Episode.14 初任務Ⅰ【いじめられた女】
あれから地上に戻ってきて早三日。三日間何をしていたのかと言うと、何もしていなかった。クラフトには行ったが、戦闘組織の部屋を覗いても誰もいなかったし、他に顔見知りの人もいなかったので初日で行くのを辞めた。というより自分がワープを使う度にエラーコードが出るので、申し訳なくなって行くに行けなくなったと言ってもいい。
タンバに言われた。地上で生きる。僕はそれを選んでしまったんだ。今更やっぱりここで生きるのは嫌ですと言って戦闘組織を抜けれるだろうか。あんなに喜んでくれたダンテさんに申し訳がたたないな、と思いながら部屋のカーテンの隙間から外を覗いた。
「明日、学校行こう」
翌日、久しぶりに制服に袖を通して部屋を出た。そっとリビングの扉を開けると、キッチンにいた母親と目があった。何か小言を言われる前にこちらから言葉を制しておこうと慌てて話し出す。
「学校行く」
怜也が一言言うと、母は財布から弁当の代わりの千円札を取り出した。
「頑張ってね」
怜也はさっとそれを受け取ると、朝食も食べることなく家から飛び出した。
周りからの声を聞くのが怖かったので、大音量で音楽を流そうとイヤホンを耳にあてがう。そこでカツン、と当たって左耳のイヤホンだけが落ちた。そうだ、僕の耳には機械が埋め込まれているんだった。まさかこんなところで思わぬ弊害に出会うとは。その機械は外の音をクリアに鼓膜へと届けてくれる。なんてことだ。人からの言葉を聞かないようにしてきたのに。次はヘッドホンを買うべきか。
そこでやっぱり行くのを辞めようと思い玄関の扉に手をかけたが、ゆっくりと離して学校への道を進み始めた。片耳だけイヤホンをつけて音楽を流す。左耳からは行きかう人の話し声が聞こえてくる。同じ格好の制服の人を見かけると、自分のことを言っているのではないかと恐ろしくなったが、よく聞くとそうでもない。
「昨日のテレビ見た?」
「超カッコよかったよね」
案外どうでもいい会話であることが分かって、足取りが少し軽くなった。イヤホンをしていたら、音をシャットアウトする代わりに、全員が自分のことを話しているんじゃないかと被害妄想に駆られていた。実際、そうでもなかった。
学校に着いて下駄箱をあける。時々シューズがなくなっており、便座の中から発見されることもあるのだが、今日はおとなしく靴箱の中にそろえて鎮座されていた。いたずらされていないか確認してシューズを履くと教室に向かう。
バクバクと心臓がうるさい。怖い。だってあのクラスメイト達は確実に、自分のことを悪くしか言わないんだ。あの男がいる。逃げたい。帰りたい。気持ち悪い。吐きそう。教室を目の前にして、怜也はそこで立ち止まった。ひゅっと音を立てて息を吸い込む。
足が震える。これ以上前に踏み出せない。
地上で生きていくって、こんなに難しい事なのか。他のクラフトのメンバーは一体どうやって生活をしているんだろうか。自分のようにいじめられっ子ばっかりがリミットな訳じゃない。リミットであることが“生きづらい“だけで、普段何事もなく生活出来ている人間からしたら、追加要素が増えてラッキー、くらいなんだろうか。きっと、るい太さんもそうだ。ジョニィさんだって、大学に行ってる。ダンテさんは分からないけど、多分歳的に社会人ぽかったし、皆普通の顔をして普通に生きているんだ。戦闘組織だって?この僕が?釣り合うはずがない。だって僕は、この場所で生きていくのだってままならないのに。誰かのために自分を犠牲にして戦うなんて。
夢を見ていた気がする。強く戦う人に憧れていた気がする。ジョニィさんを見て、僕もあんな風に誰かを無条件で助けられる強い人間になれると思い込んでいたのかもしれない。
僕は、強くなんてなかった。ただ能力があると分かって、うぬぼれていただけだ。
逃げよう。そう思った時、教室の扉が開いた。目の前には高堂がいる。心臓の音がうるさい。気分が悪い。
どうしよう。どうしよう。吐く。吐く。吐く。
「よう、まんじゅう。来たんだ」
高堂が怜也に向かって歩みを進める。怜也はふるえる足で逃げ出すことも出来ない。息の仕方が分からなくなって、頭にちゃんと酸素が供給されていないのではないかと思った。意識が朦朧としてくる。
来るな。止まれ。止まれ!
ぎゅっと目を閉じた瞬間、吐き気が治まった。周りから音が消えた。ゆっくり目を開けて周りを確認する。止まっている。何もかも。風にあおられて落ちていく葉も、廊下で人とぶつかり転がり落ちる筆箱も、こちらに向かって歩いてくる高堂も。すべてが止まっている。
「これが、僕の能力…」
しかし、0.8秒しか止められなかったはず。一体今、何秒止まっているんだろうか。
ここまで、約4秒。一斉に世界が動き出して、再び高堂が自分に向かって歩いてきた。気が付けば目の前には高堂がいて、いつものように薄気味悪く笑っている。
「折れた歯どう?新しく生えた?」
怜也は不思議と自分の能力の高揚感に湧き上がっており、高堂に何を言われても怖くなくなっていた。
「うん、生えた」
「は?何、お前乳歯なのそれ」
馬鹿にした笑い声をあげる高堂と、その取り巻きたち。
「僕、リミットだから」
怜也は淡々と告げると、高堂の横を通り抜けて行った。
「なんだよあの態度。生意気」
「結局何も出来ねえくせに、何がリミットだよ」
「もうちょっと遊んでやった方が良さそうだな」
◆
怜也は教室に入ると自分の席についた。周りのクラスメイトがこちらを凝視しているのが分かる。教室の端の方からわざと聞こえるように声をあげる人もいた。
「うわ、来てる」
分かっていながら、無視をした。ここはたった一人の世界。それは誰からも必要とされない世界ではない。僕だけが、自由に生きていける世界。それを、僕は知っているからだ。
(言ってろ、凡人どもめ)
怜也は鞄の中から教科書を取り出すと、無造作に机の中に押し込んだ。
その日何事もなく最後まで授業を受け終え、怜也はやってみせたという安堵感と達成感に満たされていた。さっさと帰ろうと席を立つと、またしても高堂達に声をかけられた。
「坂下君、遊びましょ」
もちろんのこと、即拒絶だ。
「嫌だ」
「はあ?」
クラス内がざわめく。
「何言ってんのアイツ」
「わざわざ声かけてくれてんのにさ」
明らかに自分のことを悪く言っている女子。なんだ、まるで僕が悪者みたいじゃないか。
怜也は変わらず強気な態度で続ける。
「来んなよ」
「てめーふざけてんじゃねえぞ」
「ふざけてない。あんまり近づくと怪我させるかもよ」
「やってみろよ」
高堂とにらみ合っていると、下から何かが飛び上がってくるのが分かった。足だ。蹴られた。顔の真横に直撃し、怜也は床に転がった。
痛い。怖い。苦しい。
また来た時と同じ恐怖に陥った。早く、早く能力を使わないと。ここから逃げないと。
「ほら、さっさと能力使って見せて見ろよ。異常者」
逃げないと。止まれ、止まれ。
「何してんだコラ。いつまで床に寝てるつもりだよ」
止まれ。止まれ。
「止まれー!」
ピピピ、と電子音が鳴り響いた。
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