72 悪魔を愛する歌 Loving For The Devil 6
「鬼一?ボーっとしてどうしたのさ」
「秘密……子?お前、こんなところでなにを……」
目の前の秘密子の姿に、俺の頭は一瞬パニックになる。なんで円城家に、しかも突然に秘密子が……。
「こんなところって……。なに言ってんのさ、ここは施設の前じゃないか。それよりも、鬼一こそ大丈夫なのかい。真っ青な顔でフラフラと歩いてて」
「施設って……。お前、なに言って……。え……?あれ、いつの間に……」
☆ ☆ ☆
『鬼一君はどうしたいのですか?それに、君の那澄菜さんに対する想いは……』
『なっ、那澄菜は………………。大切な…………家族の……一人で……。いつも強気だけど、ホントはすっごい弱虫で……。それに、いつも自分のことより家族のことを優先して心配して……。そっ、そんな那澄菜相手にそんなこと、考えたこともなくて……。だっ、だから那澄菜が俺のことを、その……、そんなふうに想ってるだなんて、未だに信じられなくて……』
『その気持ちはもちろんわかります。俺だってまさかリルさんたちが……。ああ、すみません、こっちのことです。しかしながら、もしも鬼一君と那澄菜さん、お互いが両想いであれば、あっさりと解決する事案であるかもしれないんです』
『それは…………。その……」
『突然のことで、無理を言っているのはわかっています。人の感情を無理強いすることはできませんが、今のところはそれが最善手だと思います。ただ、君にもわかると思いますが、フェンリルさんや狗巫女さん然り、アヤカシは意思次第で人の姿を保つこともできます。親御さんには酷もしれませんが、このままでも彼女が落ち着けば、普段は今までどおりの姿を保つことが出来るかもしれません。むろん、それは彼女が本能に飲み込まれず、理性を取り戻すことが前提です。しかし、もしも彼女が本能の赴くままの存在となったとしたら……』
『…………っ。すみません、少し……考えさせて……ください』
☆ ☆ ☆
俺はいったいどうするべきなのか。いや、どうしたいのか……。
御門さんの問いに返すべき言葉の見つからなかった俺は、少しばかり時間を貰いその場から離れた。
いや、違うな……。自分自身どうすればいいのかわからなくなった俺は、その場から逃げ出したのだ。
もちろん、行くアテもなくフラついていただけだし、施設を目指していたわけでもない。ただ、無意識のうちに俺の原点……、そして秘密子に救いを求めていたのかもしれない。
「いったいどうしたってのさ。随分と顔色も悪いし……。ま、まさか、アイツの身に……!」
「違うんだ。いや、解決はしていないんだけど、容体が急変したとか、今すぐどうこうってことじゃなくて……」
「そ、そうか……」
俺の言葉に、ホッとした表情を見せる秘密子。
そして俺はその姿に確信する。なんだかんだ言ったって、二人はもう十分に友達と呼べる存在となっているのだ。
「なあ秘密子……」
「なんだい?」
「正直に答えて欲しいんだ。那澄菜のこと……、好きか?」
「はぁ!?なっ、なに言い出すのさ!ぼっ、僕は別に、そんな趣味は……」
慌てふためく秘密子を制するように、俺は言葉を繋ぐ。
「どう答えようと、茶化すつもりはねえよ。それに好きかどうかってのも、変な意味じゃねえよ。友達としてどうかってことだ」
「…………。そ、そりゃあ、悪いヤツじゃないとは思ってる。それに、僕とアイツの目指す将来は一緒なんだ。知り合った当初はアレだったけど、少なくとも今は同じ夢を目指す同志……、まあ、言い換えれば…………友達……だと思ってる。図書館での勉強会だって張り合いができて、その……、ちょっとは楽しかったさ。だからこそ、元気になってほしいし、一緒に頑張りたい」
「そっか……。そうだよな」
俺の真剣な表情に、何かを察したのだろう。強がることもせず、少しばかり顔を赤らめながら、本当の思いを口にする。
「そっ、そもそもなんでそんなコト聞くのさ!…………。それって、もしかして鬼一が……アイツのコト……」
「ちっ、違うぞ!そういう意味じゃなくて」
少しばかりジットリとした視線を送ってくる秘密子に、慌てて言い訳をする。だけど、俺はなぜここに来たのか、誰かにこの不安を聞いてほしかったんじゃないのか?
