52 Battle To Fox 妖狐VS剛鬼 ROUND1
「いや~。やっぱ後輩が入ってくると違うよな~。気が引き締まるっつーか、俺たちも上級生になったって実感がわくというか。これからビシビシ鍛えてやらなきゃって思うと、気合が入るよな!」
季節は春を迎え、少しばかり陽気の良くなってきた頃だ。亮太は俺と乱取りをしながらも、感慨深げにつぶやく。
「そんなもんかねぇ。俺は別に、後輩なんかどうでもいいけど。まあ、亮太は面倒見がいいからな」
俺がそっけないからと言って、別に亮太を取られたみたいだとかで拗ねてるわけじゃない。
ただなんと言うか、俺は先輩風を吹かせたりだとか、後輩の面倒を見たり厳しく指導したりするってのが性に合わないだけだ。
もちろん面倒だってこともあるが、正直に言えば、俺みたいなヤツに声をかけられる後輩も迷惑だろうって心配もある。
中には後輩相手にイビリ目的でそんなことをするヤツもいるが、少なくともこの部の先輩たちにそんな人はいない。
それに、亮太に限ってそれはないだろう。コイツは誰彼構わず、純粋に面倒見が良いのだ。
「なに言ってんだよ。後進の指導も先輩の大切な役目だぜ。歴史上の先人たちの教えがあったからこそ柔道界が発展して、さらには歴代の先輩たちの努力があって、この学校も強豪校となったんだろうが。次は俺たちが後輩にバトンを渡す番だぞ。ほら、見て見ろよ」
亮太は俺と組み合っていた手を放し、新入生の一団を眺める。
大半は受け身や体作りなどの基礎練習を行っているが、中にはスポーツ推薦で入部してきたヤツらだろう。先輩に交じり、乱取りをしているヤツもいる。
「うん。活きもいいし、いい面構えの奴も多い。来年以降も楽しみだぞ」
「亮太がそう思うんなら、この部もしばらくは安泰だろうよ」
「おう、頼もしそうなヤツがたくさんいるしな」
「…………。そうだな」
厳密にいえば、俺と亮太が思った意味合いは違う。亮太は単純に、新たな後輩たちの活気あふれる姿を見て頼もしいと思ったのだろう。
だが俺は、純粋に後輩たちを思いやり、あまつさえこの部の……、ひいては柔道界の行く末にまで思いを寄せる、亮太の心意気こそが頼もしいと思ったのだ。
「ま、中学柔道界で名をはせ、さらには1年生ながら全国トップレベルになったお前に憧れて入部した奴もいるだろうしな。しっかりと面倒見てやれよ」
そうは言っても、まだまだ実力差は歴然だろう。むやみに稽古をつけたって危険だし、亮太や俺の出番は数か月先、そんなふうに思っていた時だった。
「赤神、ちょっといいか」
顧問の先生から声がかかる。
「ウス!なんですか?」
「すまんが、少し稽古をつけてやって欲しいヤツがいてな……。ああ、新入生なんだが……」
「もちろんかまいませんよ。動きもいいし、山本先輩と組んでるアイツですか?なるほど。体格もいいし、中学じゃ相当鳴らして自信ありって感じで、期待が持てますね」
「いや、アイツじゃないんだ……。なんと言うか……、すまんな。さすがにいろいろ考えて断ったんだが、どうしてもお前と稽古がしたいと言って聞かなくてな」
「いえいえ、いきなり俺に挑んでくるとは、頼もしい後輩じゃないですか。でも、アイツじゃないとすると……。あ、少し小柄ですけどアイツですか?うん、体は小さいけどいいバネしてますね。ん?どうしたんですか先生。アイツでもないとすると……、もしかして未経験者とか?さすがにそれは……」
「いや、それについては心配ない。むしろ武道歴は相当に長いみたいだし……。まあ、見ればわかるさ。おい、稲荷坂!」
どうしたのだろう。先生の言葉は妙に歯切れが悪い気がする。それに、1年はそこで稽古をしている連中で全員のはずだ。稲荷坂なんて部員がいただろうか。
「押忍っ!高名な赤神先輩に稽古をつけていただけるとは光栄です。よろしくお願いしまっす!!」
そこに現れた後輩は、さながら空手のあいさつのように両こぶしをわき腹に引き一礼する。その様子を、俺と亮太は唖然として見ていた。
そいつは随分と小柄だった。いや、小柄と言っても秘密子くらいだし、同級生と比べればそれほどではないだろう。あくまで俺や亮太と比べての話だ。
髪は短くしているが、目の覚めるような銀色が照明の光を反射し、キラキラと輝いている。さらには勝気そうな瞳は金色に光り、性格を表すかのようにキリリと吊り上がっている。
そして、ひときわ目を引くのは頭上の狐耳。道着の背中はおそらく尻尾をしまっているのだろう、少しばかり膨らんでいる。
俺の知識が正しければ、コイツは狐……、いわゆる化け狐とか、妖狐とかいうやつだろう。
だが、俺たちが驚いたのはそんなことではない。
「女……!?」
そう、目の前で亮太に挑もうとしているのは、小柄な少女だったからだ。同級生と比べれば同じような体格というのだって、あくまで中学を出たての女の子のレベルでの話だ。
俺たちと比べたら、下手をしたら大人と子供くらいの差がある。そんな相手との稽古は、さすがに体格差がありすぎて危ない。
先生も、そんな俺たちの表情に気付いたのだろう。
「いや、女子部のコーチに頼み込まれてな……。実際向こうじゃ、相手になるのがいないんだよ」
「相手がいないって……。でも先生、うちの女子部も結構強いはずですよね?重量級の先輩だっているし……」
そう、亮太の言うとおりこの学校は特待生もいるし、運動部文化部、それも男女問わず、どこもそれなりの成績を残しているはずだ。
「そうなんだがな……。まあ、相手がいないってのも事実なんだ」
「つまり、姿先輩よりも強いと?」
『姿 亮子』
女子柔道部の……、いや、高校女子柔道界の『女三四郎』と呼ばれる人だ。
亮太と同じく1年から全国大会上位に食い込んでいるし、国際大会の強化選手にも、常連として呼ばれる人である。そして3年生の今年こそは、全国制覇の筆頭候補と言われている人だ。俺も合同稽古で何度か組んだことがあるが、そこらの男子顔負けの実力者であった。
まさかとは思うが、この小柄な女の子があの人よりも……?
