Episode.13 ツェッペリン
まんじゅう、改め、怜也。
怜也は戦闘組織の部屋から出ると、無機質な建物内を見渡す。どこを見ても同じように見えるのだが、何かしら法則性はあるのだろう。とりあえず右に曲がって突き当りまで進んでみた。途中にいくつか扉があるが、何も書かれていないので勝手に入るのもなと思いとどまり、結局来た道をただ戻るだけになってしまう。同じく左側も同じで、何の収穫も得られないまま、また部屋の前に戻って来た。
(また今度るい太さんに案内してもらおう)
探索は諦めてエレベータ―前にやってくる。呼び出しボタンは△マークのみ。上にしか行けないのかと思って押してみると、エレベーターは下からやって来た。
(どういう構造?)
そう思いつつ中に乗り込む。
(そうだ。タンバさんいるかな)
怜也はⅡのボタンを押した。扉が閉まると静かにと動き出して、十秒も経たないうちに扉が開く。降りた先はどうせ無機質な廊下が広がっているのだろうと思っていたが、そこは様子が違った。ちょっとしたエレベーターホールのようになっていて、扉が一つ。自動販売機なんて見慣れたものも設置されていて、今まで見ていた別世界から一気に現実に引き戻されたような感覚になった。
(この先にいるのかな…)
怜也は扉に近づくと、軽くノックしてみる。無機質な音が響くだけで返事はなかった。耳を近づけてみようと無意識に扉へと手を伸ばした瞬間、それに反応した扉がスライドして開いた。前傾姿勢になっていたものだから、そのまま転げるように中に足を踏み入れる。
「痛てて…」
床にへばりながらおもむろにあたりを確認すると、なぜかそこは外だった。転んだ際に着いた膝には土がついている。
「外?でもここは地下のはずじゃ…」
そこには、大きな街が広がっていた。
「うわあ。すげえ…!」
まるでそこはヨーロッパの市街地。写真でしか見たことのないような装飾溢れる洋風な建物が立ち並んでいる。明るい音楽と自然の音色、人々の活気が連なる三重奏は心を踊らせた。
入り口から少し先へと進むと市場のような場所があり、多くの買い物客でにぎわっている。馬車一杯に色とりどりの花を摘んだ一人の少女が、厳選した花を丁寧に包み花束にしていた。それを幸せいっぱいの笑顔で受け取る男性。誰かへの贈り物だろうか。
広いカフェラウンジ。穏やかな風の中、氷が溶ける音が木琴のように奏でられた。飲食店が立ち並ぶ中には、不思議な雑貨を取り扱う店も肩をそろえていた。正直全く何に使うか分からないものばかりで、怜也は幾度となく瞬きを繰り返す。色鮮やかなガラスでできたカップがあったので漸く意味あるものがあったと持ち上げてみると、その底は割れておりぽっかりと向こうの景色を映しだしていた。これでは水を汲むことも出来ない。ちょうど店主が近くにいたので、怜也は当たり前に感じた疑問をぶつける。
「これはどうやって使うものですか?」
「あなたが選べばよろしいよ」
「へ?」
店主はにこやかに答えた。
「使う必要がなければ使わなければよろしい。けれど、そこに意味を見出すのが面白いのです。ほら、私はこうやってこのガラスから太陽を覗き込むのが好きなのですよ」
彼はそう言うと、ガラスのカップを太陽にかざした。確かに光り輝いて美しいが、日常的に必要なものであろうか。男は高らかに笑う声をあげると、怜也の手にガラスの筒を返した。
「こういった時間こそ、必要な時がある。無駄は心を豊かにもするものです」
怜也は小さくお辞儀すると、カップを元あった場所へと戻した。
それからしばらく歩いて気が付いたことがある。この街を行きかう人々は皆、どこか満たされているような顔つきをしていた。
花を買っても枯れてしまう、それならそのお金で指輪を買おう。指輪は売れば金になる。底の抜けたコップなど捨ててしまおう。何の意味も為さないのだから。そういう無駄な時間よりも効率性を求めすぎて、地上で暮らす僕たちは心への栄養を軽視している気がした。
猛烈に、寂しくなった。
少し高い場所へ向かおうと階段を上っていくと、学校らしき建物が見えた。そこからブレザーに似た制服を着た生徒が歩いてくる。それぞれが自分の理想について語り合い、希望に満ち溢れているようだった。青い空、白い雲。まさに”青春”という言葉がしっくりくるような心弾む風景。
