29 クイーン オブ レジェンド 伝説再び!? もう一人のヒミコ その3
「ひ、秘密子!?……って、偶然……だよな」
一瞬、秘密子が何かの拍子に幼児化したのかという漫画のような展開が頭に浮かぶが、すぐに振り払う。
そりゃあそうだろう。目の前にいる女の子は、秘密子とは似ても似つかぬ外見だし種族も違う。珍しい名前だけど、同じ名前だって世の中にいないわけじゃないだろう。
しかし、どうしたものか……。
少しばかり迷うが、周りを見回しても親らしい人はいない。いくら何でも見捨ててこの場を離れるわけにもいかないだろう。
おまけに、ニコニコしながら俺の服を引っ張っており、なんだか妙に懐かれてる気もする……。
「えっと……。ひみこ……ちゃんは、誰と一緒にここまで来たのかな?」
「ん~とね、ままとねーちゃん!」
「そっか……。で、ママとお姉ちゃんはどこにいるのかな?」
「んー……、まいごなった!」
「ああ、ひみこちゃんが迷子になっちゃったわけだね」
「ちがう!ままたちまいご!」
「へ、へー……。ママとお姉ちゃんが迷子になっちゃったのか……」
「うん!」
「ママの電話番号とかは……、知らないだろうなぁ。そうだ、どっかに連絡先のメモが……。いや、体を触るのはマズいよな」
どちらが迷子になったのかはともかく、この際仕方ないだろう。バイト探しは一時中断し、交番へと行くしかないか。
「しょうがない。んじゃ、お巡りさんのとこに行って、ママたちを探してもらおうな」
「かたぐーま!」
「へ!?」
一瞬何を言われたのかわからなかったが、俺に向かい両手を差し出す仕草にピンとくる。もっとガキの頃は、施設のチビどもも同じようなことをしてたっけ。
「ああ、肩車か」
「うん!」
「しょうがないな……。ほれ」
小さな体を持ち上げ、俺の肩に乗せてやる。あまりに警戒心がないのもどうかと思うが、泣かれるよりはマシだろう。
「きゃははは。たか~い!いけ~!」
「ちょっ、角は……。まあいいか……」
俺の頭の上の角をまるでハンドルのように握りご機嫌の様子だし、ロボットにでもなった気分だ。
「それじゃ、行くぞ」
そして俺たちは、交番へと向かったのだったが……。
☆ ☆ ☆
「まいったなぁ……。どこだよここ……?」
気付けば、俺は見知らぬ場所に立ち尽くしていた。
少し前まで大はしゃぎしていた頭上の女の子は、疲れてしまったのか、角を握りしめたまま眠ってしまったようだ。
それは、数十分前のことだった。
「あっち~!あっちいくの~!」
「いや、交番はこっちだから……、痛ててて!わ、わかった!わかったから、角を引っ張らないでね」
あれから真っ直ぐ交番へと向かおうとしたが、そうは問屋が卸さない。どこか行きたい所でもあるのか、はたまた俺を操縦して遊びたいだけのか、自分の行きたい方向へと角を傾けようとするのだ。
無理に連れて行って泣かれても厄介だし、歩いているうちに親が見つかるかもしれない。
仕方なしに言われるがままに歩き回っていたが、気付けば見たことのない場所に立っていた。
周りを見渡せばオフィス街のようだが、運が良いのか悪いのか、周りに歩いている人は見かけない。時間帯が悪いせいかもしれないし、しばらく待てば誰かしら見つかるだろう。
「さて……。そろそろ起きてくれよ、ひみこちゃ……、んをっっっ!?」
それは、頭の上で寝息を立てるひみこちゃんを抱えなおそうとした時だった。
ゾクリする感触と、俺に向かい真っ直ぐに伸びてくる何かを感じ、慌ててその場から飛び下がる。
「なっ!?」
たった今俺がいた場所に突き出されたもの、それは鋭く尖った爪であった。
躊躇なく突き出されたそれは、もしも避けなければ、俺の腹に風穴が開いていたかもしれない勢いだった。
「アンタ……。何してんだい?その子をこっちに寄こしな!!」
声の方を見れば、爛々と光る眼でこちらを見る若い女が立っている。
年の頃は20台前半から中盤くらいだろうか。背中までストレートに伸びた漆黒の黒髪と健康的な褐色の肌が特徴的な、華澄さんとタイプは違えど、間違いなく美女と言っていい女性だった。
こちらを睨みつける吊り上がった瞳は濃い藍色をしており、大きく開いた胸元と体にピッタリと張り付くような服は、グラマラスな体型を引き立てている。
だが、何より特徴的なのは、やはり彼女も人でないことを伺わせる、頭上に生えた鋭く上を向いた小ぶりの耳と、尾てい骨のあたりから生えた大きな尻尾である。
一瞬、ひみこちゃんの母親かとも思ったが、耳と尻尾の特徴が少しばかり違う。ひみこちゃんが犬の特徴を持つならば、彼女は狼というところか。
もちろん、父親が犬のアヤカシの可能性はあるだろう。だが、相手が誰かもわからないうちに、この子を渡すわけにもいかない。それに、さっきの一撃には躊躇がなかった。下手をしたら、ひみこちゃんも巻き込まれ怪我をしていたかもしれないのに……。
