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70 悪魔を愛する歌 Loving For The Devil 4

「どうも、お邪魔します。おや?君たちはたしか遊園地の……。ああ、失礼、なんでもありませんよ。それで……」


 その人物は玄関先から奥を眺めると、ほんのわずかに顔をしかめる。


「なるほど。たしかに濃い妖気ですね」


 狗巫女さんに連れられてきたのは、20代の半ばを過ぎたくらいだろうか、ごく普通の、どこにでもいるような青年だった。

 人当たりの良さそうな笑顔で、礼儀も正しそうだ。ただ、失礼だがひょろりとしたその体躯は、一見しただけではとてもフェンリルさんが一目置くような存在には見えない。むしろその後に続いて入ってきた不機嫌そうな表情をした人物の方が、よほどそちら側(・・・・)の関係者らしく見えたほどだ。


「まったく。毎度毎度、犬コロ風情が緋色様のお手を煩わせおって。それにこの臭い……。西洋の下級悪魔の残滓か。時おり大陸に流れ着いて来たヤツを思い出す。フン、男の精気を吸い取ることしか考えておらん下賤な怪異など、面倒なことなど考えずに、我が喰ってしまえば早いと言うのに……」

「ハッ!そんな程度のことで解決するんなら、緋色の手なんか借りないよ。アタシ一人でも十分さ。まったく、神仙のくせに色惚けし過ぎて、頭が回ってないんじゃないかい?」

「……なんだと、犬コロ」

「よっ、よせクーコ!」

「そっ、そうだよ!リルさんも言い過ぎ……」


 その不機嫌そうな表情が勘違いでない証拠に、なにやら物騒なことをつぶやきながら青年の後に続いてきたのは、俺と同じ高校生くらいのくらいの少女だった。

 一見したところ、秘密子や那澄菜と変わらないくらいの背格好だ。

 そんな少女に、なぜそんなことを感じたのか。それはおそらく、外見にそぐわない態度や口調のせいだけではないだろう。彼女のあまりの美しさと、その異質さからくるものだった。

 白地に薄い桜模の入った着物を着た少女の全身は雪のように白く。髪までもが同様の色をしている。それは、雪姉の白ささえも覆い隠すような純白さだ。むろん、人ではない証に頭上には銀狐と同様の狐耳が生え、瞳は燃えるように赤い。

 それは雪姉の白さを見慣れた俺でも、言葉をなくすほどの感覚だった。

 隠しているのか尾は見当たらないが、おそらくは銀狐と同じ妖狐なのだろう。ただ、種としては同じでも、銀狐とは……、いや、むしろ俺たちアヤカシと比較しても、決定的に何かが違う感じがする。

 敢えて言うならば、少女から感じる感覚……。それは、神々しさと猛々しさが入り混じったものだった。

 おそらくは、華澄さんたちも何かを感じ取っているのだろう。澄麗さんも、フェンリルさんたちを見た時のような軽口も叩けず、唖然としている。

 

「ご、ごめんねクーちゃん。忙しいのはわかってるんだけど、私たちじゃどうにもなりそうになくて……」

「そっ、その名で呼ぶなと言っておろうが、犬コロ!まったく、我は風太(ふうた)様たちのお世話という、大切な使命があるというのに……」

「お、おいクーコ、だから失礼なことを言うんじゃない!二人はママが見てるからいいだろ?」


 青年がたしなめるが、少女は鼻を鳴らして答える。


「フン……!その奥様が信用ならないから申しているのです。残念ながら奥様は阿呆……、失礼、幼児と同レベルの知能で遊んでしまうため、風太様たちの情操教育によろしくありません。特に風華(ふうか)様は、今が人格形成に一番大切な時期。御門の血を引く者として、そして未来の我が義妹(いもうと)として、どこに出しても恥ずかしくない強者となっていただくためには……」

「ストップだクーコ!あははは……。す、すみませんね。大げさに言ってますが、たんなる幼児の遊び相手ですから。それで……、貴女がご主人ですね」

「あ……。は、はい、円城華澄と申します」

 

 狗巫女さんたちのやり取りを唖然として見ていた華澄さんは、その言葉に我に返ったように挨拶をする。同時に、澄麗さんたちの呪縛もとけたようだった。

 

「すみません。口は悪いんですが、彼女も悪気はない……こともないんですが、少ししかないので許してください」

「は、はぁ……?」


 フォローしているのか貶しているのかよくわからない口ぶりだが、フェンリルさんも含めて、少なくとも信頼関係あっての会話のようだ。

 

「申し遅れました。猫猫飯店(ねこねこはんてん)で探偵助手をしております、御門(みかど) 緋色(ひいろ)と申します。なにぶん店主の『銀華』が多用につき、代理として私が参りました」

「ハッ!代理どころか、こっちが本命なんだから心配しなくてもいいさ」

「はあ……。猫猫飯店って……、あ!あのラーメン屋の……」


 聞き覚えのある名に、つい口が滑る。猫猫飯店といえば、フェンリルさんの事務所の向かいにあった、オンボロビルではなかったか。

 

「そこの小鬼風情が、口を慎まぬかっ!無礼なことをぬかすと喰い殺すぞ!!怪異調伏集団の総本山たる御門家、さらには正統なる御門の御血を引く、次期頭首であらせられる緋色様に対し、こともあろうかラーメン屋呼ばわりだと!?なんたる侮辱を……。せめてうどん屋にせぬか!」


