47 バレンタインデーキッス? チョコレートの怪 その4
「鬼一!?鬼一っ!起きてよ!!死んじゃやだぁぁぁ……。やだよぉぉぉぉ……。僕……、ううん、私まだ、鬼一にちゃんと…………」
意識を取り戻した俺が最初に見たのは、俺の胸を叩きながら泣きじゃくる秘密子の顔だった。
「…………。痛ぇよ秘密子。ポカポカ叩くんじゃねえよ……」
「………………きっ、鬼一っ!?よ、よかっ……。……っ、テメエ、俺様を放ってなに一人で気絶してやがんだよ!」
「はは……。悪かったよ」
必死に自分を守ろうとしていた俺に対して、なんて態度だろうと思うかもしれない。だが、さっきまでの秘密子の泣き顔を見てしまっては、怒る気にもなれない。きっとこいつなりに、死ぬほど心配してくれたんだろう。
「ま、まあ……、鬼一が無事でよかったよ……」
逆に秘密子の方も、俺の態度に拍子抜けしたのだろう。いたって素直に俺が無事であったことを喜んだ。
「それより……、うぷっ……、す、少し離れてくれねえか?体を押されると……、うっ!は、吐きそう……」
「だ、大丈夫なの!?」
「ああ……、とりあえずは……気持ち悪いだけだ」
「ま、まさか、やっぱり体の中にあの化け物が……。ど、どうしよう!?」
「落ち着けって。大丈夫、たぶんコレは……。それより、お前の見たことを教えてくれよ」
「う、うん……」
☆ ☆ ☆
ここからは、秘密子の語ったことだ。
俺が殴り飛ばし、はじけ飛んだたと思った化け物は、まるで映像の逆再生のように元の位置に戻ろうとした。
だが、なぜかそれは人型に戻ることなく溶け始めると、俺を包むように広がり、次の瞬間俺の口の中へと入りこんできた。
苦しむ俺を見て、SF映画のクリーチャーのように、未知の生物に俺が乗っ取られてしまうと思ったらしい。慌てて駆け寄ったが、暴れる俺に突き飛ばされて床に倒れこみ、ようやく立ち上がった時には化け物は全て俺の中に入り込んでいた。
「お前、怪我を……。わ、悪りぃ!俺のせいで……」
よく見れば、秘密子の手の甲にはいくつかの擦り傷があるし、足にも痣のようなものができている。
「大丈夫だって。ほんのかすり傷だよ。鬼一は僕を守ってくれようとしたんだろ。感謝こそすれ、怒る筋合いじゃないさ。そ、それに、たた、大……切って……。そそそ、それってまさか、ぼぼぼ、僕の……こと…………」
「あ?なにボソボソ言ってんだ?」
「んあっ!?ななな、なんでもない!そっ、それより、本当に大丈夫なのかい」
「ああ。この症状をわかりやすく言うと……」
「わ、わかりやすく言うと……?」
ごくりと唾を飲み込む秘密子に、重大なことを告げる。
「食い過ぎによる胸焼けとか、吐き気だな」
「…………。はぁ!?ぼっ、僕は真面目に聞いてるんだよ!」
「こっちも真面目に話してんだよ。とりあえず最後まで聞けよ」
「は、はあ……?」
秘密子が拍子抜けするのも無理はないだろう。化け物の食い過ぎなんて症状は聞いたこともない。
だが、意識が薄れる前、俺は化け物から感じていた匂いがなんなのか理解したのだ。さらには、口の中に入ってきたのは昼に食った物の味。安物のアレよりも随分と上品な味ではあったが、食い物の種類としては同じだろう。
「つまりは、チョコレートの食い過ぎだ。鼻血が出なかっただけでも、良しとしようか」
秘密子は唖然とし、言葉もないようだ。
「おっ、どうやら扉も開くみてえだな。なんだよ、いつの間にか周りの音も戻ってるじゃねえか」
気付けば、周りからは管楽器の音が聞こえてくる。グラウンドを見れば、居残りの陸上部が走る姿も見える。
「いやー。扉をぶっ壊さなくてホントによかったぜ。さんざん怒られたうえに修理代までなんて、たまったもんじゃねえしな」
「はあ……?」
「とはいえ、バケモンを食っちまったことには変わりねーからな。さすがに不安はあるし、珠魅たちには悪りぃけど、帰りにちょっと寄り道させてもらうぜ」
釈然としない表情の秘密子の背中を押し、俺たちは教室を後にしたのだった。
☆ ☆ ☆
「ハン!アタシの言ったことを理解してたのかい?打つ手がなくなったから、力任せに殴りかかった?なんだいそりゃ。アンタの脳みそは筋肉でできてんのかい?なんのために忠告してやったと思ってんのさ。しかも、壊した扉の修理代はウチのバイト代をアテにしてたって?フン!そんなこっちゃ、黒狼探偵社で働くには20年早いよ。それ以前に、何年もしないうちに本物の怪異に喰われてお陀仏になってるかもね!」