本当にここは、クラフト内部なのだろうか。あの扉の先は、どこか知らない国に続いていたのではないだろうか。そんなことを思いながらさらに奥へと進む。細い路地裏に入ると、そこには何棟にもわたるアパートのような建物がずらっと並んでいた。似ているようで少しずつデザインが違うが、どれもおしゃれで美しかった。
路地を抜けると開けた場所に出た。その先に見えたのは大きな、大きな海だった。水平線の先は何も見えない。一体どれほどこの場所は広がっているんだろう。
「お気に召しましたか?」
突然声をかけられ、怜也は慌てて振り返った。そこにはタンバが分厚い本を片手に立っている。
「タンバさん」
「ようこそ、我がツェッペリンへ」
怜也はもう一度海を振り返る。足元に迫る砂場には柔らかな波が押し寄せ、キラキラと輝いていた。
「本当にここはクラフト内部なんですか」
怜也の質問に、タンバは小さな笑みを浮かべた。
「どうしてでしょう」
「だって、太陽も空も、海だってあるし…。地下にこんなところ作れるんですか?」
「そうですね。本物に見えるように作っているのでそう見えるのであれば問題ありませんね。ですがこれはいわゆる箱庭です」
タンバは右手にしている腕時計を確認した。
「後五分したら雨が降りますよ」
「え?」
「夕立というやつです。どこか雨宿りが出来るところへ移動しましょうか」
そう言うとタンバは怜也が来た道を戻って行った。怜也も後に続く。少し歩くと、小さなバス停があってその下に入った。内部を見渡すが時刻表などはなく、この路地裏もバスが通るには少し狭い。
「バスが来るんですか?」
「いいえ」
「え?」
「演出です」
するとパラパラ屋根が叩かれる音がして、次第にそれは音を強めた。先程歩いていたタイル張りの道に、大粒の雨が打ち付けられている。
「うわ!大雨!」
「すぐ止みますよ。あと五分もすれば」
怜也は屋根の下から空を覗き込んだ。この水は天井から降り注いでいるのだろうか。急な夕立に駆け足で家に戻っていく人の後姿が見えた。最悪だよ、と聞こえてきそうなところ、耳を澄ますと彼らは笑っていた。なぜ笑うんだろう。
「ここにいる人たちは皆、リミットなんですか?」
「そうですよ」
「ずっとここにいるんですか?」
「任務で外に出る時以外は」
言われた通り五分程すると、次第に雨脚は弱まる。再び空から太陽が照り付け、地面に出来た水たまりには虹色に輝いていた。
「ここにいる者は皆、外で生きていくことを諦めた人間たちです」
「……」
「幼い子だと、虐め、ネグレクト、孤児。大人であっても過去に痛ましい記憶のある者が多い。彼らに少しでも心安らげる場所を提供するのが私の役目でもあります。そしていつか、また地上で暮らしたいと思えるのなら、それでいい」
タンバはバス停から出ると晴れやかな日の光を浴びた。
「私は学校に戻りますが、あなたはどうしますか?」
「学校?」
先程坂の上に見えた校舎のことだろうか。
「あれって何の学校ですか?」
「地上で言う小、中、高、全て揃っています。希望者は大学並みの学びをすることも出来ますよ」
「タンバさんが教えるんですか?」
「そうですね。他に何人か教師役をしてくれる仲間もいますので、私がすべて管理しているわけではないのですが、一応校長、といった立場であるとだけお伝えしておきましょう」
怜也は少し心が弾む。この学校なら、楽しく通えるのかもしれない。
「あの、僕もここの学校に通うことは出来ますか?」
「残念ながら」
タンバは笑みを浮かべたまま返事をした。
「ここを利用できるのは、保証組織に属するものだけ。他の組織を選択したということは、地上で生きることを選んだとも言えます。ですが、後から組織変更を希望することは可能ですので、今からでも保証組織に入れば君もこの学校に通うことが出来ますよ」
「…そうですか…」
少し残念そうな顔をする怜也。その顔をタンバは静かに見下ろしていた。
「戦闘組織に嫌気がさしたら、おいでなさい」
タンバが虹色の道を歩いていく姿を、怜也は静かに見送った。だんだんと街は赤色に染まり、海の向こうには太陽が沈んでいくように見えた。
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