71 悪魔を愛する歌 Loving For The Devil 5
「先祖……返り……?」
聞きなれない言葉に、華澄さんが呟く。
「ええ。早い話が、彼女は先祖であるサキュバスへの退化……、いえ、見ようによってはこの場合は、人間よりも上位の存在への進化と言うべきか……。いずれにせよ、人からアヤカシへと変化しようとしています」
「そ、そんな……!なぜこの子が……」
それは、驚きの事実だった。そもそも、円城家の人たちは怪異の血は薄まっており、人と変わりはないはずだ。まして那澄菜は、その中でも一番そこから縁遠い性格なのに……。
いや、そうじゃない。秘密子の言葉を聞き、なぜか俺は予感していたはずだ。この結末を……。
「ど、どうやったら……。どうしたら、那澄菜は元に戻るんですか!?」
「落ち着いてください、円城さん。まずは原因を探ります」
「原因……」
「これから、いくつかの質問をします。答えにくいこともあるかと思いますが、この子を助けるために協力してください」
「は、はい。私たちでできることなら、なんでもします」
「それと……」
そこで御門さんは、やや気まずそうに美澄ちゃんを見る。
「まあ、仕方ないよなぁ……。その……、子供には刺激の強い質問になるかと思いますが、彼女も当事者になる危険はあるわけだし、ご容赦願います」
「美澄は大丈夫だよ。那澄菜姉のためだもん。それに、自分のためになるかもしれないしね」
「…………。ありがとう。心の強いお嬢さんですね。風華……ウチの娘も、こんなふうに真っ直ぐ育ってほしいものです。でもなぁ、女の子は大きくなるとパパを毛嫌いするっていうし……。いやいや、でも成田さんとこの凛子ちゃんは、そんなことないし、みんながみんなってわけじゃ……」
「あの、御門さん……?」
なにやら悩み顔でブツブツと呟いていた御門さんだったが、華澄さんの問いかけに我に返る。
こうして見れば、御門さんもごく普通の父親なのだろう。アヤカシ退治の専門家などという存在に、最初は警戒していた俺たちだったが、いつしかその場の緊張も少しばかり緩んでいた。
「おっと失礼。話は逸れましたが、最初の質問です。娘さんに、お付き合いしている人はいますか?」
「い、いえ。いない……と思います」
「それは現在だけでなく、今まで一人も?」
「はい。少なくとも、私が知るかぎりでは」
華澄さんは少しばかり自身がなさそうに、澄麗さんを見る。
「うん、いないはずですよ。ママの答えが間違ってたら、アタシが捕捉します。それでいいですよね?」
「結構です。それで、お付き合いしている人がいないというのは、男女問わず?」
「は?」
「つまりですね、娘さんに、その……、同性愛の嗜好はあるのかと……」
「それはないと思います」
「ああ、そうですよね。いや、失礼しました。とりあえずは、いろいろな可能性を探りたいものですから」
「お気になさらないでください」
よく見れば、質問する御門さんも顔を赤くし、心なしか汗をかいているようにも見える。おそらくだが、この人も心無い質問をせねばならぬことで、緊張しているのかもしれない。
だとすると、飄々とした態度は照れ隠しで、実際は純朴な人なのかもしれない。
「それでは、次の質問です。彼女の交友関係はどうでしょう。友人、特に男の子の友達が多いとか、休日にその子たちと遊びに行くとかは」
「小学校の頃はそれなりにいたようですが、中学に入ってからは、こんな身なりなので……。男の子どころか、女の子の友達もいなかったようです。でも、最近はキーちゃんの幼馴染の女の子と、仲良くしてもらってるみたいです」
「なるほど。では、性格は?男の子をからかったり、妙に距離感が近く、勘違いさせたりするような……」
「いえ、それはないと思います。家族の中でも一番真面目な子ですし、中学からは先ほど申したとおりですから」
「それに関しては、俺からも言えます。那澄菜が学校で話すのは、俺と秘密子、ああ、秘密子はさっき華澄さんが言った俺の幼馴染で、あとは亮太と銀狐っていう、俺と同じ柔道部のヤツくらいですから」
「そうですか……。ではお母さんから見て、娘さんたちの中で一番女の子らしいのは?つまり、童話に出てくるお姫様のような恋愛を夢見る、恋に恋するようなロマンチストって意味ですが」
「それは……、間違いなく、那澄菜でしょうね」
「にゃはは。そりゃそうだろうね。なんせあの子は見た目と違って、純情オトメだしね」
「うん、美澄もそう思う。もうちょっと気楽に、男の子とかからかえばいいのに。キーお兄ちゃんなんて、からかうのにうってつけなのに」
「ははは……、なるほど……。では、次です。申し訳ありませんが、最初に謝っておきます。これは、少しばかり聞きにくい質問なのですが……」