「もちろん公式戦には公式戦の戦い方があるし、乱取りだけでどちらが上とは断言はできんがな……。だが、稽古ではコイツの方が押しているのも事実だ。まあ、公式戦に出られるわけでもないし、ある程度自由に練習させてやってくれってことだしな……」
「話はわかりましたが……。でも、いくら姿先輩とやり合えたからって、体重は俺の方が遥かに上ですし、男と女の違いもあります。さすがにこの体格差じゃ、危ないんじゃないですか?」
亮太の懸念はわかる。体格が違い過ぎるうえに、相手は女の子だ。事故でもあったら取り返しがつかない。
「まあ、多少は加減してやってくれ。けど、実際に組んでみればわかるさ。俺も見た時は正直驚いたからな」
「そりゃあ、本気は出しませんけど……」
その時、先生と亮太のやり取りを大人しく聞いていたと思っていた妖狐が口を開く。
「噂を聞いて、どんな凄い人かと思ってましたけど……。ハァ……。今から負けた時の言い訳ですか。手を抜いたから女に負けたと。ガッカリですね」
「なっ……!」
妖狐は両手を広げ、さも呆れたような仕草をする。
「おっ、おい!亮太はお前のことを心配して……!」
「いいんだ鬼一」
一言注意しようとした俺を、亮太は押しとどめる。
「稲荷坂……だったな?たしかに、今のは俺が悪かった。真剣に勝負を挑んできた相手に手を抜くなんて、こんな失礼なことはないよな。すまなかった。いいぞ、本気で相手してやるから、遠慮なくかかってこい」
「押忍!赤神先輩、感謝します!!」
そうして、亮太と稲荷坂の勝負が始まったのだが……。
☆ ☆ ☆
「強い……」
「だろう?俺も見た時は驚いた。女子どもの話じゃあ、あの体からは想像もできんほど力も強いそうだ。まあ、並みの女子部員じゃ歯が立たんだろうし、ウチの男どもだって、下手したらかなりのヤツらがヤバいと思うぞ。ハハハッ」
先生の口調は冗談じみているが、実際は本気で思っているのだろう。そう思えるほどに稲荷坂は亮太相手に善戦……、いや、押し気味にしている。
おそらくだが、二人の間には数十キロ……、下手したら倍近い体重差があるはずだ。だが、その亮太の体が時おりグラつくことからもわかるとおり、かなりの力と瞬発力を持っているようだ。
だが、現実問題として体重差は如何ともしがたい。決定的に亮太を切り崩すことはできないようだし、普通に組み合っていれば、いずれ亮太が一本決めて終わっていただろう。
しかしながら、そうならない理由……。それは稲荷坂の動きにあった。
「それに、速い……」
亮太が決められない理由。それは、稲荷坂を捕まえ、組むことができないことにあった。
信じられない速さで前後左右へと動き、一瞬の隙を見つけては懐に潜り込み技を仕掛けてくる。さらには引き際も見事だ。
切り崩せないとわかると、道着を捕まえられる前にあっさりと引く。決定的な場面こそないものの、亮太が攻めあぐねているのもわかる。公式戦の判定勝負なら、亮太が負けていたかもしれない。
だが、このままなら軍配が亮太にあがるだろう。なぜなら……。
「そこまで!」
先生の叫びとともに、両者の動きが止まる。だが、稲荷坂の顔には露骨に不満の色が浮かんでいる。
「まっ……、まだ……、勝……負……は…………」
「これは稽古だ、試合じゃない。それに、お前もそろそろ限界だろう」
「くっ……」
稲荷坂の状態は、息も絶え絶えというところだ。
それも当然だろう。あんな人間離れした動きを、何分も続けていたのだ。コイツがどの程度の心肺機能を持っているのかは知らないが、いくらアヤカシとはいえ、肉体より先に心臓がパンクするはずだ。
「フ……ン!全国……上位の……実力。期待……して……いましたが、こんな……もの……ですか。実質エースの……赤神先輩が……この程度なら、この……部のレベルも……知れて……ますね」
「なっ……!お前、いい加減に……」
二人の闘いに注目していた部員たちが、ざわつくのがわかる。そして荒い呼吸から出される、あまりに傍若無人な発言。さらには亮太を馬鹿にされたことで、俺の怒りも頂点に達する。だが……。
「いや~、まいった。これだけの体格差でこの内容じゃ、実質俺が負けたようなもんだな」
