31 クイーン オブ レジェンド 伝説再び!? もう一人のヒミコ その5
「貉……ですか?」
「なんだい、まさか知らないのかい?」
キョトンとした俺の顔を見て、フェンリルさんは露骨に呆れた顔をする。
「まったく最近の若いのときたら……。今どきの学校じゃ習わないのかい?」
「仕方ないよリルさん。いくらなんでも、題材が古すぎるし……」
「フン……。学校に関しちゃ、アタシらが言えた義理でもないけどね」
「そうだよ。真面目に学校に通ってるぶん、鬼一君のが偉いよね?」
「混ぜっ返すんじゃないよ狗巫女。そもそもどれだけ真面目に通おうが教科書と睨めっこしようが、実践できる知識が備わらなきゃ無意味さ。実際アタシは学校なんざ通いもでき……、しなかったけど、そこいらのサラリーマンなんか相手にならないくらい稼いでるよ」
「もう、リルさんったら……。たしかにお金は大事だけど、たくさん稼げば偉いってものじゃないでしょ?」
「フン!綺麗ごとを言ったって、最後にモノを言うのはそこさ。それに、どうせアンタのことだ。なんにも考えず、卒業さえできれば後は力仕事でもして日銭を稼ぎゃいいって、ヌボーっとしながら通ってたんだろ?」
「ちょっととリルさん!鬼一君に失礼だよ」
「いいんです狗巫女さん。まあ……、ぶっちゃけフェンリルさんの言うとおりですし……。正直に言えば、中学を出たら住み込みで働くつもりでした。ひょんなことから、今は想像もしていなかった生活をしてますが……」
「フン。自分を素直に客観視できるトコは褒めてやるよ。ったく、話は逸れちまったけど、貉ってのはホラ、『お前さんが見たのは……こぉんな顔かい?』ってヤツだよ。これならわかるだろ?」
芝居がかった口調とともに、フェンリルさんは自分の顔をツルリと撫でる。
だが、これだけされても無学な俺には何の意味かさっぱりだ。もしや猫が顔でも洗ってるんだろうか?それとも秘密子ならば、今の会話からでもすぐに意味がわかるんだろうか?
「それこそわかんないんじゃ……。それに最近の若いのって……、リルさんだって十分若いでしょ?」
「ハッ!大きなお世話だよ。だいたアタシはもうアラサーだよ!」
「えっ!?」
「…………なんだいアンタ。なんか言いたいことでもあんのかい?ハン!どうせ年の割には随分老けて見えるってんだろ?フン、そんなセリフは昔から聞き飽きてんだよ。アンタ高校の1年生だっけ?そりゃあ倍近く歳食ってんだ。そっから見りゃあ、十分にババアだろうさ」
「いっ、いえ、そんなこと思ってませんよ!むしろ……」
フェンリルさんはそんなことを言うが、むしろ逆だ。どう見たって20台前半から中盤くらいにしか見えないし、狗巫女さんと同じ歳と言われても納得できる。
本人は老けて見られるなどと言うが、それはおそらくその態度や格好から来るものだろう。
この人の態度は昔から変わらない……。なぜだか容易に想像がつくし、若い時分からこんな感じでは、良くも悪くも随分と大人に見られても仕方ないだろう。
もっとも、おだてに乗るような人でもないだろうし、わざわざ若く見えるなどと言うこともないだろうが。
「まったく、話が逸れちまったじゃないかい。二度は言わないから、今度は混ぜっ返すんじゃないよ!」
☆ ☆ ☆
「なるほど。商店街に出没する、無銭飲食の犯人を捕まえる……ですか」
事件のあらましを聞いた俺は、少々拍子抜けしていた。
俺の中で探偵と言えば、ガキの頃に見ていた漫画やアニメのように誘拐事件や殺人事件を颯爽と解決したり、子供にされて謎の組織と対決したり、駅の伝言板で秘密のアルファベットのメッセージで美女の依頼を受けたり、時には銃を撃ち合い巨大な悪の組織と戦うなんてイメージがあったからだ。
もちろんそんなことがそうそうあるわけはないだろうし、実際の仕事は人探しや浮気調査がほとんどだとも聞いたこともある。それに、いくらなんでも銃を持った探偵なんてこの国にいるはずがないのもわかっている。そもそもそんなモノを持ってたら銃刀法違反だろう。ただ、探偵と聞いて年相応の男らしく、少なからずワクワクしたのも事実だ。
「なんだい?素人の小僧のくせに、随分と不満そうだね」
「そっ、そんなことないですよ。ただちょっと、思ったよりも平和そうな事件だと言うか……」
「フン……。まあいいさ。ただ、十中八九犯人は貉だろうってだけだからね。そもそも黒狼探偵社は、まともな人間社会の仕組みじゃ解決できない案件専門だ。下手すりゃ相手はとんでもない化け物の可能性だってあるんだよ。アタシや狗巫女だって、この仕事で死にかけたことは一度や二度じゃないんだ。舐めてると命がいくつあっても足りゃあしないからね。気ぃ抜くんじゃないよ」
「は……、はい」
フェンリルさんの射貫くような目に、思わず唾を飲み込む。