御門さんは、再び美澄ちゃんをチラリと見る。
「構いません。どうぞ」
「で、では。娘さんは、その……、男性経験はおありでしょうか?」
「ちょ、ちょっと!那澄菜は付き合ってるヤツはいないって……!」
那澄菜を侮辱されたような気がして、いくらなんでもと思い止めに入ろうとした俺だったが、横から華澄さんにたしなめられる。
「いいのよキーちゃん。別に誰かと付き合っていなくても、そういうことをすることはできるわ。特に今の若い子たちは、お小遣い目当てとかでね。もちろん、意図せず不幸な事件に巻き込まれることだって……。そういうことですよね」
「いや、まあ……。すみません。失礼な質問を……」
「謝らなくても結構ですよ。那澄菜を戻すために必要なことなんでしょう。キーちゃんも、那澄菜を心配してくれてるのはわかってるから、信じてあげて。那澄菜はそういうことをする子ではないわ」
「は、はい……」
「それについては、姉であるアタシも保証します。もしもそんなことがあれば、那澄菜は真っ先に態度に出ますしね」
那澄菜が心配なのは、皆同じだろう。だが、この中で誰が一番那澄菜と長い付き合いなのか。それは、自らのお腹の中にいた頃から付き合っている、華澄さんだろう。
その華澄さんの、那澄菜を助けるためになりふり構わない態度を見て母親の強さを理解する。見たこともない俺の母親だって、もしかしたらこんな人だったのだろうか。いや、子供を捨てておいてそれはないか……。
「ええと、次の質問です。彼女に好きな男の子がいるとかは?」
少しばかりボーっとしていた俺だったが、次の質問に我に返る。だが、質問を聞いた華澄さんの返答が止まる。そして若干躊躇した後に、ゆっくりと口を開く。
「それは…………。いる……と、思い……ます」
「はぁ!?」
あまりに予想外の返答に、思わず声が出てしまった。
「あ……。す、すみません。で、でも、那澄菜が!?学校でも男と話してるところを見たことはないし、誰かを気にしてたとか、そんな素振りは一度も……、ん?」
その時になって、俺は部屋中の女性たちが俺を見ていることに気付く。そしてその眼がなぜか、呆れたような憐れむような、なんとも言えない妙な視線であることにも。
「あの……、どうかしたんですか?」
「まあ……、アンタらの苦労もなんとなくわかったよ」
フェンリルさんが、呆れたように口を開く。
「う~ん……。似てるんだけど、これじゃあリルさんも苦労するかなぁ……」
狗巫女さんが、気の毒そうにフェンリルさんを見る。
「アタシは違うって言ってんだろ!」
ついでに、なぜかフェンリルさんからツッコミが入る。
「まあ、それがいいところでもあるんだけどねぇ」
澄麗さんがニマニマと笑う。
「そうだよ。おっきい体と怖い顔とのギャップが可愛いじゃない、ねっ!?」
美澄ちゃんがニコニコと笑う。
「さすがに娘相手じゃ、私は引くしかないわよねぇ……」
華澄さんが困り顔でつぶやく。
「えっと……?あ……、あー!なるほど。そういうことですか」
なぜだか御門さんが、何かに気付いたように手を叩く。
「今頃気付いたのかい?ま、仕方ないか。あん時だって最後の最後まで気付かなかったし、緋色の鈍さも大概なもんだしね」
「ぐっ……。俺のことはどうでもいいんですよ、リルさん。それでクーコ、お前はどう見る?」
「そうですね……」
なぜか俺を蚊帳の外にして進む会話の中で、クーコと呼ばれた少女は少しばかり思案している。
「私としては、これは非常に由々しき問題かと思います」
不思議な雰囲気のする少女の言葉に、一同に緊張が走る。
「私が問題と見たのは、緋色様が少女の口元に触れて悪戯した挙句、その他の女性たちにも卑猥な質問を浴びせ、悦に入っていたことでしょうか。しかも、まだ年端も行かぬ少女にも……。かような変態行為の数々は、是非とも奥様に報告せねばならないかと……」
「うおぉぉぉぉぉい!ちょっと待てぇ!!ち、違うぞ。変なことはしてないし、お前だってちゃんと見てたろうが。ねえリルさん?それに狗巫女ちゃんも。そうですよね?」
「どうだかねぇ。緋色は昔から、わりとムッツリだからね」
「ちょっ……!」
「はわわっ!す、すみません。で、でも、そうじゃなかったら風太君も風華ちゃんも生まれてないわけだし、緋光子だって光一さんが頑張ってくれたからこそ……。だからエッチなのは、けっして悪いことでは……。そっ、それに女の子だって、そういうことが嫌いな……わけ……では……」
「そっ、そこまでです狗巫女さん!…………そりゃまあ、そうですけど……」
なんだろう。シリアスな話のはずなのに、いまいち緊張感が続かない。だが、これはもしかしたら彼ら一流の芝居、依頼者の緊張をほぐすためのものなのかもしれない。
