16 か〇かい上手の澄麗さん? からかい3
「あ~、どうすっかなぁ……」
その日の夕方、俺は施設へと入る門の前をウロウロしていた。そうこうしているうちに、すでに30分は経っているだろうか。
ハタから見れば不審者か、デカい図体と相まって、動物園の檻の中を動き回る熊のようだっただろう。
勝手知ったる我が家のようなものなんだし、さっさと入ればいいと思うだろう。だが、そうできない理由、それは……。
俺の体は、さっきからひしひしと伝わる殺気を感じていた。おそらくだが、あの細く開いた窓の向こう、その先にヤツはいる!
もったいをつけてみたが、早い話が自室からこちらを睨みつけているであろう秘密子にビビッて入れないのだ。
正直このまま帰ってしまおうかとも思ったが、週に一度は顔を出すという約束である。こうなったら、なんとか秘密子に見つからないように潜り込み、チビどもの相手だけして……。
いや、ダメだ。この殺気から見るに、すでに俺の行動はロックオンされている。それに、チビどもが大騒ぎすれば俺の存在など一瞬でバレる。
「あ~!キーチにーちゃんだ。おかえりー」
「ヒミコねーちゃ~ん。にーちゃんかえってきたよ!」
「おっ、お前ら!?ちょっと静かにしろ。頼むから秘密子を呼ぶな!」
「にししし。キーチにーちゃんったら、さみしくてあいにきたんだね。も~、アタシったらつみなオンナだなぁ」
「なにこれ?うわ~、おかしだぁ!すっごいきれいだよ!ありがとにーちゃん」
「あ、こら!おい、それは秘密子に……って、騒ぐんじゃねーよ!」
そんな俺の苦悩も知らずか、チビどもに見つかり、抵抗虚しくあっさりと建物の中へと引っ張り込まれることとなったのだった。
秘密子のご機嫌取り用に、澄麗さんに頼み込んで選んでもらった女子受け間違いなしという土産も、あっさりと奪われて……。
☆ ☆ ☆
それから10分後、俺は自室の椅子にふんぞり返る魔王の前で正座をしていた。
俺の名誉のためにも言っておくが、この正座は強制されたものではなく、あくまで自主的にしたものだ。けっして魔王……じゃなくて秘密子が怖いからではなく、俺の誠意を見せるためのものだ。
…………。いや、やめておこう。今さら何を言っても無駄な気もするし……。
「これはきいちさん。ひるまはおたのしみでしたね」
「いっ、いや、違うぞ。あの人はなんというか……。そう、人をからかうのが大好きなんだ!今日のことも詳しくは言えないが、この前ちょっとあの人たちを助けたというか……。とにかくそのお礼に奢ってもらったってだけで、深い意味は全くもって、これっぽっちも欠片もわずかも1ミリたりともないんだ!」
「それはそれは。ひるまはたすけたおひめさまとおたのしみでしたね」
「だ、だから、それはだな……」
「ひとばん10ゴールドになります。ふたりで20ゴールドです。おとまりになりますか?」
「…………。泊まらねえよ。そもそもあの人はお姫様っつーより、中ボスみたいなもんだけどな……」
「中ボスはなかまになりたそうにこちらをみている。なかまにしてあげますか?」
「そ、そりゃあ仲間外れってのもアレだし、戦力的にはかなりの役に立つとは思うけど……。でも、澄麗さんの場合は味方にも深刻なダメージを与えそうだし、状況によっては呪いの装備の可能性だって……って、そうじゃねえよ!」
無表情のまま、抑揚のない、まるでどこかのRPGに出てくる、NPCのようなセリフを繰り返す秘密子に若干の恐怖を覚えながらも、言い訳を繰り返す。
だが、そもそも俺にやましいことなど何もないんだし、あまりのしつこさにだんだんと腹も立ってくる。
『たとえそうだとしても、俺が誰と付き合おうと関係ねえだろ!俺の女みてぇなツラしてんじゃねえよ!なんだよ、もしかしてお前、俺に惚れてんのか!?』
