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最終話 劇場版 鬼魂 鬼一よ永遠なれ

 少し前までは満開だったはずの桜も、今ではすっかり緑に変わっている。

 その新緑の桜並木の中を、俺はゆっくりと歩く。すれ違う人たちから向けられるのは、入学時から相も変わらず好奇の目。以前の俺ならば、その視線を避けるために足早に歩いていただろう。

 でも、今の俺は違う。そんな視線を気にすることなく、ゆっくりと歩く。隣を歩く人物の小さな歩幅に合わせ、視線からそいつを守るように。

 俺の横を歩くのは、長い黒髪の美しい少女。いや、少女って言うのには少しばかり成長しているかもしれないが、それでも大人と言うのにはまだ早い。俺たちを例えるなら、そんな年齢だろう。

 正直に言えば、周りの視線を一身に集めているのはそいつの方で、俺はおまけみたいなもんだ。

 艶やかな長い黒髪に、透き通るように白い肌。まるで御伽噺に出てくるお姫様みたいなそいつは、すれ違う男たちどころか、女の視線さえも引き付けている。

 しかしながら、コイツが昔のままだったなら、ここまで人の視線を集めることはなかっただろう。その上品な雰囲気にそぐわない、少しばかり吊り気味の目。わずかにへの字に曲がった口。長年貫いて抜けきらない癖が人間臭さを醸し出し、ただ人形のような美しさではない、不思議な魅力となっている。もっとも、これは俺個人の感想だが……。


「そういやさ、髪、すっかり黒くなったみてえだな。もう染めなくていいのか?」


 俺の質問に、少女は伸びた髪を弄りながら答える。


「ああ、金髪にしてた部分は全部切っちゃったしな。手入れには気を遣うけど、髪も痛まないし楽でいいよ。それに何より、受験じゃ印象悪かっただろうし」

「おう、俺もその方がいいと思うぞ。なんせ……、スゲー綺麗だしな」

「なっ……!へ、へんなお世辞言うんじゃねーよ!」

「おっ、お世辞じゃねーよ。ホントにそう思ってるから……」

「あ……、あり……がとう……。つ、つーか急がねーと、講義始まっちゃうんじゃねーのか。オレ……、私なんかに合わせて歩いてねーで、さっさと行けよ!」

「まだ時間はあるし、平気だよ。それに、一緒に歩きてーんだよ。だって俺たち、付き合ってんだから……よ」

「そ、そっか……」


 そんな俺の言葉に、隣を歩く少女……那澄菜は、俯いて顔を赤らめる

 そうだ、傍から見れば子供のお遊び程度のことかもしれない。でも、俺は誓ったんだ。ずっと那澄菜のそばにいて、守ってやるって……。

 

 あの事件から半年以上が過ぎて、季節は春となり、俺と那澄菜はなぜか大学生になっていた。いや、那澄菜が大学生になることになんの疑問もない。むしろ不思議なのは、なぜ俺が……ってところだ。


「そういやさ、今日ママがご飯食べに来いって言ってるんだけど……」

「おっ、いいな。久々の華澄さんのメシ」

「久々って……。先週食べたばっかだろ」

「いや、それくらい待ち遠しいほどに美味いってことだよ。それに一人暮らしのメシって、結構いい加減になっちゃうんだよなぁ」


 夏休み明けから、俺は独り暮らしをしている。それは、さすがに恋人となった男女が同じ屋根の下で……というのはマズイという、華澄さんの配慮からだ。

 もっとも、そんな金があるはずもないし、一旦は施設に戻ろうとした俺だった。だが……。


『うふふ。付き合い始めなんだし、二人っきりで楽しみたいこともあるでしょ。この家ではダメだけど、外に出ちゃえば私が口を出せることじゃないからね。でも学生なんだし、赤ちゃんはまだダメよ。それと、私も時々遊びに行くからね。その時は、い・ろ・い・ろ・と、よろしくねキーちゃん。ちなみに、私は赤ちゃんができちゃっても、なんの問題もないからね。ふふふ……』