その証拠に、華澄さんたちにも当初の張りつめた気配はない。
だが、いつまでも現実を忘れているわけにはいかない。那澄菜が俺のような化け物になってしまうのか、人に戻れるかという大問題なのだ。
「ま、まあ、冗談はこのくらいにして、本題に戻りましょう」
俺の言いたいことに気付いたのか、御門さんは話を戻す。
「私は冗談など言っておりませんが?」
続く少女の言葉は、意図的に無視されたようだ。
「娘さんがこのような状態になった理由……。それはおそらく、彼女の真面目さゆえの、抑圧された感情が原因かと思われます」
「抑圧された……、感情……ですか?」
華澄さんの疑問も、無理はないだろう。俺にだって、御門さんの言う意味がわからない。
「つまりですね、この子も感情を持った、普通の女の子だということです。人並みに異性が気になるし、年齢なりに性的なことへの興味も、ごく普通の恋にあこがれもある。ただ、それに反するように自分に求められた役割や、周りが作り上げたイメージ。さらには己で作り上げた虚像や、自らが潔癖でなければならないという思い込み。そんないろいろな感情を、自ら抑え込んだがゆえの結果でしょう」
その言葉を聞き、釈然としないとしながらもどこか納得している自分がいた。
そうだ、コイツは……。那澄菜はいつだって真面目で、家族を思いやって、数少ない友達の秘密子に気を遣って……。円城家で一番口が悪くてガサツで暴力的で、なにより…………、一番女の子らしかったじゃないか。
「原因は多々あるとは思います。これは想像ですが、奔放なお姉さんへの尊敬と嫉妬。自分に正直な妹さんへの憧れや妬み。もっとお母さんへ甘えたいという依存と自立心。相反する様々な感情が渦巻いての結果だと思います。ただ、やはり一番の原因は……。あの……、これ、私の口から言っちゃっていいんですかね?」
そう言いながら、御門さんは少しばかり困ったような表情で俺を見る。
「本当は、本人の口からちゃんと言った方がいいんでしょうけど……。こんな状況だし仕方ないわねぇ。それに私は女である前に、皆の母親だしね。娘が幸せになってくれるのなら、それが一番だし」
華澄さんはといえば、困惑した表情で俺を見る。
「お、ママは戦線離脱ですか。にゃははは。そもそも、本人に任せてたら一生進展するわけないじゃない。ま、可愛い妹を救うためだ。アタシは愛人くらいで我慢しとこっかな。ま、アタシの口から言ってあげるのはちょっとばかし悔しい気持ちもあるし、お任せします」
澄麗さんは、いつものようにニヤニヤと俺を見る。
「まあ、そうなるよねぇ……。でも、那澄菜姉のことは大好きだし、アイツから美澄を助けてくれた恩人だしなぁ。ちょっと残念だけど、お姉に譲るよ。でも、キーお兄ちゃんさえ構わなかったら、美澄はハーレムでも平気だから。てゆーか、それが一番みんなが幸せになれる方法かもね」
美澄ちゃんが、意味不明のことを口にする。
「あー……。なんて言うか、昔の俺の状況を思い出すなぁ。鬼一君……、ああ、そう呼ばせてもらいますが……、鬼一君も苦労すると思うけど、こればっかりは本人の決断だしなぁ……」
「はい?あの……、御門さん?」
「あ……、いやいや、なんでもないんです。それよりも……」
いつの間にか、御門さんの表情は俺に同情するようなものに変わっている。
「ご家族の決心も固まったようです。自分の幸せより、愛する娘、妹、姉を思いやる家族の心が。だからこそ、解決方法を探るために伝えます。鬼一君」
「は、はい」
御門さんの表情が変わり、俺はいよいよ核心に近付いたことを知る。
「那澄菜さんの先祖返りの原因は、周りの人たちに気を遣い、己の感情を殺し続けたことによる多大なストレス。これは間違いないでしょう。しかし、ただ学校に憧れの男の子がいたとか、好きになった人がいるくらいでは発現することはなかったでしょう。ですが、彼女の不幸はその相手が身近すぎたこと、手を伸ばせば届きそうな距離にいながらも、何もできなかったこと。さらには、ライバルとなるのが自分の愛する家族や友人だというのが、わかってしまっていたからです」
「え………………?」
「自分が幸せになるためには、家族が不幸になるしかない。だが、家族の幸せは自分の不幸……。家族思いの彼女は、随分悩んだと思います」
「え…………、それって……。え……?まさか……」
御門さんの言葉に、いくら鈍い俺でも何を言いたいのか察しはつく。
「そう、那澄菜さんが惚れ、先祖返りの原因を作った男……。そして、彼女を人に戻せる可能性を持つ者。それは…………」
そして、御門さんは真っ直ぐに俺を見据える。
「それは貴方です、鬼一君」
最終話までの目途がつきました。よければもう少しだけお付き合い下さい。