「う……、すみません。おっしゃるとおりです」
「観察力、思考力、想像力、判断力、決断力、行動力……。他にもあるけど、全てにおいてダメダメだよ!…………ま、守るべき者の安全を第一に考えたところだけは、及第点を与えてやるさ」
「はい、すみませんでした……」
「ったく……。早々に怪異に絡まれたかと思えば、取るに足らないチンケなヤツだし……。おまけに力任せに解決しようとして、返り討ちに合うとはね。アンタはバカなのかい?大バカなのかい?脳味噌が貉並みの大きさなのかい?そのツノは、脳味噌から直接生えてんのかい?」
学校からの帰り、俺は黒狼探偵社の応接室で、フェンリルさんから説教という名の罵倒を浴びていた。
フェンリルさんは相変わらず不機嫌そうだが、それが俺のふがいなさに対しての怒りなのか、はたまた俺の頭によじ登っている緋光子ちゃんを見て、取られたと思い嫉妬しているのかはわからない。まあ、両方がない混ぜになっているんだろう。
そんなフェンリルさんとは対照的に、狗巫女さんは俺と秘密子を交互に見つめては、何やらニヤニヤとしている。おそらくだが、俺と秘密子の関係に、まったく見当違いの妄想を膨らませているのだろう。
しかし、今の問題は秘密子の方だ。初めこそ施設の伝説を目の当たりにして面食らっていたようが、なにやら今は妙に不機嫌になっている。
まあ、口は悪いが家族思いのヤツだし、俺が罵倒されているのを見て面白くないのだろう。
「おいアンタ!いくら鬼一のバイト先の社長だからって……」
「あ、あはは!いや~。さすがに怪異相手に力技は無茶でした」
秘密子が完全にキレる前に、慌てて二人の間に割り込む。さすがにこんな俺の態度は見たことがなかったのだろう。何かを察してくれたようで、憮然とした表情ながらも、秘密子は大人しくなる。
というか、狗巫女さんのニヤニヤがさらに増してるんですけど。秘密子はあくまで、家族を馬鹿にされて怒ってるだけですからね。
「んで?自分のバカっぷりを報告するために、わざわざここまで来たわけじゃないんだろ?」
「あ、はい。そうなんです」
再び口を開こうとする秘密子を抑え、俺は心配していたことを口にする。
まあ、俺の感では悪いものとは思えないが、素人が判断していいものでもないだろう。やはりここは専門家の意見も聞くべきだと思い、学校帰りに黒狼探偵社へと立ち寄ったのだ。
「ハッ!アンタの思うトコロはどうなんだい」
「はい、俺が思うには、結局ただチョコレートを食っただけかと……。なんかアイツ、俺たちに何か悪さをしようってよりも、ただ単に俺に食ってほしかっただけみたいな気がするんですよね」
「フン……、正解だよ。多少は相手の悪意や害意なんかは、わかるようになってきたみたいだね。それについちゃあ少しは褒めてやるよ。ソイツに害があるとすりゃあ今晩の飯が腹に入らないことと、ダイエット中のヤツには大敵だってことくらいだろうね。もっとも、そこのお嬢ちゃんなら3日は断食しないと割に合わないだろうけど、アンタのような筋肉バカにはさして影響はないだろうがね」
まあ、あの化け物を口にした時からなんとなくはわかっていたが、あらためてフェンリルさんという専門家の口から聞くと、自分がいかに滑稽なことをしていたのかがわかる。
食ってしまえばお終いのチョコレートに恐怖し、一時は秘密子を抱えて校舎から飛び降りようとしていたのだから。
とは言え、いくらチョコレートとわかったからってさすがに人型の、しかもアヤカシを食おうなどとは思わないが……
「うふふ。でも、鬼一君はえらいね~。逃げずにちゃんと、秘密子ちゃんを守ろうとして……。ふふ、よっぽど大切な相手なんだね」
「なっ!たたた、大切って……ち、違うから!僕と鬼一は、その……」
「そっ、そうですよ!たしかにコイツは大切なヤツですけど、家族としてって言うか……」
「ひみこも、ち~ちだいじ~」
なんだかおかしな方向へと持っていかれそうな雰囲気を、頭の上の緋光子ちゃんが救ってくれた。もっとも、そのおかげでフェンリルさんの表情はますます険しくなっているが。
「この子が、僕と同じ名前の……」
秘密子は、俺の頭の上で動き回る緋光子ちゃんを、珍妙なものを見る目で見ている。
