曖昧な時間
僕は彼女とはアプリで出会った。
毎日、仕事ばかりの日々を過ごしていたが、あるチャットアプリで彼女と会ってヤることになった。
彼女はセフレが欲しかったんだと言ってた。
あまり経験もないからこそ、行為自体に興味をそそられるらしい。
最初はぎこちなかったが、あとはスムーズに事が進んだ。
体の相性はとても良かった。
小さな体を抱きしめると、強い力で抱き返されて少し笑ってしまった。
彼女は初めて会った時には、今夜1回限りと相手だと言ったのに、それから毎週僕を誘うようになった。
僕は彼女の話を聞いていくうちに、彼女はとても優しい人間なんだと分かった。
だからこそ、世の中に適合するのが難しく、生きるのに必死だということも知った。この行為を続けるのも、現実から逃げるためらしい。
僕は彼女と時々スーパーやご飯屋に一緒に行くようになった。知り合いに会う度に、彼女は凄く動揺していて、とても可愛かった。
彼女の知り合いや店員さんに、夫婦ですか?と間違われるようになった。
彼女はこの時も動揺していて、また可愛かった。
誰もいない場所に出ると、彼女は僕の手を引いて、よく恋人繋ぎして一緒に歩くことも多くなった。
夜になると、彼女は女になっていった。
体を重ねるごとに、敏感になる彼女に僕は毎回、興奮を抑えられなかった。
ある日僕が、行為中に好きだよと言ってしまった。
セフレは何もしがらみがない調度良い関係を保つことが1番なのに。こうやって好意を寄せられて面倒くさくなって離れていくセフレも多くないだろう。
とっさに出た言葉を訂正しようとしたら、彼女は、それはね、言っちゃダメだよ、と悲しそうな顔で微笑んで言った。
朝になると、彼女が横で寝てて、なんか幸せだなと思った。
セフレなのに。
もう2年になるだろうか。
彼女は僕に急に別れを告げにきた。
夢だった海外へ移住することが決まったらしい。
突然の別れ、しかも日本国内じゃなくて海外。
僕はそれでもセフレという立場を噛み締めながら、そうか、なら僕は代わりのセフレを探さなきゃね、夢が叶って良かったね、向こうに行っても連絡くらいは頂戴ね。と言った。
彼女も笑顔で今までありがとうと言った。
彼女の最後の送り迎えを済ますと、僕は車の中で泣いた。
セフレだから、彼女の生い立ちだって、出身の学校だって、会社だって知らない。年齢だって離れてるし、家だって知らない。
でも一つだけ分かったのは、この世には、彼女のような人間が存在していて、僕が出会ってしまったおかげで、今、この悲しい気持ちだけが残っているということ。
僕と彼女。もっと違う出会い方をしていたら、僕は彼女と一緒に生涯を過ごすことが出来たのだろうか。そんなことを考えながら、僕は空っぽの心臓を無理に動かして、家に帰った。