58 初恋 ~夕映えはあんず色?~ Aメロ
「一本!それまで!!」
会場内に鈍い音が響いた後、主審の右手が上がる。そして一瞬の静寂の後、大歓声が沸き起こる。
「鬼一先輩!やりましたよ!!赤神先輩が、赤神先輩がっ……!」
俺の右隣りからは、顔を真っ赤にして興奮した銀狐の叫びが聞こえる。
「当たり前だろ。アイツを誰だと思ってんだよ。赤神亮太だぞ。全国一になることなんざ、とっくの昔にわかりきってたんだよ。つーか、遅せぇんだよ。一年も待たせやがって……」
『うっしゃぁぁぁぁぁぁぁっ!』
ガラにもなく興奮していたのだろう。試合後の一礼を終え、亮太は右こぶしを高々と突き上げ、大きく吠えた。
その行動を見た応援席からは、それを自分たちへのアピールと思ったのだろう、ひと際大きな歓声があがる。
だが、俺にはそれが意味する本当のところをわかっている。
本来なら、亮太はそんな行動をするヤツじゃない。勝負とはいえ、ルールとマナーを大切にするヤツだ。敗者のことも考え、己が勝ったからと言って感情を剥き出しに喜ぶことなどしない。
「亮太がどれだけ努力してきたか、知ってるだろ。下手したら潰れるかもしれない覚悟で、俺たちとぶっ続けで稽古してきたんだからな」
そう、亮太はこの大会前、先生や先輩たちが止めるのも聞かず、本番前の調整などクソくらえと言わんばかりに俺や銀狐と猛稽古に励んだのだ。、
そして、それは亮太にとっていい結果をもたらしたのだろう。地方予選を含め、大会中すべて一本勝ちを決めるという快挙を成し遂げたのだ。
「そりゃあ、わかってるっすよ」
「ハハハ。銀狐なんざ、最後の方は随分と分が悪くなってたしな。ほとんど投げられてたじゃないか」
「ぐっ……。そっ、そんなことないもん!銀狐だって、打撃とかもありなら負けないもん!」
そうは言いながらも、自覚はあるのだろう。銀狐は顔を真っ赤にしている。
「そりゃあ、総合みたいなルールでやりゃあ銀狐の方が強いかもな。けど、アイツは柔道家だ。最初は手こずってたお前相手にも、柔道の枠の中で努力して差をつけたんだぜ」
「うぐ……。わ、わかってるっす……」
2年生となった夏の大会、亮太は念願の全国制覇を成し遂げた。実力から当然の結果だと言ってしまえばそれまでだが、アイツがどれだけの努力をしたのかを俺は知っている。
そして、その努力が勝つためだけではなく、人生を懸けた大きな勝負のきっかけでもあることを……。
「熱い……よなあ……」
「え?暑いっすか?確かに外はそうでしょうけど、ここは空調が効いてていい感じだと思うんですけど」
「いや、熱ちぃんだよ。熱くてたまらねえよ……」
「はぁ……?なんなら、ジュースでも勝ってきましょうか?あ、ついでだし、仕方ないから鬼ノ元先輩の分も……、あれ?」
いかにも嫌そうな感じで俺の左隣の席を覗き込んだ銀狐は、そこにいるはずの人物がいないことに気付いたようだ。
「あれ?鬼ノ元先輩は?」
「ああ、人生の大勝負だ」
「はい?大勝負って……。でも、あの人弱いっすよ?そもそも、部活だって入ってないんすよね?」
「強い弱いってのはな、力だけじゃねえんだよ。少なくとも今の亮太よりは、秘密子のがずっと強えぇんだからな」
「はぁ?鬼ノ元先輩が……?いやいや、赤神先輩と勝負したら、3秒も持たないっすよ」
納得いかないという表情の銀狐だが、無理もないだろう。だけど、いつかはコイツにもわかるはずだ。圧倒的実力差がありながら月狐さんに挑んだ親父さんが、ただ一度……、一瞬だけ、月狐さんよりもはるかに強かった理由を……。
☆ ☆ ☆
「鬼一、俺は今度の大会で全国一になる!そして、鬼ノ元さんに告白する!!文句があるか?止めるなら今だぞ!」
大会前、俺は鬼気迫る表情の亮太に告げられた。
「…………止めねーよ。そもそも、お前の告白のどこに文句があるってんだよ」
こいつは未だに、俺と秘密子の関係に気を遣っているのだろう。だが、ここまで覚悟を決め、真っ直ぐに向き合ってきた亮太にいい加減な返答はできない。
「本当にいいんだな!?考え直すなら今だぞ!!」
「心配するな。俺が秘密子を思う気持ちは、家族に対するみたいなもんだ。アイツだってきっとそうだし、男とか女とかの想いじゃねーよ」
俺を睨みつけるように、真っ直ぐに見つめていた亮太だったが、不意に力の抜けた顔で笑う。
「すまん、鬼一を試すようなことを言っちまったな」
「気にすんな」
「けどな、俺は本気だぜ。もしもお前たちが、お互いのことを想ってんなら……」
「なんだよ。逃げるのか?」
「なに!?」
俺の挑発に、亮太は再び険しい顔をする。
