40 Misumi in Wonderland 鏡の国の美澄 その5
「ほら、ゆっくりでいいからこれを飲んで。どう、落ち着いた?」
「うん……。ありがとうキーお兄ちゃん」
ペットボトルの紅茶を口に含むと、美澄ちゃんは再びベンチに横になる。先ほどまでとは逆に、美澄ちゃんの頭は俺の膝の上だ。
「大丈夫?ゴツゴツして寝心地悪くない?」
「ううん、大丈夫。とってもあったかくて落ち着くから……」
ゆっくりと目を閉じる美澄ちゃんの髪を、そっと撫でる。木陰に設置されたベンチには程よく風が通り、心地よい涼しさを感じられる。この様子なら、それほどかからずに美澄ちゃんも回復できるだろう。
「それで……、さっきのこと覚えてる?もちろん、思い出したくなければ言わなくてもいいんだけど」
もしかしたら、美澄ちゃんの心の傷をえぐることになってしまうかもしれない。だが、今後また誰かが危険な目に遭った場合のことを考えると、少しでも参考になるかもしれない。
「…………。よくわかんない。ただ……、暗くて怖い男の人がいて、なんだかいろんなことを忘れちゃってくみたいな感じで、美澄が美澄じゃない『ナニか』になっちゃうみたいな気がして……。それ以上はあんまり思い出せない……。ごめんなさい……」
「あ……、ああ、いいんだよ。ほ、ほら、あんなわけのわかんない現象が起きる方がどうかしてるしね」
うまく説明できないことに落ち込む様子だったが、そもそも美澄ちゃんのせいではないのだ。無理強いは酷だろう。
これがあの男によるものなのか、それとも全く関係ないアヤカシのせいだったのかはわからない。ただ、なんとなく感じた強烈に嫌な気配が、華澄さんに付きまとい、那澄菜と美澄ちゃんを狙っていたあの男によく似ていたのは確かだ。
「ただ……。すごく怖かったけど、あったかい……、とってもあったかい誰かが助けに来てくれたのは覚えてる。それで気付いたらパ……、ううん、キーお兄ちゃんがいたの」
「そっか……」
結果的に助かったとはいえ、結局詳しいことはわからずじまいだ。それに、あの鏡の割れるような音……。関係あるのかはわからないが、あれが聞こえた瞬間、不意に淀んでいた空気が晴れた気がするのも事実だ。
ひょっとして、フェンリルさんが助けに来てくれたのだろうか?いや、それは考えすぎか……。
いろいろ考えてしまうが、男に対してトラウマを抱えている美澄ちゃんが、俺には普通に接してくれる。それはきっと、家族として信頼されている証だろう。
だったら、今はそれでいい。
「え!?キ、キーお兄ちゃん、血だらけだよ!それに傷と、体中に痣も!いったいどうしたの!?」
ようやく俺の姿を見る余裕ができたのだろう。俺の体中の傷に気付いて、驚いたよな顔をする。
「あはは。ちょ、ちょっと転んだりぶつかったりしてね。あ……、鼻血は自分で顔を殴ったんだけどね。いや~、周りが全部鏡って、案外自分がどこにいるかわからなくなるもんだねぇ」
「ぶつかったって……。でも……、あ!」
瞬間、俺を見る美澄ちゃんの顔が青ざめる。
「その歯型……、美澄が……」
「いっ、いやいや!あれはしょうがないさ。そもそも俺は鬼だよ。こんな怪我なんか何ともないし、すぐに治っちゃうさ。だから気にしないで。ね?」
どうやら、わずかながらに最後の方の記憶が戻ってきたらしい。青ざめ、泣きそうな顔で俺を見る美澄ちゃんを、俺は必至で慰める。
「でも……」
「ホントに大丈夫だから。それより、これからどうする?疲れたんなら、今日はもう帰ろうか?」
「……っ!美澄は大丈夫!まだ遊べるよ、ほらっ!!」
言うが早いか、美澄ちゃんは俺の膝から飛び起きる。いくらマセていても、このあたりの元気さはまだまだ子供だ。
「それよりも、キーお兄ちゃんが大丈夫じゃないなら……」
