44 バレンタインデーキッス? チョコレートの怪 その1
狗巫女?いないのかい、狗巫女……って、さすがにこんな朝っぱらからいるわきゃないか……。
はいはい、うるさいね……。仕事の話ならせめて朝食後にしてくれないかい。
あー……、わかったってば!そんなにチャイムを鳴らさなくたって、十分聞こえてるよ。
はいはい。どちら様……って、うげっ!アンタかい……。こんな朝っぱらからなんの用だい?
というか、風太と風華の姿が見えないけど面倒は誰が……。って、聞くまでもないか。ホントにアンタなんかにゃもったいない、いい旦那だよねぇ。
はぁ?うるさいね、取りゃしないよこの馬鹿猫が。だいたい、あのクソ真面目なアイツにだってその気はないだろうさ。
そもそも、アタシよりリサリサの方を心配しなよ。あの子は、隙あらばやらかしかねないよ。
あん?緋光子?
残念だったね。ちゃんと立派な豪邸があるんだし、こんなに朝早くから事務所に来るわけないだろ。
はぁ!?アタシが寂しがってるって……。そんなわけないだろ。アタシはガキは嫌いだって言ってるだろ。
ま、まあ、緋光子は別だけど……。
はあ?べっ……、別に風太や風華も、嫌いってわけじゃ……。
うっ、うるさいね!なにニヤニヤ笑ってるんだい!だいたい、こんな朝っぱらから何の用なのさ。依頼の横流しなら、さっさと内容と金額を……。
…………はぁ?話を聞かせろって、いったいなんの……。
バレンタインの怪異?……って、なんでアンタがそんなコト知って……。
…………。まったく、狗巫女はおしゃべりだね。
つーか、たいして面白い話でもないよ。そもそも、なんでアンタが鬼一のことなんぞに興味持つのさ。
はぁ!?緋色が……?遊園地で鬼一たちを……!?
フン……!
あのガキ……。そんな危険な目に遭ったことをアタシに黙ってるたぁ、どういう了見だろうね。
あん!?
べっ、別に心配なんざしてないさ!
……ったく、いつまで立ち話させる気だい?アタシはまだ朝飯も食べてないんだよ。
フン……。
まあ、食べながらで良ければ話してやるし、コーヒーくらいは出してやるさ。
おっと、アンタは未だにお砂糖とミルクたっぷりのお子様コーヒーしか飲めないんだっけ?
アハハ。顔を真っ赤にしてるところを見ると図星かい?
まあ、そう怒りなさんな。お子様向けの甘ぁ~~~~~いコーヒーを出してあげまちゅからね~。
ククククッ。まあ落ち着きなって。アタシを楽しませてくれたお礼だよ。狗巫女たちが来るまでにまだ時間はあるし、少しばかり暇つぶしの話をしてやるさ。
アンタのお望みどおりに、鬼一が遭遇したって言う『チョコレートの怪』の話をね……。
☆ ☆ ☆
「うう~、寒みぃな。なあ鬼一、今日のニュース見たか?午後から雪が降るかもしれないらしいぜ」
秘密子と那澄菜の関係にも少しだけ進展のあったクリスマスを過ぎ、しばらくは何事もない日常が過ぎていた。
もっとも、毎日のようにJKに引っ叩かれたり、見た目は20代後半の美人アラフォー未亡人の巨乳に包まれたり、見た目はセクシー、中身はおっさんのJDお姉さんにセクハラされたり、隙あらば美少女JSがお風呂に侵入してくる生活というのが何事もない日常かと問われると、少しばかり疑問なのだが……。
まあ、人によっては殺意を抱きかねない俺の境遇は置いておこう。
その日は朝から厳しい冷え込みとなり、隣に並ぶ亮太は言葉のとおり寒そうに震えているし、廊下ですれ違う生徒たちも一様に身を縮めている。だが、その表情は誰もが寒さに相反するように少しばかり紅潮し、何かを期待するかのように輝きに満ちている。
それを裏付けるかのように、女生徒からはどこそこの店の商品がいいとか、手作りに挑戦するだとか、誰それはあの人に渡すらしいとか、今年こそ〇〇君に……、なんて活気のある声が聞こえてくる。そして男どもは興味のないフリをしながら、バレバレの態度で必死で聞き耳を立てている。
それは、間もなく発生する若い男女にとっての一大イベント……。そう、バレンタインデーを迎える直前のことだった。
そして、そんなイベントに乗せられ浮かれた男が、ここにも一人。
「な、なあ鬼一、最近の鬼ノ元さんの様子はどうだ?」
「どうってなんだよ?別にいつもどおりだよ」
「だ、だから……。いつどおりってどんな感じなんだよ!?」
「だから、いつもどおりだよ。なんだ?秘密子がいつも何時に風呂に入るとか、トイレには何回行くとか聞きたいのか?」
