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68 悪魔を愛する歌 Loving For The Devil 2

「キーちゃん、交代するから少し休みなさい」

「いえ……。大丈夫です」

「…………。キーちゃんのせいじゃないのよ。お医者様だって言ってたでしょう、外傷はないし、精密検査でも異常は無かったって」

「でも、もしかしたら俺が突き飛ばしたせいで、どこか打って……」

「キーちゃん……」

「おやおや~。看病にかこつけて、JKの寝顔観察とはねぇ。んも~、キーくんはエッチだにゃ~」

「ちょっと澄麗!」

「いいんです華澄さん。澄麗さんもありがとうございます。気を遣ってくださってるのはわかってますから」

「んー……。キーくんのせいじゃないんだから、気にしないでいいんだからね」


 あれから3日間、那澄菜は眠り続けていた。

 倒れこんだ那澄菜は、物音と俺の叫び声を聞いて駆け付けた華澄さんたちがどれだけ呼びかけようと、昏々と眠り続けたままだった。

 那澄菜の格好を見た二人からは当初は誤解されたものの、さすがに普段の行動からありえないと判断してもらえたようだ。

 ただ、問題はそこから那澄菜が目を覚まさなかったことだ。呼吸はしているし、時おり寝返りもうつ。傍目には、眠っているようにしか見えない。しかし、どんなに呼びかけようが目を覚まさないのだ。

 慌てて救急車を呼び病院へ連れて行っても、医者から下される判断は華澄さんの言葉どおりだ。

 

「やっぱり、様子がおかしかったのに気付けなかった、俺のせいで……」

「あー、もう!そうじゃないでしょ!!」


 不意に目の前が暗くなり、柔らかく暖かな感触に包まれる。それが華澄さんの胸の中だと気付くのに、それほど時間はかからなかった。

 

「キーちゃんは、ちゃんと那澄菜を守ってくれようとしたんでしょ。女の子に迫られても理性を保てるって、とても立派なことだと思うわ。今回のことは、キーちゃんに責任があるわけじゃないんだから」

「で、でも……」

「それに、今日も図書館には行けないって、秘密子ちゃんに知らせてあげて欲しいの。少し気分転換していらっしゃい」


☆ ☆ ☆


「そっか、やっぱりまだ……」


 向かった先の図書館には、いつものごとく秘密子がいた。もちろん、俺はそんな所へ行く柄ではないし、本当にいつも秘密子がいるのかはわからなかった。

 ただ、最近の那澄菜の少しばかり嬉しそうに出かけて行く姿を見るかぎり、毎日図書館に秘密子がいたのは間違いないだろう。

 さすがに静かなその場で話し込むわけにもいかず、俺たちは少し離れた休憩所へと移動していた。

 

「待ち合わせをすっぽかすのも悪いだろうって、華澄さんが心配してな」

「なっ……。待ち合わせてなんかいないさ!あいつが勝手に来るだけで……。ま、まあ、同じ大学を狙ってるんだし、情報交換なんかはしてたけど……」


 もちろん、秘密子の憎まれ口が本心でないのはわかる。進路を決め、ともに勉強をする。夏休みに入ってからの秘密子は、どことなく楽しそうだった。

 きっと、明確に言葉にはできないし、今はそういう関係とも言えない。だが、那澄菜に対して友情を感じていたのだと思う。そしてそれは、那澄菜も同じことではなかっただろうか。

 

「だいたい、鬼一が突き飛ばしたせいじゃないんだろ。そっちこそ、いつまでも気にすることはないんじゃないかい」

「ああ……。だけど、どう考えたっておかしいだろ。那澄菜が俺の部屋に来て、あんなこと……」


 秘密子には、あの夜の出来事は全て話している。ためらいはあったものの、けっしてやましいことをしたわけでもないし、何かしらのヒントを貰えるかもと思ったからだ。


「…………。そうとも言い切れないかもしれないよ。やっぱりあいつ……」

「ん?なんか心当たりでもあるのか!?」

「え……!?いっ、いや、なんでもない!」

「なんだよ!なんか心当たりがあるなら……」

「痛いよ!落ち着きなよ」

「あ……。す、すまん。大丈夫か?」


 無意識のうちに秘密子の肩を掴んでいた手を、慌てて離す。


「謝らなくたっていいさ、心配なのはわかるから。でも、体の怪我じゃないってことは、心の不調ってこともあるだろ?でも、最近の様子じゃ、そんな素振りはなかったけど……」

「心って……」

「詳しくはないけど、無気力になって何もかもが嫌になる人だっているだろ。例えば、受験勉強のストレスとか。だけど、病気にしたって眠り続けるなんて考えにくいし……。となると、一番考えられるのは、あの狼女の分野じゃないのかい」

「フェンリルさんの?なんでそんな……。っ!?」


 その時になって、俺は唐突に思い出す。円城家の血筋が、どういうものかを。だが、血を引いているというだけで皆人間のはずだ。しかし……。

 