「こんな傷、すぐに治るって言ったろ?俺は頑丈なのが取柄だって」
「うん……、わかった。じゃあ、早く治るおまじない」
「ん……?え!?」
不意に美澄ちゃんの顔が近付いてきたかと思うと、俺の頬に柔らかい感触……。
「みっ、美澄ちゃ……!?」
「えへへ……。これくらいしかできないけど、美澄からのお礼。守ってくれてありがとう。これからもよろしくね、お兄ちゃん」
別に華澄さんや澄麗さん、ましてやフェンリルさんや狗巫女さんが……というわけではないが、俺はどちらかといえば大人の、かつ胸は大きい方が好みだと思う。ついでに言えばお尻も大きめで、タイトなズボンにギュッと詰め込まれたムッチリ感と、さらにそこから下着のラインが浮き出て見えるような……。
いや、けっして那澄菜や美澄ちゃん、ついでに言えば秘密子を貶しているわけではないし、胸の大きさで女性を選ぶなどという失礼なことをするはずもない。もっとも、それ以前に彼女すらいないわけだが……。
話は逸れたが、そもそも俺の性癖などどうでもいいのだ。つまり、何が言いたいのかと言うと……。
そう、俺は断じてロリコンではない!
だが、小学生の美少女から頬にキスをされ、驚くほどに胸が高ぶる自分がいたのだった……。
☆ ☆ ☆
「ぐっ……。なんだ、なんなんだあの男ぉぉぉォぉ!猫……飯店……だと?料理屋か?くそっ、なんで飯屋の若造なんぞにあんなことが……。もう少しで……、もう少しであの鬼のガキに復讐して、美澄をこの手にぃぃぃィィィっ!!」
薄暗い部屋の中、近くにあるものを手当たり次第に投げつけ、手にしたナイフで切り裂き、荒れ狂う男がいた。
「何が生霊だ!何が呪詛返しだ!ふざけるな!!僕がバケモノだと?呪いに頼ってるだと?デタラメ言いやがって、そんなわけがあるか!僕は神の力を得て、奴らに天罰を与える存在になったんだ!父親を敬わない娘を、慈悲の心で躾けてやるはずだったんだ!!」
荒れ狂う男は気付かない。いつの間にか、己の周りに不穏な気配が漂っていることに。
「くそぅ……。もう一度……、もう一度神のご加護を!そうすればあの鬼なんかに構わずに、真っ先に美澄を犯してやる!そうだ、あんな下品な鬼に関わったのが間違いだったんだ。無駄に遊んでないで、初めから美澄の寝室に入り込んで好き放題に犯せばよかったんだ!鬼を殺すのはその後だ。クククッ、それになんだ?あの無様な様子は。いつでも殺せるなどと偉そうなことを言っていたくせに、ただうずくまりなぶられるだけで、僕に対して何一つできなかったじゃないか。フフフ、あんな陳腐な存在を恐れていたなんて、なんて馬鹿馬鹿しいんだ。いや、違うな……。そうか、僕があまりにも強く、尊い存在に成りすぎてしまったのか。そうだ、さっきの男だって何かの間違いだ。あの妙な紙切れに注意すれば、なんてことない相手じゃないか。情けをかけて追い払おうとしたのが間違いだったんだ。フフン、もう次に遊びはない。僕の邪魔をするヤツには容赦はしないぞ。二人ともさっさと喉を掻き切ってやる!クククッ、自分が死ぬことも知らずに逝かせてやるなんて、僕はなんて慈悲深いんだ」
興奮する男は未だ気付いていない。目の前に神の加護どころか、悪魔の制裁が迫りつつあることに……。
「フフフフ……。しかし、この変幻自在の体は素晴らしいな。自由にカタチを変えられるってことは、美澄の穴という穴を同時に可愛がってやれるってことだ。クククっ、生身の体で触手プレイができるとはなぁ。少しずつ大きくしていって、徐々に開発してやるのも一興だな。それにィィ……。クケクククケェぇェェ……、素晴らしい、素晴らしいゾぉォぉ!僕は時間を……、時をも戻す力を得たんだ!!なんて……、なんて素晴らしいんだ。これぞ神のギフト……、いや、僕こそが神じゃないか!!ああ……、あの頃の純粋無垢な美澄……、まるで天使のようだったじゃないか。それに、どうやら記憶や知能も年齢相応に戻るようだな……。クククッ、いいじゃないか。女が余計な知恵を付けたところで生意気になるだけで、世の中の害にしかならないからな。女は黙って男の……、僕の言うことを聞いていればいいんだ。クヒヒィ、あの美澄こそ神たる僕の傍らに相応しい、完全なる美の象徴じゃないか!クヒッヒヒヒヒャヒぃぃィ……………………っ…………!?」
