表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/77

3 熱血脳筋野郎『亮太』&ギャル先生『リサリサ』

赤神(あかがみ) 亮太(りょうた)


 ガキの頃からの腐れ縁であり、俺の数少ない友人……、いや、唯一の親友といってもいいだろう。

 こいつとの出会いを話せば、少し長くなる。いや、そもそも出会いは最悪とは言わないが、そんなにいいものじゃなかった。

 当然だが、アヤカシの中でも秘密子のような一見人間と変わらないような女の子はともかく、俺のようないかにも化け物でございといったガキは、子供の群れの中でも敬遠される。

 そりゃあそうだろう。大江山の酒呑童子然り、鬼ヶ島の鬼たち然り、ガキが聞く昔話に出てくる鬼は、たいてい残虐な悪役だ。

 良いヤツは……、泣いた赤鬼くらいだろうか?

 そんな外堀に加えて、ましてや小学2年生で、身長は160センチを超えていたのだ。

 もちろん、垣根を作らず俺に声をかけてくれる奴らはいたが、どうやったって対等に遊べるはずがない。

 ドッヂボールをすれば力加減がわからず泣かせてしまうし、テレビゲームに誘ってもらえば、興奮した拍子にコントローラーにヒビを入れてしまう。

 そんなことを繰り返すうちに、初めは俺と遊んでくれていた奴らもだんだんと離れていった。

 いや、違うな……。気を遣うのに疲れた俺が、自分から離れたのか……。

 今思えば、わかったふうなフリをする、可愛くないガキだったのだろう。

 施設の中に同年代の男がいなかったこともあり、いつしか一人で過ごすことが多くなっていった。

 ただ、秘密子だけはそんな俺を避けることもなく、憎まれ口を叩きながらもいつも後ろをついてきたのだが……。

 そんな日々が続いていた頃、施設の先生から勧められたのが柔道だった。もっとも、深い考えがあってのことではないと思う。

 柔道ならデカい奴はいるだろうし、なんだったら上級生に相手をしてもらえる。それに俺みたいな奴は、運動で発散させたほうがいい。そんなふうに思った程度だろう。

 たしかに、上級生には身長で釣り合う奴もいた。

 だが、いかんせん体の作りが違いすぎた。

 すでに筋肉の塊であった俺に対し、相手はどんなに背が高かろうが小学生だ。体格の違いはあからさまであったし、柔道に対しそれほどガチな奴もいなかったのだろう。


『先生、法眼君とは組みたくありません』

『アイツ、ズリぃよな。鬼に勝てるわけねーじゃん』

『大会にも出られないくせに、なにマジになってんだろうな』

『ホントは勝てないわけじゃないけどな。でも、わざと負けてやってるんだよ。だって、恨まれて食われちゃうかもしれないじゃん」


 ガキってのは純粋な分、正直で残酷だ。心の声をそのまま出す奴もいたし、内心思っていることが表情にダダ洩れの奴もいた。いや、ほとんどがそうだったと言っていいだろう。

 だが、アイツらの言うことももっともだ。

 人間でない俺は、公式の大会には出られない。それは当然だろう。

 当事者でもないのに、そういったことをヒステリックに騒ぎ立てる『人権派』とかいう人間もいた。だが、当の本人であるはずの俺は、ガキながらに何を言っているんだろうと冷めた目で見ていた。

 それはそうだろう。そもそもそれらは人間が己の体ひとつで戦い、1番を決める大会だと謳っているのだ。

 それをすべてを平等にするからと言って、後からルールを捻じ曲げる方がどうかと思う。

 ならば全てを平等にするために、100メートル走にチーターやサラブレッドが出てきて競技が成り立つのか。重量挙げにマウンテンゴリラが出てきたら、棒高跳びに翼を持つモノがでてきたら、そんな相手にかなう人間がいるのか。反対に、競馬に人間が出走して勝負になるのか、答えは『No』だ。

 世の中にはいろんな考えがあるだろうが、前にも言ったとおり俺自身はそれは差別ではなく、区別だと思っている。物事をなるべく平等に、円滑に進めるための。

 やっぱり、ひねて冷めたガキだったのだろう。

 だからいつしか、子供心にも本気を出しても人を傷つけるだけだと思い、適当に手を抜いていればいいと思っていた。

 そんな時に出会ったのが、アイツだった。

 その日も、いつものように相手に怪我をさせないことを考えながら、適当に稽古をしている『フリ』をしていた。

 

