69 悪魔を愛する歌 Loving For The Devil 3
「ったく、大事な話の前だってのにアンタは……」
「はわわっ……!ごごご、ごめんなさい。目の前にナマ夢見坂先生がいると思ったら、つい……」
「にゃはは。犬のお姉さんは、雰囲気を和らげようとしてくれたんでしょ?」
「はわっ……!?そそ、そうです!実はそうなんです!わ、わかっていただけてなによりですぅ……」
澄麗さんは狗巫女さんの行動を好意的にとらえてくれているようだが、あの興奮具合を見るかぎり、絶対に素の行動だったと思う。
「しっかし、サキュバスの血筋とはねぇ、アタシたちが……」
「サキュバスって、ちょっとエッチなモンスターだよね。美澄たちって……、お化けなの?」
「ちっ、違うのよ美澄!ご先祖様がそうだったってだけで、あくまで私たちは人間だから!!」
「そうですよ!華澄さんも澄麗さんも、美澄ちゃんも……。そっ、それに那澄菜だって、俺みたいなバケモノじゃない、ちゃんとした人間じゃないですか!」
「にゃはは。心配してくれるのは嬉しいけど、アタシたちはキーくんを化け物だなんて思ってないよ。それにそんなことを言ったら、こちらのお姉さんたちにも失礼でしょ」
「え……?あ……!す、すみません……」
思わず口をついてしまったが、澄麗さんの言葉に冷静になる。
そうだ、自分一人が悲劇の主人公を気取り、己を卑下するのは簡単だ。だが、それはこの場にいるフェンリルさんや狗巫女さん、そして俺が出会った多くのアヤカシたちを馬鹿にすることにもなるのだ。それは俺が円城家に来てから、嫌というほど教えてもらったことじゃないか……。
「フン、アタシらは別に化け物呼ばわりされようが構わないし、そんなこたぁ気にもしないさ。だいたい人妖平等なんてのは、どっかのバカ親がバカ娘のために作り出した、わりと最近の考え方だしね。それに、心配しなくたってアンタたちは間違いなく人間だよ。ただ……」
「ただ……?なんですフェンリルさん」
フェンリルさんが何を言おうとしているのか。その時の俺は、よほど切羽詰まった表情をしていたのだろう。そんな表情に気付いたのか、軽く笑う。
「ハッ、そんな悲壮な顔しなくたっていいし、たいそうな話じゃないよ。つまり、いくら血が薄まってるとはいえ、残滓は残ってるってことさ」
「残滓……ですか?あの……、私たちの体に、いったい何が……」
不安そうな表情の華澄さんを、安心させようとしてくれているのだろう。フェンリルさんはことさら快活に言う。
「ハン!いくら代を重ねようと、血統はゼロになるわけじゃない。ただ、別に心配することじゃあないさ。そもそも純潔の怪異の血なんてのは、純潔同士の交配じゃなきゃあ受け継がれるモンじゃない。たとえハーフだろうと、能力はぐっと落ちるもんなのさ。だから、何世代も代を重ねたアンタらにサキュバスの影響があるとすりゃあ、せいぜい異性にモテる……、いやモテ過ぎるってことくらいだろうね。リサリサだったら、涎を垂らして喜びそうな能力だよ。ったく、アイツもなんだかんだモテるくせに、えり好みばっかしてるから結婚できないんだよ。あと、いつまで経っても緋色緋色って……」
「リルさん……。それ、ブーメラン……」
少しばかり逸れかかった話に、狗巫女さんからツッコミが入る。
「オ……オホン!ま、まあ全員、少しは身に覚えがあんだろ?」
「あ……」
たしかに、円城家の面々はモテる。類稀なその容姿のせいもあるだろうが、それでも男性関係のトラブルは多い。
「ま、モテるってのも良いことばかりじゃないだろうけどね。異性を引き寄せる力が強すぎれば、妙なのに目を付けられることだってあるだろうし。まして自分でそれを振り払う力がなければ、トラブルに巻き込まれる可能性は高くなるしね」
「…………」
俺はここ数年で、円城家の面々の男性トラブルを見てきた。もちろん全て相手の男が悪いんだし、皆に責任は無い。だが、全員が全員というのは、たしかに異常な確率ではある。
「フェンリルさん、あの……」
俺はこの家に来てからの出来事を話す。もちろん、皆の手前詳細は話せない。だが、全員が何らかのトラブルに巻き込まれている。
「フン……。人間相手はともかくとして、この家族程度の力じゃ怪異に対して影響を及ぼしているのは考えにくいさ。とすれば、アヤカシであるアンタが呼び寄せたってのが、一番可能性が高いだろうね」