それに気付いたのか、緋光子ちゃんは秘密子をジッと見つめると、不意にゴソゴソと動き出す。
「な、なに?え?ちょ、ちょっと……!?」
どうやら、俺の頭の上から秘密子の頭の上へと移動したかったようだ。だが、いかんせん秘密子は緋光子ちゃんを乗せられるほど頑丈ではない。
「うわっ!」
結局、頭の上に乗られた直後、秘密子はソファーの上で緋光子ちゃんの下敷きになっていた。
「はわぁっ!?ご、ごめんなさい、こら、緋光子!!」
「い、いえ、大丈夫です……。小さな子の相手は慣れてますので……」
「本当にごめんなさい。でも……。ふふ、緋光子は秘密子ちゃんのことも気に入ったのね」
「フン!緋光子が誰にでも懐く、いい子なだけだよ!」
ほのぼのとした雰囲気の中で、一人フェンリルさんだけが不機嫌そうだった。
☆ ☆ ☆
「それで……。結局アレは、なんだったんでしょうか」
緋光子ちゃんも俺の頭の上へと戻り、ようやく落ち着いたところで本題に入る。
「ハン!自分で考えな!って言いたいとこだけど……」
フェンリルさんは、俺の横に座る秘密子をチラリと見る。
「初めての客もいるし、サービスだよ。とは言っても、ソイツがチョコレートだってこと以外、何を説明する必要があるんだい?」
「いや、だからなんであんなものが現れて、俺が襲われたのかってことを……」
「ハッ、ホントに鈍いね。説明もなにも、アンタがここに来た時点で答えを言ってたじゃないか」
「え?」
「わかんないのかい?ここに来た時に言ってたろ。家族から学校の七不思議を説明されたって」
「そうですけど……」
「そいつをよーく思い出してみな」
「え?えっと……」
「チョコレートの怪は、『チョコレートを渡せなかった女生徒の無念が、チョコレートの形を借りて彷徨い続ける』んだよねぇ?」
鈍い俺を見かねてか、横から狗巫女さんが助け舟を出してくれる。
「あ、ああ。はい、確かそんな話だったと……。でも、それがなにか?」
「…………ハァ」
フェンリルさんは呆れたように俺を見ると、頭の上で遊ぶ緋光子ちゃんを奪いとるように抱え上げ、それっきり俺たちを無視するように遊び続ける。
「あの……、フェンリルさん?」
そんなフェンリルさんをフォローするのも、いつものことなのだろう。再び狗巫女さんが助け舟を出してくれる。
「つまりね、その怪異は誰かにチョコを渡したくても渡せない女の子に代わって、渡したい相手に自分を食べてもらおうとするの。大きく分ければ呪いとか生霊の類になるんだろうけど、悪意あるモノでもないし、その人が想う相手に食べてもらえば成仏……というか、満足して消えるものだから害はないの。もっとも、その過程でなぜか元のチョコから巨大化しちゃうのが、問題と言えば問題なんだけどね」
「はぁ……。え?ちょ、ちょっと待ってください!?て、てことは……、誰かが俺にチョコレートを!?」
「うふふ。そういうこと。自分で思ってるより、鬼一君はモテるってことだよ」
最早俺の頭の中では、先ほどまでの出来事は全部すっ飛んでいた。そもそも、誰が俺にチョコなんかを!?
秘密子は……。いや、コイツはいつもどおりの義理チョコをくれた。
ならば美澄ちゃん……は十分に考えられるが、あの子の性格を考えれば素直に渡してくるだろう。
だとすれば、華澄さんか澄麗さんが……。
いや、あの人たちが渡せなくて悩むなど考え辛い。むしろ華澄さんなんか胸に挟んで渡してきそうだし、澄麗さんなんて、ここぞとばかりに口移しで渡してきそうだ。とすると……。
俺は一番あり得ない結論に辿り着く。まさか……、那澄菜が!?
いやいや、那澄菜に限ってそんなことがあるはずはない。俺の知らない女生徒かもしれないし、亮太のパターンを考えれば、最悪男って可能性も……。
「ったく……。そんなに知りたきゃ、いくらでも方法はあんだろうが」
腕の中から逃げ出し、俺の頭によじ登り始めた緋光子ちゃんがいなくなったことでヒマになったのだろう。再びフェンリルさんが口を開く。
「あくまで具現化するためには、現実のチョコレートがあることを前提にした怪異なんだ。実際のチョコが怪異に変化する……。つまりは、アンタに渡そうとしたチョコレートが無くなってるヤツが犯人だよ」
再びの黒狼探偵社メンバー登場です。外伝といい、自分でも気づかぬうちにキャラクターに思い入れがあるんでしょうか……。バレンタイン編。次回終了です。