 などという、円城家に一悶着起こしそうな提案に、ついつい乗っかってしまったわけだ。

 とはいえ、施設でも散々にやってきたことだし、自炊や家事もそれなりに頑張っているつもりだ。それに何より、俺を信頼し学費や生活費を出してくれる華澄さんに、顔向けできないような生活はできない。まあ、時々フェンリルさんの所でするバイトで、多少の蓄えはあるんだけどな。

 

「んじゃさ、いつもどおり夕方に行くって言っといてくれよ。楽しみだなぁ」

「ふーん……、あっそ」


 だが、俺の返答に那澄菜はなぜか不機嫌そうだ。というか、俺達って付き合ってるのに、な~んか距離感があるんだよなぁ。これってやっぱり、そういうことなのか?二人の距離感ってのは、物理的な距離(・・・・・・)に比例するんだろうか。そう考えると、つくづく先週の出来事(・・・・・・)が悔やまれる。

 

「おい、どうしたんだよ?」

「フン……、べっつにー。ただ明日は休みだし、少しくらい遅くなっても平気だから、私がご飯作りに行ってやろーと思ってただけだし。でもどうせ私が作るより、ママのほうが美味しいしな」

「いやいや、そんなことねえって。那澄菜の作ってくれる飯も十分に美味いよ。また今度頼むな」

「フン……」

「なんだよ、なに怒ってんだ?」

「別に怒ってねーよ!」

「いやいや、怒ってんじゃねーか。わけわかんねーよ。確かに明日は休みだし、ちょっとくらい遅くなったって平気だけどよ。それがなんだって…………って、遅くなってもって……、え!?そ、それってまさか…………。い、いいのかよ!?」


 だが俺の問いかけにも、那澄菜は返事をしない。そっぽを向いたまま、真っ赤な顔をしているだけだ。

 え?つまりこれって、『先週のリベンジ』……ってことでいいのか? 

 俺の中で華澄さんの『飯』と、那澄菜の『ソレ』が猛烈に天秤にかかる。しかしながら、華澄さんの飯は天秤の皿に乗った瞬間、一瞬で宙の彼方まで吹き飛んでしまった。

 それはそうだ。華澄さんには申し訳ないが、男にとって初めての『ソレ』ほど重要なことはない。すみません華澄さん!けっして貴女の料理をないがしろにするわけではないんですが、わかってください。今夜は、今夜だけは……。貴女の息子の『ムスコ』がオトナになる、大事な夜なんです!!

 心の中で土下座した俺は、那澄菜に向き直る。

 

「そっ、そうだな、せっかく那澄菜がメシ作りに来てくれるんだし、華澄さんのほうは断るよ。えっと……。そうだ!施設のチビどもと約束してるってことにでもして……」


 口は開けど、俺の心はここにあらずだ。頭の中では今夜のシミュレーションに余念がない。

 部屋は時々みんなが様子を見に来るから片付けてあるし、掃除もしてある。見られて困るモノ(亮太に借りたエッチなDVD。あくまで那澄菜とそうなった時の、参考のためだ!)も隠してある。

 ホントはアウトだけど、緊張をほぐすためのお酒とか用意しておいた方がいいんだろうか。那澄菜は真面目だから飲まないけど、円城家の家系なのか、実は嫌いってわけでもないんだよなぁ。

 さらには肝心かなめ、もっとも重要な『アレ』も、先週買ったモノが保管してあるから大丈夫。実践こそできなかったものの、サイズも先週装着して確認済みだ。よくわかんねーけど、一箱あれば足りるはず……だよな?でも、もしも朝までねだられたりしたら……。

 えっと、手順はやっぱ上からだよな?まずはキスで雰囲気を盛り上げてから、上半身から徐々に下半身を攻めて……。『先週』も嫌がらなかったし、間違ってないよな?いや、痛がったってことは、まだまだ準備が足りない?でも、初めてだから痛いのは仕方ないんだろうし……。


「やれやれ、朝っぱらからイヤらしい密談をしないでくれるかい。それに、二人ともバカなのかい。鬼一はともかく那澄菜までいなかったら、あの女たちのことだ、一発でバレるに決まってるだろう。澄麗さんなんか、ここぞとばかりに押しかけて来るんじゃないかい?」