「おいお前、今わざと負けただろ!ふざけんなよ、真剣に勝負しろよ!」


 ある日の稽古で、そいつは突然突っかかってきた。

 同じ学年のそいつは、確かにほかの奴より体格は良かった。だが、しょせんは小学校低学年の体だ。俺とは比べ物にならない。

 

「おい、聞いてんのか!勝負ってのは真剣にやるもんだ!!」

 

 初めは何を言っているんだろうと思っていたが、あまりのしつこさに本気で投げてやった。

 当然のごとく、そいつは面白いように宙を舞い、畳に叩きつけられる。

 慌てて駆け寄る先生を横目に見ながら、これで泣き出し、次からは俺に関わらないだろうと思いホッとしていた。

 そいつは泣き出しこそしなかったが、唖然とした表情で天井を見上げたまま、しばらく起き上がれないようだった。

 少しばかり根性がありそうなところが気にはなったが、どちらにせよ俺に関わることはなくなるだろう。そう思ったまま、その日の稽古を終えた。胸にわずかな寂しさを感じながらだが……。

 けれど、そいつは違った。


「おいお前、もう一回勝負だ!」


 次の稽古では、顔を合わせるなり突っかかってきた。だが、当然のごとく俺に投げ飛ばされる。

 

「おいお前、今日こそは勝つからな!」


 そして投げられる。

 

「おいお前、今度こそ勝つからな!」


 さらに投げられる。


「おいお前、今日は新しい技を覚えてきたんだ。これなら勝てるぞ!」


 今日も投げられる。


「おい法眼、一緒に乱取りしようぜ。負けねーからな」


 またしても投げられる。


「おい法眼、お前夏休みの宿題やり終わったか?やばいよ、俺まだ国語の3ページくらいしか進めてないよ……。なあ、終わってんなら写させてくれよ」


 心配顔をしている間に投げられる。


「おい法眼、あの鬼ノ元さんって子、めっちゃ可愛いよな。なあ、お前の友達で一緒に住んでるんだろ?普段どんな話してんだよ。パケモンとか好きかな。よ、よかったら俺のパケモンカードあげるけど……って、言ってみてくれないかな?」


 腑抜けた顔をしている間に投げられる。


「おい鬼一、帰りにアイス買っていこうぜ。パッキンできるヤツ買うから、半分やるよ」


 いつしか俺たちは、友達になっていた……。

 

☆ ☆ ☆

 

「ふーん。就職っすかー」


 放課後に職員室で突っ立っている俺の前には、椅子に座り足を組みながら、俺の書いた進路調査票を眺める女の人がいた。短いスカートの隙間からは、下手をしたら下着が見えそうである。

 もちろん、見たいなんて少しも……、いや、そこそこにしか思っていないし、覗いたりはしないけどな。

 話は逸れたが、当然知らない人じゃない。俺のクラスの担任である、『青樹(あおき) 理依紗(りいさ)』先生だ。

 だが、青樹先生などと呼ぶ生徒はほとんどいない。たいていはリサリサ先生、もっとひどい生徒は、リーサちゃんなんて呼んでいる。

 もっとも、本人は学生時代からのあだ名であるその呼び名が気に入っているようで、まんざらでもないようである。

 明るい茶髪をカールさせ、教師にしては少々派手な化粧と服装。古参の教師やPTAからクレームが来そうな恰好をしているが、不思議とそういう話は聞いたことがない。なんていうか、何をしても笑って許してもらえる、そんな雰囲気のする人なのだ。

 もっとも、数年前に父親がこの学校を含むグループの理事長になったらしく、それを恐れて口に出さないという噂もあるのだが……。

 

「いけませんか?」

「んー、君の人生は君の物だから、いけないことはないっすけどね~。あ、この場合は人生じゃなくて『鬼生』とでも言うんすかね……?」


 悩んでいるのかどうなのか、よくわからないセリフと表情で用紙を見つめるリサリサ先生の横を、何人かの男性教師が通り過ぎていく。

 

