67 悪魔を愛する歌 Loving For The Devil 1
随分と寝苦しい夜だった。窓を開け放ち、扇風機を回しているにもかかわらず、体に感じるのはねっとりとした湿気を含んだ風だ。
相変わらずニュースでは最高気温の記録更新だの、○○年ぶりの異常気象だのと報じてているが、毎年毎年そんな言葉を聞いている気がするのは、俺の勘違いだろうか。
もっとも部屋にはエアコンがあるんだし、手を伸ばしスイッチを入れれば文明の利器のおかげで解決する程度のことだ。
もちろん、それによる地球温暖化がどうたらこうたらとかは、度外視してのことだが。
俺がこの家に来てから、すでに3度目の夏を迎えている。
だが、それだけの月日が経っているにもかかわらず、俺の中では自分はまだまだ居候の身であるという思いがあった。それが、無駄に電気代を使うわけにはいかないという行動にも繋がるのだろう。
もっとも、今は夏休みだし部活も3年生は引退した身で自由参加だ。少しくらい寝過ごしたって大丈夫。そう思い直し、ベッドに寝転びながら、ぼんやりと白い天井を見つめていた。
「ん?」
その時、窓からの風の流れが不意に変わった。というか、風が抜けるように通って行くようになったのだ。
俺は風の流れを追うように、扉の方を見る。もちろん空気が見えるわけじゃないが、室内で風が通るようになる原因は、普通は窓と扉を開けた場合だと思ったからだ。
「あれ?」
いつの間にか、部屋の扉が半分程開いていた。寝る前に締めたんだし、勝手に開くなどありえないはずだ。だが、俺が驚いたのはそんなことではなかった。
「那澄……菜……?」
驚いたことに、扉の陰から半身を出しながらこちらを見ているのは、パジャマ姿の那澄菜だったからだ。
「お、お前、どうしたんだよ。なんかあったのか?」
俺が円城家で暮らし始めてから、那澄菜が俺の部屋に来たことなど一度もない。すぐ隣の部屋とは言え、お互いの精神的にはどこぞの国の境界線くらいの壁があったからだが。
それがこんな夜遅くに、ましてやパジャマ姿だ。一瞬、華澄さんたちに何かあったのかと思いドキリとする。
だが、誰かが急病とかになっても、家族ぐるみで大騒ぎになるはずだ。しかも、那澄菜は別段慌てた様子もない。それどころか、こちらを見て薄い笑みすら浮かべている。
「なんだよ。用があるなら入ればいいだろ……って、それもマズいよな。こんな時間に部屋に二人きりだなんて、バレたら澄麗さんのオモチャにされるだけだしな」
俺のことをネタに、オモチャにされる。それは那澄菜のもっとも嫌がることだろうし、用が無ければすぐに部屋に戻るだろうと思っていた。しかし……。
「ウフフフ。じゃあ、遠慮なく……」
「お、おい!?」
予想に反し、那澄菜はスルリと部屋に入ってくる。その行動自体にも驚いたが、俺が衝撃を受けたのは、別の所にあった。
「おっ、お前!その恰好……!?」
那澄菜の格好は、普段使用しているパジャマ姿だった。もちろんそれは、ドア越しに半身が見えた時点でわかっている。
だが、全身を現した那澄菜を見て驚いたのは、その着こなしだった。
パジャマの上着は大きくはだけ、へその部分のボタンが1つか2つ、かろうじて留まっているだけだ。当然のごとく大きく胸元ははだけ、決して大きいとは言えない膨らみが見えかかっている。
さらには、ズボンもはいていない。上着が数センチもずり上がれば、下着が見えてしまいそうだ。
いや、その時になって気付くが、パジャマの胸の部分が2か所、ぷっくりと小さく浮かび上がっている。これってもしかして……。
上がそんな状況だということは、下手したら下も穿いていない可能性もあるんじゃないか……。真っ先にそんなことが思い浮かんだが、今はそんな所を観察している場合じゃないことに気付き、慌てて那澄菜から顔を逸らす。
「お、おい、なにふざけてんだよ!あ……、もしかして、犯人は澄麗さんか?なんかの罰ゲームなんだろうけど、さすがにこれはマズいだろ」
「フフ……」
「な、なあ、わかったから。どうせ見たら引っ叩くんだろ?なんか条件があるなら口裏合わせてやるから、律儀に澄麗さんの言うこと聞かなくても……」
だが、そんな俺の言葉にもかかわらず、ゆっくりと那澄菜が近寄ってくる気配を感じる。
「フフフ……。ねえ鬼一……」
「おっ、お前、いい加減にしろよ。あ、そっか、廊下で澄麗さんが見張ってるんだな。なら俺が一言……」
顔を背けたまま廊下へと向かおうとした俺だったが、次の言葉を聞いた瞬間、無意識のうちに那澄菜に顔を向けてしまっていた。
「……っ!?」
いつの間にこれほど接近していたのだろうか。俺の目前、触れんばかりの距離までに顔を近づけた那澄菜は、赤く濡れた唇を開く。そして、もう一度その言葉を口にする。