「ま、待ってください!キーちゃんは私たちを助けてくれただけで、けっしてキーちゃんのせいなんかじゃ……」
「落ち着きなって。別に鬼一のせいだって言ってるわけじゃないさ」
一瞬ではあるが、フェンリルさんはとても優しい目で俺たちを見た。おそらくだが、人間である華澄さんが俺を庇おうとしたのが嬉しかったのではないだろうか。
「たしかにアヤカシ同士は惹かれあうんだが、無条件に湧いて出るようなもんじゃない。ある程度波長が合うことも大切なのさ。悪い意味で言えば、欲望の強い者、邪気のある者、人に害そうとする者……。そういったヤツには、やはりそういうヤツが集まりやすい。皆無とは言わないが、この鈍感で朴念仁の鬼一には、そういうのも集まりにくいのさ」
「は、はぁ……」
褒められているのか貶されているのか、よくわからない例えだ。ただ……。
「キーお兄ちゃん、やっぱりあれは、アイツのお化けだったんだね?」
「みっ、美澄ちゃん!?」
「いいの、何となくは気付いてたし。やっぱりアレ、あの男のお化けだったんだよね」
「美澄?何を言って……」
「待ってママ。ねえ、犬のお姉ちゃん」
「犬じゃなくて狼なんだけどねぇ……。まあいいさ。で、何だいお嬢ちゃん?」
「那澄菜姉を助けるためには、どんなお話でも必要なんでしょ?だったらいいよ。ちゃんと話すから。でも、美澄はあんまり覚えてないから。だからお願い、キーお兄ちゃん」
「あ、ああ……」
☆ ☆ ☆
「そんな……。あの男、そんなことまで……」
俺がミラーハウスでの出来事を話した後、華澄さんは真っ青な顔をして震えていた。
「黙っていてすみません。美澄ちゃんたちに知られるのは良くないと思って……。それに、俺もあの男だという確証は無くて……」
「んー、間違いないっしょ。アイツのやりそうなことだしね~。どうやったかはともかく、那澄菜と美澄に執着してたのは間違いないし。あ!んじゃなに?那澄菜のキーくんに対する態度が変わった時も、それ絡み?」
「い、いえ、あれは単に、チンピラに絡まれてた那澄菜を助けただけで……」
嘘は言ってないし、無難な言葉でお茶を濁す。さすがに犯されそうになったってのは刺激が強すぎるし、お漏らし事件を喋りでもしたら、後が怖いしな。
昏々と眠り続ける那澄菜を見ていると、いっそこの場でお漏らししたことをバラしてやろうかと思う。そうすれば、いつものごとく鬼の形相で、俺に殴り掛かってきてくれるのではないか……。
そうだよ。いいのか?この場でお前のお漏らし事件を喋っちまうぞ。明日から当分澄麗さんにからかわれ続けるぞ。ほら、早く起きて俺の口をふさいでみろよ!
「…………………………」
だが、そんな期待も虚しくなるほど、那澄菜は微動だにしない。
「あ、あの、またあの男が美澄を狙ってきたら、どうすれば……」
「ま、遊園地のそいつに関しちゃあ、おそらく心配はいらないさ」
「え……?」
自信満々な言葉に、やはりあの時助けてくれたのはフェンリルさんだったのかという思いが頭をよぎる。そんな俺の考えが表情に出ていたのだろう。
「あれはアタシじゃないさ。まあ、聞いた話によりゃあ自分の呪いを返すことも拒否したらしいし、おそらくは相当キツイ呪詛返しを食らってるだろうね。下手すりゃあ、死んだ方が楽なくらいのね」
「え……?それって、どういう……」
「………………。フン……」
俺の問いかけにも答えず、フェンリルさんは少しばかり苦い顔をして黙り込んでしまった。
「あの……、フェンリルさん?」
「ハン!母親と妹、それに眠り続けてるこの子は、鬼一と会う前からトラブルに見舞われてたってことかい……。それで……、アンタはどうだったんだい?」
「え?」
しばらく黙っていたフェンリルさんだったが、おもむろに口を開く。そしてその視線は、澄麗さんに向けられていた。
「母親や妹たちがトラブルに見舞われる中、アンタは順風満帆に学生生活を過ごしてたのかってことさ」
「あ……。い、いや~。アタシは……」
珍しく何かを言い淀んでいた澄麗さんだったが、しばらくすると言い辛そうに口を開く。
「まあ、以前の飲み会でキーくんに助けられたことはあったけど、それ以前にも告白を断った相手が暴走して、ストーカーまがいになったことが何回か……」
「え!?澄麗さん?」
「ちょ、ちょっと澄麗!?そんな話、初めて聞いたわよ!」
「あ、あはは~。ほ、ほら、ママもいろいろ大変な時期だったしさ、わざわざ相談するのもなんだかな~って。那澄菜に知れたら大事になりそうだし、ユッコたちも助けてくれたおかげで、結果的に何事もなく解決できたんだし!」
