Episode.17 初任務Ⅳ【いじめられた女】
「残念だわ。ここなら多くの人質を取って有意義に戦えると思ったのに」
パラドックスである養護教諭はふふふと声を漏らすように笑った。ジョニィは服についている破片を手で掃いながら言葉を続ける。
「一応暴れる理由を聞いといてやるよ」
「あら、優しいのね」
彼女は羽織っていた白衣の裾を整えながら、正直に話し出した。
「私、この学校の卒業生でね。昔はよくいじめられてたわ。私に非なんてなかった。ただクラスの中心の女の子の好きな相手が、私に惚れてただけ。それで執拗にいじめられてね。理科室にある薬品を顔にかけられたりもしたんだから。そのおかげで顔はただれて、男の子から興味を持たれること以前に学校にも来ることが出来なくなった。そんな時、この力を手に入れたの。『液状のものを操る』能力。ただしそれは人の血限定だったけどね。こーんなに集めるの大変だったんだから」
ジョニィは拳銃をくるくる回しながら空を仰いでいる。
「この世界にはね、欲望だけで相手をいとも簡単に地獄に落とせる人間がいるのよ」
「へえ」
「実際、そこに転がっている彼もそうじゃないかしら?」
養護教諭は未だ床に座り込んでいる高堂に目をやった。
「誰かを従える快感を覚えて、それで自我を保っている。本当は出来のいい兄と比較されプレッシャーから押しつぶされ、親から見放された弱虫くんなのにね」
「や、め…」
ズドン、と銃が放たれた。その弾はパラドックスの右目を貫いている。
「アンタの“苦しみ”は聞いてやるって言ったけど、誰かを傷つけて良いとは言ってない」
それに養護教諭は、ニヤリっと笑う。ジョニィも余裕そうに笑みを浮かべる。
「じゃ、始めますか」
ジョニィの言葉を合図に、相手は懐から血の塊を取り出すとそれを針状にして飛ばしてきた。るい太は戦闘が始まると、素早く地面に何かを書いている。白いチョークで見たこともない印を書いた後、びっと横に線を走らせた。
ジョニィは飛ばされた針を軽く身をひるがえし避けている。それによってそれらは全てこちらへ向かって飛んで来た。
「ぼ、僕が!」
「遅い」
怜也が時間を止めようとしたが、その時には針は到達していた。だがそれは目の前で何かにはじかれてパラパラと粉になっていく。
「え?」
「一時的にここに結界を貼った。この線から外に出ないように」
るい太が描いた印の周りにだけ、管理組織が簡易的な結界を張ってくれたのだ。
結界外ではジョニィが永遠と仕掛けてくる相手の攻撃を空中で避けている。飛ばされた針は避けてもその場で液状化し、少しでも触れれば彼女の体にまとわりついた。少しずつ付着した血の塊は次々と量を増し、ジョニィの羽根の動きを鈍らせていく。
「!?」
あまりの重さにジョニィは地面へと突き落とされた。その間に散らばった液がジョニィの手足を固まらせる。
「これで動けないわね」
クスクス笑いながらパラドックスは近づいてくる。
「思ったよりも大したことなかったわね。本当にアンタが戦闘組織最強なわけ?」
「……」
ジョニィの頭をハイヒールで踏みつけるパラドックス。
「ジョニィさん!」
怜也が思わず叫んで前のめりになった。結界から越えそうになった瞬間、飛び散っていた液が飛び跳ねて怜也に襲い掛かる。るい太が咄嗟に怜也の服を引っ張って結界内に引き戻したので、間一髪食われることはなかった。
「……!」
「油断するな。あれはただの血じゃない。それ自体が意識を持って動いている」
「…?あれがですか?」
「御覧。どす黒い薄汚れた色をしている。人への憎しみを散々吸いこんできた血だ。仲間を求めてる」
「……」
その時バリバリという音が響き渡る。その音の方に目を向けると、そこには固まった羽根をもがれているジョニィの姿が。
「うっ…!!!」
怜也はあまりにも残酷なその光景に両手で口を覆った。助けなければという思いよりも先に恐怖が怜也に襲い掛かる。
(あの、ジョニィさんが…!最強だって言われているジョニィさんが…!!)
「飛べなくなったアンタに、もう反撃なんて不可能なのよ」
「やめ…」
パラドックスはジョニィの背骨にヒールを食い込ませると、そのまま両方の羽根をぼきぼき、と鈍い音を立ててへし折った。
「うあああっ!!!」
「ジョニィさん!!」
ジョニィの悲痛な叫び声が聞こえる。パラドックスはその悲鳴を聞いてさぞ嬉しそうに笑った。
「いいわ、その声が聴きたかったの。さて、回復される前に始末しときましょうかしら」
パラドックスは液を己の腕の周りにまとわせる。それは鋭い刀へと変わった。
「脳天を一突き。楽な死に方で良かったわね。安心して?回復が追い付く前に、ぐちゃぐちゃにしてあげるから」
刀を振りかざした一瞬、押さえつけていた足の力が緩んだのを彼女は見逃さなかった。ジョニィが体をひねらせると、パラドックスの足元が数センチ浮き上がった。
「くそ!」
〘能力解除、準備できました〙
折れた羽根が無作為に動いて相手の視界を遮る。パラドックスは思わず羽根に向かって刀を振りかざしていた。ざしゅ、っという音でその羽根は根元から切り落とされて、ジョニィはその場に羽根を残し体をひるがえす。
「しまった!」
「サンキュ。軽くなったわ」
次の瞬間、ばさっと新しい羽根が背中から生えてきた。液に溶かされた皮膚も自然に治っていく。
「この野郎…回復機能をわざと制限してやがったな!?」
「すぐに羽根を捨てることも出来たんだけどさ。自分でするのってなんだかんだ躊躇すんじゃん?痛いし。その分相手にしてもらうと楽だよねえ。だって、相手を傷つける快感を植え付けた後、いっきにどん底へ引きずり落とすことが出来るんだもんねえ?」
狂気的に笑うジョニィ。これではどちらが正義の味方か分からない。
「くっ…」
「あ、そう。もうアンタの負けだから」
「!?」
パラドックスが周囲を見渡すと、あたり一面に散らばっていた液は飴細工のように固まっていた。右手にまとわりついていた刀状の液も腕ごと固まり、身動きが取れなくなっている。
「な!なんで…!?」
「いやいや、ジョニィが気を引いてくれたおかげで成分解析してすぐ対応できたよ」
るい太がひょこっとパラドックスの後ろから顔をのぞかせた。
「貴様!!」
「もう強がる必要はないよ。苦しまなくてよくなるから」
そう言うとるい太はパラドックスの両目を覆う。直後彼女は意識を失い、るい太にその身を預けた。
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