「んなっ……!?お、俺はそんな破廉恥なことは……。きっ、聞きたくても我慢するのが男というものだ!」
「聞きたいのかよ……。つーか、冗談だよ。俺だってさすがに、トイレの回数までは把握してないさ。学年末試験も近いし、ここんとこ那澄菜に負けないように結構勉強してるみたいだな」
「そうか……。あれほど優秀でありながら、さらに自分を高める努力を惜しまないとは、さすが鬼ノ元さん……。って、そうじゃなくてさ!ほ、ほら、勉強のことじゃなくて、いつもと違う包みの物を買ってきて大事そうに見つめてたりだとか、台所に籠って何かを作ってるとか、さらにはそこから甘い香りが漂ってきたりだとかだな……」
だが、俺の返答に不満があるのか、いつもの亮太らしくない態度で食い下がってくる。
まあ、こいつがこんな態度になる時はたいてい秘密子がらみだし、何を聞きたいのかおおよその見当はつく。と言うか、それ以外にありえないくらいにわかりやすい。
「いつもどおりって言っただろ。例年のごとく、チビどもと大入り袋を買い込んでたよ。残念ながら手作りチョコを作ってる気配もなければ、夢見心地の表情でお前の名前を呟いてることもない。当然、その他もろもろの男の名前もな。今年も『いつもどおり』の義理チョコを貰えるだろうから心配するな」
「そ、そうか、いつもどおりか……」
その答えに、亮太は露骨に残念そうなホッとしたような、何とも微妙な表情を浮かべる。
まあ、亮太が何を思ったのかは想像がつく。今年も秘密子から義理チョコ以上のものがもらえない無念さもあるのだろうが、とりあえず自分以外に本命チョコを渡す相手がいないことに、ホッとしてもいるのだろう。
「つーか亮太、お前毎年何人かから義理じゃないヤツ貰ってるだろ?そのくせ秘密子の本命チョコを欲しがるとか、そういうのはいいのかよ」
「うぐっ……」
痛いところを衝かれたのか、亮太は押し黙る。
ガキの頃から見てきたが、ハッキリ言って亮太はモテる。背も高くガッチリとしたスポーツマン体形だし、性格だってさっぱりした良いヤツだ。
顔は今風のあっさりイケメンではないが、一昔前の映画スターのように少しばかり暑苦しいが十分な男前だ。選んだ道が柔道という、少しばかりマイナーなスポーツのおかげであまり目立ってはいないが、それでもちゃんと人を見る目のある女子たちからは十分な人気を得ている。
とはいえ、その人柄の良さゆえ、どちらかといえば男からの人気の方が高いのだが……。
「しっ、仕方ないだろ!彼女たちも一生懸命選んで買ってきてくれたり、中には手作りの娘とかいるんだぞ。無碍に断れないだろ。で、でも、お付き合いはできないってちゃんと伝えてるから」
「ケッ、うらやましいご身分だな。このリア充がよ!」
悪態をついてみるが、心底うらやんでいるわけでもない。そもそも、亮太の馬鹿がつくほどの真面目さと義理堅さは十分にわかっている。だったら、さっさと秘密子に告白すりゃあいいのに……。
「うるせーよ。俺からすれば、幼馴染のうえにさらに一緒に暮らして、義理とはいえ毎年チョコを貰ってきた鬼一のが羨ましいぜ。今年はあの美人のママさんたちからも貰えるんだろ?それに、あの可愛いおチビちゃんたちからも……。あ!ま、まさか鬼一……、あの子たちからのチョコが本命なんじゃ……」
「ばっ、馬鹿言うな!亮太までロリコン疑惑を引きずるんじゃねえよ!」
「ハハ、冗談だよ」
ガキの頃からの付き合いだし、亮太は俺のことを十分にわかっているはずだ。言いくるめられた腹いせに、少しばかりからかってみたのだろう。
「けど、羨ましいってのはホントだぜ。なんつーか、鬼ノ元さんの鬼一に対する態度って、信頼感とか甘えってのを感じさせるしな。毎年おんなじチョコを貰ってても、やっぱ差を感じるし、心配になるんだよ……」
「…………。気にし過ぎだ。多分そいつは、家族に対する態度みたいなもんだ」
亮太は良いヤツだ。
もしも……、もしも秘密子が俺のことを好きだって言うんなら、こいつは自分の気持ちを押し殺し、あっさり身を引くだろう。だが、それはけっして秘密子への想いがその程度ってことじゃなくて、亮太にとっては友情と愛情は同じくらいに重いのだ。
「ああ、そういや知ってるか?」
秘密子の話題を避けたかったのか、なんの脈絡もなく亮太は話題を変える。
「唐突になんだよ。いきなり言われても、なんのことだかわかんねえよ」
「いや、クラスの女子から聞いたんだけどよ、実はこの学校……『出る』らしいんだよ」
「はあ?出るって……」
