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37 Misumi in Wonderland 鏡の国の美澄 その2

「キーお兄ちゃん、次はアレ、あれに乗ろうよ!ほら、早くぅ!」

「うわっ!ちょっ……、ちょっと待ってよ、急がなくても大丈夫だから」


 腕を組んだまま元気に走り出そうとする美澄ちゃんに引きずられるように、俺も慌てて小走りで駆けて行く。

 

 黒狼探偵社でのアルバイトから数日後、俺と美澄ちゃんはさっそく購入したパスポートを使い、テーマパークへと遊びに来ていた。

 なるべく混雑を避けようということもあり、やってきたのは平日の開園直後だ。だが、夏休みということもあり家族連れの姿も多い。もっとも、そのおかげで俺たち……、いや、俺が周りから浮くことも少ないと思う。

 だが、なんとなくだが周りの視線が気になってしまう。

 俺がいったい何を心配しているかといえば、様々な疑惑からでもわかってもらえるだろう。そう、小学生女児を連れ回していることによる世間の目である。

 どこからどう見ても親子には見えないし、ましてこれだけ外見が違えば兄妹にも見えないだろう。

 しかも、美澄ちゃんは常に俺の腕に抱きつくようにしているし、その仕草は時おりすれ違う、甘々な雰囲気を醸し出しているカップルたちと何も変わらない。

 美澄ちゃんがいくら大人びているとはいえ、まだまだ子供にしか見えないし、むしろ俺の方が実際より年上に見えるはずだ。

 その様子は下手をすれば、小学生女児を連れ回す変態成人男性と思われても仕方がないほどに……。

 もちろんやましいことなど何一つないのだが、警備員の姿を見るたびにビクリとしてしまう自分がいる。

 

「も~。キョロキョロ周りばっかり見てどうしたの?あ~っ!もしかして、美澄以外の女の子のこと見てるんじゃないの!?」


 そんな俺の態度に何を勘違いしたのか、美澄ちゃんは少しばかり頬を膨らませ、俺を拗ねたような目で睨む。そんな仕草も、十分に可愛らしいのだが。

 

「ち、違うって!その……、実はこういうところに来たことがなくて、物珍しいというか、どうしたらいいかよくわからないというか……」

「あ……。ごめんなさい、気付かなくって……」


 俺の適当に思い付いた言い訳に何を思ったのか、不意にテンションの下がる美澄ちゃん。

 その姿を見てハッと気づく。おそらくだが、こういった場所に連れてきてもらったことのない俺の境遇を思い、嫌なことを思い出させてしまったと勘違いしたのだろう。

 

「ち、違うよ!?ほら、俺はガキの頃から柔道ばっかで、こういうところに興味がなかっただけだよ。でも、今日は美澄ちゃんが案内してくれるんでしょ?いやー、楽しみだなぁ!」


 俺のわざとらしい言い回しなど、とっくに気付いているはずだ。だが、そこはやはり賢い子なのだろう。ニコリとほほ笑むと、こちらの話に合わせてくる。

 

「うふふ。じゃあ今日はキーお兄ちゃんの初体験だね。ふふっ、お兄ちゃんの初めて……。それなら美澄が優しく、しっかりと教えてあげるからね。」

「はっ、初っ……!?あ……、ゴ、ゴメン。もちろんヘンな意味じゃないよね」

「ふふっ、なんで謝るの?それに、ヘンな意味ってなあに?」

「あ……、そ、その……。と、とにかくゴメン!」

「だから、どうして謝るの?ヘンなお兄ちゃん」

「あ、あはは……。なんでもないんだ。その……、ちょっとだけ勘違いをしたっていうか……」

「うふふ、ヘンなの。それに心配しなくても大丈夫だよ、ちっとも怖くなんかないから、力を抜いて全部美澄に任せて。お兄ちゃんはなんにも考えなくていいから、ぜ~んぶ美澄の教えるとおりにすればいいんだからね。初めての、と~っても楽しくて、キモチイイ経験をさせてあげるから」

「あ、あの……。教えてくれるって、ここの楽しみ方を……だよ……ね?」


 はたしてそれは、本当に純粋な発言からなのだろうか……。

 なにやら小学生らしからぬ、妖艶な笑みを浮かべる美澄ちゃんに若干の不安を覚えつつも、俺たちはパスポートを無駄にしてなるものかと、これでもかと言わんばかりにハイペースで遊びまくったのだった。