高笑いをしていた男だったが、不意に何かに気付いたように笑いを止める。
「…………………………いや…………、待てよ……。ま、まさか………………」
その時になって、男はハタと気付く。己が得た能力の意味と、そのあまりの素晴らしさに。そして今現在自分が執着している少女ですら、かつて追い求めた『ホンモノ』の、代替品であったことに……。
「そ……、そうだ!そうじゃないか!!こっ、この力ならもしかして、那澄菜も幼い姿に戻せるんじゃ……。な……那澄菜の…………、あの究極の存在であった那澄菜を、今の下品で野蛮な姿ではなく、あの頃のようにぃィィぃぃぃぃィィィ……。…………………………ククッ…………、クヒヒヒヒィ……ウヘェッヒャヒャひゃァァァ…………クフヘェフェフェヒャハハハァァアァッァハハハハハァァァッ!!素晴らしい……、素晴らしいぞぉぉぉォォォォォ!那澄菜さえ……、那澄菜さえあの頃に戻せるのなら、他の少女など……、美澄ですらオマケのようなものだァァぁぁぁァぁぁっ!!」
己は全能の力を手に入れた……。そう、かつて手にすることのできなかった、究極の宝物を手に入れられる存在となったことで……。
そう感じた今こそが、男にとって人生最大の幸福を感じた瞬間だっただろう。直後に待つ、己の運命も知らずに……。
「おっと……」
高笑いをしていた男は、己の口元に垂れる涎に気付き、慌ててそれを拭う。
「いかんいかん。フフン、僕は紳士だ。美しい少女に対しては、常に優しくあるべきじゃないか。美澄も究極ではないにしても、至高の少女には変わりない。僕に愛されないなんて、不幸だし可哀想じゃないか。うん、二人ともに平等に可愛がってやらなければな。そうだ、どうせなら澄麗も戻してみるか。あの二人の姉なら、十分に試してみる価値はある。そうだな……、今はあんな下品な体つきだが、那澄菜たちの生みの親でもあるんだ。華澄を少女にしてみるのも一興だな。意外に掘り出し物かもしれんし、例え思い通りの姿ではなくとも、身の回りの世話をさせるくらいには役に立つだろう。いやいや、それどころかこの力を持ってすれば、いずれは世界中の美女たちを少女に……。グヒヒヒィィッ……、この変幻自在の体があれば何人……、いや、何十人だって同時に相手出来るぞ!おお……、なんて素晴らしいんだ……。さあ神よ、もう一度僕に加護を!力を!早く!早く僕を世界中の少女に愛を与える存在に!!」
全裸のまま、はち切れんばかりに股間を怒張させている。そんな状況にも関わらず、口元の些細な涎を気にする……。すでに崩壊しかかっている男の精神は、そんな矛盾にすら気付いていない。
その間にも男の周りは、ゆっくりと闇に包まれて行く……。
「おお……、この神々しい空間……。やはり神はいたんだ!さあ、もう一度僕にあの力をぉォォォォぉぉぉっ!!……………………………………え!?」
だが、その時になってようやく男は気付く。目の前に迫っている暗闇が、神の加護などではないことに。
そして男は、その暗闇の中に『ナニか』を見たのだろう。
