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26 鬼ノ元秘密子の陰謀

「ふ~ん、なるほどねぇ。それで二人が今頃ホテルでセックスしてるのかと、気になって仕方ないってわけね」

「セ……!?セッ……って……、わた……、ぼ、僕はそんなんじゃ……」

「あら、お子様向けにエッチとでも誤魔化したほうが良かった?」

「くっ……!べ、別にセ……、セッ……スするくらい、鬼一の自由さ!僕が気にすることじゃないし!」


 自分で相談を持ち掛けたくせに、私は腹を立てていた。

 私が期待していたのは、無条件に味方になって、慰めてくれる言葉だ。それなのに……。

 今の私は傷付いているんだ。なのになぜ、雪姉は傷口に塩を塗るようなことを言うんだろう。自分がモテるからって、私を見下すようなことを言うなんて。

 

「それに、女がみんな雪姉みたいに男に媚びて生きてるわけじゃない!僕には僕の生き方がある。誰もが雪姉みたいに、刹那的な快楽に溺れて生きてるわけじゃないんだ!」

 

 気付けば、口からは雪姉を罵倒する言葉が出ていた。

 やっぱり、こんな女に相談したのが間違いだったのだ。こんな淫乱女に……。さっさと部屋から出て行ってもらおう。そう思った矢先だった。

 

「なら、アンタは自分に正直に生きてるの?アンタの生き方で、本当に欲しいものが手に入るの?今を正直に生きなかったせいで、一生後悔する……。それが秘密子の望む幸せなの?」

「っ…………!」

 

 私は反論することができなかった。

 もちろん、その言葉の全てが正しいからと思ったわけではない。世の中は、我がままを言った者が正しいわけじゃない。周りの人間の幸せを考え、一歩引くことだって大切なことなんだ。

 だけど、反論できなかった理由……。それは雪姉の目を見てしまったからだ。

 赤々と燃えるそれはけっして、お子様である私を見下したり、馬鹿にしたりするものではなかった。家族として、一人の女として、私のことを対等に見据える厳しくも優しいまなざしであったからだ。

 

「その……、少し言い過ぎた。ごめんなさい。雪姉の言うことはもっともだってわかるの。でも、僕にはまだこの気持ちがそういうものだって確信が持てないし、そうだったとしてもまだ勇気が……」


 少しばかりモヤモヤするものはあるが、雪姉が私をからかっているわけではないことはわかる。意地を張っても仕方ないと思った私は、素直に謝ることにした。

 

「別にいいわよ。ちょっとばかり意地悪を言ったのはこっちだし、()を虐めて楽しむ趣味もないしね。それにアタシは、見ず知らずの女よりも少なくともアンタの味方ではあるからね」

「うん……、ありがとう。でも、やっぱり今頃……」


 うつむく私の頭に、雪姉はそっと手を置いた。いつもは少しばかり冷んやりとしたはずのその手は、なぜかほのかに温かく思える。

 

「ま、話を聞く限りじゃ大丈夫でしょ。そういうタイプの女って誰にでも愛想はいいくせに、最後は強引に押してくるような男じゃないと、なかなか積極的には行けないのが多いしね。一緒に住んでる以上はいろいろと遠慮もあるでしょうし、なによりあの野暮天の鬼一がそんなことできるとは思えないわ」


 そう言うと、雪姉は軽く笑う。その顔を見ていると、確かにあの鬼一がそんなことをできるはずがない、いや、するはずがないという安心感が芽生える。

 

「でも、あのくらいの男の子はヤリたい盛りだからねぇ。いくらお堅い鬼一といえど、下のほう(・・・・)お固く(・・・)しちゃったら、我慢できずに襲い掛かっちゃう……、な~んてこともあるかしらね」

「ゆっ、雪姉!どど……、どっちなのさ!?」

「うふふふ、冗談冗談。でも、アンタもいい女を目指すんなら、浮気の一つくらい許してやらなきゃ。女遊びは男の甲斐性くらいに思って、それでも相手を引き付けるほど自分を磨くのも大事よ」

「うっ、浮気がいいわけないでしょ!僕は一途な人のほうがいいよ。……でも、自分を磨くってのは納得できるかも……。その、雪姉は男の人にすごくモテるけど、具体的にはどういう自分磨きをしてるの?」


