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56 HOUSE OF THE DEAD 潜入!? 砂漠のキツネ作戦3

「なんと言うか……、その……。申し訳……ないっす……」

「俺を呼んだのって、もしかしてお袋さんなのか?」

「はい。言い出したら聞かないものっすから」

「いや、いいんだけどよ。それより、お袋さんって相当強いのか?」

「…………。押忍、父や自分など、まるで歯が立たないくらいには……」

「やっぱ、そうなのか」


 銀狐をよく見れば、額に冷や汗がにじんでいる。それを見て、これまでのことが確信に変わる。

 たしかに親父さんは、俺などは比べ物にならないくらい強いのだろう。

 だがそれは、目に見える強さだ。屈強な肉体を持ち、いかにも強そうだという、人が見てわかりやすいものだと思う。それはつまり、裏を返せば視認してから接触を避けたり逃げ出すなどで、対処できるということだ。

 それに対し、お袋さんの方は異質だ。一見しただけでは、美しくか弱い女性にしか見えない。

 もちろんアヤカシである以上、何らかの能力は持っているのだと思う。だが、華澄さんと並んでお茶でも飲んでいれば、ごく普通の女性にしか見えないだろう。

 しかし……。

 俺は彼女に手を引かれた時のことを思い出す。あの時の俺は、自分の意志で体を動かすことができなかった。あの動きや足さばきは、普通の人ができることじゃない。それに、初めて見た時の背筋の凍るような威圧感……。

 親父さんの威圧感を例えるなら、直近で大型の肉食獣に遭遇したようなものだ。危険であることは変わりないものの、努力次第で生存確率はゼロではない。動きが鈍くなったのだって、単に俺が恐怖に飲まれただけだ。

 だが、お袋さんの威圧感は何かが違ったのだ。

 上手くは言えないが、まともに動きの取れない海中で数十匹のホホジロザメに囲まれたような、数センチ先も見えない暗闇のジャングルで、四方を全て得体の知れない肉食生物や猛毒の昆虫に囲まれたような、もはや手の施しようのない絶望感。そんなものを感じたのだ。

 

「あ、あの、誤解しないでほしいっす。母は厳しい人ですが、けっして理不尽なことをする人ではないっす。稽古や礼儀作法、武の道には厳しい人ですが、自分にとっては優しい母親で……」

「ああ、わかってるよ」

「それに、パ……、ちっ、父も短気な人ですが、先輩に失礼なことをしたのも、自分を可愛がってくれるあまりのことで……」

「そいつも、嫌ってほどわかってるさ」


 わざわざ言わなくても、泣きそうな表情の銀狐を見ればわかる。それに、初めてコイツを見た時の張りつめた表情を知っている俺からすれば、両親に見せる甘えた態度と素の表情……。

 少し前の俺なら、そんな感情はわからなかったかもしれない。でも、今の俺は華澄さんの……、円城家の愛情を十分に感じているし、家族ってのがどんなものかは少しはわかる。


「お話がはずんでいるところにお邪魔しますが、お茶が入りましたよ」


 開いた襖から、お茶を持ちにこやかにほほ笑むお袋さんが、後ろからはお茶菓子を持ち仏頂面の親父さんが入ってくる。

 

「ど、どうも」


 お茶は濃い緑を湛え、お茶菓子は凝った作りの和菓子だ。どちらもおそらく高級なものなのだろうが、正直緊張で味などわかるはずもない。

 

「ぐっ……。こ奴ごときに、満月庵の菓子など出さずとも……」

「なにかおっしゃいましたか?あなた」

「な、なんでもない!」

「あ、あの、本日お招き……?いただいたのは、どのようなご用件で……」

「ホホホ。固くならないでくださいまし。そういえば、自己紹介もしていませんでしたね」

「は、はぁ……」

 

 その時になり、俺は二人の名前すら知らないことにようやく気付く。

 

「初めまして。稲荷坂 月狐(つきこ)と申します。こちらは私の主人で銀狐の父親、泰全(たいぜん)です」

「あ、は、初めまして!俺……、ぼ、僕は……」


 深々と下げられた頭に、思わずアタフタとしてしまう。


「ホホホ、銀狐から毎日のように聞かされております。法眼鬼一殿ですね」

 

 だが、月狐さんはそんなことなど気にも留めない様子で、マイペースに話を進めて行く。

 

「何もおもてなしできませんが、ゆっくりしていってくださいまし。良ければ、夕餉の支度もいたしますので、ぜひご一緒に」

「なんだと!こんなヤツに食わせるメシなど……ゲハァッ!」

 

 横合いから口を挟んだ親父さんだったが、言葉の途中で突然、もんどり打って倒れる。

 

「あ、あの……?」

「気にしないでくださいまし。あなた、こんなところで騒いだらご迷惑ですよ」


 親父さんの口元からは、ヒュ~ヒュ~と荒い息が聞こえる。普通であれば、突然何かの発作に見舞われたのではないかと思うだろう。

 だが、俺は見たのだ。ほんのわずかにだが、月狐さんの着物の袖口が揺らめいたのを。

 おそらくだが、一瞬の速さでみぞおちに肘をぶち込んだのだろう。その証拠に月狐さんも銀狐も、まったく親父さんを心配する素振りも見せない。

 苦しみ具合を見ていると、さすがにヤバいんじゃないかと思うが、おそらく何を言ってもスルーされるだけだろう。諦めた俺は、話を進めることにした。

 