 

 そして2時間後……。


☆ ☆ ☆


「うふふふ、怖くないって言ったのに……。キーお兄ちゃんったら、意外に怖がりなんだね。それとも、初めての緊張と興奮からなのかなぁ。こぉんなに固く、カチカチにしちゃって……」

「うぅ……、だって……」

「ほら、もっと力を抜いて。こんなに固くなったままじゃ苦しいでしょ?ふふっ、美澄がさすったり揉んだりしてあげるから、ここに寝転んで。そしたらすぐに気持ちよくなるから。さあ、美澄に全部任せて、目を瞑って……」


 美澄ちゃんは仰向けに寝転がる俺の頬に優しく手を添えると、まるで天使のような微笑みで、悪魔のごとき誘惑の言葉を呟く。そして……。

 

「うぷっ……。待って!ヤバい、吐きそう!」

「もー!そんなに緊張し続けたままじゃ、治るものも治らないよ。ほら、力を抜いて寝っ転がって、大きく深呼吸して。マッサージしてあげるから」


 起き上がりトイレへと駆け込もうとした俺だったが、両手で頬を掴まれ再び仰向けにされる。勢いよく倒されたはずだが、後頭部に衝撃はない。むしろ、心地いい柔らかさと暖かさに包まれていると言ってもいいだろう。

 

「ほら、力を抜いて深呼吸して。リラックスすれば気分も良くなるから」


 もちろん俺がトイレに駆け込もうとしたのは、我慢しきれずナニをナニして、熱き青春のほとばしりをスパークしようとしたわけではない。

 あれから俺は、乗りなれないものに乗りすぎたせいか、すっかり酔ってダウンしてしまったのだ。決して絶叫マシンの恐怖でダウンしたわけではない……、と信じたい。

 そんな俺を美澄ちゃんは呆れたような、面白いものを見るようななんとも言えない目で見ていたが、それでも心配してくれたのだろう。恥ずかしさから拒む俺を強引に、ベンチで膝枕をして寝かせてくれているのだ。

 小学生の女の子に膝枕をしてもらうという気恥ずかしさはあったが、それでもこの不快感は耐えられない。それに、正直美澄ちゃんの膝枕は柔らかく、とても暖かかった。言われるがままに目を閉じ力を抜いてみると、見る間に体調が良くなっていく気がする。こめかみの辺りを柔らかく揉み解してくれているのも、回復に一役買ってくれているのかもしれない。

 

「ありがとう美澄ちゃん、随分良くなった気がするよ」

「もういいの?なんだったら、ずっと美澄のお膝で寝ててもいいんだよ」

「い、いや、それはさすがに……。それよりもほら、いっぱい遊んだしお腹空かない?そろそろお昼ご飯にしようか」

「ふふ、そうだね。これ以上キーお兄ちゃんを絶叫マシンに乗せてたら、気絶しちゃうかもしれないしね」

「うぐっ……。ま、まあ、それはそれとして、何か食べたいものある?」

「ソフトクリーム!」

「う~ん、さすがにそれはご飯食べてからかな。じゃあ、そこのホットドッグでいい?ソフトクリームはその後にしよう」

「うん!じゃあ、『あ~ん』して食べさせてね。デートなんだから!」

「い……、いや、それは……。じゃ、じゃあ、一口だけね」

「えへへ~。じゃあ違う味を頼んで、食べさせっこしようね」


 そう言うと美澄ちゃんは、いつぞやの澄麗さんのごとく腕に抱き着いてくる。もちろんまだまだ薄い胸元からは、わずかな弾力と温かさしか感じられない。

 ただ、華澄さんや澄麗さんと違うのは、幼い年齢特有の薄着と無防備さゆえに、ダイレクトに肌の感触が伝わってくることだ。

 俺がロリコンだったならば歓喜の涙を流しそうなラブラブっぷりで、俺たちは夏休みの『デート』を楽しむのだった。

 

「ん?」

「どうしたの、キーお兄ちゃん」

「あ、いや……、なんでもないよ」


 美澄ちゃんに向けた顔を、再び前方に戻す。そこは先ほどまでと同じ、人々で賑わう遊園地の風景があるだけだ。

 

「気のせい……か」


 わずかな悪寒とともに黒い靄が見えた気もするが、気のせいだろう。俺は再び美澄ちゃんに手を引かれ、遊園地デートを楽しむのだった。

 

☆ ☆ ☆

 