冷静に考えれば、同性である亮太に相談するのが一番のはずだ。だが、俺は無意識のうちに施設に足を運んでいた。それはきっと、秘密子を物心ついた時からの付き合いである家族、同士、兄妹、もしくは…………として、信頼しているからではないだろうか。
「なあ秘密子……」
「なんだい?」
「その……、お前を見込んで相談だ。それにその……、那澄菜を助けなきゃなんねえし……。だっ、だから、最後まで黙って俺の話を聞いて欲しいんだ!」
「まったく……。鬼一は相変わらず固いってか、クソ真面目だよね」
「…………っ!秘密……子!?」
不意に頭部に感じる、暖かく柔らかい感触。それはけっして、華澄さんのように暴力的に甘く柔らかい感触ではない。比べれてしまえば真っ平と言ってもいいほどだし、少しばかり固く、弾力性に乏しいものだ。
しかしながら、俺の頭を抱えるその腕は熱く、とても優しい。それは遠い昔、二人で一緒に眠っていた頃の、無邪気な温かさを思い出す……。
むろん、秘密子の身長では、お互い立ったまま俺の頭を抱えられるはずはない。だが、不思議なことに秘密子に触れられた瞬間、吸い込まれるように身をかがめていた。
「僕と鬼一が、どれだけの付き合いだと思ってるのさ。どんなことを聞いたって受け入れるつもりだよ。だから、不安なこと、心配なことがあるなら全部話してみなよ」
「秘密……子……」
秘密子の胸元に抱かれ、俺はゆっくりと語りだしていた……。
☆ ☆ ☆
「そっか、那澄菜が……」
「ほっ、ほらな、笑っちまうだろ!?あの那澄菜が俺のことをなんて……。なんの冗談だってんだよ、なあ」
今さらだが、実際に口に出してみればあまりの恥ずかしさに、俺は作り笑いを浮かべて茶化してみる。きっと秘密子だって、あまりの馬鹿馬鹿しさと二人の釣り合わなさに、笑ってくれるはずだ。
「鬼一にとっては、笑っちゃう程度のことなのかい?」
「え……?」
だが、秘密子からは予想外の答えが返ってくる。そして俺を見つめるその瞳は、少しばかり怒りの込もった真剣な眼差しだった。
「不器用なアイツが恋をして、鬼一の全部が欲しくて、無意識とはいえ大事なものを捧げる覚悟で大胆な行動までして、僕らと同じアヤカシになっちゃうかもしれないくらい真剣に悩んでるのを、鬼一は冗談だって笑い飛ばすのかい?」
「い……、いや、そんなつもりは……。その……、すまん……」
秘密子の真剣な瞳に気圧された俺は、素直に頭を下げる。
「…………こっちこそゴメン。僕も少し意地悪だった。鬼一が真剣に悩んでアイツを心配してるのなんて、見ればわかるさ。さっきも言ったけど、どれだけの付き合いだと思ってるんだい」
「お、おう……。そう考えたらお前はガキの頃から、周りにいろいろ気ぃ遣って生きてきたしな……。他人の感情を読み取るなんて朝飯前ってとこだろうな」
そりゃあそうだろう。いくら鈍い俺だって、秘密子の顔を見ればどんなに隠してたって、機嫌の良し悪しくらい一瞬でわかる。それだけ長い付き合いなのだ。
いつからか他者と関わるのを嫌い、勝手に生きてきた俺と違い、秘密子は常に周りの顔色を伺い、気を配って生きてきたのだ。そんな秘密子が俺ごときの感情を見通すのは、朝飯前だろう。
「…………。違うんだけどなぁ……。私が……ずっと見てたのは…………」
「あ?なんか言ったか?」
「いいや、なんでもないさ」
秘密子がポツリと呟いた言葉は、よく聞き取れなかった
「それで?鬼一はどうするつもりなのさ」
「どうするって……」
「アイツを人間に戻すには、鬼一と両想いになればいいんだろ?あとは鬼一の気持ちしだいじゃないか。二人が付き合えば、めでたしめでたしなんだろ?」
「おっ、おま……、そんな簡単に……!そもそもそれだって、元に戻るかもしれねえってだけだ。だいたい、そんな理由で女の子と付き合えるわけないだろ!亮太だって、そんな理由で付き合うなんて許すはずがねえよ」
そりゃあ御門さんの言うとおりなら、その方法ならあっさりと解決するのかもしれない。だが、人の気持ちを考えず簡単にそんなことを言う秘密子に、少しばかり腹が立ってくる。
「それじゃあ、鬼一はアイツが人間に戻れなくてもいいってのかい?」
「うっ……。そういうわけじゃ……。それに、御門さんが別の方法を探してくれてるし。それにもしもサキュバスになったとしても、もしかしたら、俺みたいに普段は人間の姿で生活も……」
「運任せなんて、鬼一らしくないね。それに、普段は人間の姿でって言っても、本能に抗えなくなった時はどうするんだい?欲望を解消するために、手当たり次第にそこらの男と寝るのかい?」
「なっ……!那澄菜はそんなヤツじゃねえよ!!」
「それは鬼一の願望だろう?鬼一だって、鬼の姿に成った時はどうだったのさ?本能に抗えず、自分を虐げてきた周りの人間が憎くて憎くて、全て壊してしまおうと思ったんじゃないのかい?」
「うっ…………。そ、そんなこと……」
だが、俺は思い出していた。初めて鬼の姿に成った時のことを。さらには、あの男の前で感情的に自分の姿を晒した時……。あの時の俺は、確かに目の前の人間を殺してもいいと思っていた。ただ単に、目の前の邪魔な『物体』を壊すくらいの感覚で。
「それに、鬼一が那澄菜に応えてあげる以外に、ほかに確実な方法が見つかるとはかぎらないんだろ?」
「ぐっ……。だ、だったら、俺が恋人のふりをするってのは……。そっ、そうだ!とりあえず付き合うってことにして、那澄菜を人間に戻した後にちゃんと説明すれば……」
そうだ、これって案外いい作戦じゃないのか?