「いや、もちろん噂なんだけどな。バレンタインの時期になると現れるんだとよ。真っ黒い……、化け物がな……」
☆ ☆ ☆
「あら~、随分と懐かしい話ねえ」
夕食時、俺が何気なく話した話題に食いついたのは、意外な人物だった。
「あれ?ママの時代にもあったんだ。やっぱその手の話ってのは、時代を超えて語り継がれてくんだにゃ~」
おまけに、なぜだか澄麗さんまでもが知っているような口ぶりだ。
「そりゃあ、いわゆる学校の七不思議系だしね。そういうのは脈々と受け継がれ、いつの間にか数が増えて行くものよ。私の頃は、『チョコレートの怪』って呼んでたわね。気になる相手にチョコレートを渡せなかった女生徒の無念が、チョコレートの形を借りて彷徨い続けるとか……」
「え?ちょ、ちょっと待ってください。私の頃って……。え?じゃあ華澄さんの母校って……」
「あら、知らなかったの?私はキーちゃんたちと同じ、あそこの高校を卒業してるのよ」
知らなかった……。いや、だからどうということはないのだが、華澄さんが先輩だったと知ると、何となく気恥ずかしい感じがする。ん?そういえば、澄麗さんも妙なことを言っていたな……。
「あれ~?知らなかったかにゃ。アタシもママと同じく、キーちゃんの先輩になるのさ。ふふふ、これからアタシのことは『澄麗センパイ!』って呼んでね。美しい先輩に淡い恋心を抱く不器用な男の子……。いや~ん。なんか興奮しちゃうシチュエーションだにゃあ」
「すみません、なんか呼びたくないです……」
クネクネと身悶える澄麗さんは、何と言うか先輩にしたら絶対にウザいタイプだろう。
「え~!なんでよ?キーくんに手取り足取り教えてあげる美人の先輩って、なんか淫靡でよかったのにぃ……。あ、なんなら制服も取ってあるし、今夜はそれを着てキーくんの部屋に行ってあげよっか?でも、胸の部分が随分とキツくなってるんだろうな~」
「キーお兄ちゃんは、面倒くさい先輩より可愛い後輩が出来た方がいいよね。美澄みたいな」
「面倒くさいって……。ま、まあ、美澄ちゃんみたいな後輩がいたら楽しいだろうね。たぶん……」
「おう……。美澄が毒舌だにゃ……」
可愛い後輩は置いとくとしても、、実際に澄麗さんのような先輩がいたら、男子としてはこの上ない喜びだろう。正直に言えば、俺だって中学の時にこんな先輩がいたら、もっと違う学生生活を送っていたかもしれない。
まあ、そういうことを言うと調子に乗りそうだし、それは胸に秘めておこう。
「それより、七不思議って……」
「ああ、それはね……」
華澄さんは懐かしむように語りだす。
「もちろん私も実際に見たわけじゃないんだけど、『真夜中に動き出す標本』とか『放課後に鳴りだすピアノ』、『校庭の動く石像』とか……。まあ七不思議の定番ね。最近の変わり種では、『正体不明の教育実習生』なんてのもあったわね」
「はい?なんですかそれ」
どれも七不思議の定番ではあると思うのだが、最後のだけは妙に不釣り合いな気がする。
「あの学校を卒業した、後輩の作家仲間さんから聞いたんだけどね。ある時、年齢不詳のちょっと不思議な感じのイケメンの教育実習生が来たんだけど、それと同時におかしな出来事が起こりだしたとかしないとか……。しかも、その人がいなくなると同時に不思議な出来事はピタリと治まって、その後は学校中がその先生のことを覚えていなかったらしいわ」
「いやいや、学校中が覚えていないなら、なんでみんながそんな話を知ってるんですか?」
「あら、それもそうねぇ」
「ふ、ふふん、ほら見ろ!」
先ほどまで妙に大人しかった那澄菜が、不意に声をあげる。
「やっぱり矛盾が出てくるじゃねえか。そういうのはたいてい、誰かが吐いた嘘が面白可笑しく広がった作り話なんだよ!そんなモンがいるなら、オレたちが入学して1年近いんだから、とっくの昔に誰かが見てるはずだろ。それに、ママが通ってた頃は女子高だったんだろ?チョコを渡せなかった生徒の無念とか、どう考えてもおかしいじゃねえか!」
たしかにそうだ。女子高だったというのは初めて聞いたが、それならばバレンタインがどうとかいう話が出るはずがない。
「うふっ、那澄菜もまだまだ子供ねぇ。女の園ってのは、いろいろあるのよ。それこそ、色恋沙汰だってね。むしろ、男女共学のほうが健全だったかもかもしれないくらいに……。うふふふ……」
「……っ!」
妖艶に笑う華澄さんに、なんだか背徳的な色気を感じる。那澄菜も俺も、その気配に飲まれてしまう。というか、それって女同士で……ってことなのか……?