キレた俺は思い切り叫んだ。もちろん脳内で……。
当然現実でそんなことを言えるはずもなく、俺はひたすら秘密子のご機嫌を伺うのだった。
「そっ、それよりほら、この菓子見てみろよ。スゲーお洒落で美味そうだろ?女の子たちの間で大人気らしいぜ」
「ふ~ん……。とてもじゃないが、鬼一のセンスで選んだものとは思えませんね。デートのお土産に彼女が持たせてくれたんですか?」
「ぐっ……。そっ、それよりもさ、秘密子は何をしに出かけてたんだよ」
「これはこれは。昼間っから美女といかがわしいホテルに行くほど充実した人生を送っていらっしゃる鬼一様が、僕のようなボッチの行動を気にかけてくださるとはね。ありがたさで涙が出ますよ」
「ごっ、誤解だって言ってんだろうが。あの人はあくまで、俺にお礼をしてくれただけだ」
「ねーねー。いわかがしいポテトってなにー?おいしいのー?」
「お前らは後で遊んでやるから、あっち行って菓子でも食ってろ。つーか、秘密子の分は残しとけよ」
「ふ~んだ!キーチにーちゃんのケチーッ。せくはらおとこ~」
猫の尻尾が生えた尻を軽く叩いてやると、チビどもは渋々ながらも去っていく。つーか、ろくでもない言葉を教え込んでるのは、ぜってー秘密子だろ。
いや、その手の話を教え込むのは『雪姉』って可能性もあるか。なんせあの人、無駄にエロ……、じゃなくて、色気があるしな。
だが、まとわりつくチビどもを追い払いう頃には、秘密子も少しばかり落ち着いてきたようだ。
「フン!俺様は買い物に出かけただけだ。それがまさか、あんな不快なものを見るとはな。義理の姉同然の人とホ……、ホテ……あ、あんなトコに行くなんてイヤらしい!せっかくの楽しい気分が台無しだぜ」
というか、落ち着きすぎて地が出ている。
「だから誤解だって。あの人は悪戯好きなんだよ。お前の姿を見て、ちょっと勘違いしてからかっただけさ」
「なんの勘違いだってんだよ」
「それは、俺とお前がだな……。あ、いや……」
「僕と鬼一がなんなのさ?」
「…………。そっ、そんなことより、今日はお前の好きな作家の新刊の発売日だったよな。もしかして、それで街まで出てたのか?」
秘密子の言葉で、華澄さんから聞いたことを思い出す。そういえば、今日新刊が発売されるって言ってたっけ。
「フン……。鬼一のくせに、よく知ってるじゃないか」
「い、いや、俺も最近読書に興味を持ってな。お前が絶賛してたし、面白そうだと思ってちょっと調べてみたんだよ」
「ふ~ん……。まあ、目の付け所はいいと言っておこうか。あの作家の作品は、流行りに乗った似たり寄ったりのモノとは違うし、特に登場人物の内面の描写が素晴らしいからね。作家の詳細は明かされていないし、名前からは男女どちらともとれる。ただ、僕は女性ではないかとにらんでいるんだ。あの繊細な心理描写は、やはり男には表現できないものだと思うから。特に鬼一のような、ガサツな男にはね。それに……」
なんとなく気恥ずかしくて、澄麗さんの勘違いをうやむやにしようと咄嗟に思いついた話題だった。しかしながら、小説の話は秘密子の琴線に触れたようだ。
やはり、好きなものには饒舌になるのだろう。それからしばらく、秘密子の本に対する熱い独演会は続いた。だが、おかげで機嫌も直ってきたようだし、澄麗さんとの件もうやむやになったようだ。
しかし……。
「へ、へ~……。作者のことはよくわかってないのか……」
「ああ。本人も、表舞台に出る職業でないというのは理解しているんだろう。そういうところも好感が持てるし、文章から見るに、子供っぽさは感じないが今風の感覚も持っている。僕の予想では、奥ゆかしい文学好きな淑女とみた。歳は……、そうだな。20台後半から、30台中盤というところだろうね」
「な、なるほどなぁ。文章からそこまで読み取るなんて、さすがだな」