那澄菜だって意識を取り戻した後に冷静に考えれば、俺のことが好きだったなんて一時の気の迷いだって気付くだろう。今はきっとサキュバス特有のナニかが働いて、身近な男に特別な感情を抱いていると錯覚しているだけだ。
我ながらいい考えを思いついたと目の前の秘密子を見た俺は、その表情を見て言葉を失う。
「鬼一……。それは…………本気で言ってるのかい?」
長い付き合いの俺たちだ。当然ながら、秘密子が怒る顔なんてうんざりするほど見てきた。だが、今の秘密子の表情は生まれて初めて見る。それほどまでに、本気で怒りを込めた目で俺を見ている。
「好きな人に好きって言われる……。それがどれほど嬉しいことか、鬼一にはわからないのかい?それを……。後から嘘だよ、冗談でした!?ふっっっざけんなよ!テメエがそんな、人の心を弄ぶようなクズだとは思わなかったよ!アイツが……、那澄菜がどれだけ鬼一を好きか、わかってんのか!!」
「ひ、秘密子……?でも……」
「たとえそれで人間に戻れたとしたって、その後の那澄菜の気持ちはどうなるんだよ!好きな人に告白されて、人間に戻れて……。そんな幸せの頂点から、不幸のどん底に叩き落されるんだぞ!!テメエはそんなことをするような、クズヤローだったのかよ!」
「そ、それは……。そ、そうだよな……。すまん……」
激高した秘密子を見て、さすがに浅はかだったと思う。俺は那澄菜を元に戻すことを優先するあまり、アイツの気持ちを考えてやることができなかった。
例えばだが、秘密子が亮太の告白を受け入れた後、実は冗談でしたなんてやったら……。亮太の落ちこむ様が手に取るように想像できるし、俺はおそらく秘密子に激高し、軽蔑するだろう。今の俺は、それと同じことをしようとしていたのだ。
「もちろん、鬼一がアイツを助けたい一心で言い出したのはわかってるさ。でも、アイツの気持ちも考えてやってほしいんだ」
「ああ……。だけどさ、正直未だに信じられないんだ。那澄菜が俺のことを……、なんて。本人の口から聞いたわけでももねえし、周りの推察だけなんだぞ。そもそも華澄さんたちだってそうだよ。本人でもねえのになんでわかるんだよ!?」
自分でも、この期に及んで見苦しいと思う。だけど、どうしても信じられないのだ。
「そりゃあわかるさ。あの女たちだって、アイツと同じく鬼一を好きになったんだろ?家族として、女として、まして同じ人を好きになって……。そんなお互いの感情がわからないわけないだろ」
「う……。ま、まあ、なんとなくはわかる気がするけど……。だ、だったら秘密子はどうしてなんだよ。どうして秘密子は、那澄菜が俺のことを……って、言い……切……れ……」
そこから先の言葉を、俺は口にすることができなかった。
そうだ。秘密子は今、確かに言ったはずだ。同じ人を好きになった相手の気持ちくらいわかると。
そして俺は秘密子の顔を見る。その表情は少しばかり上気しているが、何かの決意を秘めた真剣なものだった。
「…………わかるさ。わかりたくもないのに、痛いくらい、苦しいくらい、嫌なくらい、悲しいくらいに」
「秘密子…………」
そして俺はわかってしまう、秘密子が次に何を言いたいのか。そして、俺はそれを止めるべきなのかもしれない。だが、俺を真っ直ぐに見つめる瞳に、これ以上何も言えなかった。
「だって僕……。ううん、私も鬼一が……、鬼一が好きだから!もちろん家族とか兄妹とかじゃなく、男と女としてずっと、ずっとずっと、ずぅぅぅぅぅぅぅっと、子供の頃から好きだったんだから!!」
ようやく秘密子さんの告白回です。二人の関係は次回決着!と、年内完結目標はぶっちゃけ無理です。すみません。




