57 HOUSE OF THE DEAD 潜入!? 砂漠のキツネ作戦4
「なるほど、銀狐のスタミナ問題をあっさり見破りましたか。それに、この子の相手の呼吸や動きを読む目、間合いまでを見切り、あまつさえ利用するとは……」
「偉そうに言えることではないんですけど、銀狐の天才的な才能のおかげで、逆に対策がしやすくなったというか、タイミングが取りやすくなったというか……。変な話ですけど、優秀すぎるせいで誘えば必ず反応してくれるって確信になったんです。でも一歩間違えば、反対の結果になっていてもおかしくない状況でした」
「フハハハハ。そうだろうそうだろう。なにせ銀狐ちゃんは、儂と母さんの血を引く天才だからな!おまけに世界一可愛らしいし!!」
裏拳を食らって倒れていた親父さんは、試合の詳細を語る頃には回復していた。だが、余計な口を挟んだ瞬間月狐さんに睨まれ、あっという間に大人しくなる。
一方の銀狐はと言えば、褒められているのか貶されているのかわからず。まして自分の武器である洞察力まで利用されたと知り、複雑な表情だ。
「むろん打撃などが組み合わされば、また違ってくるのでしょう。しかし、柔術というルールの中で、短時間でそれを見抜く鬼一殿は見事です」
「そうでしょう?だからこそ、自分も先輩をお認めしたんです。完璧に行けると思った瞬間の返し……。あれは見事でした」
「い、いや、あの試合は正直、事前に亮太との試合を見ていたから対策できたことです。それに完全に体力も回復してなかっただろうし、いきなり組んでたら、どういう結果になっていたか……」
さすがに照れるし、亮太の試合を見ていなかったらというのも本心だ。
「ご謙遜なさらずとも、鬼一殿の洞察力があれば結果は同じだったでしょう」
「はい。まさに先輩ならそのとおりです!」
「ましてや負けた後に取り乱し、ルールを逸脱した禁じ手で不意打ちを仕掛け、それを以てしても鬼一殿には及ばなかったのなら……。そうですね、銀狐」
「は……はい、まさにそのとおりで……。も、申し訳ありませんでしたぁっ!」
さすがに最後の回し蹴りのことは、言わない方がよかったか……。青くなって震える銀狐の顔を見ていると、さすがに可哀そうになる。だが、そんな面持ちの銀狐に、月狐さんは優しく微笑みかける。
「道場内だけの稽古であれば、いずれ行き詰まります。ですがあなたの実力であれば、外の世界で相手になれる人物はなかなか見つからないでしょう。それゆえの増長を心配していましたが……。フフフ、合格です。良い師を見つけましたね。これからも精進し、切磋琢磨して行きなさい」
「あ……、ありがとう、ママ!……っと、母様!」
「それでは鬼一殿、銀狐をよろしくお願いいたします。フフフ、この様子ではいずれ、本当に銀狐の初めての相手となるかもしれませんね」
「は?はあ……?」
話の意味がわからず困惑していると、突然地鳴りのような声で親父さんが叫びだした。
「なっ、ならん!ならんぞぉぉぉぉっ!!たとえ稲荷坂の教えといえど、こればかりは……。やはり貴様、この場で殺っ……!!」
激怒した親父さんが立ち上がった瞬間、部屋の中に薄紫の蝶が舞った。
もちろんそれは、幻だったのだろう。それほどまでに、月狐さんの動きは自然だった。
音もなく揺らめくように親父さんの背後に回ると、自らの着物の袖を利用して、一瞬で首元を絞めあげたのだ。着物の袖を広げたその姿は、まるで蝶のように美しかった……。
そして人形が崩れ落ちるように、カクリと堕ちる親父さん
「ちょ、ちょっと!大丈夫なんですか!?早いとこ蘇生させないと…!」
「大丈夫ですよ。この締め方なら、しばらく放っておいても平気ですから」
「でっ、でも……」
慌てる俺とは対照的に、二人は涼しい顔だ。というか月狐さんが大丈夫というなら、おそらく大丈夫なのだろうが……。
しばし迷った末、俺は親父さんを助けることを諦めた。けっして、起きているとうるさいからというわけではない。それよりもだ。
