62 おいでませ竜宮城? 渚のはいから人魚にズキンドキン!? 3番
「そう、お友達は来られなかったのね。残念だわ、せっかくたくさん乗れる車を借りてもらったのに」
出発の朝、円城家の前に停まっていたのは、随分とデカいワンボックスカーだった。いや、むしろキャンピングカーとでもいうのだろうか。後部座席にはチビどものチャイルドシートも準備されたうえに、俺たち三人と秘密子が乗ってなお、まだ一人分余るほどだ。
「せっかくあと一人乗れるのにねぇ。もったいないわ」
「荷物だってあるんだし、わざわざ満員にしなくたっていいだろ。それに、赤神が来たからってどうなるんだよ。オレやママは、別に親しいわけでもないんだし」
「でも、キーちゃんのお友達なんだし……」
もちろん、せっかくだからみんなで楽しみたいという華澄さんの気持ちは十分にわかる。だが、亮太が来たからっておそらく話すこともないし、気まずくなるだけだろうって那澄菜の気持ちもわかる。
まあ、那澄菜も根は優しいヤツだし、姉としての本能なのか、クリスマスの時だってチビどもには甘かったしな。亮太には悪いが、今回は見知った面子だけのが正解だろう。
「里帰りじゃ仕方ないわね。それじゃあ、おチビちゃんたちを迎えにいきましょうか。うふ、くふふふ……、楽しみねぇ」
気持ちを切り替えたのか、少しばかり気持ち悪い……じゃなくて、嬉しそうな笑みを浮かべた華澄さんが車に乗り込もうとした時だった。
「押忍!鬼一先輩。遅れてすみません。少しばかり迷ったっす!」
「は!?お、お前、なんで……?」
銀色の尾を揺らしながら元気に駆け込んできたのは、なぜかこの場にいるはずのないヤツ……。そう、稲荷坂銀狐だった。
「先輩、今日は声をかけていただきありがとうございます。それと、円城さんもお招きいただきありがとうございます。あ、これはウチの母からです。道中のお菓子にでもと」
「あらあら、ご丁寧にどうもありがとう。可愛い子ねぇ~。キーちゃんのお友達なの?」
まあ、そこが華澄さんたる所以なのだろう。見ず知らずの少女がいきなり同行するというのに、全く動じる様子はない。
「押忍!鬼一先輩は自分が全てを捧げてお仕えしようと決意した、もっとも尊敬する方です」
「あらあら……。へぇ~、こんな可愛らしい子にそんなこと言わせるなんて……。キーちゃんも隅に置けないわねぇ」
「おっ、おい銀狐!誤解を招くような言い方するんじゃねえよ!!華澄さんも誤解しないでください、そんな意味じゃないですからね」
言い訳も虚しく、俺たちを交互に見てニマニマと笑う華澄さんは、明らかに誤解している表情だ。
「おっ、おい鬼一。どういうことだよ!?なんでこいつが……」
「どうって……。俺にもわかんねーよ。おい銀狐、今日は何の用だよ。そもそも、なんでお前がウチの場所知ってんだよ?」
そうだ、なんでこいつがこの場にいるのか。そもそも、お招きってどういうことだよ。
「え?だって赤神先輩から聞きましたよ。鬼一先輩がどうしても自分と海に行きたいけど、恥ずかしくて誘い辛いからって」
「はぁ!?あ……、あんのヤロー……」
その時になって、俺は亮太の『計画』とやらに気付く。
何度も言うように、俺と秘密子の間には亮太が疑うようなやましいことなどなにもない。だが、人の気持ちというのはふとしたことで変化するものだ。
よく言われるのが、例えば吊り橋効果。他にも修学旅行、学園祭などの特別な行事中、そして真夏の海での解放感などである。もちろん聞いたことがあるだけで、俺にそんな経験があるわけじゃないが。
おそらくだが亮太の頭の中には、『夏の海での解放感から、お互い意識をしていなかったはずの幼馴染が……』なんて、テレビドラマのような妄想が流れていたのだろう。
もちろん本当俺たちが好き合っているんなら、喜んで応援をしてくれるヤツだ。
だが、別に俺たちはそんなんじゃない。ならば万が一にもそういう雰囲気にならないようにと、お邪魔虫として銀狐を騙して送り込んできたのだろう。
そしてあわよくば俺と銀狐をくっつけ、恋敵(亮太の思い込み)を排除してしまおうと……。
「あ、あの……、先輩?なにかマズかった……っすか?」
さすがに雰囲気がおかしいと思ったのか、銀狐は少しばかり不安そうに、上目遣いに様子を伺っている。