「な……、なんだお前ら!?お、おい!なんだその妙な暗闇は!?ヒィッ!ま、まさかバケモ……。まっ、待て……、おい、待て、待ってくれ!な、何をする気だ!なぜ僕が……。な、なんだそこは……?お、おい、引っ張るな、離せ!離せよ!!わっ、わかった!僕の能力を見ただろう?お前たちにも、好きな少女を抱かせてやる!欲しい女がいるんだったら、望み通りの従順な少女にして……。だっ、だから助け……。い、いやだぁ、そんな所に行きたくないぃぃィィィ!!くっ、暗い!寒い!や、やめてくれ!!」
男の懇願も虚しく、暗闇の中のナニかはその動きを止めない。
そして手を、足を、首を、髪を……。暗闇から伸びた無数の手が男の全身を絡め取り、ゆっくりと闇へと引きずって行く。
もがき、暴れ、カーペットに立てた爪が剥がれるほどに抵抗しても、男の体は虚しく闇へと引きずり込まれて行く。
「や……、やめ…………。た、たす……、ヒ……ひぃいィィィぃぃぃぃぃぎゃぁぁぁァァぁぁああああぁぁぁ!!!!!!!!!」
絶叫の後、騒がしかった室内に静寂が訪れる。
皮肉にも超の付く高級マンションのおかげで、隣室には男の絶叫は少しばかり騒いでいる程度にしか聞こえなかっただろう……。
その後、御門と名乗る青年の願った、男が今後の人生で十分に反省できる機会が得られたのかは誰も知らない。
ただ、無断欠勤が続いた男の部屋に勤め先からの連絡を受けた警察が立ち入った時には、荒れ放題の部屋は無人だったそうだ。
直後は強盗事件かと色めき立った警察だったが、防犯カメラの映像や現場検証から、第三者の存在も確認されず事件性もないと判断されたようだ。
マンションに入って行く男の姿はあれど、出て行った映像がなかったにも関わらず……。
『人当たりも良く、いい人だったと思います。ただ……。あ、いえ、なんでもありません』
『仕事はできるんだけど、何を考えてるかわからないって言うか……。い、いえ、もちろん悪い人じゃなかった……と思います』
『すみません。よく知らないんです。年齢も違うからあまり話したこともなかったし……。人当たりは柔らかいんですけど、なんとなく作り物みたいな……。それになにより、あの目が……』
『何年か前、3人もの子連れの女性と再婚するんだって、妙に嬉しそうに話してたことがあったなぁ。結局破談になっちゃったみたいですけど。それに、出世には貪欲でしたしね。それが同期に先を越されて……。もしかしたらそういうショックが積もり積もって……、とかじゃないですかね』
『あくまで噂ですけど……。あの人ってあの歳で独身だったじゃないですか。いろいろと高望みしすぎとか、いつもいい人で終わっちゃうとか笑ってましたけど、本当はその……、特殊な趣味があるんじゃないかって噂が……。い、いえ、今回の失踪と関係があるかはわかりませんけど……。もしかして彼氏……、じゃなくて、恋人と痴情のもつれから……とか?』
『ああ……、誰に聞いたんですか?いや、わりと知ってるのもいるか……。ま、一部に同性愛者じゃないかって噂するヤツもいますけど、私は違うと思いますよ。むしろもっと悪い方……。え?まあ……、いわゆるロリコンですよロリコン。いや、普通するでしょ?社内の女の子をネタにしたエッチな話とか。あ、も、もちろんセクハラになるようなことはしてませんし、男同士での軽い冗談程度ですよ。ただ、アイツはそういう話に絶対乗ってこなかったんですよね。まあ、紳士的って言えばそれまでなんですけど……。そのくせ、外で幼い少女とかを見る目つきが妙にギラギラしてたりするんですよ。あれは絶対そっちの気がありますよ。そういう秘密クラブに入会してるとかって話もありましたし。ハハハ、秘密クラブって……、テレビドラマじゃないんですからねぇ』
『ハハッ、誰だよそんなこと言ったヤツ……。まあ、噂ですよ噂。ただ、妙に信ぴょう性はあったし、何より何年か前の再婚話の際も、娘目当ての偽装結婚じゃないかって話もあったなぁ……。いや、ですから僕が言ってるんじゃなくて、噂ですよ噂。まあ、あの人って出世も早かったし、まわりのやっかみもあったんじゃないですか?』
