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5 ターニングポイント 大天使降臨!? その2

「おい鬼一。呼び出しなんて、いったい何やらかしたんだよ」


 それは、翌日の授業が全て終わった時のことだった。

 

『あ、そうだ法眼くん。この後アタシんトコまで来るように。いいっすね』


 『あー、そういや思い出したわ』みたいな口ぶりで告げると、リサリサ先生は教室を出て行った。

 先生に気がある男どもも、『なんでこいつだけ呼ばれてるんだよ』みたいな、興味と嫉妬の入り混じった目で俺を見ている。

 ただ、面と向かって俺に理由を聞いてくるようなヤツはいない。

 

「なんにもしてねーよ。たぶんだけど、どっか就職先のアテを見つけてくれたんだろ」

「ああ、そっちか。ってことは、本格的に柔道から遠ざかるわけか……」

「んな顔すんなよ。仕事に余裕ができたら、町道場に通うって手もあるだろ。それじゃ、ちょっと行ってくるわ。話によっちゃあ、部活には顔出せねーかもしれないからな。先生に言っといてくれ」


 心配そうな亮太と、なぜか俺を睨みつけている秘密子に見送られ、俺は職員室へと向かったのだった。

 

☆ ☆ ☆

 

「お、来たっすね。んじゃ、ちょっと移動するっす」

「え?ここって……」


 職員室に到着した俺は、なぜか応接室へと連れて行かれた。もちろん、いち生徒の身でそんな所に入るのは初めてだ。

 

「失礼します。あ……」

「うふふ、こんにちは鬼一君。また(・・)会ったわね」


 応接室へと入った途端、甘い香りが漂ってくる。柔らかい微笑をたたえながらそこに座っていたのは、あの女の人だった。


「ほれ、挨拶して座るっすよ」

「あ……。はい、こんにちは」


 そこで俺は理解する。なるほど、この人は他の誰でもない、俺の就職先の面接官だったわけだ。

 わざわざ学校へ出向いてくるというのも妙だったが、面接ならばそれなりの環境は必要なのだろうし、施設や学校でよく見かけたのだって、普段の生活態度も重視する会社なのかもしれない。少しばかり背筋を伸ばし、居ずまいを正す。


「んじゃ、単刀直入に言うっすよ。こちらは円城華澄さん。君を養子に迎えたいそうっす。もちろん君の施設の先生方には、了承を得てることっす」

「わかりました。それで、どんな仕事をする会社でしょうか。それと、我がままを言わせていただくと、住み込みで寮があると……、はい!?」


 なに?今なんて言った?養子?いや、まさか。少しばかり緊張していたし、聞き間違いだろう。用紙?ああそうか、用紙か。つまりは印刷会社とか製紙会社ってことか。

 

「あの、それは作業系の仕事なんでしょうか。俺……、僕は事務仕事には向いていないと思うし、どちらかと言えば体を使う方が得意だと思うんですが」


 だが、俺の質問に二人は妙な表情をしてお互いを見る。


「ああ、なんか勘違いしてるみたいっすね。養子縁組……、つまり、君を円城家の子供として迎えたいってことっす」

「養……子?」

「驚くのも無理はないっすけどね。けど、アタシも君のところの施設の先生方も、何度も円城さんの家にお邪魔して家庭環境は見させてもらったっす。母子家庭ってことは少し引っかかったんすけど、君の年齢や性別、円城さんの家庭環境なんかを総合的に見て、特別に許可が下りたんす。君にとっても、けっして悪い話ではないと思うっすよ」

「あ、あの、養子……って……。その……、この人の子供になる……ってことですよね?で、でも俺は、こんなですし……」


 たしかに、施設には時おりそんな話が来ることはある。

 ただしそれは、もっと小さな、それこそ小学校に上がる前の、さらに言えば人間に近い容姿をしたガキどもの話だ。俺みたいな、これから社会に出ようってヤツにそんな話は聞いたこともない。

 もっとも、話が来たからと言って実際に養子に行く……、いや、行かせる(・・・・)ようなことはめったにない。

 その理由とは……。

 たとえアヤカシであろうと、本当に子どもを心配して、家族に迎え入れようとしてくれる人間ももちろんいる。だが、中にはペット感覚や売名行為、酷い場合は容姿端麗な女の子を、性的な目的で養子に貰おうってヤツもいるのだ。

