53 Battle To Fox 妖狐VS剛鬼 ROUND2
「なるほど、強ぇ……」
30分後、稲荷坂と向かいあった俺は、彼女の実力に感心していた。
力はありそうとだはいえ、俺との体重差は間違いなく倍以上ある。亮太をぐらつかせたようにはいかないはずだし、俺の体勢を崩すためには、全体重を乗せて突っ込んでくるしかないだろう。
ならば、あとはコイツの動きを見切り、無防備に体重を乗せて突っ込んできたところを捕まえる、もしくはその勢いを利用して投げる、はずだったのだが……。
「チッ……!」
今さらながら俺は、亮太がぐらついていた理由を知ることができた。
亮太との戦いぶりから、稲荷坂の最大の武器と予想していたのは速さもさることながら、相手の隙を見る『目』だった。
おそらくだが、相手が移動しようと重心が偏った瞬間、さらには息を吸い込んで動きが鈍くなる一瞬までをもを狙って、その素早さを活かして攻撃に転じているのだろう。
驚くほどのセンスだし、たとえ動きを見きれたからと言って一朝一夕に出来ることではない。
こいつが男で、かつ体格に恵まれていたら……。いったいどれほどの選手になっていたのだろう。だが、狙いがわかってしまえば誘い出すこともできる。
しかしながら、恐ろしいのはそこから先だった。稲荷坂はその動きを、懐に飛び込んだ後もやってのけるのだ。
捕まえようとするこちらの動きを的確に見て、わずかな体重移動の力も利用して相手を崩そうとするのだ。
さらに驚愕するのは、普通は千載一遇のチャンスを得たのなら自分が有利と都合良く判断し、多少の危険があっても強引に攻めを継続するはずだ。
だが、稲荷坂は違う。
飛び込んだ後の攻撃、それが失敗だとわかると、掴まれないように一瞬で距離を取る。その判断も天才的である。
決定的な場面こそないものの、ヒヤリとすることもあったし、亮太があれだけ体勢を崩されたのも理解できた。
コイツは相当体重差のある相手、それも力のある男相手と、日常的に稽古しているのだろう。同じ女が相手であれば、どんなに体重差があろうが力押しで勝ててしまうくらいに。
今さらながら、姿先輩が勝てなかったという理由がわかる。
おそらくだが、コイツは亮太や俺のようなガタイのヤツを日常的に相手にすることで、ここまでの実力を習得したのだ。
だが……
目の前の稲荷坂の呼吸は、相当に荒くなっている。
それはそうだ。コイツの動きは常に全力で走り回っているうえに、相手の隙をひたすらに伺うことで、精神的にも疲弊し続けているようなものだ。おまけに体格差での不利を気にしているのか、亮太の指摘どおり必要以上に攻めは慎重だ。つまり長引けば長引くほど、自らが不利になっていくはずだ。
俺は壁にかかった時計をチラリと見る。このままだと、じきに先生から中止の合図があるはずだ。
「……っ!」
もちろん、稲荷坂がその隙を見逃すはずはない。しかも、もう時間がないという焦りもあったのだろう。だが、こっちもそれは計算ずくだ。
「なっ!?」
稲荷坂の踏み込みに合わせ、俺も前方へと踏み出す。その俺の動きを見て、稲荷坂の口から驚きの声が漏れる。
正直相手の動きを見てからでは間に合わないと判断し、よそ見をした直後に踏み込んだのはある意味賭けだ。
だが、俺の賭けは大当たりだった。飛ぶように踏み込んできた彼女は、当然ながら空中で方向転換などできるはずがない。
「チィッ!」
着地した彼女は、慌てて後方へと飛び去ろうとする。だが……。
「えっ!?くっ……、あ……あ……」
後方へと飛びのく襟を捕まえ、両足の間へ強引に俺の右足を差し込む。
「くっ……!そ、そんな……。ウ……ウソ……!」
そして、差し込んだ足が抜けないよう、にガッチリと稲荷坂の太ももの後ろへと回す。
「や、やだ……」
あとはホンの少し力を入れて体ごと体重をかけ、彼女が後ろへと飛びのく勢いを利用するだけだ。
「あくっ……!あ……、や……、いや……、いやああああぁぁぁっっっ!!」
「一本!それまで!!」
畳の上に響く鈍い音とともに、先生の右手が上がる。それは俺が、稲荷坂相手に大内刈を決めた瞬間だった。
☆ ☆ ☆
「ふぅ~……。どうだ?これで納得したか?」