その眼光は出会ったときにも感じたが、幾つもの本当の修羅場を潜ってきたと感じさせるものだ。
もしも相手が危険なアヤカシだった場合……。
そう考えると簡単そうに思えたこの依頼も、俺が思っている以上に危険なものなのかもしれない。
同時に、正直断った方がいいのかもという思いも浮かぶ。
「それと……、アタシが逃げろって言った場合は、どういう状況であろうと一目散にその場から逃げ出すこと。それから、アンタ自信がヤバいと判断した場合もだ。結果として藪の中から出てきたのが大蛇じゃなくミミズだったとしても、アタシはその判断を怒ることはしない。経験のないアンタじゃ、下手に考えるより本能からくるカンのほうが信用できるだろうしね。それが連れて行く条件だ、いいね?」
「え……?は、はい……」
一瞬、フェンリルさんの言葉の意味がわからなかった。この人の性格なら、死んでも役目を果たせと言いそうなものだが、さっさと逃げ出してもいいとは……。キョトンとする俺に、狗巫女さんが可笑しそうに笑う。
「ふふふ。リルさんはね、鬼一君の心配をしてるんだよ」
「う、うるさいね狗巫女!いざって時に、ド素人のコイツが足手まといにならないようにしてるんだよ!わけのわからない動きをされて、こっちにまでとばっちりが来たらたまったもんじゃないからね!」
「ふ~ん。そうなんだぁ」
ニヤニヤと笑う狗巫女さんの視線を受けたフェンリルさんは、先ほどまでとは違い妙にアタフタとしている。
「とっ、とにかくヤバイと感じた時は、アタシがどんな状況だろうが一目散に逃げるんだよ!んで……、向かいのボロビルの馬鹿猫に助けを求めな。いいかい?銀色の髪をした、アホ面で胸の辺りが真っ平な猫だよ!わかったかい?それじゃあ、この話は終いだよ!」
言い方はアレだが、少なくとも危険があった場合に、俺に危害がないようにしてくれようとしているのはわかった。なんというか、棘のある口調と違い、本当は面倒見のいい優しい人なのだろう。
向かいのオンボロビル云々はよくわからないが、ニマニマと笑う狗巫女さんを見るかぎりは、おかしなことでもないのだろう。
「やれやれ、狗巫女が馬鹿なコト言うから、調子が狂っちまったじゃないかい。さて、いいかげん作戦会議に入るよ」
☆ ☆ ☆
「内容はわかりました。でも、そんなに頻繁に無銭飲食を繰り返しているんなら、現れた時にすぐわかるはずじゃ……?」
「まったく……。ホントに無知だね。いいかい、貉ってのはいろんなモノに化けられるんだよ。人間以外にも他の動物や、時にはアヤカシだってね」
「あ……、なるほど。つまり、犯人は毎回別の人物や動物に……、時には知り合いに成りすまして……ってことですか」
「フン、見かけよりアタマは回るようだね。そういうことさ。地元の商店街っていっても、客は近所の連中ばかりってわけじゃないんだ。毎度違う人間に化けてこられたら、普通の人間じゃ簡単には見分けられないよ。少なくとも、貉はその程度には知恵のあるアヤカシってことさ。だけどここで問題なのは、その『知り合い』に成りすますこともできるってトコさ」
「問題……ですか?でも、誰の姿で犯行に及ぼうが、相手は貉だってわかってるわけだし、大して変わらないんじゃ……?」
「商店街は助け合いの精神で成り立っているし、互いに仲良くやってる。だけど、貉が頻繁に地元の人間に化けて悪さをし続けたら、どうなると思う?いずれはお互いに、疑心暗鬼の心が芽生えてくるだろうさ。こいつは本当に人間なのか、いや、下手すりゃ人間が貉のふりをして、自分を騙してるんじゃないかってね」
「まさか……」
「もちろん商店街の連中に、そんなことをするヤツはいないさ。だけど、この先も延々と貉に悪さを繰り返されて、被害が増えて行ったら?何かの拍子に、店の経営が傾き始めたら?どこかの家の息子は、どうしようもない不良で素行が悪いなんて噂が立ったら?」
「たしかに、ありえないことじゃ……」
「基本的に、商店街の人間同士ならツケはきく。ヤサも素性も知れてるんだから、金は後で持ってくるって言えばその場では疑いもしないさ。だが、いつまでたっても払いに来ない。業を煮やして聞いてみれば、何のことだか知らぬ存ぜぬとすっとぼけられたらどうだい?本当に貉の仕業なのか、はたまた悪意を持った人間の行為なのかわからないだろ?今は小さな火種でも、下手すりゃ商店街が内部から崩壊しかねない大火になりかねないのさ」
たしかにそうだ。
いくらみんなが仲良く協力し合っているとはいっても、基本的には他人の集合体なのだ。毎度出会う人全てを本物かどうか疑っていたら、やがて精神的にも疲弊してくるだろう。そしてその小さな綻びは、やがて大きな決壊を生むきっかけとなりかねない。
そして俺は、先ほどの話を思い出す。