『……………。いなくなった人を悪く言うのもアレだけど、アイツはダメだよ。確かに外面良く仕事は優秀だったけど、内心は人を見下し、蹴落として自分がのし上がることしか考えてない。いわゆるサイコパスって言うんですか?私は同期だったから、よく知ってますよ。実際今回の人事だって、上層部がそういう性格を見抜いてのことだったんだから。あ……、わ、私が言ったってのは内密に。あの……?なんですかその目は?わ、私じゃないですよ!?私はアイツの失踪になんか関わってませんし、そもそもアイツより先に出世したんですから。恨む筋なんてありませんよ!え?事件性はない……。あ……、そうですか……。い、いえ、わかってもらえたなら結構です』
警察の聞き取り調査でも、出てくる話はおおむねこんな程度の、同じような話ばかりだったそうだ。ただ、その中での一つの情報……、それを警察が捜査し始めた途端、いきなり事件性がないと判断されたのは偶然だったのだろうか……。
しかしながら、死ぬつもりならばともかく、その後の生活を考えれば家財道具やクレジットカード、まして現金などすべて残して失踪する人間がいるだろうか。
だが、そんな心配すらしてもらえなかったのが、男のこれまでの人生を物語っていたのかもしれない。
いずれにせよ、それ以降男の姿を見たものはいなかったそうだ。
ただ、月のない夜に街灯のない真っ暗な暗闇から、男の救いを求める声を聞いたという噂が、まことしやかに流れたとか……。
☆ ☆ ☆
「それでね、キーお兄ちゃんったらすごかったんだよ。迷子になって不安になってた美澄を助けるために、転んだり鏡にぶつかったりなんてものともしないで、傷だらけになりながらも駆けつけてくれだんだから!カッコ良かったなぁ……」
結局、皆には本当のことは言わずに、ただ迷子になったとだけ説明した。
さすがに傷だらけの俺を見て唖然としていた皆だったが、頑なに美澄ちゃんを探す途中に不注意で怪我をしたと言い張る俺に、華澄さんは何かを察してくれたのだろう。それ以上何かを追及されることはなかった。
「何もないのはよかったんだけど……。でもそんなに怪我して、楽しくてはしゃいでたのはわかるけど、気を付けないとダメよ」
「は……、はい。心配かけてすみませんでした……」
「いいんじゃねえの?鬼一にしちゃあ上出来じゃねーか。美澄に怪我がなかったのは褒めてやるよ。ま、鈍臭いのは相変わらずだけどな」
「もう、那澄菜ったら……。何事もなく帰ってくるのが一番なんだからね」
華澄さんのお小言を受ける俺を見て、那澄菜はいつになくご機嫌な様子だ。俺が怒られてるのが面白いってのもあるんだろうが、それ以上に美澄ちゃんに何事もなかったのが嬉しいというのも事実だろう。
「まーまー、お小言はそのへんにしてさ。二人が買ってきてくれたお土産のお菓子もあるんだし、ご飯食べたら皆で食べようねん」
澄麗さんのおかげでお小言も終わり、俺たちはいつものごとく食卓を囲むのだった。
☆ ☆ ☆
「でね、でね。そこでキーお兄ちゃんが乗り物酔いでフラフラになって……」
食事中も美澄ちゃんの話は止まることはなかった。普段なら行儀が悪いと注意をするだろう華澄さんも、いつもと違う娘の様子が微笑ましかったのだろう。止める素振りも見せない。
だが、とある話からその穏やかな状況が一変する。
「それで、美澄が迷子になって駆け付けてくれた時なんて、ギュッと抱きしめてくれながら、『俺が一生君を守る!一緒に温かい家庭に帰ろう!』って。きゃ~っ!これってもしかして……」
いや、両手で頬をはさみながら身悶える美澄ちゃんには悪いが、俺のセリフが伝言ゲームの最後のほうみたくなってるぞ!?
