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48 バレンタインデーキッス? チョコレートの怪 その5

「それじゃあ、お世話かけました。フェンリルさんに相談してスッキリしました。ありがとうございました」

「フン!くだらないことでいちいち黒狼探偵社(ウチ)に来るんじゃないよ。どうしてもってんなら、せいぜい依頼と金を持ってきな!」

「もう、リルさんったら……。あれは照れ隠しだし、気にしなくていいからまた遊びに来てね鬼一君。もちろん秘密子ちゃんも一緒にね」

「だっ……、誰が照れ隠しだって!?いくら狗巫女だからって、あんまり調子に乗ると……」

「あ、そうそう。これは私と緋光子から鬼一君と秘密子ちゃんに。まさか来てくれるなんて思わなかったから用意してなかったし、事務所に買い置きしてたもので申し訳ないんだけど……。あはは、遠慮なんてしなくていいから。秘密子ちゃんも心配しなくても、私にはちゃんと大本命の素敵な旦那様がいるから、取ったりなんかしないからね。え?何をって……。うふふ、わかってるくせにぃ。もちろんお返しはいらないからね。あ……、でも、もしかしたら緋光子から鬼一君へのは、本命チョコかもね?」

「ちょ、ちょっと狗巫女!?アタシは緋光子からチョコなんて……。ね、ねえ、緋光子からアタシの分もあるんだろ?」

「ち~ち、ちみこ、またあしょびにくる~!」


 結局、俺にチョコを渡そうとした犯人?はわからなかったが、俺も秘密子も無事だったんだし、それ以上を望むべきもないだろう。もちろん気にはなるが、万が一俺が女子から告白されたとしても、どう応えていいかもわからないし……。

 ホッとしたからだろうか、帰り道で不意に俺はあの時のことを思い出す。

 

「なあ秘密子。そういやあん時、なんか探しもんしてたみたいだけど、宿題のほかに忘れ物でもしたのか?」


 俺としては何気ない会話のつもりだった。それに、鞄の中身をぶちまけてしまったのは俺だし、何か無くしたなら探してやらなきゃいけない。

 だが、秘密子の変化は劇的だった。途端に顔を真っ赤にし、ダラダラと汗まで流し始めたのだ。

 

「お、おい、大丈夫かよ!?もしかして転んだ拍子に怪我したとか……」


 無意識とはいえ。俺が突き飛ばした拍子に怪我でもさせてしまったのか。そう思ったが、どうやらそうでもないらしい。

 

「ななっ、なんでもないから!怪我もしてないし、なんにも無くなってなんかないから!!」

「いや、明らかにおかしいだろ、お前の態度……。何か無くしたんなら、俺に遠慮なんかしなくていいんだぞ。そもそも俺がカバンをひっくり返したのが原因なんだし、今から探しに……」

「うっ、うるさい黙れしゃべるな!なんにも無くなってなんかない!!」

「痛ぇ!なんで蹴るんだよ。別に何もないならいいんだけど……」


 そんな秘密子の態度にまさかという思いがよぎるが、すぐに考え直す。

 そうだ、コイツはいつもどおりの義理チョコをくれたじゃないか。

 だが実は、鞄の中に俺に渡す本命チョコが入っていて、さらにはそれが無くなっていたなんて……。そんな漫画のお約束みたいな展開があるわけがないだろう。

 でも……。

 あの時見たパンツが物語るように、秘密子もいつまでも子供ではないのだ。いつかは好きな男に、愛の告白とともにチョコレートを渡す日が来るのだろう。それははたして亮太なのか、それとも…………。

 少しばかりモヤモヤするが、今考えたって仕方のないことだ。

 さて、遅くなっちまったし、あとはさっさと珠魅たちからのチョコを形式的に貰うだけだ。

 別に食いたいわけじゃないが、今年ほどあいつらの食い意地をありがたいと思ったことはない。

 

「ああ、そうそう。毎年あの子たちったら、鬼一にあげたチョコも全部食べちゃうだろ?今年はそんなことしないように、ちゃんと言い聞かせておいたからね」

「マ……、マジか……」


 秘密子のありがたい気遣いのおかげで俺の気は……、いや、胃はますます重くなっていくのだった……。


☆ ☆ ☆


「すみません、遅くなりました。ただいま帰り……、うぷっ……、ました。すみませんが、今日の夕飯は……」


 ようやく珠魅たちから解放された俺は、吐き気を抑えながら帰宅した。

 施設では、俺が来るのを心待ちにしていたのだろう。着くなりチビどもに口の中にチョコを押し込まれた。

 さすがに純粋なチビどもの好意を無にするわけにはいかないし、チョコを押し戻そうとする胃袋の動きに耐え、なんとか飲み込むことで事なきを得たのだが、おかげで今日の夕飯はまったく喉を通りそうにない。