「ひ、秘密子!?って、そりゃそうか……。じゃあ、どうやって言い訳すりゃいいんだよ……」


 最早講義どころではなく、舞い上がっていた俺に不意に声をかけてきたのは、誰あろう秘密子だった。

 そもそも、どうして秘密子までもがこんなところにいるのかと言えば、それはもう、俺にとっては筆舌に尽くし難い……じゃなくて、感謝してもしきれないくらいの恩があるからだ。

 

 あの日……、那澄菜をアヤカシ化から救った俺は、真剣に将来を考えることとなった。そりゃそうだ。少しばかり気が早いかもしれないが、一生守るって誓った以上、ちゃんとした将来設計を持つべきだと思ったからだ。

 その結果として俺が目指したものは、『教職』だった。もちろんいい加減に考えたわけじゃないし、俺が力仕事以外できることはやっぱり柔道で、スポーツだ。つまり、俺の目指すのは『体育教師』。それは、俺の特技を生かせることだと考えたからだ。

 もちろん一獲千金を狙うなら、フェンリルさんや御門さんの元で修行をするという手もあった。だが、そんな不確かなもので那澄菜の将来を不安にするわけにはいかない。たとえ地味でも、コツコツと真面目に働くのが一番だ。

 幸いにも那澄菜と秘密子、二人の目指すものが同じ教職であったこと、さらに言えば、秘密子は推薦を決めていて、時間的に余裕があったことも大きかった。もっとも、おかげで家庭教師が二人となり、高校受験以上の苦しみを味わうこととなったのも確かだが……。

 おかげでこの春から、俺たちはめでたく大学生となった。

 もっとも、通っていた高校の系列校ということだし、もしかしたら理事長の娘である、リサリサ先生の口利きで……、などと考えないこともない。でも、あの人は適当になように見えても、筋の通らないことは嫌いなはずだ。だったら、きっと俺は実力で合格できたのだろう。


「二人の言い訳なんか知ったこっちゃないよ。というか、ただれた大学生活をエンジョイするのもいいけど、デキちゃって途中退学……なんてのは勘弁してよ。二人とも授業料免除の僕と違って、高いお金を出してもらってんだから」

「おまっ……!なんつーこと言うんだよ秘密子!そっ、そもそも俺たちは、まだそういうんじゃねーよ」

「あれ?そうなのかい。付き合って半年も経つうえに、鬼一のアパートにも結構通ってるんだろ?てっきりシまくりヤリまくりだと思ってたのに」

「ヤヤヤ……、ヤリ……って。なんてこと言うんだよ!つーか、私よりもなんでもかんでもすぐにそう考える、お前の方がイヤらしいんじゃねえのか?」

「はいはい、悪かったですね。でも、それはそれで遅くないかい?」

「わっ、私たちは私たちのペースがあるからいいんだよ!そーゆーのは、まだ早いっつーか……」

「えっ!?」


 ショックのあまり、思わず声が出てしまった。いやいや、秘密子の前だし、そういう態度取ってるだけだよな?今夜…………だよな!?


「だっ、だいたい、ちょっと挿れようとしただけであんなに痛いなんて、おかしいだろ!なんでみんな、あんなに痛いこと平気でできるんだよ。そっ、それに、そもそも鬼一のが……、その……、大きすぎ……」

「バッ、バカっ!那澄菜!!」

「モガッ…………あ!」


 そう、それはつい先週の出来事だった。ついに結ばれようとした俺たちであったが、いざ突入!という段階であまりに痛がる那澄菜を見かねて、さすがに断念したのだった。

 

『な、なあ。男ってその……、そんな状態(・・・・・)が続くと苦しい……んだよな?よければその……、手でシてやろうか。な、なんなら、初めてだから自信はないけど、鬼一がして欲しいなら、その……、くっ、口とか……でも……。』

 