「ねぇ鬼一…………、遊びましょう……」
薄く開いた口の中でぬらぬらと、テラテラと光りながら蠢く舌のいやらしさに、いつしか俺の目は釘付けになっていた……。
☆ ☆ ☆
「ほら那澄菜。早く食べなさい。まったく……。夏休みだからって、遅くまで本でも読んでたんじゃないの?」
「違うって。ちゃんといつもどおりに寝たよ。ただ暑かったせいか、なんか体がだるいんだよ」
「だるいって……。もしかして、風邪でも引いたんじゃないの?」
「この真夏に?んなわけねーだろ」
「でも、夏風邪とかあるし……。お腹でも出して寝てたんじゃないの?」
「なっ!んな子供みたいなことしねーよ!」
「いいから、おでこ出しなさい。んー……、熱はないみたいね。夏バテかしら。せっかくだし、今日の晩御飯はウナギにでも……」
「だから大丈夫って言ってるだろ。いや、ウナギはそのままでもいいけど……」
その様子を、俺は釈然としない思いで眺めていた。
今朝の那澄菜は、少しばかり寝坊をしたとはいえ、普段どおり変わった様子は見受けられない。それに華澄さんとのやり取りだって、どこかやましい気持ちを抱えているようにも見えない。
ならば、昨夜の出来事はなんだったのか……。
『ねぇ鬼一…………。遊びましょう……』
あの時の那澄菜は、確かにそう言った。もちろん、それは俺の考えすぎかもしれない。ただオセロやトランプをしようと誘いに来ただけかもしれないし、妙に扇情的な格好だって、暑くてだらけていただけかもしれない。
だが、今にして思えばまるで何かにとり憑かれているかのような表情だったし、華澄さんや澄麗さんに勝るとも劣らない……、いや、それ以上の強烈な色気を発していた。
妖艶な目で近寄ってくる那澄菜に驚き、俺は動けずにいた。それはまさに、蛇に睨まれた蛙のようだった。
そして、俺の頬に那澄菜の手が触れようとした時……。
『キーちゃん。どうかしたの?』
偶然、お手洗いにでも起きたのだろう。あの時階下から聞こえた来た声が無ければ、その後どうなっていたのか……。
声に気を取られ、一瞬目を離した隙に那澄菜は消えていた。むろん、部屋に戻っただけだろうが、それこそ音もなく消え去ったのだ。
だが、今朝の那澄菜の様子を見るかぎり、変わった様子はない。ならばアレは、夢だったのだろうか。いや、夢にしては耳に残る那澄菜の声も吐息も、リアルな感触だった。それに、その後強烈に反応し続けた俺の下半身も……。
「ん~?どったのかなキーくん。那澄菜を熱い視線で見つめちゃって。もしかしてLOVEなのかい?」
思い出したせいか、下半身が反応しそうになった俺だったが、澄麗さんの言葉で我に返る。
「ちっ、違いますよ!」
「んじゃ、発情中かにゃ?んも~。なんだったら、お姉ちゃんがたぁ~っぷりとサービスしてあげるのにぃ~」
「キモ……。エロい目でこっち見るんじゃねえよ、変態鬼一」
「お前なぁ……。どうやったらそんな貧相な体を、エロい目で見れるんだよ」
「なっ!?んだとテメェ、ケンカ売ってんのか!」
「もー、朝から喧嘩しないの。それよりも、図書館で鬼ノ元さんと待ち合わせしてるんじゃないの?遅れるわよ」
「まっ、待ち合わせなんかしてねえよ!たっ、たまたま一緒になるだけだ!」
「どうせなら、ウチに連れて来ればいいのに。せっかくだし、おチビちゃんたちも一緒に……。うふ、うふふふ……」
「ちょっとママ!よだれ垂れてんぞ!つーか、ママもキモイよ……」
やはり昨夜の出来事は俺の勘違いか、もしくは罰ゲームの恥ずかしさのあまり、那澄菜が素知らぬフリを決め込んでいるだけなののだろうか……。
頭の中に浮かぶ、那澄菜の胸元や白い太ももの記憶を振り払うように、俺は朝飯をかきこむように食い始めた。
☆ ☆ ☆
「毎日暑っちいよなぁ……」
相変わらず寝苦しい夜だったが、俺が寝付けないのはそれだけではなかった。目を閉じれば、昨夜の那澄菜の胸元や太ももが脳裏に浮かび、何とも落ち着かない気分になるからだ。
もちろん俺だって健康な男子なんだし、そういったことに興味はある。いや、興味津々と言ってもいいかもしれない。
だがなんと言うか、華澄さんや澄麗さんならともかく、那澄菜の体を見て悶々とするのが癪と言うのか、何かに負けたような気分なのだ。
気分直しに、風呂場で遊ぶ珠魅たちや美澄ちゃんを思い出してみる。もちろんソッチ方面に目覚めたわけじゃなくて、純粋に俺の嗜好を確認してみるだけだ。
案の定、可愛らしいとは思うが興奮することはない。しだいに俺の気分は落ち着いてくる。