「ほら、面白いでしょ。大っきい美澄に小っちゃい美澄。たっくさん美澄がいるでしょ?それにキーお兄ちゃんもこんなにいっぱい!」

「美澄ちゃん、そんなにはしゃいだら危な……痛てっ!あれ?これも鏡か……」

「あははは。キーお兄ちゃんこそ気を付けなくっちゃね。ねね、こぉんなにたくさん美澄がいたら、キーお兄ちゃんはどの美澄を選んでくれる?」

「え……?、どの……って……。どれも美澄ちゃんでしょ?」

「例えばね、鏡に映る美澄は全部偽物で、ホンモノは鏡に映らない美澄だけなの。でも、鏡に映る偽物を選んでも、それはずっと美澄のふりをしてるからキーお兄ちゃんは気付かないし、偽物はキーお兄ちゃんの理想の美澄を演じてくれるの。それはキーお兄ちゃんの言うことなら何だって聞くし、どんなエッチな要求だって受け入れてくれる。年も取らずずっと綺麗なままだし、なんなら赤ちゃんだって産んでくれるの」

「な、なにソレ……?なんかのお話?」

「ふふっ、べっつにぃ~。そんな理想的な女の子がいたら、きっと男の人は偽物を選ぶんだろうなって思っただけ」

「そっ、そんなことするわけないだろ!たとえ悪戯好きだろうが暴力的だろうが、ちょっぴりオマセで人を振り回そうが、ロボットのように感情のない人間よりも、少しばかり我がままでも血の通った感情を持った人間のほうがいいに決まってるだろ!あ……。い、いや、これは決して澄麗さんや那澄菜のことを言ったんじゃなくて……。も、もちろん美澄ちゃんのことでもないからね!」

「フフ……。そっか、やっぱりキーお兄ちゃんはそうだよね。うふふ、ほら、早く本物の美澄を捕まえてよ。こっちだよ~」


 少しばかり意味不明の質問をしてきた美澄ちゃんだったが、俺の答えをどう捉えたのだろうか。一瞬わずかに薄い笑みを浮かべたかと思うと、気付いた時にはいつもの無邪気な笑顔へと戻っている。

 俺は少しばかり痛むおでこをさすりながら、美澄ちゃんの方へと向かう。とはいえ、いろんな方向にいろんな角度で、いろんな美澄ちゃんがいるのだ。少しばかり妙な気分になる。

 昼飯を終えた俺達はといえば、全面鏡張りのミラーハウスの中にいた。

 乗り物を避けたのは、昼飯後に絶叫マシンに乗せたら今度こそ俺がリバースしかねないという、美澄ちゃんなりの配慮なのだろう。

 食べさせあいっこで、冷たいソフトクリームを食べながら冷汗をかくという貴重な体験を味わった俺だったが、意外に周りはこの不釣り合いなカップルなど気にしていないようだった。むしろ俺たちの存在など、この非日常世界ではたんなる背景の一部くらいにしか思っていないのかもしれない。

 

「ま、待って美澄ちゃん。そ、その、あんまり飛び跳ねない方が……」


 駆けて行く美澄ちゃんを追いかけようとするが、なにぶん鏡に自分たちの姿が乱反射し、平衡感覚までおかしくなる。おかげでのそりのそりとしか進めないし、下手したら絶叫マシンにも乗っていないのに吐くんじゃないかと思う

 だが、俺には何としても美澄ちゃんを止めなければならない理由がある。その理由とは……。

 

「み、美澄ちゃん。その……、パ……、し、下着が見えてるから、あんまり飛び跳ねちゃダメだって!」


 そう、俺の前を駆けて行く美澄ちゃんは、気合を入れてお洒落をしてきたのだろう。小中学生の女の子向けのファッション誌で紹介されるような服を着ており、足元は膝上までのソックスのようなものを履いている。

 膝上までのソックスと外見からでもわかる。それが何を意味するかといえば、当然の如くその上は、それ以上に露出しているということだ。

 もちろんそれが、ホットパンツのようなものなら何も問題はなかっただろう。だが美澄ちゃんの履いているものは、ホットパンツにも負けず劣らずの丈のミニスカートだったのだ。

 おかげで、美澄ちゃんが飛び跳ねるたびにミニスカートはヒラヒラと上下に揺れて、周りの鏡が白いパンツの数を何十倍にもして映し出す。

 しかもチラチラと見えるそれは、年齢の割に少しばかり大人びた感じの、小学生が穿くには少しばかり布面積の少ない、時期尚早なものだ。

 誤解ないように言っておくが、俺は少女が年齢ごとに穿くべきパンツに詳しいわけじゃないし、こだわりがあるわけでもない。あくまで勝手なイメージだ。

 だが、そんな大人びたパンツを穿く、大人びた美少女が何十人も。それは男ならば、誰しもが見惚れてしまう桃源郷のような光景で……じゃない!