「何事もなくって……。澄麗ったら……」
あっけらかんと話す澄麗さんだったが、言うほどに簡単なことではなかったはずだ。黙っていたのは、家族に心配をかけまいとしてのことだろう。
結局、那澄菜だけではない。円城家は全員家族思いのお人好しなのだ。
「フン。つまりはアンタも、鬼一と出会う前から何かしらのトラブルを抱えてたってことかい。てことは……」
「ちょ、ちょっと待ってくださいフェンリルさん!いくらなんでも、澄麗さんたちは関係ないんじゃ……」
「まあ待ちな」
俺が言わんとすることを察したのだろう。フェンリルさんは興奮する俺を制す。
「さっきも言っただろう?別にこの3人が、怪異を呼び寄せてるわけじゃないだろうさ」
「だったら……」
「だが、よく考えて見な?この家族と一緒の時以外に出会った怪異で、タチの悪いヤツがいたかい?」
「そ、それは……」
たしかにそうだ。円城家の人たちがいない時に出会った怪異なんて、暴君だけど信頼できる幼馴染とか、やかましくも可愛いチビどもや仲間たち。それ以外ではたらふくチョコレートを食わされたりだとか、無駄に元気な後輩だとか、子作りをさせられそうになった程度だ。いや、子作りってわりと大事件な気もするけど、むしろラッキースケベの類かもしれないしな。
「で、でも、華澄さんたちは関係ないんですよね!?」
「ああ。だけど、鬼一と出会う前から何らかのサキュバスの影響が出ているのは事実なんだ。てことは、考えられるのは……」
フェンリルさんの視線に、俺の中で嫌な予感が膨らむ。
「待ってください!少なくとも那澄菜は、その……、皆の中で一番そういうことに縁遠いヤツです。真面目で、不器用で、強がりのくせにビビりで、無愛想のくせに優しくて……。那澄菜が原因なんて、ある……はず……が……」
だが、俺の言葉は徐々に弱くなっていく。言いながらも、俺はわかっていたのかもしれない。あの夜の出来事の意味を……。
そうだ、はたしてこの世に、清廉潔白なヤツなんて存在するのだろうか。興味のないフリをして、俺だって華澄さんや澄麗さんで性欲を……。
それに、あの時の俺は那澄菜に手を出しても良いと思った。向こうから誘惑してきたという、免罪符を利用しようとしたのだ。そうだ、家族に対してそんなことを思う俺だって、このうえなく不潔な存在じゃないのか……
「決めつけるわけじゃないけど、突然アンタを誘惑したってのがね。フン……。意図してやったってんならともかく、おそらく本人は無意識のうちさ。別に責めてるわけじゃないよ」
そんな自問自答も、フェンリルさんの言葉で打ち切られる。
「で、でも、なんで那澄菜が……」
「アンタには、まったく心当たりは無いってわけかい。やれやれ、ホントに朴念仁だね……」
なぜかフェンリルさんは、呆れたような顔で俺を見る。
「ま、思い当たることはあるが、確証はないね。ただ……」
少しばかり黙り込んだフェンリルさんだったが、やがて口を開く。
「アタシの考えどおりなら、少しばかり厄介だね。どっちにしたって、それならアタシの手には負えないさ。口惜しいけどね」
「そ、そんな……。じゃあこの子は、那澄菜は……!」
「落ち着きなって」
悲壮な顔で縋り付く華澄さんを、フェンリルさんが制す。
「得意分野が違うってだけで、手が無いわけじゃないさ。アタシはどっちかっていうと、力ずくで解決できる事件の方が得意だしね。それに…………。ま、乗りかかった船だ。アタシともあろうものが、受けた依頼を投げ出すのも癪に障るしね。狗巫女っ!」
「はいっ!」
フェンリルさんの呼びかけに、静かだった狗巫女さんが嬉しそうに返事をする。
「馬鹿猫……、いや、緋色に連絡しな。フン!儲けは減っちまうが、そこは大サービスだ。そっちの依頼料はアタシが払ってやるよ」
「あ、あの、フェンリルさん……?」
「ハン、ちょっとばかり頭を使う方面の専門家を呼ぶだけさ。心配しなくたって、そっちの分はアタシが奢ってやるさ。秘密だって守るヤツだしね」
「じゃあ、那澄菜姉は助かるの!?」
「それはこれからさ、お嬢ちゃん。けど、このアタシが出張ってきたんだ。黒狼探偵社の看板にかけて、不思議、怪し、妖怪、幽霊……。どんな手を使ってでも解決してやるさ!」
猫猫飯店より色々とキャラを出していますが、和菓子屋の娘さんは今のところ名前のみで、活躍がありません……。