 

「お帰り~、キーお兄ちゃん!」


 ニコニコ顔で玄関まで迎えに来てくれる美澄ちゃん。ニマニマとした顔でそれに続く澄麗さんと、穏やかにほほ笑む華澄さん。そして最後に、仏頂面の那澄菜。

 そんな那澄菜を見て、先ほどの考えが頭をよぎりドキリとする。しかし……。

 

「ほら、那澄菜姉。ちゃんと渡さなきゃ」

「…………。チッ!ほらよ」

「え?」


 那澄菜から差し出されたのは、少しばかり大きめだが、綺麗にラッピングされた箱。

 

「んだよ!いらねえのかよ?」

「い、いや……。ありがとう。でも、なんで……」


 そうだ、なぜ那澄菜が俺にチョコを?しかも、皆の目の前で……。

 

「ふふふ。それは那澄菜からの愛の告白……」

「すっ、澄麗姉!んなわけねーだろ。誤解すんなよ」

「にゃははは。てのは冗談で、アタシたちからのバレンタインチョコだよん。ホントは一人ずつ渡すつもりだったんだけど、そんなことしたら那澄菜は一生かかっても渡せないかもしれないからにゃ~」

「オッ、オレは元々、渡すつもりなんか無かったから!」

「はいはい、んなわけで、今回は皆からってことさ」


 俺の顔に浮かぶハテナマークに気付いたのだろう。澄麗さんからの説明を聞き、ようやく納得する。だが、同時に一つの疑問が浮かぶ。

 那澄菜からチョコを貰えた……。それはつまり、犯人は那澄菜じゃなかったってことだ。

 でも、なんだろう。このホッとしたような残念なような、なんだかモヤモヤする気持ちは……。

 

「ね~ね~。チョコは美澄が選んだんだよ!早く開けてみて」


 美澄ちゃんの催促を受け、包みを開く。そこにはいかにも彼女らしい、動物を象った可愛らしいチョコレートが入っている。

 

「可愛いね。ありがとう」


 皆の気持ちが伝わり、素直に嬉しさが込み上げる。だが、問題はその後だった。

 

「でしょ?美澄のお気に入りのお店で買ったんだから、味も自信があるんだよ。せっかくだから食べてみてよ」

「え……?そ、そうだね……。で、でも夕飯前にお菓子は……。いや、そもそも今日の夕飯は……」


 さすがに華澄さんの注意が入るだろう。だが、期待を込めて見た華澄さんの答えは……。

 

「一口くらい大丈夫よ。せっかくの皆からのプレゼントなんだから、遠慮しないでね」

「は、はぁ……」


 せっかくの皆の好意を無駄にするわけには……。だが、甘く漂ってくるはずの香りも、今の俺には拷問に近い。

 ひと思いに飲み込もうかと、脂汗を流している俺の異変に気付いたのだろう。

 

「ん?キーお兄ちゃん、なんか体からチョコの匂いがするよ。もしかして、誰かに貰ったの?帰りもいつもより遅かったし……」


 なんだか、美澄ちゃんの目つきが剣呑になっている。


「い、いや、違うんだ!別に貰ったわけじゃなくて、事情があって山ほど食べさせられたというか……」

「ううっ……、ひどい……。せっかくキーお兄ちゃんのために選んだのに」

「あ~あ、キーくんはひどい浮気男だにゃ~。アタシらというものがありながら、よその女のチョコを食べてくるとは。んで?どこの誰からもらったのかな?」

「違いますって!ちょ、ちょっと美澄ちゃん。泣かないで……。ほ、ほら見て、美澄ちゃんの選んでくれたチョコ、美味しいいなぁ!」


 覚悟を決めた俺は、箱の中のチョコを一気に頬張る。そして、胃袋から逆流しそうなチョコを必死で飲み込むと、ニッコリと笑いかける。だが……。

 

「テメェ!なに美澄を泣かせてんだぁ!!」

「ゴフぅッ!や、やめろ那澄菜。腹は……、腹はやめろ!で、出るっ……!」


 必死に那澄菜から逃げながら周りを見れば、華澄さんは口元を押さえながら、澄麗さんはニマニマと、そして泣いていたはずの美澄ちゃんは、ニコニコと笑っている。相変わらず家族ぐるみで、那澄菜とともにからかわれたわけだ。