 瞬間、ゾクリとする感触とともに、部屋の温度が急激に下がった気がする。部屋中が凍り付くようなその気配は、銀狐の母親、月狐さんが可愛く思えるほどの殺気だった。


「よっ、よせクーコ!すみません。ちょっとばかり冗談の好きな子でして……」

「はて、私は冗談など好みませんが」

「お前……。いい加減にしないと竹筒に戻すぞ」

「しかし、こ奴は……」

「…………、クーコ?」


 だがその殺気も、穏かそうな青年から一瞬感じた、不釣り合いな威圧感で霧散する。


「申し訳ございません緋色様。ですが、やはり麺類と言えば、大きな油揚げの乗ったうどんこそが至高の……」

「わかったよ……。この事件が解決したら、お前の好きなきつねうどんをご馳走してやるから!」

「ぐっ……。やむを得ません。あの油揚げを人質に取られては……」

「いやいや、油揚げは人質じゃないだろ!……まったく、そもそも謝るのは俺にじゃないだろ。……ああ、失礼しました。彼女は店主の助手である私の、さらに助手みたいなもので……」

「我は緋色様の忠実なる式にして、風太様と風華様の守護者。そしていずれ、風太様の伴侶となる……」

「そこまでだクーコ。ええと……、ややこしいので、とりあえず『クーコ』もしくは『クーちゃん』と呼んでください」

「は、はあ……」

「ひっ、緋色様!いっ、いいか貴様ら、もしもクーちゃんなどと呼ぼうものなら、その喉笛掻っ切って喰い殺すぞ!」

「ク、クーちゃん、ちょっと落ち着いて……」

「だっ、黙れ犬コロ!クーちゃんと呼ぶなと言っておろうがっ!!」

「あ、あははは……。ともかく、本人を見せていただいてよろしいですか」

「あ……、は、はい。娘はこちらです」


☆ ☆ ☆


「これは……。さらに濃密な……」


 部屋に入った御門さんが呟いたように、それはなんの力もない俺にすら、うっすらと感じられるものだった。那澄菜の部屋に入った瞬間、今まで以上に濃密な空気を感じる。

 まるで甘い香りのする霧の中にいるような、何かにまとわりつかれるような感覚だ。それでいて、なにか下半身をムズムズと刺激されるような……。

 汗、体臭、シャンプー、香水……。何の香りかはわからない。ただ、俺にとっては不快ではない、むしろ心地良い、全身を包まれたいようなものだった。

 その異様な香りにあてられたのか、いつの間にか俺の視線は女性陣の胸や尻に釘付けになっていた。そして、右手が無意識のうちに華澄さんの尻に……。

 

「…………っ!」


 そのことに気付いた俺は、慌てて右腕を引っ込め、視線をベッドで眠る那澄菜に向ける。幸いにも、一番最後に部屋に入ったおかげか、誰にも気付かれることはなかったようだ。

 

「そ、それで、娘は……」

「お待ちください。少し失礼します」


 御門さんは那澄菜に近づくと、おもむろに唇をつまみ、めくり上げる。

 

「ちょっと、何を……!」


 俺はその行為になぜだかモヤっとしたものを感じ、青年の行動を止めようと慌てて駆け寄る。

 

「……っ!?」


 だが、そこに見たものに驚き、その場に立ち尽くしてしまう。それは、華澄さんたちも同様だっただろう。

 めくられた那澄菜の口の中に見えたもの。それは、本来八重歯であるはずの場所から長く伸び、鋭く尖った牙だったからだ。

 

「ふむ……」

 

 さらに御門さんは、そのまま那澄菜の瞼をめくる。そこにあったのは、真っ赤な瞳……。

 

「その牙と目……。やっぱりかい?緋色」

「ええ、リルさんの見立ては間違っていないようです。まだ完全に……、というわけじゃなさそうですが」

「となると、力尽くってわけにもいかないか……。やっぱり、アンタを呼んで正解だったようだね」

「とは言っても、俺もこういった西洋種を実際に見るのは初めてですし……」

「けど、力を押さえりゃあいいんだろ?馬鹿猫のお袋さんに使ったような呪符じゃダメなのかい?」

「あれは、あくまで性質を押さえるだけのモノなんですよ。一時的に抑えたって、この子が目覚める保証はないです。そもそも根本的な解決にはならないですし、なにより本人に、力を押さえたいという強い意志がなければ……」

「てことは、原因を取り除くしかないってことかい……」

「あ、あの……」


 俺には、二人会話の意味はわからない。いや、わからないはず(・・)だ。だが、なぜだか物凄く嫌な予感がする。それはまるで、この後の答えを知っているかのように。

 

「ああ、失礼しました。この子の症状ですね」


 やめてくれ、聞きたくない……。秘密子が言ったのだって、何となく口にしただけだろう。

 だが、俺の思いなどまるで気付かないように、御門さんは美澄ちゃんをチラリと見ると、華澄さんに近寄り何やらひそひそと囁く。

 

「はい。間違いなく美澄は、私の実の娘です」

「そうですか。ならば今後のこともあるし、席を外して……というわけにもいきませんね。少しばかり生々しい話もあるので、小学生にはどうかと思ったのですが」

「大丈夫です。年齢よりもしっかりしてるし、普段は隠してますけど、そういった知識もある子ですから。それに、今後当事者になる可能性もあるわけですよね?」

「それほど心配しなくても、可能性は低いと思いますが……。わかりました。彼女の症状は……」


 嫌だ、聞きたくない!円城家の人間は、皆人間のはずだ。俺のような『化け物』になんて、なるはずがない。華澄さんたちは違うと言ってくれたけれど、やっぱり俺たちは……

 だが、俺の願いをあざ笑うかの如く、御門さんは非情な一言を告げる。


「彼女の症状はおそらく、『先祖返り』です」

年内完結目標、少しばかり怪しくなってきました……。ですが、エンディングまであと少しです。

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