73 悪魔を愛する歌 Loving For The Devil 7
「好……好きって…………、お、おま……、こんな時に、冗談……」
だが、俺は慌てて言葉を飲み込む。
そうだ、さっき同じようなことを言って那澄菜の気持ちを疑い、秘密子を怒らせたばかりじゃないか。それに、いくら秘密子といえども、こんな状況で冗談を言うとは思えない。
え…………?てことは……。
「いや、す……、すまん。冗談なんかじゃ……ない……んだよ……な?」
そう、顔を真っ赤にして俯く、こんな表情の秘密子は今まで見たことがない。つまりは、今の言葉は真実ってことで……。
「………………うん。本気…………だよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!いや、待ったからって、どうだってことじゃないんだが……。つ、つまりお前が亮太の告白を断ったのって、俺の……せい……」
俺は生唾をごくりと飲み込む。額からはなんだかわからない汗がにじみ出てくるし、亮太に対する罪悪感と秘密子の感情に対する驚きが一気に押し寄せてきて、パニックになりそうだ。
「鬼一のせい……ってのは語弊があるね。そもそもあの時はまだ、鬼一に対する感情が本当に男と女としてのものかって不安もあったんだ。それに、そんなあやふやな感情の中で赤神君の告白を断ったのは私自身なんだし、けっして鬼一のせいなんかじゃないよ」
「じゃ、じゃあなにか?今はその感情が、その……、男と女のものだって、断言できる……と」
「………………うん。でも…………。それを実感できたのが、那澄菜に鬼一を取られちゃうんじゃないかって嫉妬からとはね……。鬼一は純粋に、那澄菜を助けたいって一心からの行動なのに……。それなのに私は……」
そう言うと、那澄菜は目を伏せる。
「醜い……し……、最低………………だよね」
それは、初めて見る秘密子の表情。辛そうで、悲しそうで、泣きそうな……。そして、今にも消えてしまいそうなほどに……。
ガキの頃からずっと一緒に育ってきたというのに、今日だけで俺は、いったいどれだけ秘密子の『初めて』を見るのだろう。
「バッ、馬鹿言ってんじゃねーよ!お前の優しさは、俺が一番よく知ってんだよ!だから、ちょっとくらいやましい感情があったからって、自分を卑下することなんかねえよ!!そもそも、そんなこと言い出したら俺はどうなんだよ!俺なんか華澄さんたちに、家族に欲情して自分で……。それこそ最低じゃねえか!!」
「…………ありがとう鬼一。でも、私は……」
「うるせーよ!お前は俺の大切な仲間なんだよ。それになんだよ、急に『私』だなんて、女みたいな……。い、今までどおり、『僕』じゃダメなのかよ」
そうだ、秘密子はけっして自分勝手なヤツじゃない。一見自分本位に見えて、その実仲間のために自分を殺し、犠牲にできるヤツだ。そうじゃなければ、毎日毎日自分の時間を削ってまで、チビどもの相手などできるはずがない。それに、ガキってのは正直だ。心の底から好きじゃなきゃ、あんなに懐くわけがねえ。
俯き、拳を震わせる姿を見て、嫌というほど秘密子の葛藤が伝わってくる。
「ごめん……。でも、言ってしまった以上後戻りはできないんだ。私と那澄菜、鬼一はどっちを選ぶんだい?いや……、どっちをなんておこがましいか……。あんなに色っぽい母親やお姉さん、可愛い後輩に妹もいるんだ。それに、女から見れば那澄菜の本当の素顔なんて想像がつくさ。僕なんか足元にも及ばないくらい、綺麗な素顔が……。その誰もが鬼一を慕ってる。私みたいに女らしくないのの出る幕じゃないよね」
寂しそうに笑う秘密子に、俺は何も言葉をかけることができない。
「それに、優しい鬼一のことだ。那澄菜をほっとくなんてできないだろ?」
「ぐっ……」
痛いところをつかれ、俺は押し黙る。
「フフ、どうしたのさ。鬼一は那澄菜がアヤカシになろうとしてるのを助けようともしない、そんな冷たい奴だったのかい?」
俺を挑発するように笑う秘密子に対し、さすがに俺も腹が立ってくる。
「さっきから聞いてりゃなんだよ!俺だって那澄菜を助けてえよ!!でも……、好きでもない相手にそんなフリをするなんて、最低の行為だって言ったのはお前じゃねえか!」
「那澄菜のこと……、好きじゃないの?」
「違げーよ!いや、別に…………、嫌いってわけじゃ……ねえけど……」
「那澄菜のことは、その程度の感情なの?それじゃあ、アイツのことは諦めて、私と付き合ってくれるの?」