 そうだ。男の人にモテモテの雪姉ならば、何かいいヒントを得られるかもしれない。もちろん、私が鬼一と付き合うためとかではなくて……。


「一番いいのは……。そうねぇ、やっぱりベッドの上での技術を磨くことかしら。カラダの相性ってすごく大事だし、アンタの体以外じゃ満足できないってくらい骨抜きにしちゃうことね。なんだったら、アタシがイチから仕込んであげよっか?鬼一みたいなウブな童貞君なら、毎日のようにアンタを求めてくるくらいにはできるかもよ。あ……。でもあの子、相当に大きいと思うから、初めてはちょっと覚悟がいるかもね」

「なっ……!?そんなことできるわけないでしょ!べべ、別に僕は鬼一とセ……、エッチしたいってわけじゃ……」

「でも、遅かれ早かれ誰でも通る道よ。アンタだって、一生独身のアイアンメイデンを貫くつもりもないんでしょ?」

「そっ、それはそうだけど……。で、でも、そういうのはもっと大人になってからと言うか……」


 とんでもないことを言いだした雪姉だったが、半分冗談だったのだろう。ちょっとばかりニヤニヤと笑っているのを見て、それに気付く。

 けれど……。もし私が頷いたら、いったいどうするつもりだったのだろう。教えるって、まさか女同士で……。

 頭の中に一瞬だが、百合の花が咲き乱れる背景の前で、ベッドで見つめあう私と雪姉の姿が浮かぶ。そして二人は唇を重ね……。

 まるで官能小説の一場面のような光景を想像し一瞬トリップしそうになるが、慌ててそれを振り払う。

 いや、誤解ないように言っておくが、私だって官能小説など読んだことは……、まあ、ほんのちょっぴりしかない。

 もちろん自分で買ったとかじゃなくて、中学の頃に本好きのクラスメートに無理矢理渡されただけで……。

 いっ、いや!興味はなかったんだけど、せっかく貸してもらった本を読まないのも失礼だし、借りた以上感想とかも聞かせてあげなきゃいけないし……。

 それにほら!自分の興味ある分野だけを読んでいると視野が狭まると言うか、いろいろなジャンルを読むことで自分を成長させると言うか……。

 あ……、いや、その……。は、話は逸れたけど、そもそも鬼一のアレが大きいってどうして知ってるんだ?まさかコイツ、すでに鬼一と……。

 

「どうしたの?また怖い顔してるわよ?」


 その言葉に我に返り、慌てて何でもないと取り繕う。

 そうだ、確かに鬼一のモノは他の男の子と比べると、その……、すごく大きかった……と思う。

 誤解のないように言っておくが、見たのは一緒にお風呂に入っていた、小学校の低学年くらいが最後だ。

 当然だが、そのころはそんなモノ気にしていなかったし、ソレがどんな意味を持つものなのかも知らなかった。単純に、男の子はトイレが楽でうらやましいなぁって思ってたくらいで……。

 それにほかの男の子のを見たって言っても、そのくらいまでのことだ。せいぜい最近は、お風呂でカイやゲンの可愛らしいモノを見るくらいだ。

 

「ゆ、雪姉はどうして鬼一の、その……、ア、アレが大きいって知ってるの?」


 気付かぬうちに、少しばかり攻撃的な口調になっていたのかもしれない。雪姉は少しばかり苦笑いしながら答えてくれる。


「ああ、誤解しないでね。別に鬼一に興味があるとかじゃないわよ。あの子はあくまで家族、弟だしね。そもそも小さい時お風呂に入れてた頃から飛び抜けてたし、ほかにああいう体格や種族の男との経験からなんとなくわかるわよ。それに、少し前まではお風呂上りにパンツ一丁で歩き回ってたじゃない。一目瞭然よ」

「あのバカ……」

 

 たしかに鬼一は、数年前まで風呂上りにパンツ一枚で歩き回ってたっけ。さすがに私が叱り始めてからは、しなくなったが……。

 まあ、鬼一だけじゃなく、男の子はたいていそうだったんだけど。つまり雪姉はそれを全部チェックしてたって……こと?家族なのに?