 むしろ人間と違い、アヤカシという多大なリスクを受け入れる以上、そっちが本命というヤツの方が大多数なのだ。何かあれば責任問題になるし、施設側だって慎重になる。

 実際、幼い頃の秘密子にそんな話が持ち上がったことがあると聞いたのは、随分と後のことだ。

 話を持ってきたのは子供のいない中年夫婦で、家柄、社会的地位とも申し分のない人たちだったらしい。

 施設の先生方も乗り気だったのだが、秘密子本人は頑なに拒否したそうだ。

 ところが、本人のためを思い、半ば強引に養子縁組を進めようとしていた矢先に事件は起きた。申し分ないはずの旦那が、少女への買春容疑で逮捕されたのだ。

 後の取り調べによれば、旦那は長きに渡り自分の性癖を隠し、望まぬ結婚までしながら機会を伺っていたのだという。

 当然ながら夫婦は離婚し、結果として秘密子の養子縁組の話も消滅した。

 以来施設としても、こういった話には過剰なまでに慎重になったようだ。

 もっとも、少女でも幼児でもない俺にはあまり……、いや、まったくもって関係のないことだ。関係ないはずだったのだが……。

 

「ごめんなさい鬼一君。突然の話で混乱してるでしょう?もちろんあなたの意志は尊重するし、いきなり養子ってのも決められないだろうから、まずは同居からでもいいのよ」

「で、でも、俺は就職して寮にでも入るつもりで……。そもそも、なんで俺なんですか?施設に来てたんだから、もっと可愛いチビどもがいるのも知ってますよね。どう考えたって、あいつらの方が……」

「もちろん、初めから鬼一君をって決めてたわけじゃないわ。でも、何度も施設に通って子供たちをみているうちに、あなたしかいないって思ったの。ちょっとぶっきらぼうだけど、優しくて頼りがいがあって、子供たちに慕われて……。あの子たちから鬼一君を取るみたいで気が引けたんだけど、中学を卒業したら施設を出るつもりだって言うじゃない、だったら……って」


 なんだろう。突拍子もない出来事に頭が追い付いていかないし、養子になどなるつもりもない。

 だが、不思議とこの人が自分を認めてくれたという、嬉しさも湧いてくる。

 

「もちろん、こっちにだって下心はあるのよ。主人も亡くなって女ばかりの家族だし、男の子がいてくれると心強いの。それと、真ん中の娘が今年受験でね。ちょっと癖の強い子で友達も少ないし、鬼一君が同じ高校に通ってくれれば安心なの」

「そういうことっす。君は人に頼るのを極端に嫌う傾向があるけど、いい機会だと思うんすよね。頼るかわりに頼られもする、遠慮のいらない『家族』ってもんを経験してみたらどうっすか?それに、やっぱり高校は行っといたほうがいいと思うっすよ」

「で、でも……」

「高校ってのは、その後の就職が有利になるとか、大学に行くチャンスが増えるだけとかじゃなくて、その年代、その場所でしか得られない貴重な経験もあるんす。焦らなくたって、時間なんて社会に出ればあっという間に過ぎて行ってしまうんすから。高校時代かぁ……。ああ、あの頃に戻りたいっす!やっぱり、強引にでも緋色センセーを奪い取るべきだったっすーっ!」


 頭を掻きむしりながら、何やら意味不明なことを叫んでいるリサリサ先生はともかくとして、この人にも俺を引き取りたい理由はあるわけだ。

 だが、いくらなんでも女ばかりの家に、こんな厳つい男を住まわせて不安はないのだろうか。施設での俺を見て信用はしてくれているようだが、やはり世間的に見てもよくはないだろう。

 それに、今さら家族と言われてもよくわからない。

 たしかに施設の仲間やチビどもは、家族同然の仲間だ。だが、いくら大事に思っても他人の集合体だし、俺はそんな中でしか暮らしたことがない。

 そんな俺が本当の血の繋がった家族の中に、異物として入り込んでもいいのだろうか……。

 だが……。

 正直に言ってしまえば、高校生活に多少の魅力は感じる。もしかしたら一緒の学校に通い、秘密子にテスト勉強を教えてもらったり、亮太と稽古の続きができるかもしれないことにも……。

 円城さんには、少しばかりの夢を見せてくれたことに感謝する。

 だが、人の手を借りてまでってのは気が引けるし、やはりここはきっぱりと断ろう。

 