よく考えれば、騙されたこいつも被害者だ。見れば随分と楽しみにしていたようだし、追い返すのも可哀想だろう。月狐さんには、お土産まで貰っちまったしな。
「キーちゃん?」
「ああ、なんでもないんです。恥ずかしいとかどうしてもってのは誤解ですけど、亮太が無理だって言うから、かわりにこいつに声かけたんすよ」
「ケッ!やっぱそういうことかよ。キモ!体育会系の上下関係で、後輩女子を無理やり海に誘うとか」
後輩のためだし、親友の尻ぬぐいもある。そのためなら那澄菜からの侮蔑の視線も甘んじて受けよう。それにだ……。
「あなた、銀狐ちゃんって言ったかしら?」
「押忍!いつも柔道部では、鬼一先輩にお世話になっています。稲荷坂銀狐と申します」
「そうなのね。ところで……」
「押忍、なんでしょうか」
「そっ、そのお耳と尻尾は、ホ、ホンモノ……なの……かしら?」
「押忍、そうっすけど……?」
ハアハアと息を荒げる華澄さんに、さすがの銀狐も怪訝な表情をしている。
「ちょ、ちょっと触らせてもらってもいいかしら?ちょ、ちょっとよ!ほんの少しだけでいいから……、ね!?」
「はぁ……?そんなことでしたら、別にちょっとじゃなくても大丈夫っすけど」
「そ、そう!?それじゃあ遠慮なく!うふ、うふふふ……。いいわぁ……。モフモフ……、ふわふわ……」
「あふんっ。くっ……、くすぐったいっす!」
「ハァハァ……。いいわ……、いいわぁ……。この後おチビちゃんたちも……。うふふふ……」
「あっ……あの……。ちょ、ちょっと、そこは尻尾じゃなくてお尻っ……!」
「うふふ……。体毛は生えてないのね。体のほうスベスベ……。いいわぁ。やっぱり若い子の肌は綺麗ねぇ」
「あひゃうっ!ふ、服の中に手を入れちゃ……。むむ……、胸はダメっス!そっ、そこは鬼一先輩の……。あぅんっ!!」
「あらあら、キーちゃんなら触っていいってこと?うふふ……。だそうだけど、どうする?キーちゃん」
「はぁっ!?そっ、そんなことするわけないでしょ!」
「マッ、ママ!?なにやってんだよっ!鬼一もスケベズラしてニヤケてんじゃねえよ!このヘンタイヤロー!!」
「にっ、ニヤケてなんかねーよ!そもそも俺のせいじゃねーだろ!」
最後の方は完全なとばっちりだが、至福の表情で銀狐を撫でまわす華澄さんを見ては、今さら断ることなどできないだろう。ウチの子にすると言い出さないだけ、まだマシなほうか。しかしだ……。
この先に迎える、秘密子の反応を思うと少しばかり気が重くなる。
「そう言えば華澄さん、運転免許持ってたんですね。こんな大きな車を運転できるなんて」
「うふふ。こう見えても、結構運転するの好きなんだから」
「へ~、なんか意外ですね。あ、失礼な意味じゃなくて……」
それは、その場の雰囲気を変えようとした何気ない会話のつもりだった。だが、俺は視界の隅に妙な表情をした那澄菜をとらえる。それを見て、なぜだか無性に嫌な予感がする。
「あ、あの、華澄さん?」
「なぁに?」
「ちなみに、普段どのくらい運転するんですか?」
「そうねぇ。最後に運転したのは……、いつだっけ?1年くらい前かしら?」
「…………。そ、そうですか……」
「ほらほら、そろそろ出発しないと。みんな待ちくたびれてるでしょうし。それじゃあ行きましょうか」
まさかとは思うが、澄麗さんと美澄ちゃんが海に行くのを断ったのって……。その言葉を受け、俺は祈るような気持ちで車に乗り込んだのだった。
☆ ☆ ☆
「照りつける太陽、青い海、頬を撫でる風……。ああ、人の一生は儚いからこそ美しいのかも…」
「あら、キーちゃんって意外と詩人なのねぇ」
「…………ええ、まあ……」
車に揺られる?こと1時間余り、海に到着した俺は、普段絶対にすることのない表現で生きていることを満喫していた。
華澄さんの運転は、迎えに来た俺たち、特に銀狐を見た瞬間に不機嫌さMAXになった秘密子でさえ、それを忘れたかのように静かになるほど見事なものだった。
もっともチビどもは、ジェットコースターに乗っている気分にでもなったのか、大はしゃぎであったが……。
そんなわけで少しばかり説明が長くなったが、これが俺たちが海にいる理由だ。
まあ、それはさておき問題はこの先だ。
俺たちが海についてきた本来の理由、それは華澄さんに群がるナンパ男どもの駆除と、はしゃぎまわるチビどもの監視だったはずだ。