秘密子の予想はいい線いっているが、結構美化されている。というか、作者に対して憧れの念すら持っているようだ。
俺は華澄さんに対する秘密子の態度を思い浮かべる。だが、頭に浮かぶのは敵対心剥き出しの姿だけだ。
ここで正体をバラすのは簡単だが、作者が華澄さんと知ったところで、あの態度が簡単に変わるとは思えない。
むしろ、華澄さんの読者が一人減り、秘密子の大好きな作品が一つ無くなるという、どちらにとっても悲しい結末しか想像できない。
結局俺は、どちらも不幸にならない道を選ぶ。
早い話が、何も知らないフリをしたってことだ。身も蓋もない言い方をすれば、日和ったとも言えるが……。
「しかし意外だったな。鬼一が小説に興味を持つとはね。てっきり、あの脳筋馬鹿の赤神君と同類だと思ってたのに」
「脳筋馬鹿って……。お前、あいつの前でそんなこと言うなよ。たぶん滅茶苦茶傷付くと思うから」
「わかってるよ。僕の外面の良さを甘く見ないでほしいな。学校でだって、うまくやってるだろう?」
「そのとおりだけど、自分で言うなよ……」
亮太には悪いが、他人をけなすことで秘密子のご機嫌が直ったのなら良しとしよう。感謝の気持ちとして、今度ジュースでも奢ってやるか。
「とにかく、あの子たちも鬼一が帰ってくるのを、首を長くして待ってたんだ。今日はしっかり遊んでやりなよ。ご飯も食べていくんだろ?」
「ああ。ちょっとばかり遅くなっちまったし、そのつもりだ」
「そうそう、今日のお風呂は鬼一に譲るから、一緒に入ってやってくれ」
「譲るって……。押し付けるんじゃなくてか?物は言いようだよな。へいへい。んじゃ、風呂前にあいつらと一汗かいてくるかな」
☆ ☆ ☆
「にししし。どうよキーチにーちゃん、アタシのぷろぽーしょんは。もうアタシのみりょくにメロメロっしょ?」
「ああ、お前らの体を見てると安心するよ。そのぺったんこで、なんの色気も感じない寸胴の幼児体形にな」
「にゃっ!?れでぃにたいしてなんてことゆーの!にーちゃんのばかーっ!」
「誰がレディだ。20年早ぇよ」
「そーだよ。ゆきねーちゃんのほうが、おっぱいおっきいよ!」
「んにゃっ!?カイくんのばかー!せくはらおとこー!カイくんだって、おちんちんちっちゃいくせに!」
「こらこら、喧嘩すんじゃねえよ。それに、まだ小ぃせえのは当たり前だ。二人ともそのうち大っきくなると思うから心配すんな」
「ホント!?にしし。やっぱりアタシは、もっとせくしーになっちゃうんだね」
「まあ、胸に関しちゃ秘密子の例もあるし、保証はできんがな……」
頭と腰に手をやり、セクシーポーズ?をとるチビどもだったが、どう見ても幼稚園のお遊戯にしか見えない。
もっとも、それはそれで美澄ちゃんで女児不信?になった俺の心を癒してくれるには、十分に可愛らしい態度ではあったが。
「ほれ、いつまでも遊んでないで頭洗うぞ。どうせ一人じゃできないんだろ?」
「う……。そ、そんなことないもん!ちゃんとひとりでできるもん!」
「ほう……。んじゃお前は、放っておいて大丈夫だな」
「わたしはできないから、キーチにーちゃんあらって」
「ぼくもあらえなーい」
「ぼくも!」
「うぅ……。みんなずるい!アタシだってできないもん。キーチにーちゃんあらって!」
「へいへい。んじゃ順番な。風邪ひくから、番が来るまで湯船に入ってろ」
俺がここを出て円城家にお世話になってから、それほどは経っていないはずだ。だが、チビどもとのいつものやり取りも、随分と懐かしく感じる。
そんなにぎやかなやり取りをしていると、夜はあっという間に更けて行った。
麗……編?主役が全く登場していませんが、次で終了です。次回、秘密子さんついに動く!?幼馴染はラブコメの王道ですよね。