「なっ、なんでそうなるんだよ!?そっ、そりゃあ、秘密子のことだって嫌いってわけじゃねえけど、俺たちは家族みたいなもんで……。それに、あの那澄菜だぞ?俺なんかと釣り合うわけがねえんだよ。もしもだぞ……、もしも本当に付き合ったとしたって、結局はすぐに愛想尽かされるさ」
「それは……どうして?」
どうしてもこうしてもあるか。あの那澄菜だぞ。それに、華澄さんや澄麗さん、美澄ちゃんだって勘違いしてるだけだ。たまたま危ないところを俺に救われたってだけで、そんなものはただの高揚感、吊り橋効果みたいなもんだ。
「考えてもみろよ。アイツがあんな格好しだしたのも、家族を守るためなんだぞ。自分がどんなに叱られようが怒鳴られようが、華澄さんや美澄ちゃんを守るためにあんな風になったんだ。あの成績からもわかると思うけど、本来はすっげー真面目な優等生なんだぜ。それに実は、お前も気付いてるとおりすっげー美人だし。実際に見たら、想像以上でビビるぜ?小学生のころの写真なんて、どこの国のお姫様だよって感じだったしな」
「ふんふん……。他に良いところは?」
「あぁん?良いところ?……って、それ以外にはあんまねーぞ。すぐに暴力振るうし、口は悪いし、俺の行動を逐一監視して目くじら立てやがるしな。だいたいアイツが怒る時ってのは、ほぼ事故とか澄麗さんのせいで、俺のせいじゃないんだぜ。それなのに……。まあ、美澄ちゃんが意図的に……ってのはあるけど……。でっ、でも、エッチな事故は俺がわざとやったんじゃねえぞ!」
「へぇ~。エッチな……ねぇ……。しかも小学生相手に?」
「だっ、だからそれは、俺のせいじゃなくてだな……。そもそも寂しがり屋のくせに、他人と触れ合おうとしねえしな。アイツ、キャラ作りが過ぎて、半分自分がわかんなくなってんじゃねえか?卒業までに、友達作る気もなさそうだし」
「他人と触れ合おうとしないのは、あの家に行く前の鬼一もそうだったろ?」
「ぐっ……。まっ、まあ……な」
「でも……。口惜しいけど、あの家に行った後の鬼一は、前よりもずっと……。フフッ。それだけはあの女たちに感謝かな」
「は?ナニ言ってんだよ?」
「フフッ。こっちのことさ。それで?」
「え?あ……、おう。ホントはビビりのくせに、やたら強気だったりするしな。だいたい人使いが荒いんだよ。そんなに心配なら、自分で澄麗さんを迎えに行きゃいいのに。まあ、結果的には俺が行って正解だったんだろうけど……。でも、それだって結果論だろ?それに……」
いつしか俺は、秘密子に対し那澄菜に対する不満を言いまくっていた。
「でよ、あの時だってこうだったんだぜ。いい加減酷ぇと思うだろ?それに……、あん時の那澄菜、チンピラに絡まれて怖くて漏らしてんのに、まだ悪態吐くのやめねえんだぞ。なんとか助けようとしてる、こっちの身にもなれってんだ。いくら喧嘩なら勝てる自信があったって、俺だって怖ぇモンは怖ぇんだ。刃物とかマジでビビるしな。そもそも、腰が抜けて立てないのに、俺が手ぇ貸してやるってのも断るし、いったいナニ考えてんだか。あ……、や、やべえっ!お、おい、那澄菜が漏らした話は内緒だぞ。二人だけの秘密なんだ。もしも話したのがバレたら、マジで殺され……」
「あは……、あははははははははははははははははははははははは!くふっ……、くひひひひひひひひひひひひひ……」
途端、弾かれたように秘密子が笑いだす。腹を押さえ、これ以上はないと言うくらいに体を捩らせながら。
「おっ、おい、秘密子……?」
「あははっ……。よくもまあ、そこまで良いこと悪いこと……、くふふ。いや、この場合は悪いことのほうが大半だけど……出てくるものだね」
「は?そ、そりゃあ、3年近くも一緒に暮らしてきたんだし……」
「それなら、他の家族に対してもそれくらい出てくるのかい?もちろん良いことも悪いことも含めてね」
「そ、そりゃあ……」
言われて考えてみるが、華澄さんたちに対しては基本良いことが前提だ。もちろん澄麗さんの悪戯には思うこともあるが、不思議なことに那澄菜ほど腹が立つこともない。
「ははは。その顔はどうやら、そこまで思いつくことはないってことだね。だったら……、僕に対してはどうだい?」
「は……?」
いつの間にか秘密子の感じがいつものものに、そして一人称が『僕』に戻っていることが気になったが、今は言われたとおりに秘密子のことを考えてみる。