「あ、あの、親父さんが激怒してましたけど、稲荷坂の教えってなんですか」
「ああ、さすがに銀狐では説明できませんでしたか。なにぶん、まだ子供ですのでご勘弁を」
その言葉を聞き頬を膨らませている銀狐を見て、月狐さんは意味深に笑う。
「この稲荷坂の家というのは、代々婿を迎えて存続してきました」
「は?」
唐突に始まった昔話の意図を、俺は理解できずにいた。
「と言うのも、不思議なことに稲荷坂の家系は女子……、しかも妖狐しか生まれないのです。それは御覧のとおり、人の婿を迎え入れても同じこと。銀狐の祖母、つまり私の母親も、そのまた母親も妖狐です。そこでのびている主人も、つまるところ婿養子というわけです」
「はあ……?」
「今でこそ表立って噂する人はなくなりましたが、労働力にもならぬ女しか生まれぬ家系……。大昔は憑き物筋、呪いだなんだと忌み嫌われ、随分陰口を叩かれたようです。まして妖狐など、堂々と人の世に存在できる立場ではありませんでしたから。正体を隠し、日陰者として生きてきた者もいると聞きます」
「なっ!そ、そんなのは偶然かもしれないじゃないですか!それに、月狐さんのお母さんたちが人間に何かしたってわけでもないんですよね!?」
柄にもなく、俺は憤っていた。
俺は真実を知らないし、科学的な根拠もわからない。だが、生まれてくる子の性別が偏ったりだとか、偶然が続くなんてことがないわけではないだろう。遺伝子的にそうなりやすい可能性だってあるかもしれない。まして何百年前だろうと、アヤカシは存在していたのだ。自分たちの狭い世界の常識と違うからって、違う存在を排除していいなんて……。
「ホホホ。鬼一殿はお優しいですね。ですが、心配はいりませんよ」
俺の表情から、言いたいことを察したのだろう。柔らかい笑みを返され、勢いが削がれるとともに我に返る。
「私たちが棲み家としていたのは、山あいの小さな……、今はもう過疎が進み廃村となった、本当に小さな村でした。たしかにかつては、村の者たちとのいざこざはあったのかもしれません。ですが、私が生まれ物心ついた時には、すでにそのようなことはありませんでした」
ふと見れば、銀狐も初めて聞いたのだろう。自分のルーツ……、母親の話を頭上の耳をピンと立てて聞いている。
「大昔はともかく、その頃にはすでに私たちは、村の一員となっていたのです。彼らは皆、当たり前のように私たちの存在を認めていました。この姿を隠すこともなかったし、むしろ畏敬の念を抱き、恐れ、崇めていたのでしょう」
言いながらも、月狐さんは懐かしそうに微笑む。
「と言っても、腫れ物に触るような存在だったわけではありません。村の老人たちには随分と可愛がってもらいましたし、数は少ないとはいえ、同年代の子供たちとも仲良く遊びました。私たちは特別視されながらも、村の一員として認めてもらっていたのです」
月狐さんの話を聞くうちに、次第に冷静になってくる。
そうだ。そもそも俺だって、自分は人間と違うからって、冷めた目で人生を送ってきたじゃないか。自分たちを特別な者と思い込み、かつて妖狐を差別した人間とどこが違うのだろうか。そんな俺が、人間がどうとかとやかく言える筋合いではないのかもしれない。
だが、不思議と今はそうは思えない。なぜかと考えると、答えは一つだろう。そう、俺の人生は円城家の人たちと出会ったことで、少しずつ変わってきたんだ。
「村での生活は幸せでした。とはいえ、私も若かったですしね。人並みの田舎の若者と同様、都会への憧れはあったわけです。そんなとき、ご存じのように生物は平等だという法律ができました。その頃には両親も亡くなっていましたし、これ幸いとばかりに村を出て、今に至るというわけです。ああ、若くして両親を亡くしたというわけではありませんよ。こう見えても、それなりに年経ておりますので」
月狐さんが村を出たという経緯はわかった。しかし、今の話が稲荷坂の教えとどう繋がるのだろう。そんな俺の疑問を、表情から察したのだろう。俺を見たまま、柔らかい笑みを浮かべる