「それに、キーちゃんたちみたいな存在の子もいるのよ?お化けがいたっておかしくないんじゃない?」
「こっ、こいつはその……、ほとんど人間みたいなもんだろ!それに対して、お化けとか幽霊とかは見えねーし、非科学的じゃねーか!」
なぜか妙に力説する那澄菜だが、よく見ると顔色が悪い。それに、なんだか手足も小刻みに震えている気がする。もしかして……。
「那澄菜……、お前まさか、お化けとか苦手なのか?」
瞬間、那澄菜の動きがピタリと止まる。
「バッ、バカ言うんじゃねーよ!だっ、誰が……」
「ああ、そういえば那澄菜は、ホラー映画見た夜におねしょしちゃったんだっけ」
「すすっ、澄麗姉!!そそそっ、それはガキの頃の話で……」
「あー……。そういえばあの時、美澄のせいにしようとしてたよね。まだ幼稚園だからしょうがないって」
「うぐっ……。それは……悪かったよ……」
俺は、チンピラに絡まれて漏らした時の那澄菜を思い出していた。そういえばこいつはやたらに強がるくせに、結構な怖がりだったな。例えて言うなら、後先考えず大型犬に向かって行く、凶暴な小型犬みたいなもんだろうか。
そんな俺の表情から、何かを察したのだろう。
「テッ、テメェ鬼一!なんか失礼なこと思ったろ!」
「な、なんにも思ってねーよ。考え過ぎだ!」
まあ、正直思ったけど、事を荒立てたってしょうがない。だが、続く華澄さんの言葉でそれもうやむやになる。
「那澄菜のおねしょはともかく、お化けに関してはそんなことはないわよ。『夕暮れの吸血鬼』や『こっくりさん』なんかは、実際に起こったことなんだから」
「実際に?」
「ええ、そうよ。その二つに関しては、作家仲間さんが体験したみたいなの。特に夕暮れの吸血鬼事件では、彼女が実際に血を吸われた被害者になったんだって。そしてその事件を解決したのが、『正体不明の教育実習生』とかなんとか……」
「それって大丈夫なんですか!?血を吸われたって……、まさか吸血鬼になったんじゃ……」
「大丈夫よ。その後ね……」
話によれば、被害者である女性は、彼女の親友と王子様?に助けられたのだという。ならば正体不明の教育実習生はどこへいったのか。
なんだかよくわからない話だが、噂なんてそんなものだろうし、華澄さんも詳しく聞いているわけではないらしい。
その話を聞き、俺はフェンリルさんのことを思い出す。
もしかして、彼女がその事件を解決したのではとも思ったが、普通に考えれば彼女が王子様ということはないだろう。
どちらかと言えば……、いや、彼女を例えるなら王子様などではなく、間違いなく『女王様』のほうだろう。
話は逸れたが、その作家さんは当時の体験を活かした人とアヤカシのコンビが活躍する小説を書き、結構な人気作になっているらしい。おそらく秘密子なら知ってるだろうし、今度聞いてみるか。
「そんなわけだから、あの学校は本当に何かが出るのよ」
たしかに、人知を超えた存在であるはずの俺や秘密子がこの世界に存在しているのだ。
それにフェンリルさんの所でのアルバイトや、先日のテーマパークで経験した出来事……。それらを考えれば、決して未知の存在を否定できるわけではない。俺が良からぬモノを惹き寄せてる可能性もあるわけだし、少し注意しなければな。
そして時は過ぎ、ドキドキするはずのイベントに少しばかりの不安を残しながらも、2月も14日を迎えようとしていた。
タイトルはもはや、おっさんでないと理解できないでしょう。昨今の47?48?とかの先駆け的グループの曲ですね。冒頭では、今まで名前のみで存在が出てこなかった、あの人の登場?です。あとは前作ではちょっと地味な存在だった、作家として成功した和菓子屋のお嬢さんの存在が絡んできます。