「だってそうだろ。亮太の秘密子に対する本気は、そんなもんだったのかよ。幸せにするとか言っといて、相手が他の男が気になるっつったら、あっさり手放して逃げ出すのか?」
「ちっ、違う!俺の想いは変わらない。俺は鬼ノ元さんを幸せにしたい!!」
「だったら、いいじゃねえか」
俺は亮太の肩を叩く。
「周りなんか気にすんな。全力で試合に挑み、全力で勝ち、全力で秘密子に告白して、心から惚れさせてみろよ。秘密子が、俺なんか眼中になくなるくらいによ」
「鬼一……。おう、やってやるぜ!」
「ハハ、その意気だ。見事に秘密子を墜としてみせろよ」
☆ ☆ ☆
「……んぱい?鬼一先輩?」
「ンぉ?あ、ああ、なんだ?」
銀狐の呼びかけに、ふと我に返る。
「どうしたんすか?ボーッとして。もしかしたら、赤神先輩の試合に触発されたとか?でしたら、ウチに来ますか。先輩の滾った欲望を満足させるくらい、自分のカラダで良ければいくらでもお相手するっすよ」
その言葉に、銀狐の隣で観戦していた女子生徒が驚いたようにこちらを向く。まあ、幸か不幸かこんな状況にも随分と慣れちまったけどな。
「お前なぁ……、相変わらず言い方が天然というか……。もう少し考えて発言しろよ」
「はい?なんかマズかったっすか?」
「いいか、こういう場合は『ウチの道場に来て、私と稽古して発散しますか?体を動かせば、気分も晴れますよ』って言うんだよ」
「はぁ……。それ以外に、どういう意味に取れと……?」
「おま……、わざとやってんじゃねえよな?まあいいや。今日はそんな気分じゃねえんだよ。とにかく……、熱ちぃしな」
「あ!そうだった。ジュース要ります?」
「…………。んじゃ、スポーツドリンク頼むわ。ほれ、ついでにお前も好きなの買ってこい」
たいして入っちゃいないが、少しばかり格好をつけて銀狐に財布を投げる。
「奢りっすか!?あざぁーっす!」
だが、財布を受け取ったと同時に走り出そうとした銀狐は、なぜかピタリと立ち止まる。
「先輩……。今、暑いんすよね」
「ん?ああ……。まあ、そうだな。それがどうしたんだ?」
説明するのも面倒だし、とりあえず銀狐の勘違いに話を合わせておく。
「あの……。ここに来るとき、外の売店でかき氷を売ってたんすよね。その……、先輩が熱いんなら、どっちかっていうとそっちの方が……」
「おま……」
どう考えても自分が食べたいだけだろうが、明らかに何かを期待する銀狐の表情を見てしまうと、無碍にもできない。
まあ、たいして金の使い道などあるわけでもないし、後輩に奢ってやるのも先輩のつとめか……。
「そうだな、んじゃ頼むわ。味は……、お前に任せるよ。ここじゃ食えないだろうし、外の休憩所に集合な」
「あざぁーっす!!」
喜々として走り去る銀狐の背を見ながら、俺は大会前のことを思い出していた。
今日の大会前、亮太は俺の目の前で秘密子にメッセージを送った。もちろん、俺が内容など知る由もない。だが、律儀なアイツのことだ。
『此度の大会、自分が全国一になったならば、是非鬼ノ元さんにお伝えしたいことがあります。その時は、試合後に会場裏の公園までお越しください。必ず、全国一になる覚悟です』
おそらく、こんな堅苦しい文面でも送ったのだろう。
しかし、それは十分に亮太の真剣さが伝わる文章だ。そして秘密子も、それを茶化したりすっぽかすようなヤツじゃない。
今この場にいないということは、亮太の言いたいことを察し、約束の場所に向かったのだろう。うん、向かったはず……だよな?
俺は今さらながら、秘密子の性格を思い出す。トイレに行っていただけとか、面倒くさくなって施設に帰っただとか、少しばかりありそうで不安だが……。
だが、どれだけ心配したって、今さら俺ができることは何もない。あとはアイツらしだいだ。
「さて……」
とはいえ、俺にもできることはある。この後偶然にも二人に会ったりして、邪魔しないようにすることだ。俺のすべきことは……。要するに、はしゃぐ銀狐を引き摺って、会場を後にすることだった。
「おまたせしましたっす!」
まあ、その前にかき氷で一息ついて……。と思っていたのだが、俺は銀狐のセンスを舐めていた。
「おま……、なんだよコレ……?」
「ふふーん、銀狐スペシャルっす。おいしそうでしょ!」
俺は目の前に出された、『練乳小豆乗せ・メロンとイチゴと抹茶のシロップを添えて』などという、名前だけはどこぞのお洒落なスイーツ店のメニューかと勘違いしそうな、わけのわからないかき氷を食わされる羽目になったのだった……。
タイトルは言わずと知れた、村下孝蔵さんの名曲からです。曲中での主人公は告白できずに終わりましたが、亮太ははたして……。次回、恋に決着!?