「私が村を出たのは、そのままでは婿を取ることもままならなかったからです。村では若い男の子も数えるほどでしたし、私に言い寄る男の子はおりましたが、なにより皆、私を打ち負かすことができませんでしたから」
「はぁ……。月狐さんに勝てないことが、なにか……?」
察しの悪い俺が可笑しいのか、月狐さんは口元を手で押さえながら言う。
「ホホホ、稲荷坂の教え……。つまりは、『稲荷坂の妖狐が欲しくば、力で奪い取れ』ということです」
「はあぁっ……!?」
現代社会にあるまじき掟に、俺は唖然としていた。まさか、今どきそんな暴力的な行為で結婚させられるなど……。そんなのは、個人の意思を無視した最低の行為ではないのか。
いや、それは俺がしっかりと断ればいいだけだ。後輩が意に添わぬ相手と結婚させられるなど、先輩として守ってやらねばならない。
一人で勝手に憤慨していた俺だったが、ふとある疑問に気付く。
「あれ?ということは、月狐さんも親父さんに負けたから結婚した……、ということですか?」
俺の質問には答えず、月狐さんは懐かしむような目で話を続ける。
「田舎から出てきた私は、小さな道場を開きました。というよりも、私には幼き頃より叩き込まれた、武の道を活かすことしかできませんでした。ですが本心は、私を倒す男性が現れることに期待していたのです」
「そこに、親父さんが……?」
「ええ。それはそれは、見事なまでに弱い男でした。当時の実力は道場でも、下から数えた方が早かったでしょう」
「…………は!?」
突如現れた親父さんが、颯爽と月狐さんを打ち負かす。そんな話を想像していた俺は、少しばかり拍子抜けする。
だが、それはそうだろう。冷静に考えれば、俺から見たって二人の実力差は歴然だ。どう贔屓目に見たって、親父さんが月狐さんに勝てる要素は見当たらない。
しかし……。
「999勝1敗」
「え?」
「私と主人の戦績です」
その数字に、俺は驚いていた。もちろん、一つとはいえ親父さんが勝てたこともそうだが、なにより実力差を知りながらも、千回も戦いを挑んだことにだ。
「私に一目惚れしたそうで、何度も言い寄ってきました。そして稲荷坂の教えを知った後は、毎日のように勝負を挑んできました。それこそ毎日のように、何年も何年も……」
「パパがそんなふうに……。なんか、意外……」
「フフフ……。毎日のように倒され、気絶し、酷いときには骨を折られ……。それでも諦めず、いつまで経っても戦いを挑んでくる彼に、ある時言ったのです。『ここで諦めれば、今後も道場に通うことは許します。ですが、千回目に負けた時は破門とし、二度と私の前に姿を現すことは許しません』と」
「そ、それはつまり……」
「そう、最後通告です。ですが、これは裏を返せば破門にならぬ限り私のそばにいられるし、修行も続けられるということです。普通であれば、一旦は私を諦めてでも、力をつける道を選ぶでしょう。ですが……」
「親父さんは、安易な道を選ばなかったということですね」
俺の問いかけに、月狐さんはニコリと微笑む。
「彼は、『ここで安易な道を選べば、一生貴女には勝てない。今の自分には、貴女に勝つか殺されるか、どちらかの道しかない!』そうハッキリと宣言しました。その時の目は、嘘偽りのない、本当の決意の炎が宿っていました」
「そして、親父さんは勝った……」
「ようやく、このしつこい男も諦めてくれる……。その思いが油断を生んだのでしょうね。一瞬の隙を衝かれ、見事な一本を取られましたよ。ええ、それはもう、見事な一本でした……」
少しばかり意外な話だった。しかし、圧倒的な力の差がありながらも、月狐さんに惚れた親父さんの執念が一本を取らせたのだろうか。
「……あ!」
だが、慈しむように親父さんを見る月狐さんの眼差しに、俺の中で一つの結論が浮かぶ。
もしかして月狐さんも、一途に自分を想う親父さんに惚れていたのではないだろうか。だが、生真面目な月狐さんのことだ。稲荷坂の教えを反故にもできず、随分と悩んだのだろう。