「なんか知ってるって顔だね」

「え……?あ……、いや……」


 もちろん、秘密子にそこまでのことは話していない。秘密子には関係のないことだし、むやみに話すことでもないと思っているからだ。

 

「言いたくなければいいさ。誰だって知られたくないことはあるだろうしね。問題は、あいつの態度が豹変したってことさ。ほかに考えられるのは憑依……、狐憑きとか、悪霊にとり憑かれたってやつじゃないかな」


 たしかにそうだ。俺だって那澄菜の様子から、別人もしくは別人格ではないかと疑ったくらいだ。

 

「もう一つは……」


 だが、秘密子はその先の言葉を言い辛そうにしている。

 

「なんだよ、言ってくれよ。那澄菜を元に戻すためには、どんな情報でも必要なんだよ」

「ああ……。まあ、あいつはそうじゃないんだし、気を悪くしないでほしい。これは参考程度に思ってほしいんだけど……」

「大丈夫だ。言ってくれよ」

「ああ……。まあ、その……。つまりは、変身さ」

「変身?」

「つまり、僕はできないけど、鬼一が本来の姿になるような……」

「あ……!」


 秘密子が言いたいことも、言い辛そうにしていたことも理解した。

 もちろん、今の俺は鬼の姿になることをそこまで恐れてはいない。それはきっと秘密子や亮太、華澄さんがありのままの俺を受け入れてくれたからだろう。それに今なら、理性を保ったままでいられるからだ。

 だが……。

 

「ご、ごめん鬼一。気に障ったなら……」


 俺の態度をどう思ったのか、らしくない態度の秘密子だったが、今の俺はそんなことを気にしていられなかった。


「いや、そんなことはどうでもいいんだ。サンキュー秘密子!とにかく、フェンリルさんに相談してみる!」

「あっ、ちょっと鬼一!?」


 自分の中で繋がりかけた嫌な線を断ち切るように、俺は黒狼探偵社へと駆け出していた。


☆ ☆ ☆


「ハッ!相変わらずアンタは、余計なトラブルを呼び込むね」

「ちょ、ちょっとリルさん。そんな言い方……」

「いいんです狗巫女さん。それで、依頼の方は……」

「フン!金を払う奴は客さ。けど、黒狼探偵社(ウチ)の依頼料がアンタに払えるのかい?」

「い、今は必要な金は持ってませんけど……。でもいくらだろうと、働いて必ず払います!」

「ハン!アンタのバイト代じゃ、何年かかることやら」

「ちょ、ちょっとキーちゃん、この方たちは……。それに、那澄菜のことでお金が必要なら、私に言ってくれれば……」


 あれから時は過ぎ、俺はフェンリルさんたちを連れて円城家に戻っていた。突然俺が連れてきた珍客に、華澄さんたちは目を白黒させている。

 ちなみに、緋光子ちゃんは旦那さんの実家で預かってもらったそうだ。

 

「すご~い。ワンちゃんだぁ~」

「さっすがキーくん。この状況下で、さらに美女を連れ込むとはねぇ~」


 もっとも、さすが円城家の面々というべきか、あっという間に現状に馴染んではいたが。

 

「いいんです華澄さん。これは俺が依頼したことです。それでフェンリルさん、ちなみに、分割払いとかは……」


 しばらくは面倒くさそうに俺たちを睨みつけていたフェンリルさんだったが、やがて諦めたようにため息を吐く。

 

「フン、強引に連れてきておいて今さらだよ。それに断りゃあ、後からうるさい奴らにいろいろ言われるのはわかりきってんだ。ったく……、面倒なことさ」

「ふふ。そうだよね。鬼一君の依頼……、ましてや『夢見坂(ゆめみざか) 魔夜(まや)』』先生のピンチを見捨てたなんて言ったら、弘美さんやリーサさんに怒られるうえに、さらには銀華さんたちにも伝わって……。そりゃあ大変だもんね」

「フン……!他はともかく、馬鹿猫なんざどうでもいいさ」

「「え!?」」


 俺と華澄さんの口から、同時に声が漏れる。それはもちろん、フェンリルさんが依頼を受けてくれたこともある。しかし……。

 

「あ、あの、その名前ををどうして……。…………あ!弘美さんってもしかして、『満月(みつき) (あん)》』先生……!?」


 そう、狗巫女さんの言葉から発せられたのは、二人が知らないはずの名前、華澄さんの小説家としてのペンネームだったからだ。

 

「はわっ!ご、ごめんなさい!そ、その、弘美さんはけっして夢見坂先生の秘密をバラしたわけじゃなくて……。お話してるうちに、あまりに家庭環境が鬼一君の話と似てたから、いろいろ聞いてるうちに、やっぱりそうなんだって……。も、もちろん、他で喋ったりなんかしてませんから!」