稽古とはいえ、いつまでも女の子にのしかかっているのも良くないだろう。それにコイツの小さな体では、俺にのしかかられているだけでも体力を消耗してキツイはずだ。下手をすれば満足に呼吸もできないほどに。
体の下で声も出さず、身動きすらしない相手にさすがに心配になった俺は、急いで起き上がろうとしたのだが……。
「え……?お、おい、どうした?どっか怪我したのか!?」
俺の下敷きとなり倒れている稲荷坂は顔を真っ赤にし、大きく見開かれた瞳からは、大粒の涙が溢れている。
「う……、うぐっ……。ふっ……、ふぐぅぅぅっ……」
「お、おい、どうしたんだよ!?す、すまん!悪かった、いつまでも乗っかられて重かったよな?どっか痛いんなら、保健室に……」
だが、稲荷坂は俺の言葉など届いていないように泣きじゃくっている。
さらには、先ほどまでの傍若無人な姿とあまりにかけ離れたそれを見て、さすがに周りも唖然となっている。
「うぐぅぅっ……、ぎっ、銀狐……、銀狐負けてないもん!弱くなんかないもん!!」
「は……?お前何言ってんだ?ギンコって……。お、おい!?」
「う……、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!銀狐は強いんだもん!道場でだって、パパとママ以外に負けたことないんだもん!うああああああああぁぁぁっ!!」
瞬間、稲荷坂の目に殺意が浮かぶのを見た。そして、雄たけびを上げたと同時に俺を跳ね除け飛び起きる。
「え?」
次の瞬間、バネのように稲荷坂の右足が跳ね上がる。
「ええ!?」
そして、跳ね上がった右足が綺麗な弧を描きながら、俺の側頭部へと真っ直ぐに向かって来て……。
「ええええええええええぇぇぇぇぇっ!?」
☆ ☆ ☆
「ほほ……、本当に……、本当に申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁぁっ!!」
「あ~……、まあ気にするな。間一髪受け止めたんだし、お互い怪我もなかったんだからよ」
「でで、ですが……。かっ、かくなる上は、このお腹を掻っ捌いてお詫びいたします!」
「おっ、おい待て!どこ行く気だよ!?」
「たしか、調理実習室に包丁が……!」
「よっ、よせ!馬鹿な事するんじゃねえよ!!」
おそらく冗談ではないのだろう。血走った眼をして駆け出そうとする稲荷坂を、慌てて捕まえる」
「別に気にしちゃいねえし、勝負に熱くなりすぎたうえでの、ちょっとしたアクシデントなんだからお前も気にすんな。それより、亮太や先輩たちへの暴言はちゃんと謝っとけよ」
「押忍っ!先輩の仰せあれば、全力で謝罪させていただきます。ですが、自分より弱い相手に敬意を払うというのは非常に難しく……」
「…………。まあいい、せめて年上を相手にする態度はとってくれ。それと、いい加減その態勢はやめてくれ。ただでさえ、俺は学校での印象が良くないんだ。また妙な噂でも広まったら、たまったもんじゃないからな」
「押忍!しかし、自分が誠意を見せられるのはこれしか……」
「だーっ!後輩女子に土下座させてるなんて広まったら、さらに俺の立場がなくなるんだよ!頼むから普通にしててくれ」
「はあ……。自分としては不本意ですが、先輩の仰せとあらば……」
何というか、悪いヤツではないのだろう。ただ直情的なうえに、他人に従う判断基準が自分より強いか弱いかという、まさに動物のようなヤツだ。まあ、イヌ科のアヤカシなんだし、仕方のないことかもしれないが……。
「そういえば、先輩の名前をお聞きしていませんでした」
「ん?そういやそうか。さすがに亮太みてえに有名じゃないしな。法眼だ、法眼鬼一。見ての通りの鬼だよ」
「押忍!申し遅れました。自分は『稲荷坂 銀狐』と申します。種族は妖狐です。ちなみに妖狐は母のほうで、父は普通の人間で……」
「ああ、わかったわかった。別にそんなことまで話さなくていいから。つーか銀狐って……?ああ、さっきのは……」
先ほど、稲荷坂が泣きながら叫んだ言葉を思い出す。まあ、随分と負けず嫌いな感じだし、ショックで子供返りしてしまったんだろう。ここは、気付かなかったフリをしておこう。
「しっかし、綺麗な回し蹴りだったよなぁ。他にも空手とかやってんのか?」
「お……、押忍……。もっ、申し訳ありませんでした!」
