恨んでいる。だから人を傷つける。目が覚めた時、リミットでも、パラドックスでもなくなった時。
「先生が起きたら、会いに行ってみよう」
彼女の目に映る世界は、どんな色をしているのだろうか。
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