そして、殴られ蹴られ、叩かれ踏みつぶされながら千回も自分に挑んできた親父さんの熱意に打たれ、悩みに悩んだ末に自分を曲げることを決断したのだろう。ただの一度だけ、信念を曲げて教えに背いてでも……。
本当に親父さんが実力で勝ったのか、それとも月狐さんがわざと負けたのかはわからない。
だが、そこには親父さんと結ばれたいという月狐さんの強い想いが、多分に絡んでいたはずだ。
ならば……。
そうだ。そんなことは、銀狐を見る月狐さんの眼差しを見れば一目瞭然ではないか。厳しくも娘を心配し、温かく見守るような、この眼差しを見れば……。
心配せずとも、銀狐は惚れた男と結ばれるだろう。なぜなら、娘の幸せを願わぬ親などいないだろうから。
「お話はご理解いただけましたか?」
「は、はい。月狐さんの過去や、お二人の馴れ初めについては……」
「ホホホ。私が聞いたのは、そんなことではありませんよ」
「え?」
そういえばそうだ。思わぬ話を聞いて脱線してしまったが、本来の話題は『稲荷坂の教え』だったはずだ。
要するに、月狐さんたちが結婚できるのは、自分に勝った男のみで……
「…………は?え……、えぇ!?」
先ほどまでの話を聞く限りでは、銀狐は家族以外に負けたことがない。つまり、家族以外に負けたのは初めてで、しかも相手は年の近い異性。つまりは……俺だ!
「じょ、冗談……ですよね?だ、だってこのご時世、そんなことで結婚相手を決めるなんて……」
「おや、鬼一殿には、すでに心に決めた方が?」
「いっ、いや、そんな相手はいませんが……。そっ、そもそも、こういうのは本人の意思が大事で……」
「もちろん、今どき勝った負けたで結婚しろとは言いません。勝負に勝つのも、あくまで稲荷坂の女を手に入れる権利を勝ち取るだけです。ですが……」
月狐さんはチラリと銀狐を見て、優しく微笑む。
「この話、銀狐は嫌ですか?」
「ふへぇぁっ?ぎっ、銀狐……じゃなくて、自分は、鬼一先輩が相手なら……。ででっ、でも、初めては……まだ怖……、早いって……いう……か……」
「ホホホ。生まれてくるのは女の子とはいえ、強く丈夫な子ばかりです。この子は若いですし、お望みならいくらでも産めますよ。むろん、鬼一殿の頑張りは必要でしょうがね」
「マッ……、ママ!?」
銀狐は顔を真っ赤にしながら、しどろもどろになっている。というか、まんざらでもなさそうな銀狐を見ていると、さすがに俺も気恥ずかしくなってくる。
「さて、話は早い方がいいですし、祝言の日取りは……。おやおや。いいところでしたが、お客様ですか」
「え?」
何も聞こえなかったし、誰かが来たようにも思えなかった。だが、月狐さんは何かに気付いたように表を見る。
「鬼一殿には夕食をご一緒にと思っていましたが、どうやら門の前で子猫が迷子になっているようです。またの機会ということで、申し訳ありませんが今日は迷子の子猫を送っていてもらえませんか?」
「は?猫って……?」
訝しがる俺だったが、意味を聞く間もなく月狐さんはたたみかける。
「それに、そろそろ主人も回復させませんと。気付いたら、すぐに暴れだすと思いますが」
「おっ、お邪魔しましたぁっ!」
「あっ、先輩……!」
何かを言いかけた銀狐には悪いが、親父さんに殺されるのは御免だ。俺は挨拶もそこそこに屋敷を飛び出し、正門脇のくぐり戸を抜けた……。
☆ ☆ ☆
「うぅ、あと少しで……」
「お前……、何やってんだよ……?」」
俺が扉を開けた瞬間視界に入ってきたのは、塀によじ登ろうともがいているパンツ……じゃなくて、秘密子の姿だった。
「うぇっ!?ちち、違う!散歩してたら、その……。そ、そう!散歩してて迷子になったのさ!!」
「散歩ってお前……」
どこからどう見たって、施設から稲荷坂家は散歩するような距離じゃない。まして反対方向だし、どう考えたって寄り道するような所じゃないだろう。