 慌てふためく狗巫女さんを見て、華澄さんも逆に落ち着いたのだろう。

 

「あの、気にしなくても大丈夫ですから。確かに満月先生には、鬼一君のこともいろいろとお話ししましたし、外で広めてもらわなければ……」

「はっ、はい!それはもちろん!!」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 華澄さんの件は、それで解決したかもしれない。しかし、俺の疑問は残ったままだ。

 

「リーサさんって……。やっぱり、青樹先生……!?」

「あ……。そういえば、キーちゃんの担任だった……」


 自分の正体がバレた衝撃で、忘れていたのだろう。もう一人の知り合いの名が出ていたことに、華澄さんも気付く。

 

「はい。リーサさんと弘美さん……満月先生は、高校の同級生なんです。鬼一君が通っている高校が、まだ女子高だった頃の。その時にお二人が怪異がらみの事件に巻き込まれたことで、私たちは知り合いになったんです」

「フン!そんなことはどうでもいいだろ。そもそもその事件にアタシらは噛んでないし、ただの腐れ縁さ」

「ちょっとリルさん!もう……。それから色々あって、私たちは親友であるとともに、一人の男性を巡って恋のライバル同士にもなったわけです。もっとも、全員負けちゃいましたけどね」

「は……?恋?フェ、フェンリルさんが!?」

「ちょ、ちょっと狗巫女!何言い出すんだい!!ア、アタシは別に……」


 いろいろな人が繋がっていたという事実ももちろんだが、それよりも俺は目の前の光景に唖然としていた。それは、フェンリルさんの表情だった。

 もちろん俺は、彼女の様々な表情を知るほど長い付き合いではない。だが、目の前で顔を真っ赤にして恥じらう様子は、いつもの強気で自信満々な態度とは違う、まるで年頃の少女のようだったからだ。

 

「あ、あの。細かい事情はともかく、つまりお二人は那澄菜を元に戻そうと来てくださったと……」

「あ……。ま、まあ、そんなとこさ」


 華澄さんの言葉で冷静になったのか。いつものフェンリルさんに戻る。

 

「金は鬼一が払うって言ってるんだし、依頼は受けるさ。ただ、この状況を見ていくつか思うことはあるが、確証は持てない。事件を解決するためには、情報が足りないってことさ」

「でも、那澄菜が眠り続ける前は、俺が話したとおりで……」

「それは状況にすぎないさ。アタシが知りたいのは、この子とアンタらの全て。この子の性格や交友関係、生活態度。それに……、血筋なんかもね」


 血筋……。最後の言葉に、華澄さんがビクリと反応する。

 

「フェ、フェンリルさん。そんなことに何か関係が……」


 俺は慌てて口を挟む。少なくとも、澄麗さんや美澄ちゃんは自分の血筋のことはを知らないはずだ。知らずに済むなら、それに越したことはない。

 

「臭うんだよ」

「は……?」

「いいかい。前にも言ったと思うけど、アタシらにとって見知らぬ怪異を相手にする前の情報ってのは、命と同じくらい重要なモンなんだよ。アタシも狗巫女も、そのせいで死にかけたことだってある。味方だと思い込んでた悪意ある相手に嵌められでもしたら、そこで終わりなのさ」

「そ、そんな!華澄さんがそんなことするわけ……」

「わかってるさ。でも、悪意が無くても情報を隠されるってことは、アタシらにとっては同じことなのさ。アンタはこの家の人たちは人間だって言ったけど、アタシには怪異の臭いが充満してるのがわかる。少なくとも、何かがいることは確かなんだよ」

「そっ、それは……。そ、そうだ!きっと俺の臭いが……!」

「いいのよ、キーちゃん」


 なおも食い下がろうとする俺の肩に、華澄さんの手が優しく置かれる。

 

「その臭いは、キーちゃんのじゃないんですね……」

「…………。ああ」


 華澄さんは、澄麗さんと美澄ちゃんをチラリと見る。二人とも何の話をしているのか理解できず、口を挟むこともできないようだ。

 

「いずれは、話さないといけないことですから」

「華澄さん!」

 

 覚悟を決めた表情で、華澄さんは口を開こうとする。その時……。

 

「あっ……、あのっ!!」


 不意に横合いから声がかかる。

 

「狗巫女?」

「はわわっ!あ、あのっ、そっ、その前に……」


 何を言い出すのだろうか。全員が固唾を飲んで狗巫女さんを見つめる。

 

「ゆゆゆ、夢見坂先生に、サ、サインをいただいてもよろしいでしょうか!」


 どこから出したのだろうか。胸の前で華澄さんの著書を抱える狗巫女さんに、全員がずっこけたのだった。

ふと気付けば、こちらの作品そっちのけで、思いついた次作を一生懸命書いている自分がいました。もちろんこちらも、きちんと書き上げます……。

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