「どうだい?那澄菜よりもあったかい?」
「いっ、いや……」
もちろん、那澄菜などよりはるかに長い付き合いの秘密子だ。多々思うことはあるが、不思議と那澄菜ほど言いたいことがないのに気付く。
「ふふふ……。その顔は、那澄菜ほど言いたいことは無いって顔だ。もちろんそれは、僕が優秀であるが故なんだけどね」
「よく言うぜ……。つーか、それがどうしたってんだよ」
俺の問いかけに、見たことのないほど寂しそうな顔で秘密子は笑う。だが、それも一瞬のことだ。それは俺が、勘違いだったのかと錯覚するほどには……。
「つまり鬼一は、いっつも那澄菜のことを見てたってことさ。ようするに口でなんと言おうが、那澄菜のことが気になって仕方がない、好きで好きで好きで好きで、好きで…………。そして………………、大好きで仕方がないのさ」
「はあぁぁぁぁっ!?」
秘密子の発言に、文字どおり開いた口が塞がらない。
「おまっ……、な、なに馬鹿な事……」
「物心ついた頃から一緒に暮らしてきた僕よりも、たった3年にも満たない付き合いの那澄菜のことを、そんなにわかってるんだ。今ははっきりと自覚していなくても、鬼一は那澄菜のことを好きなんだよ」
「いっ、いや、でも……」
「それに、気付かないのかい?さっきの那澄菜の悪口を言う鬼一……。とっても楽しそうで、嬉しそうで、自分の感情をさらけ出して、そして……………………」
そして秘密子は笑う。慈愛に満ちた表情で……。
「とっても優しい目をしてた。それがどんな感情か、僕にはわかるんだ。僕がどれだけの間、鬼一を見てきたと思ってるのさ」
「う……」
「それに、那澄菜を助たいって思う鬼一の心。それはただの同情とか友情、家族愛じゃないよ。本当に……、本当に真剣なものを感じたから」
「そ、そんなんじゃ……」
「じゃあ、目を瞑ってみなよ」
「は?」
「いいから!」
「お、おう……」
有無を言わさぬ秘密子の迫力に、言われるがままに目を瞑る。
「深呼吸して、落ち着いて……。そう、今頭に浮かぶのは誰のことだい?」
「だ、誰って……。こんな状況なんだから、那澄菜だろ……」
「その那澄菜は、どんな表情してる?」
「は?」
「言われたとおりに!」
「わ、わかったよ」
質問の意図がわからず困惑する俺だったが、秘密子の勢いに押され言われるままにしてみる。
「那澄菜は……。怒ってるな」
「それは鬼一が、いっつも怒られるようなことばかりしてるからじゃないかい?」
「違げーよ。華澄さんのスキンシップを過剰だって目くじらたてるし、澄麗さんが仕掛けた悪戯を俺のせいだって思い込むし、俺が美澄ちゃんに妙なことしてるって勘違いするし。だいたいアレは美澄ちゃんのほうから……」
脳裏に浮かぶのは、いつもの目くじらを立て俺を怒る那澄菜の顔。けれど……。
「でもさ、那澄菜も良い所あるんだぜ。怒ってる顔ばっか目立つけど、よく考えたらアイツが怒るのって、基本家族のためなんだよな。家族思いだし、真面目だし、ホントは優しいヤツなんだよ。あんな格好してるのだって、みんなを守るためなんだし。しかも、それを決意したのが中学に入る前だってんだからな。もっとも、今じゃやめ時がわかんなくなっちまったみたいだけど。笑っちまうだろ?」
「…………うん」
「アイツって、秘密子とよく似てる……、いや、そっくりなんだよなぁ。意地っ張りで、強がりで、そのくせビビりで。でもホントは優しくて、他人のために一生懸命になれて……。だから放っとけないっつーか、心配になるっつーか……」
「…………う……ん」
「だから……さ、俺は那澄菜を………………、助けてやりたい。あんなに心配してくれる華澄さんたちを悲しませたくないし、なにより、那澄菜をアヤカシなんかにしたくない。もちろん、アヤカシ自体が悪いってわけじゃない。でも、もしもサキュバスになって、無差別にそこらの男と……、なんて考えたくもない。アイツだって、ホントはそんなことは望んでないはずだ。だから、俺は那澄菜を助けてやりたい!俺にできることなら、どんなことだって!…………っ!?」
頬に伝わる何かを感じ、言葉を止める。気付けば、俺は涙を流していた。
「……っ、すまん。ちょっと感情的になっちまった」
「いいよ、鬼一の気持ちは十分にわかったから。さあ、早く那澄菜の所に行ってあげなよ。鬼一が那澄菜を助けてあげたい理由……。そんなのは家族のためとか、本人のためとかじゃないのさ。好きだから……、愛してるから、自分のために助けたいんだよ。鬼一の心の中にはもう、那澄菜が大半を占めてるのさ」