「いえ、そこまで甘えるわけにはいきません。それに、家族が食事を作ってくれていますので。そ、それよりも、なぜお母様は俺を……」

「月狐とお呼びいただいて構いませんよ。むろん、少し早いですがお義母さま(・・・・・)でも構いませんが」

「え……?」

「ホホホ。実はお招きしたのに、特に深い意味はないのです」

「は、はぁ……?」

「強いて言えば、銀狐があまりに鬼一殿のことを楽しそうに話すものですから。娘が熱心に殿方の話をするなど初めてのことですし、どのような方か気になりましてね」

「銀狐が?俺のことを?」

「マッ……、お母様!」


 銀狐を見れば、何やら真っ赤な顔をしている。そこで俺はピンとくる。

 初めて部に来た時からわかるように、見た目はともかくあの性格だ。コイツも那澄菜と同様に、友達がいないのだろう。その証拠に、休み時間のたびにウチのクラスに遊びに来ている。

 俺や亮太という学校で初めて友達……、というか先輩ができたことで、嬉しくて親に話していたのだろう。

 

「心配いりませんよ。今はウチのクラスと部活の行き来くらいですけど、銀狐……さんの明るい性格なら、同級生の友達もすぐにできますよ」


 そんな俺の言葉をどうとらえたのか、月狐さんは可笑しそうに笑う。

 

「ご心配いただき、ありがとうございます。ですが、そのようなことは気にしておりませんよ」

「え?銀狐……さんの、学校でのことを知りたかったんじゃ……?」

「銀狐で構いませんよ。それに、知りたかったのは学校での生活ではなく、銀狐の初めてを奪った鬼一殿のことですから」

「は!?お、俺のことって……。い、いやいや!そもそも、その初めてってのが大変な誤解ですから!!」


 慌てふためく俺を一通り眺めてから、月狐さんは可笑しそうに笑う。

 

「わかっております。主人が甘やかしすぎたせいで、少しばかり子供っぽい子に育ってしまいましたから。他意はなく、そのような発言となったのでしょう」

「は、はぁ……。わかっていただけて、ホッとしました」

「ぎ、銀狐子供っぽくなんかないもん!負けたのだって鬼一先輩にだけだし、道場じゃ強いもん!」


 ホッとする俺の横で、銀狐は頬を膨らませている。というか、地が出ているけど大丈夫なのか?

 

「強い……、ですか」


 瞬間、部屋の空気が揺らめいた気がした。

 

「銀狐」

「ひゃ……、ひゃいっ!」


 銀狐もそのことに気付いたようだが、時すでに遅かったようだ。


「力の差も考えず、むやみに勝負を挑んで負ける。世が世なら今頃あなたの首と胴は離れ離れ、命は無きものとなっているはずです」

「う……」

「道場の者たちを打ち負かしたから、なんだと言うのです。彼らはまだまだ修練の足らぬ身。その中での力を鼻にかけるなど、井の中の蛙と同じく、大海を知らぬも同然です」

「ぐ……。で、でも、昨年全国三位となった赤神先輩とも勝負して、実質自分の判定勝ちで……」

「判定?」


 その言葉を聞き、月狐さんの金色の瞳がギラリと光る。

 

「あなたは真剣で打ち掛かられた野試合の場でも、誰かに勝負の結果を委ね、判定などと言う気ですか?」

「あぐ…………。そ、それは……」

「か、母さん、銀狐ちゃんも反省しているんだし、この辺で……ね」


 ようやく回復したのだろう。まるでご機嫌を伺うように、親父さんが助け舟を出す。

 瞬間、バチーンという派手な音とともに、親父さんが後ろに吹っ飛ぶ。さすがの俺でも、今度の技ははっきりと見えた。背後の親父さんの顔面に向かい、月狐さんが裏拳をかましたのだ。

 

「赤神殿は体格も大きく、体重も重いと聞きました。あなたが勝つには俊敏な動きで撹乱し、懐に飛び込んだ一瞬で勝負を決めるしかないでしょう」

「う……、そうだけど……」

「ですが長期戦となれば、体力的な不利は明白。判定となる時間まで長引いたということは、あなたはそれ以上戦うことは不可能だったのでしょう。ならばそれは、負けも同然。それともなんですか。あなたは命を懸けた殺し合いの場で、疲れたから休憩しよう、時間切れだから引き分けにしようと提案でもするのですか?」

「う……、うぐっ……。で、でも……」


 勝負を見たわけでもないのに、まるでその場にいたかのように語る月狐さんの分析力に舌を巻くが、今にも泣きだしそうな銀狐を見ていると、さすがに気の毒になってくる。

 

「あのっ!たしかにそうかもしれませんけど、銀狐は不利を承知で精一杯……!」

「さて、それはそれとして、鬼一殿が銀狐を倒した時の戦術を教えていただけますか?」

「は?」


 不意に張りつめた空気が霧散し、月狐さんの顔に優し気な笑みが浮かぶ。

 

「本日お招きしたのは、そこの興味もありましたので」


 そう言われて、俺はようやく納得する。

 それはそうだ。この両親なら、自分の娘がいかに天才的な才能を持っているか、十分にわかっているだろう。ならば、娘がどのような戦いぶりで敗れたか、武道家として興味がないわけはない。

 

「詳しくは銀狐から聞いてると思いますが、俺の視点でよければ……」

「もちろん構いませんよ。むしろ、様々な視点で見ることが大切ですから」

 

 娘から幾度も聞いたであろう試合の詳細を、俺の視点で語り始めた。

以前に更新が遅れるかも……と言っていましたが、昨今の情勢により、少しばかり余裕ができてしまいました。もちろん今の大変な世の中がいいとは言いませんが、ひたすら増え続け、突き進む一方だった仕事に少し余裕ができたのも事実です。ただ、引き換えに給料は…………ですが……。銀狐編第二弾は、次回終了です。

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