「あらまあ、素敵ねぇ」
「ひゅ~っ!キーくんやるぅ。いきなりプロポーズとはねぇ。しっかし、美澄に先を越されるとは思わなかったにゃ~」
「てててッ……、テメェ鬼一!やっぱお前、ロリコンじゃねえか!!こっ……、こうなったら、美澄に被害が出る前に……」
「まっ、待て那澄菜!誤解なんだから落ち着け。まずはそのフォークを放して、ほら……、って危ねぇ!マジで刺す気かよ!?」
「だっ、黙れ鬼畜ロリコン野郎!冗談だと思ってたのに、まさかホントに……」
「だから、誤解だっつってんだろうが!って、うおっ!やめろって言ってんだろ。殺す気か!?」
怒りのあまりか、俺に向かい躊躇なくフォークを突き出してくる那澄菜に、本気で恐怖を覚える。
「ほら那澄菜、落ち着きなって」
「んにゃあぁぁっ!!」
だが、さすがは澄麗さんといったところか。暴れる那澄菜を押さえつけるのなどお手の物なのだろう。俺に向かいフォークを突き付ける那澄菜の背後に回ると、いきなり両手で胸を鷲掴みにしたのだ。
「ちょっ……。澄麗姉、離し……、はっ、離せよ!」
「あっれ~?那澄菜ってば、少し大っきくなったんじゃない?ねえ、キーくんもそう思うでしょ?」
「は!?い、いや、別に気にして見てなんかいませんし、違いなんてわかりませんよ。だいたいそんなんじゃ、少しくらい大きくなったって違いは……」
「だだっ、誰の胸が小ぃせえって!?そっ、そりゃあママや澄麗姉ほどじゃねえけど、人並み……よりちょっと……。いや、もうちょっと控えめくらいには……」
「も~。ダメだよキーくん。モテたかったら、どんなに小さくてもちゃんと褒めてあげなくっちゃ。おっぱいの魅力ってのは大きさだけじゃなくて、色とか形とか柔らかさとか味とか感度とか……、とにかくいろいろあるんだから。おっぱいに貴賤無しってね」
いや、いいこと言ったふうに言うけど、澄麗さんが男だったら確実にセクハラだけどな。それに、那澄菜の胸は間違いなく標準以下だ思うぞ。なんとなくだが、数年後に美澄ちゃんに追い越される未来も想像できる。
「ふむふむ、まだ子供だって思ってたけど、やっぱり男の子を意識しだすと体も女の子らしくなってくるんだにゃ~」
「んなっ!?そそそ、そんなことあるわけないだろ!だだ、誰が鬼一なんか……」
「あっれ~?お姉ちゃん、キーくんのことだなんて一言も言ってないけどにゃぁ」
「ぐっ……!」
悔しそうに唇を噛む那澄菜だが、行き場のないその殺気は、確実に俺に向けられている。というか、どう見ても俺のせいじゃないだろ!?