まあ、何を思ったのかはわからないが、気になって後を付けてきたのだろう。塀をよじ登ろうとしていたのは、おそらく中の様子を伺おうしていたのか。
もっとも、スカートでそんなことをすればどうなるか……。その結果が、パンツの丸出しだったということだが。
「いや~。さすが武道家だよな。娘に勝った奴の力を見たかったんだってよ。だけど、笑っちまうよな、世の中にはバケモンがいるもんだ。俺なんぞ、てんで相手にならなかったよ」
なんとなくだが、秘密子が俺を心配してくれてたんじゃないかって気はする。だから、努めて軽い感じで呼ばれた意味を伝える。ただ、帰り際のやり取りを隠したいという事情もあってのことだが。
もちろん後ろめたいことなどないし、した覚えもない。ただ、それを伝えることによる秘密子の反応が容易に想像できたからだ。いくら俺だって、あの柱のように握りつぶされたくはないしな。
「ほ、ホントに……?」
「おう、スゲー親父さんだったぜ。武道全般極めてる感じだし、体つきだって、俺よりガタイがいいんじゃねーか?おまけにお袋さんなんて。力の底が見えねーんだぜ。それに……」
言いながらもふと気付く。そうだ、月狐さんはあの時、迷子の子猫がいると言っていた。つまりは、表通りでうろつく秘密子の存在に気付いてたってことだ。
本当に底の見えない月狐さんに、思わず背筋が寒くなる。
「鬼一?」
「お、おう。なんでもねーよ。それよりどうだ。せっかくこんなとこまで来たんだし、なんか軽く食ってくか?奢ってやるよ」
「うえっ!?、そそっ、それって、デ……」
「ただし、高いもんじゃねえぞ。俺の経済事情に期待すんなよ」
不意にあたふたとする秘密子に疑問を感じるが、どうせ帰り道は同じなんだ。それに少しくらい間食したところで、夕飯が入らなくなるような俺じゃない。
「その……。せっかくだけど、やめとくよ」
「なんだよ。腹減ってないのか?」
少しばかり迷っていた秘密子だったが、残念そうにつぶやく。
「珠魅たちが待ってるだろうし、寄り道して遅くなっちゃったからね」
「あ……」
そうだ、俺がいなくなってからずっと、秘密子は自分の時間を犠牲にしてでもチビどもの面倒を見てくれているのだ。片や俺は、部活だなんだと自分の時間を満喫している。
「そうだな。じゃあ、約束の日じゃねーけど、俺も施設で飯食おっかな」
「え!?で、でも……」
「ウチには連絡しときゃいいさ。それに、外で使おうと思ってた金で、あいつらに土産を買ってくのも悪くないだろ」
「鬼一……。うん、そうだね。僕も賛成だよ!珠魅たち、きっと喜ぶよ。ふふ、何にしようかなっ……。あ!たこ焼きなんてどうかな?あの子たちの大好物だし」
「それって、お前が食いたいだけだろ」
「ちっ、違うよ!あくまで珠魅たちのお土産で……!」
夕焼けで真っ赤に染まった道を歩いていると、ガキの頃を思い出す。学校の行き帰りや道場の帰り道。昔はよくこうして、二人で並んで歩いたもんだ。それよりも小さな頃は、それこそ手を繋いで……。
そういえば秘密子は、自分は柔道など習っていないくせに、終わり時間にはいつも迎えに来てたっけ。
二人で並んで歩いてたのが、亮太を含む三人になったのは、いつくらいだったろう。そういえば、亮太の手前なんとなく気恥ずかしくなり、秘密子と手を繋がなくなったのもそのくらいだろうか……。
「なんだい鬼一?ニヤニヤして」
「なっ、なんでもねーよ」
「ふ~ん。僕のような美少女と並んで歩けて、喜んでるのかと思ったよ」
「馬鹿言ってんじゃねーよ。でも……。ま、美少女ってのは認めてやるよ」
「うえっ!?あぅ……、その……、あ、ありがとう……」
並んで歩く俺たちの顔は、真っ赤だった。もちろんそれは、真っ赤に染まる夕陽を浴びてのことだったと思っている。
そして俺は秘密子とともに、チビどもの待つ我が家へと向かうのだった……。
と、綺麗に終わりそうなところだったが、最後に締まらない話を一つ。