まあ、那澄菜で興奮したというのは正直悔しいが、俺がロリコンじゃないことを自覚出来て安心する。とはいえ、最近の美澄ちゃんは正直危ないラインまできてるんだけど……。
昨日は那澄菜よりは早く起きたとはいえ、寝坊したのも事実だ。夏休みでたるんでいると思われるのもよくないだろう。早めに眠ろうと思い、静かに目を閉じた時だった。
ふわりと風が通り、昨夜と同じ既視感を感じるとともに、枕もとに人の気配がする。
「……っ!那澄菜!?」
そこにいたのは、昨夜と同じ格好をした那澄菜だった。しかも、部屋に入ってきた気配をまるで感じさせなかった。
「なっ、なんだよお前!いったい何がしたいんだよ!?」
慌てて飛び起きようとするも、昨晩と同じように体が動かないことに気付く。
「ねえ、遊びましょう、鬼一……」
その言葉を聞き、背筋に冷たいものが走る。コイツは本当に那澄菜なのか……。
そんな疑問が浮かんでしまうほど、そこにいるのは普段の真面目で、斜に構えた那澄菜の姿ではなかった。
そして、那澄菜はゆっくりと俺の上に跨ってくると、前かがみになりながら俺の首元に顔を寄せてくる。
「おっ……、おい!?」
胸元から覗く膨らみは、母や姉と比べて慎ましやかなものだ。だが、なぜか体中から匂い立つような色気を放ち、部屋中がむせ返るような甘い匂いに包まれている気がする。
「ひぅっ……!」
首筋を舐められ、思わず声が出る。ただ、ゾクリとするようなその感触は、決して不快なものではない。むしろ、心地良い快感をもたらしてくる。
気付けば俺のシャツはめくり上げられており、さらには、腹部に感じる温かく湿った感触。
「おっ、お前……!?」
那澄菜が下半身を動かすたびに腹に感じる、滑るようなヌルヌルとした感触。さらには、動きに合わせるかのように聞こえてくる、クチュクチュという湿り気を帯びた水音……。
その感触はどう考えたって、下着を身に着けているとは思えない。しかも、その湿った音は汗でなければ、おそらくは那澄菜が興奮しているということのあらわれで……。
そんなシチュエーションを前にしては、男が条件反射で生理現象を起こしてしまうには十分だ。
「フフ……」
下腹部に感じる膨らみに気が付いたのだろう。那澄菜は笑みを浮かべ、左手でズボン越しに俺の下半身をまさぐる
「うっ……。や、やめろって!」
「スゴい……。素敵よ、鬼一……」
「よっ、よせ!どうしたんだよ!?」
だが、俺の声など聞こえていないのか、那澄菜は恍惚とした表情で俺の股間をまさぐっている。
「ねぇ……、遊びましょう。早くコレ……ちょうだい」
「は!?な、なに言って……」
ズボン越しに触られているだけだというのに、不思議なほどに気持ちがいい。その感触に、俺の股間ははちきれんばかりになっている。
やがて、快感でしだいに痺れて行く頭が、考えることを放棄し始める。
その間にも那澄菜の手の動きは止まることなく、同時に俺の体中を這うように舌が動き回る。
耳を、首を、胸を、ヘソを、そしてその動きは徐々に、下腹部の近くへ……。
「うあ……。よ、よせって……。くうっ……!」
漏らすまいと思っても、快感のあまり口からは自然と声が漏れる。
柔らかく、ザラザラと、熱く、それでいてどこか冷たい舌の不思議な感触を味わいながら、俺の理性は崩壊して行く。
そうだ、何をためらう必要があるんだ?那澄菜がいいって言うんなら、いっそこのまま……。
欲望に押し負けそうになった俺だったが、ふと那澄菜の顔を見た瞬間、理性が戻る。
「お、お前……、ホントに那澄菜かよ!?」
俺を見つめる那澄菜の表情は恍惚とし、その目は赤く光っていたのだ。
「きゃぁっ!」
俺の体もてあそぶことで那澄菜の気が緩んでいたのか、わずかに体が動くようになっていた。俺は無理矢理体を動かし、那澄菜を突き飛ばす。
わずかな悲鳴を上げて、ドスンという鈍い音とともに那澄菜はベッドの下に落ちる。
「あ……、す、すまん!」
反射的に謝ってしまったが、コイツが本当に那澄菜かどうかもわからないのだ。だが……。
「あ……れ……?鬼……一……?」
「那澄菜!?」
途端にに正気を取り戻したかのように、那澄菜の体から溢れ出ていた色気が消える。さらには赤く光っていた瞳の色も消えており、そこにいたのはいつもの那澄菜だった。
「気が付いたのか!?おい、ホントにどうしたんだよ」
「オレ、なん……で……、ここ……に……」
「おっ、おい、那澄菜?那澄菜っ!!」
そして那澄菜は、その場に崩れ落ちるように倒れこんだのだった。
タイトルは、ローリングストーンズの名曲をもじりました。正直に言うと、最終章はまだ書きあがっておりません。少しばかり時間がかかると思いますが、よければお付き合いください。