 さすがに申し訳なく思ったのだろう。しょげ返る那澄菜からは、そんな提案がなされた。

 その言葉に、一も二もなく飛びつく俺……などではない!優しく那澄菜を抱きしめ、その提案を断った。那澄菜と一緒にいるのは、ただヤリたいからじゃない。好きだから、お互いに気持ち良くなりたいから、ちゃんと出来るようになるまで待つんだと。

 そんな俺を、那澄菜は顔を赤らめ潤んだ瞳で見ていたし、きっと惚れ直してくれたのだろう。

 もっとも、那澄菜が帰った後に激しく後悔はしたが、途中経過と那澄菜の恥じらった顔を思い出し、その夜は随分と捗ったのも確かだ。不謹慎かもしれないが、那澄菜をオカズにしたんだし、浮気じゃないよな?

 そして那澄菜の今日の発言は、そんな俺の紳士的なふるまいも多大に効果的だったのだろう。ホンの一週間ほどで、再チャレンジできるとは。

 つまりは、今晩期待していたリベンジとは、覚悟を決めた那澄菜がもう一度挑戦してくれるということで……。何を差し置いても優先すべき最重要事項なのは、童貞男子ならわかってくれるだろう。


「ふ~ん……。まだシてはいないけど、『試みた』ことはあるわけだ。そして今夜こそ……ってとこか」

「あ、あははは……」


 慌てて那澄菜の口を塞いだものの、時すでに遅し。ジットリとした目を向けてくる秘密子に対し、笑って誤魔化すしかない。

 

「そっ、そうだけ……ど…………。でも、私たちは付き合ってんだからいいじゃねーか!」

「別に悪いとは言ってないさ。でもねぇ……。ふ~ん。さっきまで、まだ早いなんて嘘言ってたくせにねぇ」

「くっ……。そ、それよりお前こそ最近、赤神といいカンジらしいじゃねーか」

「なっ……!」


 攻守逆転、今度は秘密子が顔を真っ赤にする番だ。

 

「あっ、あれは赤神君があまりにしつこく誘ってくるから、一回くらいは……って映画に行っただけだよ!それに華澄さん原作の映画化だったし、元々見に行くつもりだったんだ。たまたま赤神君に誘われたから一緒に行っただけさ。そっ、そもそも、なんでそんなこと知って…………ハァ……」


 そこまで言いかけて、秘密子も悟ったのだろう。そう、一緒に出掛けたことが嬉しすぎて、周りに吹聴しまくる馬鹿など一人しかいない。


「よう鬼一!相変わらずお前ら仲が良いな。鬼ノ元さんも、おはよう!」


 まるで空気を読まずに声をかけてきたのは、元気な馬鹿……。じゃなくて、誰あろう亮太だ。

 赤神亮太。高校2・3年と連続で全国制覇を果たしたコイツは、てっきり有力な大学への進学か、実業団入りを果たすと思われていた。だが、何を考えたのかこの大学の教育課程、しかも俺と同じ体育学部を選択したのだ。

 当然のごとく、進路はぜひウチへと亮太詣でをしていた大学や企業は、上へ下への大騒ぎとなった。


『ま、俺は競技をし続けたいわけじゃないしな。いずれは引退する身だし、だったら後進の指導をできる環境が一番いいと思う。もちろん柔道だけじゃなく、人間的にもいろんなことを教えたいんだ。それにな……』


 最後に亮太はニヤリと笑った。まあ、それもそうだ。ガキの頃から知っていればわかることだが、コイツは勝負にはこだわれど、自分が最強になりたいとかって考えではなかった。それに、新入生が入部してきたときを思い出せばわかる。亮太は大きな目で柔道界、ひいては若者の未来を見ている。そんな亮太に、教師というのは天職なんだろう。

 それに亮太が最後に笑った理由。それを思うと、少々頭が痛くなる。その理由とは……。

 スポーツ……、主に武道における新たなる階級、『無種別級』の認定。亮太が進路を決めた、最大の理由だ。

 『無差別』ではなく『無種別』。それはつまり、人間以外の種族も参加できる公式試合の階級だ。

 もちろん、まだまだ過程の段階だし、ルールや種族ごとの参加階級などの取り決めが考慮されている段階だ。

 本当の意味で公式になるのはまだまだ先だろうし、立ち位置としてはエキシビション、本音を言えばある種のやっかいな『人権団体』や、アヤカシに対するガス抜きの意味の方が大きいだろう。