「だから土下座すんじゃねーよ!それに、怒ってんじゃねえよ。ちゃんと受け止めたんだし、挨拶の仕方とかから、そうなのかなって思っただけだって」
見た限り、あの蹴りは一朝一夕に出来るものではない。体重の乗ったいい蹴りだったし、反応が遅れていたら、俺は今頃畳の上でぶっ倒れていたかもしれない。
「押忍!先輩に褒めていただき光栄です。パパ……、ちっ、父が町道場を開いておりまして、幼い頃から武道全般を仕込まれましたから!」
「ああ、どうりで」
ようやく納得ができた。実力を見る限り相当な修練を積んできたんだろうし、それ以上に本人の才能もあったのだろう。
ただ、惜しむらくは俺と同じく表の大会には出られない。コイツの性格は、そんな理不尽さに対する屈折したものも原因かもしれない。
「まあ、稲荷坂の実力は十分にわかったよ。お前との稽古は亮太にも十分に刺激になるだろうし、今後もよろしく頼む」
「お、押忍!ありがとうございます!!そ、それと、厚かましいのは承知でのお願いなんですが……」
「ん、なんだ?」
「そ、その……。じっ、自分のことは銀狐と呼んでいただけないでしょうか!?自分を負かす人間がいたら、そう呼ばれようと決めていました……ので……」
思いつめたような表情の稲荷坂を妙に思うが、頼まれれば嫌とも言い辛い。それに、秘密子や那澄菜だって下の名で呼んでいるのだ。別に恥ずかしがることでもないだろう。
「おう、別にそれくらい構わないぞ」
途端に、稲荷坂の顔に笑みが広がる。それは年相応の少女のものだ。こうしてみれば、まだまだ無邪気な少女の盛りではないか。うん、妙に含んだ部分がない分、美澄ちゃんよりは扱いやすいのかもしれない。
だが、続く言葉に俺の顔が引きつる。
「押忍!ありがとうございます。何か御用がある時は、いつでも呼びつけてください。何があろうと、すぐに駆け付けますから。自分の命は、先輩の物として扱ってください!」
「い……、いやいや、そんな話じゃねえだろ!?俺は舎弟を持った覚えもねえし、負けたら軍門に下るとか、どこの格闘漫画だよ!」
とんでもないことを言いだす銀狐にドン引きする。まったく……、コイツはどこまでバトル脳なんだよ。
「いえ、ルールを逸脱して出した技まで躱され、自分は完膚無きまでに負けたんです。この身はもはや、先輩の物と言っても過言ではないっす。自分は先輩のご命令とあらば、どんなことでもする覚悟っす。先輩が望むなら、たとえどんな行為を求められようと!」
「どっ、どんなことでもって……。いや、そんな命令しないからな!って、ちょっと先輩方、なんでそんな目で俺を見てるんですか。おっ、おい亮太、違うからな。お前は信じてくれるだろ!?」
だが、そんな俺の叫びを余所に、無情なつぶやきが聞こえてくる。
「まあ、1年だし小柄だし、ロリといっても差し支えない体形だしな……」
「なんでも言うことを聞く後輩美少女かぁ……。男の夢だよな」
「力尽くでモノにする……か。やっぱ、鬼畜ロリコン野郎は発想が違うよなぁ。しかも、それで成功するんだから凄げぇよな。俺らがやったら、確実に通報モンだしなぁ……」
「チッ!小学生と付き合ってるうえに鬼娘と狐っ娘、それにヤンキーも……。デカチンがそんなに偉いのかよ。ちくしょう、もげればいいのによぉ」
「すげぇよ法眼先輩。現実世界でハーレムを築くって……。まさに勇者だよ……」
「いいなぁ……。俺だったら、あんなことやこんなことしてもらうのに……」
「あー……法眼、なんつーかだな……。俺も教師ではあるが、それ以前に一人の人間だし男だ。俺だってお前くらいの年の頃は女の子のことばかり考えてたし、高校生男子がサル並みの性欲だっつーのは理解してる。けどな、今は一応教師であるわけだし、そういう行為を止めるのも仕事であってだな……」
「ちょ、ちょっと先生!?それに先輩方も……。お、おい!そこの1年たちも、誤解だからな!!」
そんな俺の苦悩を知ってか知らずか、銀狐は満面の笑みを浮かべている。
「押忍!これからも末永くご指導お願いします。鬼一先輩!!」
なんと言いますか、引き延ばしに新キャラを出し始めた漫画家の気持ちがわかる気が……。いえ、素人のうえに底辺作家の自分ごときが、おこがましい発言で申し訳ありません。ちゃんと来たるべきエンディングに向けて、筆?を進めております。