俺の前をふさぐように立った亮太の陽気な発言で、ざわついた空気が霧散する。
「たいしたもんだ。けど、決めるべき時はもう少し強引に行かないと、最終的に判定ばかりになっちまうぜ。まあ同じ階級同士なら、あっさりとお前が決めちまうだろうがな」
「…………。負け犬の……遠吠え……ですか」
「おっ、お前なぁ……!」
「ははは、確かにな。初めは手を抜いてやるなんて偉そうなこと言ってたが、ろくすっぽ組むことすらできなかったんだからな」
だが、亮太はそんな悪態など、意にも介さない。
「だがな、お前は勘違いしてるぞ」
「勘……違い……?」
「おう。確かに俺は去年いいところまで行ったけど、それはあくまで去年までの話だ。周りの皆だって必至で努力を続けているんだし、今年もそこまで行けるとは限らないぞ。それに、去年負かしたヤツだってすでに俺を追い越しているかもしれない。人間……、いや、アヤカシだってそうだろうが、常に努力を怠らないヤツこそが強くなれるんだ。ああ、それにそもそも一番の勘違いだが、この部のエースは俺なんかじゃないぞ」
「…………。どういう……こと……ですか?」
息が整っていくとともに、亮太のあっけらかんとした態度に毒気も抜かれてきたのだろう。妖狐は反論もせず、大人しく話を聞いている。
「要するに、この部には俺なんかが全然敵わない、目標とするとてつもなく強いヤツがいるってことだ」
「そっ、そんな話聞いてません!そんな人がいるなら、なぜ大会に……!ああ、なるほど。そういうことですか……」
言いながらも、稲荷坂は亮太が見据える人物に気づいたのだろう。俺に挑みかかるような視線を向けてくる。
「ならば、先輩ともひと勝負お願いできますか」
「は?なんで俺が……。実際亮太にも勝ってはいないだろ。だったら、それより強いって俺とやる以前の話だ」
余計なことを言って、面倒ごとに巻き込んでくれた亮太を少々恨んだが、今さらだ。
「なるほど……。逃げるんですか」
「お前なぁ……」
別に誰が一番だろうと、俺には興味がない。だが稲荷坂のあまりに傍若無人な態度に、いったんは収まりかけた道場の空気が、再び殺気立っているのがわかる。
正直勝負などに興味は無いが、ここは穏便に済ませるためにも、コイツを納得させるしかないか……。
「しょうがねえなぁ。とりあえず休憩してこい。稽古はそれからだ」
「必要ありません。いついかなる状況でも戦えるように、そのつもりで鍛えていますから」
「つっても……」
多少落ち着いたとはいえ、まだ息は荒いし全身汗だくだ。インターバルは必要なはずだ。
あまりやりたくはないが仕方ない。コイツの性格なら、この手はおそらく有効だろう。とは言っても、コイツが亮太に使った手と一緒なんだがな……。
「なんだ、偉そうなこと言っておきながら、結局お前も逃げるのか」
「は……?いっ、いつ自分が逃げたと言うんですか!?」
稲荷坂は俺の挑発に、案の定食いついてくる。コイツが亮太並みにわかりやすい性格で助かった。
「おいおい、だってそうだろう?亮太と戦った後、休みもせずに俺と稽古をつけようってんだ。たとえ負けようが、連戦で疲れてましたって言い訳できるしな。おまけに高校トップレベルとの戦いの後だ。そっちで精魂使い果たしましたってのも言えるしな」
「なっ……!くっ……、わかりました。では、勝負は20……いえ、30分後で」
「オッケーだ。ただし、勝負じゃなくて稽古な。それを間違えるんじゃない。じゃあ、汗を拭いて少し休め。体をほぐして、水分も取っておけよ」
「いっ……、言われずとも、万全の状態で先輩を打ち負かしますから!後からどんな言い訳も通じないことを覚えておいてください!それと、自分の名前は『お前』じゃありません!稲荷坂です!!」
「おっ、おう。すまん……」
そうして俺は、後輩女子からの挑戦を受けて立つことになったのだった。
この期に及んで何を思ったか、ド定番の後輩キャラを出してしまいました。いえ、けっしてネタに詰まったとかじゃなくて……。メインキャラの一人になる予定ですので、暖かく見守っていただければと。とはいえ、物語もそろそろ終わりには近付いてるんですけどね。