 だが、どんな種族であろうが試合には出られる。これに飛びついたのが、誰あろう人間である亮太だった。

 

『おい鬼一、そこで真剣勝負だ!表舞台で決着つけようぜ!!』


 早くても開催は2年後だし、それ以前に亮太は来年開催される、国際大会の代表候補なのだ。そんな明らかに不利かつ危険な勝負に出ることを、周りが許すはずもない。もちろん、『普通ならば』なのだが……。

 

『柔道の推薦で入学したり、企業なんかに所属しちまったら、それこそがんじがらめになっちまうだろ。だからこそこの学校に入ったんだしな。それに……』


 眩しいくらいの笑顔で、亮太は笑う。

 

『心配しなくたって、俺は来年世界を制す!そんでもって、もはや人類に敵無し!次は無種別に進出だ!!って堂々と宣言してやるよ。誰にも文句は言わせねえ』


 まあ、亮太の思い通りになるかはわからないし、対戦前にどっちかがあっさりと負けちまうかもしれない。それに、そもそも簡単に世界一になんかなれるわけがない。

 ただし、コイツは赤神亮太だ。有言実行、秘密子に告白するためだけに、全国一になった男だ。俺と対戦したいがためだけに、世界だって制しちまいそうだ。

 俺にできることは、どうあろうと亮太を信じるのみ。やれやれ、高校で引退だと思ってたんだけど、まだまだ稽古に励むしかないか。親父さんにはカッコつけちまったけど、当分稲荷坂家に通うことになりそうだ。

 二度と会うことはないとカッコつけた手前、毎週のように道場に通うのは気まずかったが、それはそれだ。銀狐もいい稽古相手ができたと喜んでくれているようだし、顔には出さないが親父さんも歓迎してくれているようだ。もちろん、那澄菜には銀狐はあくまで稽古相手、絶対に浮気はしないと誓ったうえでだが……。ただ、月狐さんの俺を見る目……。な~んか企んでるようにも見えるんだよなぁ……。

 そして、あれ以来銀狐も変わったようだ。

 どんな心境の変化か、随分と後輩の面倒も見るようになったし、稽古もつけるようになった。今ではすっかり、女子部の主将として部員の信頼も得ているようだ。

 もっとも、女子部員はともかくとして、男子部員は柔らかい物腰になった銀狐に対し、下心満載のようだ。残念ながら俺の見るかぎり、奴らの実力ではその想いが報われることは限りなく低そうだが……。

 

「と、ところで鬼ノ元さん。実は『たまたま』テーマパークのチケットが2枚手に入りまして……。よっ、よければ明日のお休みに、一緒に行きませんか!」

「またかい?先週映画に行ったばかりじゃないか」


 まあ、うんざりした秘密子の表情からもわかるとおり、週末近くになると繰り広げられる、毎度の光景だ。もっとも、一緒に映画に行ってもらえるだけ、進歩したのもたしかだろう。

 

「誘ってくれるのはありがたんだけど、そんなに毎週は無理だよ。それに週末は用事があるんだ。もう約束しちゃってるし……」


 そう言うと秘密子は、若干バツが悪そうに那澄菜を見る。その表情を見て、俺と那澄菜はその『用事』の内容を悟る。

 

「なんだ、またママと満月先生のトコかよ」

「べっ、別にいいだろ!せっかくこんな身近に、プロの作家がいるんだし……」


 そう、なんと秘密子は、華澄さんとその友人である満月先生に、小説の手ほどきを受けているのだ。

 あれから華澄さんの正体を知った秘密子の中では、随分と葛藤があったらしい。だが、好き嫌いと趣味と実利。それらを考慮しても、華澄さんの小説を捨てることはできなかったようだ。

 そもそも、秘密子が華澄さんを嫌ってたのも、俺を取られるかもという危機感からだったしな。今となっては、それも無意味なことだろうし。

 小説家、それは秘密子のもう一つの夢だ。

 