「だ、だからそんなわけ……」
だが、俺はそれ以上言葉を繋ぐことができなかった。そうだ、これまでの秘密子との問答で気付いてしまったのだ。自分の心の中で、一番大きなウエイトを占めているのが誰かということに……。
「そんなに時間もないんだろう。グズグズしてるうちに、那澄菜がアヤカシになったら取り返しがつかないよ。………………さあ、もう行きなよ」
秘密子の言葉に、俺は決意する。
「わかった。すま…………、いや、ありがとう、秘密子。お前はホントに……、俺の最高の幼馴染で、仲間で、友達で、大切な…………家族だよ」
「フフ……。いいってことさ。お姉ちゃんとしては、不器用な弟の面倒を見てあげるのも大切な役目だしね」
「ハハ……。俺が弟かよ。でも……」
妙な構図だが、俺は姉の頭を撫でる。優しく、精一杯の愛情を込めて……。
「サンキュ。俺は大切な家族の姉ちゃんと、かけがえのない親友の亮太がいたからこそ、道を踏み外さずに生きてこれたよ」
「…………うん。僕たちに……感謝しなよ。それと、もう一つだけ忠告……、ううん、お願いがあるんだ」
「……なんだ?」
「あまり時間がないのはわかってる、でも、もう一人……。もう一人の鬼一を慕う子……、彼女にも、きちんとけじめをつけて行ってほしいんだ」
「もう一人って……」
「今の鬼一なら、それが誰かくらいわかるだろう?不器用なあの子が、秘めた想いにも。って、周りから見たらバレバレだし、気付いて無いのは鬼一くらいのもんだったけどね」
「…………ああ。今さらながら、自分が情けねえよ」
「フフフ。それじゃあ、名誉挽回のために急ぎなよ。那澄菜だって、いつ変身してもおかしくないんだろ?」
「おう…………。ホント、ガキの頃からお前には、頭が上がんねえよ」
「フフ……。男の子はいつまで経っても子供だからね。それに、鬼一は人一倍わかりやすかったから」
「ケッ……。俺が親に捨てられても、鬼でもよかったって思えたのは、秘密子に会えたからだよ」
「うん……、僕もだよ。鬼一と同んなじ鬼に生まれたことは、僕の誇りさ」
「おう……。感謝するぜ秘密子!じゃあな!!」
言うが早いか、俺は駆け出していた。
☆ ☆ ☆
「………………。頑張りなよ、鬼一……。あ~あ、終わっちゃった……。フフ、敵に塩を送るなんて、私らしくなかったかな。でも、これでよかったんだよね……。アイツと鬼一のためにも、これ……で……、よ……か…………ふぐぅっ……」
「あれ?キーチにーちゃんの声が聞こえたと思ったんだけど……。え?ヒミコねーちゃん?ねーちゃん!どうしたの?なんで泣いてるの!?」
建物から出てきた少女は、目の前のただ事ではない情景に気付き、慌てて泣いている少女に駆け寄る。
「な……、なんでも……、なんでもないよ珠魅。目に……ゴミ……が、入った……だけだか……ら……」
「で、でも、ヒミコねーちゃん……」
「大丈夫よ珠魅。ここは私に任せて」
「ユキ姉?で、でも、ヒミコねーちゃんが……」
「大丈夫だから。いいから……、ね?」
「う、うん……。わかった……」
渋々ながらも建物へと戻った少女を見送った後、当初から成り行きをじっと見守っていた雪女は口を開く。
「よく頑張ったわね、秘密子。ちゃんと自分の恋のために戦って、相手の幸せを考えて……。貴女は私の、最高で最上で最強で、そして……、最愛の自慢の妹よ」
「ふぐっ……。ゆ……、雪姉……。私……、わた……し……。ホ、ホントに鬼一のことが………………。うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
その時の俺は知る由もなかった。その夜の秘密子が、雪姉の胸で一晩中泣き明かしたということを……。
秘密子編、決着です。話はガラリと変わりますが、先日遅ればせながらパット・マルティーノ氏の訃報を知りました。洪水のように音が溢れ出るマシンガンのようなピッキング、かと思えば不思議な世界へと引き込まれる東洋風のフレーズ。音楽素人の私が専門的なことは語れませんが、素晴らしいジャズギタリストでした。私の一押しは、ベタですがアルバム「Live!」より「Sunny」です。素晴らしい音楽を聴かせていただいたことに感謝するとともに、ご冥福をお祈りします。さて、話は戻り次回は、もう一人のヒロインの話へと移ります。