『リサリサ先生、お疲れ様です』

『それじゃあお先に、リーサくん』

『お疲れ様でした青樹先生。あ、あの、今度飲みにでも行きませんか?』


 なかには、目の前に出口があるのにも関わらず、大回りをしてこちらを通っていく先生もいる。恋愛事に鈍い俺でもわかるが、そういうことなのだろう。

 俺はなんとなく先生の顔を見る。年齢は20台中盤を過ぎているはずだが、見た目はハタチそこそこと言ってもいいだろう。。

 顔立ちはもちろん美人だと思うが、それ以上に明るく人に好かれるキャラクターで、教師はおろか生徒の中にも狙っているものは大勢いると聞く。

 女生徒の噂によれば、恋人はいないらしい。その噂が、さらに男どもの期待感を膨らませているのだろう。

 一説によれば、学生の頃に好きだった男のことが忘れられず、未だに恋人も作っていないそうだ。もちろん、ただの噂である。

 

「なに?もしかして君も、伝説の二人みたいになろうとしてんすか?」

「んなわけないでしょ。俺はスリル・ショック・サスペンスな人生を求めてるわけじゃないですし、ごく普通の職業に就職したいんですよ。てか、なんでそんなこと知ってるんですか?あれは施設での噂話なのに……」


『伝説の二人』


 俺の住む施設にかつて暮らしていたという、人狼と犬神の女性である。

 噂によれば、幼い頃に職員のほとんどを半殺しにして施設を飛び出し、密入国した海外のカジノで大金を稼いでこの国へと舞い戻り、それを元手に都会のオフィス街に探偵事務所を立ち上げたのだという。

 俺も一度だけ見たことがあるが、立派なビルに大きな看板を掲げ、たいそう羽振りがよさそうだった。

 向かいにある探偵社は、今にも崩れそうなオンボロビルに、まるでラーメン屋のような看板を掲げていたというのに……。

 さらには、人狼の方は太古のフェンリル狼の末裔とも言われ、圧倒的な暴力で周りを支配するということだ。

 片や犬神の方はとんでもない巨乳を武器に、男どもをたぶらかし腑抜けにするらしい。

 もっとも、施設の職員も当時のことを知る者は少ない。いたとしても二人のことをあまり語りたがらないし、どこまでが本当かはわからない。俺自身のことを考えても噂……、特にアヤカシのものには、尾ひれが付いて広まるものだし。

 

「そのへんはちょっとね。それよりその噂、なんでそんな話になっちゃってんすかねぇ?そんなんじゃないのになぁ……。ま、リルさんなら気にしないだろうしいいか。クミちゃんには……、黙っといたほうがよさそうっすね。聞いたらショックで2、3日落ち込みそうだし。それよりも、レディの過去を詮索するのは野暮ってもんすよ」

「はあ……?すみません……」

「とはいえ、黒狼探偵社(あそこ)はクミちゃんが子育てで忙しいし、法眼くんなら年の割に老成してるから、突進型のリルさんと組めば相性いいと思ったんすけどねぇ。なんだったら落としちゃってくれれば、もしもセンセーが離婚した時のライバルも減るし、一石二鳥……。でも、安定した将来を求めるなら残念ながら紹介は……」


 リサリサ先生は、何やらブツブツとつぶやいている。

 伝説の二人について、何かを知っているような物言いが気にはなったが、職員室というのはあまり長居したい場所ではない。男性教師陣からの、妙に敵意の籠った視線も気になる。それに、早く部活に顔を出さなければ、亮太がしびれを切らしているだろう。

 

「そんなわけなんで、求人の募集があったらお願いします」

「はいはい、オッケーっすよ。けど、一つ約束してほしいっす。就職希望だからって、勉強をおろそかにしないようにね」

「そりゃあ、まだテストとかもありますし、もちろん勉強はしますけど……」

「そうじゃなくて、人生にはいろいろな転機ってのがあってね……。まあ、これはいいか。とにかく、この一週間くらいで君の人生に大きく関わる転機が訪れるはずだから、どう転んでもいいように準備しとけってことっす」

「はい?なんですか、その占いみたいなのは……」

「はいはい、話は終わりっす。ほれ、行った行った。先生ってのは忙しいんすよ。まったく、たいして残業代も付かないのに、部活だ会議だ研修だって時間ばっかり取られて……。あ~、早く寿退職したいっす!」


 その言葉を聞いた瞬間、男性教師陣の瞳がギラリと光ったように見えたのは、気のせいではないだろう。

 俺を追い出すように手のひらを振るリサリサ先生に、釈然としないものを感じながらも、俺は柔道部の部室へと向かったのだった。

わかる方にはわかる、わからない方(おそらく読んでいただいた方の98%以上?)にはわからない、懐かしいキャラクターの登場です。興味のある方は、『猫猫飯店怪異事件顛末記』をお読みください(宣伝)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