しかしながら、チビどもは華澄さんのおっぱいトラップに引っ掛かり微動だにしないし、さすがに小さな子供を抱き抱えた状態の女性をナンパしようという猛者もいないようだ。
つまりは、すっかりヒマになったわけである。
走り回っていた銀狐はいつの間にかどこかへ行ってしまったし、那澄菜や秘密子はパラソルから出ようともしない。おまけに秘密子はと言えば、こんな所にまで持ち込んだ華澄さんの小説を読んでいる。
まあ、俺の口止めもあり、誰もその本についてツッコむことはないが……。
「めんどくせーよ。オレはパスだ。だいたい、なんでテメーなんかと泳がなきゃなんねんえだよ。水着が見たいってスケベ心は、お見通しなんだよ」
「僕もだ。直射日光はお肌に良くないしね。読書をしていたほうが、ずっと有意義だよ」」
泳ぎに誘ってみれば、けんもほろろに断られたうえに、上着を脱ぐ素振りも見せない。まあ、お前らの凹凸の無い平らなモノが見たいわけでもないんだけどな。
まあ、少しはこいつらの水着も見てみたかった気もするが……。
「じゃあ、俺はせっかくだし少し泳いでくるよ。それと秘密子、チビどもが飽きてきたら面倒見てくれよ」
「大丈夫よキーちゃん。この子たちの面倒は一生……、じゃなくて、ちゃんと見ててあげるから心配しないで。それよりも、そろそろクラゲも出てくる時期だし気をつけるのよ」
「わかりました。おい秘密子。こいつらが華澄さんに迷惑かけないように、ちゃんと見てろよ」
了承の代わりか、本から目を離さずにヒラヒラと手を振る秘密子を背に、俺は砂浜を海へと向かって歩き始めたのだった。
☆ ☆ ☆
「なんつーか……。海なんてガキの頃以来だけど、やっぱプールとは勝手が違うよなあ……」
あれから俺は一人、波打ち際の近くで海の感触を楽しんでいた。
正直に言うと、俺は泳ぎが苦手だ。もちろん泳げないわけではないが、体質的に筋肉質でかなり脂肪が少なく、水に浮きにくいのだ。
だが、何となくだが学校のプールよりは体が浮きやすい気もする。もちろん気のせいかもしれないし、景色や寄せてくる波など、普段と違うシチュエーションに興奮しているだけかもしれないが。
思えば、それが失敗だったのだろう。
「せっかくだし、あの岩場まで泳いでみるか」
興奮や解放感がそうさせたのか、なぜか少しばかり先に見える、離れた岩場まで泳いでみようと思い立ったのだ。
たいした距離じゃないし、のんびりと泳げば大丈夫だろう。そう思い、ゆっくりと岩場に向かい泳ぎだしたのだが……。
☆ ☆ ☆
「ん……、なんだ?」
泳ぎだして少しばかり経った頃、俺は体中が妙にピリピリとすることに気付く。そして、何かが体中に触れるような感覚にも。
さすがに妙に思い、手で水中をすくってみる。透明な水の中で、海藻を掴んだような感触を感じ手の平を出してみれば……。
「うおっ!?な、なんだコレ……。もしかして……、クラゲか!?」
握っていたのは、半透明のブヨブヨとした物体だ。そして俺は、華澄さんの言葉を思い出す。
「うおっ!痛てっ!なんだよこいつら……!?」
だが、気付いた時には少しばかり遅かった。周りにはたくさんのクラゲの群れが漂い、俺の体を容赦なく刺してくる。
大して毒のないヤツなのか、俺の体が丈夫なせいなのかはわからないが、それほど体に影響はなさそうだ。
しかしながら、よくわからない生き物に囲まれ、刺され続けていることに焦っていたのだろう。慌てて方向転換し、陸へと戻ろうとした時に足に痛みが走る。
「ぐっ……!ヤバ……がぼっ……!ちょ…………!」
クラゲの毒にやられたのか、俺の泳ぎが下手だったのかはわからない。右足が痙攣し動かなくなった俺は、焦った拍子に海水を飲んでしまう。
「ぐぼっ!だ、誰か…………げぼっ……」
助けを呼ぶも、周りには誰もいない。俺は生まれて初めて死というものを意識する。そして自由の利かなくなった俺の体は、海へと沈んで行く。
(なんで……お前なんだよ……。こんな時ばっかり……笑いやがって……)
それが、俗にいう走馬灯のようなものなのかはわからない。ただ、揺らめく湖面に、そいつの笑い顔を見た気がしたのだ。
そして俺の体は、ゆっくりと海底へと沈んで行ったのだった……。
最終章前の蛇足。もう少しお付き合いください。目標は年内完結!?です。