『も、もちろん教師だって、本気で目指すさ。それに小説家なんて、簡単になれるものでもないし。でも、いつかは僕だって……』


 もちろん秘密子の夢を馬鹿にするつもりはない。俺みたいに流されて生きてきたヤツには眩しすぎるくらいだし、夢のためにしっかり土台作りをする姿勢は尊敬できる。

 

「だからごめんね。まあ、これに懲りずにまた誘ってよ」


 一方的に断るのではなく、次回の含みも持たせる……。亮太の努力が実を結び、少しずつだが秘密子も変わってきているのだろう。


「大丈夫です!でしたら俺は、施設でチビちゃん共の面倒を見てますよ。ですから鬼ノ元さんは、安心して用事を済ませてください!」

「あ、ありがとう……。まあ、狐次郎(こじろう)鬼璃娘(きりこ)も赤神君に懐いてるし、正直助かるよ」


 そう、こともあろうか亮太は、家族ぐるみの懐柔作戦も実行しているのだ。

 さすがに珠魅たちは成長して、常に面倒を見るほどではない。だが、悲しいかな施設には、未だに新しい子供たちが入ってくる。妖狐の狐次郎や、俺たちと同じ鬼の鬼璃娘はまだまだ幼稚園児。常に面倒を見る相手が必要な年齢だ。

 秘密子もだんだんと忙しくなる中、大活躍したのが誰あろう亮太だ。コイツも十分に忙しいと思うのだが、合間を縫ってチビどもの相手をしてくれている。むろん秘密子に対する下心も多分にあるのだろうが、今では俺よりも懐かれているんじゃないだろうか。うん、けっして嫉妬ではない……はずだ。


「て言うか、のんびりしてていいのかい?僕と那澄菜は2限からだけど、体育学科は1限からなんじゃないのかい」

「あ…………」


 秘密子の言葉に、俺と亮太は顔を見合わせる。そしてそんなのんびりとした空気を引き裂くように、慌しく予鈴が鳴り響く。


「やべっ!走るぞ亮太!」

「おう!廣瀬教授の講義、1分でも遅れると単位くれねーしな!」


 慌てて駆け出す俺たちの後ろからは、那澄菜と秘密子の笑い声。

 

 俺たちがこの先どうなるのかは、誰にもわからない。

 それは神様もアヤカシも、百戦錬磨のフェンリルさんもだ。さらには、全てを知っているかのような御門さんや、たとえ三千年以上生きているという、クーコさんでさえも……。

 だから俺は家族を尊敬し、仲間を大切にし、愛しい相手……那澄菜を愛す。

 

「那澄菜ぁっ!愛してるぞおぉぉーーーーーーーーーっ!!」


 駆け出しながら、ドサクサ紛れに叫んでみる。後ろから何やら怒っているような声が聞こえるが、知ったこっちゃない。お詫びは今夜、ベッドの中ではたくさんしてやるよ。

 隣を走る亮太からの呆れたような視線を受けながら、俺は講堂へ、そして未来へ向かって駆けて行くのだった。

 

~鬼の金棒は眠れない!? 俺とママと三姉妹&幼馴染の夢工場ドキドキハーレムパニック 完~

 のっけからふざけたタイトルですみません。サボりや仕事の忙しさもありましたが、ようやく完結です。ハーレム物というのは、関係を濁す、誰かとくっつく、全員とイチャイチャハーレム展開など、様々な終わり方があると思います。もちろん好みは人それぞれでしょうし、物語の展開から推しヒロインが変わることもあると思います。もっともこの物語については、私の技量不足もあり、ほとんどの方の予想どおりだったかと思います。昨今の流行り?は、ここから『If』へと繋がるのでしょうが、今のところ予定はありません。気が向いたら書いてみようかとも思いますが、まあ読んでくださる方からの需要も無いでしょう……。次作は、思いっきり『なろう風』のベタなタイトルを付けた作品を書いてみるつもりです。約1年の連載。お付き合いくださった方、本当にありがとうございました。

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