 正直、その辺のことより『経験』ってヤツが気にはなったが、あまり深く追求しても、おそらく聞かされる内容は私にはハードすぎるだろう。


「とにかく、今のアンタの顔つきを見たら、どんな男だってこの家に帰ってくるのを躊躇しちゃうわよ。ちょっとのつもりで転がり込んだ愛人の家を本宅にされたくなかったら、本妻としてちゃんと居心地いいと思えるように迎えてあげなさい」

「ほ、本妻って…………。…………うん」

「ま、その気になったらいつでも言ってきなさい。みっちり仕込んであげるから。秘密子にそんなおもてなし(・・・・・)されたら、普段とのギャップできっと鬼一も喜ぶわよ。アンタは普段色気を前面に出してないし、そういったのを利用するのも一つの手よ。昼は健康的に、夜は娼婦のように……ってね」

「そ……、それは遠慮しておくよ……」


 さすがに私だって、そんなお出迎えをする勇気はない。それに、わざわざ鬼一に嫌われたいわけじゃない。

 だから、帰ってきたら笑顔で迎えてやろう。そう思って、心を落ち着かせて鬼一を迎える準備をしていた。

 していたのだが……。

 

☆ ☆ ☆


 まあ、そこから先はいつもどおりだった。

 私は窓から普通に見ていたつもりだったが、鬼一は私を怖がってなかなか入ってこなかったし、私も散々に嫌味を言って虐めてしまった。

 でも、私に気を遣ってくれたのか、今まで買ったこともないようなお菓子を買ってきたし、珍しく私の好きな小説の話を始めた時には少しばかり驚いた。

 まあ、センスからしてお菓子はあの女に選んでもらったのだろうが……。

 小説の方は私の機嫌を取ろうとしたのか、それとも本当に興味を持ち始めたのかはわからない。

 でも、それは幼い頃から私が怒ると、自分が悪くなくとも申し訳なさそうな顔をして謝る、いつもの鬼一だった。

 もっとも、お菓子は結局珠魅たちに全部食べられてしまったんだけど……。

 仕方ないか。あの子たちを怖がらせてしまったお詫びってことで、今回は譲っておこう。

 夕飯は結局、野菜のほとんど入っていないカレーになってしまったが、珠魅たちは大喜びでむしろラッキーだったようだ。まあ、鬼一も昔からカレーは好物だったし、結果オーライだろう。

 でも……。

 

「フフ……」


 思い出すと、顔がニヤけてくる。

 本当に……、本当にわずかなことだが、最後の最後にちょっとだけ告白まがいのことをして鬼一を困らせてやった。

 顔を真っ赤にして、驚いたような照れたような、なんとも言えない表情……。最近ちょっとばかり落ちこんでいた私だが、一矢報いてやった。今はそんな爽快感がある。

 それに、あの時の鬼一は確かに体を縮めて、私の顔が届くようにしてくれた。それはまるで、その後のキスを受け入れるかのように……。

 もしもあの時、本当にキスをしていたらどうなっていたんだろう……。少なくとも鬼一は、私を受け入れてくれるつもりだった……と思う。

 でも……、そうはしなかった。なぜなら、私だって夢見る女の子なのだ。初めてのキスは恋愛小説のように男の子から甘く告白され、リードされたい。

 でも……、いいんだ。少なくとも鬼一は、私を女の子として意識してる……、いや、意識し始めたってのがわかったから。

 それに……、そんな鬼一の表情を見て思ったんだ。

 

『ああ、変わったように見えるけど、鬼一はやっぱり鬼一のままなんだ』って。

 

 だから雪姉には悪いが、まだまだあの助言は参考にできそうにない。我がままかもしれないけど、私はやっぱりお姫様のようにリードされてみたい。

 じれったいかもしれないけど、もうしばらくは私なりの方法でいかせてもらうとしよう。

雪姉の男を誑し込むテクニック。秘密子にはなんの参考にもなりませんでした。次回からは少し長編になります。開始直後から存在を匂わせていた、わかる人にはわかる、わからない人には全くわからない伝説の二人の登場。黒狼探偵社編のスタートです。

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