「でも、10年前に捕まえたのと同じ犯人って言ってましたよね。なら、前に捕まえた方法があるはずじゃ……?」
「ああ、少しばかり知恵の回るアヤカシとはいえ、所詮はケダモノだからね。見つけるだけなら、商店街中に犬でも置いときゃ一発さ」
「だったら、今回もその手を使えばいいんじゃないですか?」
「さすがに今回は警戒してるだろうし、近付く前に気付かれちまうだろうね。そうなりゃ捕まえるまではいかないし、それにこっちも客商売だ。衛生上よろしくないだろうし、犬にちょっかい出した子供が噛まれでもしたら大問題だ。どっかの馬鹿探偵は、安易に犬を店先に繋いどいたけどね」
「たしかに……。食い逃げを追っ払ったはいいけど、評判が落ちてお客さんまで来なくなったら本末転倒ですからね」
「そういうこと。そこでアタシらの出番ってわけさ。アタシらは犬のアヤカシ、つまりはこの鼻で簡単に見分けがつくってことさ。ま、この姿のままでも貉程度の小物なんぞ、どうとでもなるさ」
この姿……。俺はその言葉にドキリとする。
やはりフェンリルさんたちも、アヤカシとしての本来の姿を持っているのだろうか……。
そのことについてどう思っているか聞きたいとも思うが、余計なことを聞いて気分を害してしまうかもしれない。
幸いにも、二人とも俺のそんな態度に気付くことはなかったようだ。
「それじゃあ、作戦としてはフェンリルさんが見つけて俺が捕まえる……ってことですか?」
「ハッ、それが理想だろうけど、アンタの図体じゃ難しいだろうね。力はともかくとして、動きはトロそうだしね」
「はわわっ!リ、リルさん、さすがに失礼じゃ……」
「いえ、狗巫女さん。たしかに俺は力はあると思いますが、素早さに自信はありませんから」
「フン、さっきのことといい、自分の力量を冷静に見られるのは褒めてやるよ。とはいえ、戦力として連れて行くんだから、相応の働きはしてもらうよ」
「もちろんそのつもりです」
「フン。いいかい?この仕事は、単純な身体能力以上に頭を使うのが重要なんだ。彼を知り己を知る……。昔の異国の偉いヤツの言葉らしいけどね。ま、本当に言ったかどうかの真実は置いとくよ。勝てば官軍負ければナントカで、伝説なんざ後世でいくらでも作り出せるからね。それに、歴史上の事実ってやつがいかにアテならないかってことも……。まったく、こんな身近に神仙や大妖が存在してたおかげで、それを身をもって知ることになるとはね……」
「は?新鮮……?大洋?刺身かなにかですか?」
「ああ、なんでもない、こっちのことさ。だけど、誰が言ったかはともかく内容はそのとおりだよ。段取り8割、つまりは事前の作戦や準備を怠らないことで、8割がた成功は決まってるってことさ」
「はい。それはなんとなくわかります。柔道の試合だって、見知らぬ相手なら事前の情報収集は重要ですし。力押しだけじゃあ、どこかで落とし穴にハマる可能性も大きくなりますから」
「フン……。若いくせにわかってるじゃないか。狗巫女がいりゃあ、吠え声で動きを止めて一発なんだけどね。今回はしょうがないさ。商店街が潰れようが連中が飢えて死のうが、まずは緋光子の世話が最優先だからね」
どこまでが本心なのだろうか……。恐ろしいことをサラッと言うフェンリルさんだったが、これまでの発言や緋光子ちゃんへの溺愛ぶりを見るかぎりは、割と本気なのだろう。最初に出会った時の攻撃だって、俺が死んでも構わないくらいの勢いだったし……。
商店街の皆が野垂れ死にしないためにも、俺が頑張らねば……
「とにかく、まずはアタシが獲物を嗅ぎ当てる。そしたら。アンタは徐々に追い詰めてくんだ。そして最後はアタシが仕留める、この流れだよ」
「はい」
「それから、貉ってのはいろんなモノに化けられるけど、能力まで変わるわけじゃない。どれだけデカくなろうが力はそのままだし、鳥になろうが空を飛べるわけでもない。それに人間になろうが、賢くなるわけでもないのさ。要するに、力もおツムもアンタ以下ってことさ。あるのは小動物特有の素早さだけだ。だからこそ、捕まえるには知恵を使うのが重要なんだよ」
「わっ、わかりました」
「……。ホントに大丈夫かねぇ……?」
「だ、大丈夫だよリルさん。鬼一君なら、きっとうまく捕まえてくれるよ」
「まあ、狗巫女が行けない以上仕方ないか……」
イマイチ信用しきれないという顔をしながら、フェンリルさんはため息を吐く。
「よし、覚悟は決まったね!んじゃ行くよ!!」
「はっ、はい!!」
「頑張ってね、鬼一君」
「ちぃち、いってやっしゃーい!」
にこやかに手を振る二人に見送られ、俺はフェンリルさんとともに貉退治へと向かったのだった。
貉……。ネタの使い回し……ではありません!ええ、そのはずです。キャラクターの懐かしさを際立たせるという意味で……。