『キーお兄ちゃん。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかなぁ?銀狐ちゃんって女の子のことなんだけど』
那澄菜から銀狐のことを聞いたのだろう。遅くに帰った俺に、美澄ちゃんから『質問』という名の『尋問』が待っていた。それから俺が解放されたのは、美澄ちゃんが力尽きて眠ってしまう真夜中近くのことだった……。
☆ ☆ ☆
それは、鬼一が訪れた日の夜。銀狐が眠った後の、夫婦の寝室での会話。
「まったく……。どういうつもりだ母さん。あんな男を呼びつけるとは。しかも、まるで銀狐ちゃんの許嫁のごとき扱いを……」
「ホホホホ。銀狐とて、いずれは嫁に行く身。今から優良物件に唾をつけておくのも、悪くはないでしょう?彼ならば、修行しだいで立派にこの道場を継げると思いますが?」
「ぎっ、銀狐ちゃんはまだ高校生だぞ!しかも1年生になったばかりだ。そんなに焦らなくても……。そっ、それにあんな野蛮そうな男、銀狐ちゃんを大切にするとも思えん!次こそは、息の根を……」
興奮する夫とは対照的に、妻は穏やかに笑っている。
「そのわりには、最後は大人しくしていてくださったじゃないですか。急所に入れられるのをかわし、すぐに意識を戻したにも関わらず、気絶しているフリをしてくださって」
「ぐっ…………。べっ、別に二人に気を遣ったわけじゃない!だいたいあれ以上暴れても、ホントに母さんに堕とされるだけだろうが。そっ、それに……、あんな楽しそうに他人を語る銀狐ちゃんというのも、初めて見たし……」
「ホホホ……」
そんな夫の気遣いが可笑しかったのか、妻はクスクスと笑う。
「それで、あなたは鬼一殿をどう見ますか?」
「フン……。確かに素質はあるし、銀狐ちゃんを倒した力は本物だろう。だが、母さんならともかく、儂程度の気に押されるようでは話にならん!まっ、ましてや銀狐ちゃんの婿になど……。断じて許さんぞぉぉぉっ!!」
「そんなに大声を出されては、銀狐が起きてしまいますよ」
「むぐっ……!!」
その言葉に、慌てて夫は両手で口を塞ぐ。
「銀狐とていつかは嫁に行く身。ましてそれが惚れた殿方ならば……。女にとっては、これ以上の幸せはありませんよ」
「ししっ……、しかし……むぐっ!?」
興奮する夫の口に、妻は優しく指を添える。
「それを実践した私が言うのですから、間違いありません」
「は……?あ…………!い、いや、その……」
妻がなにを言わんとするのかに気付いたのだろう。夫は顔を真っ赤にする。
「ホホホ。とは言え、一人娘がいなくなってしまうのはやはり寂しいですし、いかがですか?」
「む?なにがだ?」
怪しく光る妻の目を見て、夫は困惑の表情を浮かべる。
「ホホホ……。もちろん鬼一殿が婿に来てくれるのが理想ですが、こればかりは本人の意志です。ですから銀狐が嫁に行っても寂しくないように、もう一人娘を作るというのは」
「はあっ!?いいい、いや、しかし……!」
「私も年は経ていますが、妖狐としては十分に若いですよ。子の二人や三人、まだまだ産めますが」
「しし……、しかし母さん!しばらくそういうこともしていないわけだし……」
「あら、母さんなんて無粋ですわ。昔のように月狐と呼んでくださいまし。ねぇ、泰全さん」
「つつ、月狐……さん?いや、ぎ、銀狐ちゃんが起きて……」
「フフ……。心配いりませんわ。さっきはああ言いましたけど、あの子は一度寝付いたらめったなことでは目を覚ましません。それに、起きたとしても気配でわかりますから」
「あ……、ちょ、ちょっと月狐さん!?そっ、そこは……、あふぅん!」
その後の夫婦の会話を語るのは、無粋なのでやめておこう。だが近い将来、銀狐に妹が出来る可能性はあるのかもしれない。
しかしながら自室でスヤスヤと眠る銀狐は、そのことを知る由もなかった……。
最後に少しだけ、夫婦の会話を追加してみました。おかげで少しばかり長くなってしまいましたが。次回はラブコメらしく、ようやく物語が大きく?動きます。