 まあ、こんな状況も楽しいと思える今の俺は、きっと幸せなのだろう。

 さて、お返しは家族4人とチビども、そして秘密子の分。さらには狗巫女さんと緋光子ちゃん。まあ、貰ってはいないけどフェンリルさんにもおまけだ。

 それに、食ってしまった以上は、怪異となったチョコレートの持ち主にもお返しをしないといけないのだろうか……。

 それは俺が、再びバイト探しの決意をした瞬間でもあった……。

 

☆ ☆ ☆


「うふ、うふふふ……。くふふふぅ~~~」

「ったく、いつまで不気味な声で笑ってんだい」


 鬼一たちが去った後の黒狼探偵社では、狗巫女がソファの上で横になりながらジタバタと悶えていた。仰向けになっているにも関わらず、笑うたびに盛り上がった胸元がフルフルと揺れている。

 そんな母親の様子を、緋光子は不思議なものを見る目で見つめている。


「だってだって、あの時の秘密子ちゃんの顔……。うふふふっ。もう自分が犯人だって白状してるみたいなものじゃない。思い出すと可愛くって……。あ~あ、鬼一君もちゃんと顔を見てあげてたら、犯人どころか秘密子ちゃんの気持ちまでわかっちゃったのにね~」

「アンタは相変わらずそういう話が好きだねぇ。緋色緋色言ってた昔は、あんなにも奥手の可愛い娘だったのに」

「しっ、仕方ないじゃない!あの時はまだ、14歳の子供だったんだし……」


 一方のフェンリルはと言えば、そんなことなどどうでもいいという様子で、まるで人形を動かすかのように緋光子の手足を動かして遊んでいる。


「だいたい、あれだけ鈍いうえに朴念仁の鬼一だよ。目の前で告白されたって気付かないんじゃないかい?」

「ひどいリルさん!いくら鬼一君がちょっと鈍くたって、そんなことはない……とは思う……けど……」


 鬼一の性格を思い出したのだろう。少しばかり冷静になった狗巫女の声のトーンは、だんだんと下がっていく。


「でっ、でもでも!ちょっと鈍いところとか、どんなに危険でもちゃんと秘密子ちゃんを守ってあげようとするところとか、やっぱり似てるでしょ?」

「フン……。まあ、アイツの10分の1程度くらいはね。つーか、あそこの卒業生で元担任は何やってたんだい。母校でそういった怪異現象が起こる可能性くらい、事前に教えとけってんだ」

「あはは、預言者じゃないんだから。さすがに鬼一君がこんな目に遭うなんて、いくらリーサさんでもわかんないよ」


 厳しい言葉を吐きながらもフェンリルは鬼一を心配し、なおかつそれなりに認めているらしい。そう感じた狗巫女は、ニマニマと笑いながら言葉を繋ぐ。

 

「でも、さすがリルさんだよね、やっぱり人を見る目があるよね。だけどいいのかなぁ。鬼一君の周りの女の子たちも、見る目があるうえに随分積極的みたいだし、ボーっとしてたら先を越されちゃうかもよ」

「ハン、その手には乗らないよ。アタシはガキには興味ないって、さんざんに言ってるだろ」

「で、でも、どこを探したって、あんなにいい子はなかなかいないよ?」

「ったく、アンタもしつこいね」

「じゃあさじゃあさ、風太(ふうた)君なんてどうかな?最近ますますパパに似て、カッコよくなってきたし」

「馬鹿言ってんじゃないよ。それこそホントのガキじゃないか。それに、あの子には『神仙』がついてんだよ。両親公認のうえに、それこそ嫁気取りで……。妙なマネして、色惚けしたアレ(・・)に喰い殺されるのは真っ平御免だよ」

「う……、う~ん。確かに、クーコちゃん相手は分が悪いかも……」

「だから、別にアタシは結婚する気なんざ……!」


 そんな二人の言い争いを止めたのは、意外な人物の一言だった。

 

「ひみこ、ちーちのおよめちゃんになるぅ!」

 

 ニコニコと笑う緋光子の顔を、二人は唖然として見つめている。やがて、狗巫女がポツリとつぶやく。

 

「……。リルさん」

「……。なんだい?」

「…………。お願いだから、せめて緋光子よりは先に結婚してね。なんだったら、光一さんにお見合いのセッティングとかお願いするから……」

「…………。まあ……、考えとくよ……」


 その後の二人は、気まずそうに無言で紅茶をすするだけだった……。

 ちなみに猫猫飯店からの来客……という名の野次馬が訪れるのは、それから数日後のことである。

次回はみんな大好きお姉さん!?今度こそ、澄麗がメインとなるお話です。普段は大人ぶってるお姉さんの純な部分に刮目せよ!……って、そんな大げさな話ではないんですが……。

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