「ね~ね~、美澄は?美澄はキーお兄ちゃんのこと意識してるけど、おっぱい大きくなってる?」
「う~ん……。美澄の胸が大きくなるのは、もうちょっと先かなぁ」
相変わらず小悪魔的な発言をする美澄ちゃんにドキリとするが、その言葉を聞いてさらに殺気の膨れ上がる那澄菜に恐怖を感じ、平然を装う。
「あらあら、これ以上大きくなったらどうしましょう……」
ついでに華澄さんの発言は、いっそう洒落にならないのでスルーする。
「しっかし、美澄に先を越されたとなると……」
「いや、誤解ですからね!」
腕を組んで何やら考え込んでいた澄麗さんは、不意に何かをひらめいたトンチ小僧のように顔をほころばせる。
「ああ、そっか。とりあえず全員にプロポーズしてもらえばいいんだ」
「………………。はいぃぃ?」
突然突拍子もないことを言いだすのは相変わらずだが、今回のは本当にわけがわからない。
「だ~か~ら~。キーくんだって、自分を巡ってアタシたち家族の仲が悪くなるのは嫌でしょ?」
「はぁ……、そりゃあ、俺のせいでみんなが喧嘩するなんて嫌ですけど……で、でも澄麗さん、そんなつもりないですよね!?俺をからかってるだけでしょ?」
「うふふ~。それはどうかにゃあ」
色っぽい流し目にドキリとするが、絶対にからかわれてるだけだと思い直す。
「そ・こ・で・よ。解決策として、皆が仲良くするためにキーくんが全員にプロポーズする。すなわち、『楽園計画』発動だねん!」
「は……、はぁ!?な、なんすかそれ!ハ、ハーレムって……」
ドヤ顔で、どこかで聞いたことのあるような計画を口にする澄麗さん。一瞬、頭の中に玉座に座る俺の周りにかしずく皆の姿が浮かぶが、慌ててその妄想を振り払う。
「簡単なことだよん。『ハーレム王に俺はなる!』みたいに宣言すればいいんだから」
「い、いやいや!なんですか、そのどっかの海賊王みたいのは……。だいたいそんな失礼なこと、皆が許すわけ……」
「あら、案外いい案かもね」
「かっ、華澄さん!?」
「う~ん……。美澄はお兄ちゃん独り占めしたいけど、ママやお姉と喧嘩するくらいなら……。でも、美澄が一番長く一緒にいるのが条件だよ!ママと澄麗姉と那澄菜姉が1日ずつで、残りの4日は美澄ね!」
「おおぅ……。キーくんもたいへんだにゃあ。1週間ぶっ続けとは……。ま、若いんだしなんとかなるよね」
「み、美澄ちゃん!?ダダ、ダメだよ!そっ、それに1週間ぶっ続けって、ナ、ナニを……ですか!?」
「にゃははは、細かいことは気にしない。それに、アタシはもちろんオッケーだよん。ま、夜の問題はこれから考えればいいさ。美澄の案でいくか、はたまた平等にするためには全員一緒にか……。ま、キーくんなら一晩何回でも任せとけってカンジがするし、心配ないんじゃない?」
「よよよ、夜って……。ぜ、全員って……。それに何回もって……、ナニ言ってんですか!?」
「むふふ~。アタシらはバッチこいだね。てことは、あとは那澄菜が了承すればオッケーだニャン」
いや、さすがに那澄菜がこんなものをOKするはずがない。というか、殺されるんじゃないか?
だが、話を聞いていた那澄菜はなぜか顔を赤らめ、もじもじとしている。
「オ、オレはその……。み……、みんながよければ……」
「な、那澄菜……?」
嘘だろ?あの那澄菜が?まさか俺のことを……?しかもハーレム状態で、アレやコレやの複数プレイを……!?てことは、俺が華澄さんに○○しながら澄麗さんに××してもらい、さらに那澄菜に△△してもらいながら美澄ちゃんに□□してあげるなんてプレイも……!?
「……って、んなわけあるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
そして円城家に那澄菜の絶叫と乾いた音が響き渡るとともに、俺の妄想も断ち切られる。だが、衝撃を感じながらも俺は、那澄菜がいつも通りであることにホッとしていた。
そして翌朝。いつものごとく俺の頬には真っ赤な紅葉がついていたが、その朝は澄麗さんの頬にも、見事な紅葉が舞い落ちていたのだった……。
ちなみに余談だが、これは俺の名誉のためにも付け加えておかねばなるまい。
その後当然のことながら、美澄ちゃんからの『使用済み勝負パンツ』贈呈の申し出は、固くお断りしたのだった……。
少しばかり後味が悪かったかもしれませんが、悪役には悪役のけじめのつけかたがあるということで……。実はこの美澄編、加筆修正を繰り返しているうちに、当初の3倍くらいの量になってしまいました。もっとも、直すというのも良し悪しで、だんだん文章がグダグダに、読みにくくなって行った気もしないではなく……。同じように感じた方がいたら申し訳ありません。話は変わって楽園計画、『ToLoveる』は男の夢ですよね。はたして、第3期の連載はあるのでしょうか。あるとすれば、次こそ主役はナナになるのでしょうか。次回はいつも通り?のお気楽回です。