 そもそも今のご時世、どこに少女を狙う変質者がいるかわかったものではないのだ。

 年端も行かない少女とソフトクリームの食べさせあいをしたり、ベンチで膝枕をされたり、一緒にお風呂に入ったり、あまつさえ肌に触れるのを夢見るけしからん変態だっているかもしれない。ここはやはり華澄さんから大切な娘さんを預かった身として、保護者代わりとしてきちんと子供を守らねば。

 うん……。なんだかどこかの政党ばりに自分に盛大なブーメランが突き刺さっている気がするが、きっと気のせいだろう……。

 

「うふふ、可愛いでしょ?今日はデートだから、お気に入りの勝負下着を履いてきたんだ」

「しょっ……!?いやいや、澄麗さんじゃないんだから、美澄ちゃんまで勝負なんかしなくていいから!そもそも勝負っていうのは……。そ、そう!男が意地を賭けてするもので、例えば亮太が俺に挑むような……」

「そういえば、澄麗姉からは勝負下着貰えなかったんでしょ?今日のデートが終わったら、美澄はちゃんと穿いてたのあげるからね。ホントは美澄自身をあげるのが一番いいんだけど、やっぱりまだそういうのは早いから……。だからその時が来るまで、美澄の代わりに大切に使ってね」

「いっ、いや、それはマズイから!那澄菜に殺されるから!!……って、使うってナニに!?なんの代わり!?みっ、美澄ちゃんをくれるってなに!?」


 小学生の発言に、しどろもどろになる俺がいた。これが勝負だったなら、一本を取られてあっさり負けている気がする……。

 だが、美澄ちゃんも俺をからかっただけなのだろう。すぐにスカートを押さえて下着を隠す。

 

「えへへ。キーお兄ちゃんたら真っ赤になっちゃって可愛い。心配しなくても、美澄はお兄ちゃん以外に見せるつもりはないから大丈夫だよ」

「いや、それはそれで困るんだけど……」


 まあ、風呂場で下着の中身も散々に見てるんだし、今さら感はあるが……。

 まるで澄麗さんのように俺をからかいながらも、美澄ちゃんは後ろ手を組んでその場に立ち止まっている。おそらく、なかなか追いつかない俺を待ってくれているのだろう。

 

「ほら、離れたら危ないんでしょ?手ぇ繋いでいこうよ」

「あ、ああ、そうだね」

 

 俺は鏡にぶつからないように、慎重に進んで行く。そして、目の前にいるのが本物の美澄ちゃんと確信して、手を差し出した時だった。

 

「……っ!?」


 急激な悪寒が体を貫く。それは、先ほど感じたものなど比較にならないくらい強大なものだ。


「きゃあっ!」


 瞬間、目の前の鏡一面に真っ黒な人の姿のようなものが映りこむ。さらには、まるで天地がひっくり返ったかのように、ぐるりと視界が反転するような感覚に襲われる。

 

『シネ、シネ、シネシネシネシネシネシネェェェェ!ハナレロハナレロハナレロハナレロ!ボクノボクノボクノボクノ!オカスオカスオカスオカス!』

 

 そして、まるで心の中に入り込んでくるかのような、かつて感じた気がするとても嫌な気配。さらに、聞こえるはずがないのに直接頭に響いてくる叫び声……。そうだ、この嫌な感覚は……。

 

「ぐうっ……、美澄ちゃんっ!!」


 朦朧とする意識の中で、慌てて美澄ちゃんの手を掴もうとする。だが、伸ばした手は虚しく空を切る。

 

「キーお兄ちゃぁぁぁん!!」


 目の前が真っ暗になり、美澄ちゃんの叫ぶ声を聞きながら、俺の意識は遠のいていった……。

本来はこの話が第一話だったのですが、前話を書き足しているうちにいつの間にか一話分の長さになってしまいました。いや、悪役ってなんだかんだ書きやすいし、面白いんですよ……。

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