「お気持ちは嬉しいです。でも、俺は……」

「お願い鬼一君。無理にとは言わないけれど、一緒に暮らしてほしいの。娘たちも賛成……、ええと……、正直に言うと真ん中の娘はちょっと渋ってるけど、そんなに嫌そうじゃないわ。それになによりも、私があなたのお母さんになりたいの」


 いきなり身を乗り出し手を握られ、甘い香りがぐっと濃縮された気がする。瞳は少しばかり潤み、近付いた拍子に大きな胸がフルフルと揺れ、服の間からは黒い下着と谷間が見える。

 一瞬頭がクラクラしたが、ここはきっぱりと断るべきだ!そう、こんな揺れる谷間にたぶらかされるなど、ありえないことで……。

 

「お願い……」


 揺れる胸が、おっぱいが、まるで催眠術の5円玉のように左右に揺れて……。

 さらに目の前に、触れんばかりに近付いてきた顔を目の前にして、俺の意識は途切れる。

 そして下半身に全ての血液を奪い取られた俺は、上下にも揺れ始めた胸の動きに合わせるように、無意識のうちに首を縦に振っていた。


「なるほど……。やっぱ色仕掛けってのは強力っすね。この方法ならアタシも、センセーをNTRってヤツに……。くっ……、やっぱ大きさが足りないっす!銀華とあんまり変わんない大きさじゃ、効果ないっす!」


 遠くから聞こえる、リサリサ先生のつぶやきを聞きながら……。


☆ ☆ ☆


「テメェ、何考えてんだよ!どうせあの乳……、色香に迷って騙されやがったんだろうが。このスケベ鬼一が!」


 それからは、大荒れとなった秘密子を説得するのが大変だった。

 誰かから聞いたのか、それとも自分で感付いたのかはわからない。だが、どうやら秘密子は、俺の養子縁組の話に薄々気付いていたらしい。

 もちろん、俺は円城さんの養子になどなるつもりはなかった。

 けれど、無意識にとはいえ約束してしまったことを違えるわけにはいかない。馬鹿馬鹿しいかもしれないが、俺を認めてくれたあの人を裏切るのが、どうしても嫌だったのだ。

 それから秘密子は散々に当たり散らした。それは、物心ついた頃から一緒にいた俺ですら、見たこともない荒れようだった。

 俺や施設の職員が何を言っても聞かなかったが、怯えるチビどもを見て冷静になったのか、最終的には秘密子が推薦で進学を決めている高校に入ること、週に一度は施設に顔を出し、チビどもの面倒を見ることという条件でなんとか収まった。

 幸いにと言うか、真ん中の娘も同じ高校を受験するということだったし、これについては華澄さんの了承も取った。むしろ、娘と同じ学校に行ってくれるということで大喜びされたが。

 不思議なことに、秘密子は養子の件についてはむしろ賛成派だった。そのほうが法的に手を出せなくなるからと、よくわからない理由ではあったが……。

 もちろん、俺自身は今のところ養子になるつもりはない。

 ただ、大変なのはそれからだった。

 卒業したら働くつもりだった俺は、テストで赤点を取らない程度の勉強はしていたとはいえ、受験勉強など何一つしていない。

 つまりは、実質二か月ほどの間に、受験に必要な全てを詰め込まなければならないのだ。ましてや合格せねばならぬ高校は、この辺りでは文武ともに結構有名なレベルの私立高校だ。

 正直、この二か月間のことは思い出したくない。思い出そうとすると、目の前に数式や英単語、古文なんかがひらひらと舞い始め、吐きそうになる。

 そして連日のように秘密子にしごかれまくり、一生分の勉強をしたのではないかと思った結果、奇跡的に合格することができた。

 合格発表を見た瞬間の秘密子の、嬉しいような苦虫をかみつぶしたような、何とも言えない複雑な顔はしばらく忘れることはないだろう。

 それともう一つ嬉しい出来事があったのだが、それはまた別の機会に話すとしよう。

 

 そうして俺は春休みに円城家へと引っ越し、高校生となったのだった。

気付けばブックマークをしてくださる方もいて、ありがとうございます。本当に嬉しくありがたいのですが、もともとネガティブで小心者のため、いつ飽きられ梯子を外されてしまうのかと心配になり、かえって不安になってしまいます……。でも、ホントにありがたいんですよ。

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