ハリー・ポッターの思い出。この作品がこの世になければ、僕は筆を取らなかったかも
ホグワーツ・レガシー、なかなか評判いいみたいですね。
自宅のオンボロゲーミングPCでは要求スペックを満たせないので、お預けを食らう筆者は歯噛みしながら知り合いのプレイ感想を聞いているのですが、いい話しか聞かないです。
世界観はまさに理想通りのホグワーツで、子供の頃に小説を読んでワクワクしての妄想していたロケーションそのままだとか。
あと戦闘も思った以上に楽しいと言ってました。
くそぉ……。僕だってホグワーツに入学してぇよぉ!
しかし、年中金欠の筆者は高価なPCやPS5を買うお金すら惜しい。一昨年も月姫リメイクのためにswitchを買うかどうか悩んだくらいだ。生活していれば出費はかさむからなぁ。高価な買い物はついつい控えてしまう。娯楽用品となると尚更。
致し方なく、自宅の本棚にある原作ハリーポッターでも読む筆者なのであった。
しっかし分厚いし重い本だなコレ。
読み方によっては腕が疲れるわ。
とまあ、筆者はファンと言うほどではないもののハリーポッターに思い入れがある人間。自作品で魔法学校ものを投稿する程度には、あのファンタジー世界に惚れ込んでいる。
小学生の頃の青春はハリーポッターと共にあったと言っていい。
遠い昔のことなので曖昧なのだが、最初に触れた媒体は映画だったと思う。
映画で特に印象深いのは二作目の「ハリー・ポッターと秘密の部屋」だ。
筆者が小学校低学年の時はVHSの時代。分厚いブラウン管テレビの下。ビデオデッキ周辺には黒いビデオテープが山のように積み上がっていたのを覚えている。大抵は日曜洋画劇場を録画したビデオテープ。父は洋画鑑賞が趣味だった。
その録画用の黒いビデオ中に、一本だけ青いビデオテープがあった。
そう、それが「ハリー・ポッターと秘密の部屋」。
録画したものではない。ビデオ屋で買ったのだろう新品のハリーポッタービデオが一つだけあったのだ。誕生日プレゼントで貰ったのだろうか? 手元にあった経緯はもう思い出せない。
今思い返すと不思議だ。
なぜ一作目の賢者の石じゃなかったのだろうか?
中途半端に二作目だけとかおかしくない?
まあともかく。見れる子供用の映画はそれしかなかった。
父の映画のセンスは子供の頃の筆者とは合わず、他の録画した映画は見る気になれなかった。今思い返せば面白い映画ばかりだったと思うが、子供には合わない大人向けの映画が多かったと思う。
――そんでもって、そりゃあもう死ぬほど見た。
好きで好きで、何度も見返した。学校から帰ってきた小学生の筆者は、他にやることがないと秘密の部屋を見るのがルーチンワークだった。
なぜだか全く飽きなかった。
それほどあの世界はキラキラしていて夢があった。
見返し過ぎて、登場人物のセリフはほぼ全て覚えてしまうほど。一時期、映画を見ながら吹き替えに合わせて被せアフレコしていたのはいい思い出だな。
すっかりハリーポッターの虜になった筆者は、学校の図書館にあった原作を読み漁った。当時は六作目の謎のプリンスまであっただろうか……?
小学生には少々難易度の高い本だったと思う。分厚い大作だし。
読むのは大変だったけど、でも全部読んだなぁ。ハリーポッターの存在がなければ読書家にはならなかったかもしれない。そう思うと感慨深いものがある。
余談ですけど、許されざる呪文の一つ。クルーシオ(苦しめ!)
これって、「苦しいぉ!」ってことだよね! とか、当時思ってましたw
呪文の元ネタは日本語ではないみたいですね。
あ! そういや、ローマ字タイピングを覚えたのもハリーポッターの影響だったよ! 凄い懐かしいわぁ。
実家に置いてあった最終巻の死の秘宝。その中の名シーンをPCのメモ帳に書き写すために、ローマ字表を見ながら拙いタイピングをして覚えたんだよなぁー。
なんでそんなことしてたのか覚えてないけど。
これも執筆活動の原点だな。
この頃から、小説を生み出す筆者の運命が見え隠れしていた訳だ。
よく聞く話、「ホグワーツから入学許可証が送られてくるのを本気で待っていた」エピソードには流石に負けるけど、筆者にとってハリーポッターシリーズは青春の一部として輝かしい記憶となっている。
あれから何年経っただろうか。
時間は過ぎ去り、無垢な子供だった筆者は一人の大人となった。
随分とつまらない人間になったと思う。「大人とは子供でいられなくなった者の成れ果てである」とは誰の言葉だったか……。
今でもハリーポッター作品を読み返せば面白いと思うけど、あの頃の感動には及ばない。
流石に、これだけを何度も読めば飽きてしまう。
あの頃のように繰り返し見返すことはしないだろう。
飽きるし、何よりそんなプライベートな時間はない。
ちょっとだけ悲しい。
でもだからこそホグワーツ・レガシーで少しハリーポッター界隈が賑わっているのは純粋に嬉しい。
少しだけあの頃に戻れたような気がするから。
ワクワクと懐かしさが蘇ってくるから。
ホグワーツの情景は今でも魂に刻まれている。
日々の仕事や責任の数々に追われる中、それでも空いた時間にファンタジー小説を書くのは、あの世界に恋焦がれているからなのかもしれない。
なろうにはたくさんの作家さんがいる。
皆さんの執筆活動。
その原動力には『憧れの作品』があるからではと、ふと思う。
筆者にとってのハリーポッターのように、筆を取ったきっかけの作品。
あなたにはありますか?
物語を紡ぎたいと思う、或いはもっと多くの物語を読みたいと思う。
そんな、魂の根幹に住まう『憧れの作品』。