まさかとは思うが、この子を狙う誘拐犯の可能性だってないわけじゃないのだ。
それにこの目……。
明らかに敵意を持って俺を見ているし、見ているだけでゾクリとする。それは秘密子や那澄菜が俺を睨むのとは違う、本当の殺意の籠った目だ。
「まっ……、待ってください!もしかしてこの子の母親ですか?この子を渡す理由を教えてください」
「ハッ!答える義理はないね。いいからさっさと渡しな!!」
「…………。お断りします。答えられない以上は、あなたがこの子にとって信用できる人かどうかもわかりませんから」
我ながら馬鹿なことを言っていると思う。彼女がこの子のことを知っている以上、無関係なのはむしろ俺の方だ。
だが、少なくとも親とはぐれたひみこちゃんは俺を頼ってきた。だったら、間違いなく身内だと証明できる人に預けるまで守ってやるだけだ。
「…………。ハン!ガキのくせに言うじゃないか。だったら力ずくってわけかい。上等だよ、鬼だからって調子に乗るんじゃないよ!だけどいいかい、もしもその子に傷一つでも付けようもんなら……」
言うが早いか、狼の女性は姿勢を低くし戦闘態勢を取る。
その姿と射殺すような目を見た俺の本能が、これは確実にヤバい状況だと警鐘を鳴らす。
少なくともこの人が出す気配は、那澄菜にちょっかいを出してきたチンピラどものような生温さではない。おそらくだが、本当に生き死にを懸けた世界で生きてきたのでは……。
平凡な世界の経験しかない俺ですら、何か危険なものを感じる、そんな類のものだ。
ザワザワと蠢く気配とともに、目の前の女性の体からは殺気がほとばしる。それを受け、俺はひみこちゃんに危害が及ばないようにしっかりと抱えなおす。
まともに戦ったらおそらく勝てないだろう。それに、ひみこちゃんを抱えたままでは圧倒的に不利だ。
ならばどうする?全力で逃げるか?
ダメだ。相手は狼、脚力では圧倒的に不利だ。それに助けを呼ぼうにも周りには誰もいない。いや、相手の力量を考えれば、下手に助けなど呼べば周りに危害が及ぶ危険もある。
ならば……。
俺は覚悟を決める。少なくとも助かる可能性が上がる以上は、これしか方法がない。
気合を入れ、全身を膨れ上がらせようとしたその時……。
「はわわっ!!まま……、待ってくださいリルさぁぁぁん!その人は……、その人は違うんですぅぅぅ!!」
突如として間の抜けたような声が聞こえたかと思うと、目の前に巨大な胸の塊が揺れながら走ってきた……。
いや、当然のごとく胸が走るわけがない。正確には巨大な胸を持った女性が、それをぶるんぶるんと揺らしながら駆け込んできたのだ。
「狗巫女!?なに言ってんだい。こいつは緋光子を誘拐しようとしたのかもしれないんだよ!しかも鬼のアヤカシだ、もしかしたら喰うつもりだったのかも!」
「は……、はぁ!?そんなわけないでしょ!俺は子供なんか……、いや、そもそも人やアヤカシなんて食べませんよ!」
とんでもない誤解をされていたようだが、どうやら俺が疑われていた理由はわかった。だが、これでようやく誤解も解けて……。
「ハン!わかるもんか。喰うつもりはなかったかもしれないが、誘拐して悪戯しようって気だったかもしれないじゃないか。なんせ緋光子は、世界一可愛いんだからね!それにコイツの顔、いかにも女に飢えた童貞野郎って感じじゃないか。大人の女に相手にされずに、幼女を狙ったのかもしれないだろ!?」
「ちょ、ちょっとリルさん!失礼だよ。そりゃあちょっとは……。はわっ!ご、ごめんなさい!」
「…………いえ……」
なんだろう。事実を否定するつもりはないが、ちょっぴり涙が浮かんできた。いや、もちろん事実ってのはチェリーボーイの部分だけだが……。
「はわわ……。そそ、そんなこと思ってないからね。それに、この子のほうから君にちょっかい出したんでしょ?それを面倒見てくれてたって……。探してるときに見た人から聞いたから。それにほら、リルさんと喧嘩になりそうになった時、この子が落ちないようにしっかり抱えなおして、守ってくれようとしてたでしょ?そんな優しい人が、誘拐なんてするわけないもんね」
その言葉に、俺の誤解も解けたようでホッとする。
だが、それと同時にあることに気付く。後から駆け込んできた随分と胸の大きい女性は、ひみこちゃんと同じ耳と尾を持っている。それに、よく似た無邪気で可愛らしい顔立ち。ひょっとして……。
「ん~……」
その時、俺の頭上でもぞもぞと動く気配がする。この騒ぎでひみこちゃんが目を覚ましたのだろう。そして……。
「あ~、おかえり~!まま~、ね~ちゃ~ん」
ニコニコしながら、予想通りの言葉を発したのだった。
猫猫飯店のエンディングでは生まれたての緋光子でしたが、それから数年経った世界です。




