つんつん星
企画、ひだまり童話館「つんつんな話」参加作品です。
おいらの家族は父ちゃんの転勤で引っ越しをすることになった。
引っ越しは初めてだからちょっとワクワクしつつも、今までずっと住んでいたところを離れて友だちとさよならしなければならないのはとても寂しかった。でもそんなこと言ってられない。
気が付けば、最初の目的地に到着した。
「ここが新しいお家ね。小さくてかわいいお家じゃない」
母ちゃんがさっそく扉を開けて荷物を運び入れながらルンルンしている。
「お、なんだここは、なるほど入口で靴を脱ぐのか。おい、ドニ、靴を脱ぐんだぞ」
「うん、わかってるよ父ちゃん」
靴を脱ぐところは玄関だって、ちゃんと予習してきたから大丈夫だ。
荷物を家に運び入れると、父ちゃんが家族を集合させた。
「さてこれから半年間、このつんつん星に滞在するわけだが、まず気を付けなければならないことは」
「つんつん星の人間に宇宙人だってバレないように、だろ?」
ほんと、そんなの常識だし、そのために厳しい訓練もしてきたんだ。今更そんなこと言わなくたって大丈夫だってのに。父ちゃんは心配性なんだ。
「よし、大丈夫だな。それからもうひとつ、このつんつん星に来た目的を忘れるんじゃないぞ」
「わかってるよ。たくさんつんつんしてもらえってことだろ?」
おいらは自慢のぼよんとした可愛いお腹をさすりながら答えた。このつんつん星で、この立派なお腹をなくさなけりゃならないなんて、ちょっと、いや、かなり寂しい。あったかくて柔らかくて最高のお腹なのにな。
「その通り。もし半年で目標の腹にならなかったら、父ちゃんは先に行くからな」
「えっ、なにそれ、置いてかれるってこと?」
「その通りだ。父ちゃんだって向こうのガリガリ星で仕事が待ってるんだ。半年以上は無理だ。その時はお前を置いていくからな」
「げげー、わかったよぉ」
ということで、おいらたちはこのつんつん星に半年間住むことになった。
次の日、おいらは学校へ行った。
「転入生のドニ・ベルナール君だ。仲良くするように」
「どうも、ドニです。フランスから来ました、よろしくお願いします」(※宇宙人だとバレないようにフランス人だということにした。これなら少しくらいトンチンカンなことを言っても大丈夫さ)
自己紹介すると思った通り、クラスの子どもたちはものすごい反応を見せた。ギャーギャーと大騒ぎしている言葉の中には、おいらが“外人”つまりフランス人だという驚きと“すっげえデブ”という驚きがごちゃまぜになっているようだった。
うん、良いんだ、それで。
逆にシーンと静かになられても困るからな。
「ドニ君、教科書見せてあげるね」
授業が始まると、隣の席の女の子が机を少し寄せてきた。
うわっ、か、可愛い! 目がアーモンドみたいにきゅるんってしてて、ほっぺが柔らかそうなのに顔が小さい。可愛いぞ、可愛いぞ。
授業そっちのけで隣の席の子を見っぱなしだった。いやあ、良い席だ。うん、最高だ。
しかし次の時間は違った……
「ほら走れー!」
広い校庭に集合したと思ったら、体育の授業の始まりに校庭を走るとは。えっ、自分の足で走るの? やったことないんだけど!? てか、この巨体に走れるはずないじゃん!
「ドニ君ー、頑張れ~」
みんなが優しい声で応援してくれるけど……つ、つらいっ!
走ると体中の肉がぼよんぼよよんと縦揺れ横揺れをして、まっすぐ走れない。
「ひい、ふう、ふう、ふう」
声も出ない……
「あと半分っ!」「頑張れ~!」
みんなが応援してくれるけど、まだ半分!? もうやだよー!
やっとのことで校庭一周走り終えると、みんなが拍手して迎えてくれた。
拍手って……恥ずかしいぞ。そうか、これがつんつん攻撃だな。
と思ったら違った。つんつん攻撃はもっとすごい威力だった。
「お前デブだもんな」「走ったことねえのか?」「一歩走るだけでドスドスすげえ音したぞ」
彼らの感想がつんつんとおいらの脂肪をつつく。
「頑張ったね!」
隣の席のあの可愛い子、つまり天野さんがきゅるんとした瞳で微笑んでくれた。ずっぎゅーん! すごい威力だ。この瞳で見られたら、おいらすぐガリガリ星に行けるくらい痩せられる、うん。
しかしそれだけじゃない。物理的にも体育は続く。この後おいらがどれだけ地獄を見たか……多くは語るまい。
体育が終わって、その後は国語とか算数とか楽しかった。
しかし最大の地獄はここから始まった。
「しせいを正して」
「「いただきます!」」
給食だ~♡
3時間目くらいからいい匂いがしてたんだよ。つんつん星の小学校は給食があるって聞いていたけど、こんなに美味しそうとは期待していなかった。
変な白い帽子と白い服を着たクラスメイトが配膳をしてくれて、おいらの机にもほかほかの給食がやってきた。机を動かして、おいらの目の前にはあのきゅるるんお目目の天野さんがいて、マジ天国。
しかーし!
少なくね?
お盆の上にはご飯が一杯。おかずが一皿。スープが一皿。みかんが一個と牛乳……
ペロリとたいらげると、天野さんがけたけた笑ってる。うひ、かっわいい~! じゃないよ! 足りないよ!
「ドニ君、食べるのはやーい」
「お、さすがデブ!」
天野さん以外のクラスメイトの言葉がつんつんおいらの腹を突っつくが、それを跳ね返す勢いで腹が減っている。こんなもんで足りるかい!
ひもじい腹をさすっていると、先生が気づいてくれた。
「おかわり欲しいヤツいるか~?」
いるに決まっとる! 意気揚々と手をあげたら、意外にも他の男子も半数くらいは手をあげていた。なーんだ、おいらだけじゃないじゃん。
手をあげたらおかわりがもらえるらしい……と思ったら大間違いだった!
「よし、じゃあ、おかわりじゃんけんするから出てこい」
おかわりじゃんけん、とな?
それはいったい何でっしゃろ?
とりあえず先生のそばへ集まると、おかわり欲しい男子が一斉に「じゃんけんぽい!」と気合とともに右手を出した。え、え?
「はい、ドニ負け~」
え?
よくわからずに、手を出したらいつの間にか負け判定を受けていた。
負けってことは、おかわりがもらえない? そ、そんなあああー!
「絶望だあー、うわあああー」
「わはははは!」「なにも泣かなくても!」「デブなんだから我慢しろ!」「あっはっは、かわいそ~」
頭に手を当てて大声を出したら、クラス中に大笑いされた。笑い事じゃねえー!
しかし仕方がない。これはこのクラスのルールだ。おかわりじゃんけんで負けたらおかわりはもらえない。それは理解した。
頭では理解したが、腹は理解できない状況にある。
おいらの腹はギューギューと変な音を発している。この音を聞くだけでさらに腹が減る気がする。うわ、ダメだ。めまいまでしてきた(気がする)。
と、そこへ前に座っていた天野さんが立ち上がって、おいらのお皿にご飯とおかずを入れてくれた。
「食べてくれる?」
「え、良いの?」
大声を出しそうになると、天野さんは人差し指でシーって言ってすぐに自分の席に戻った。それから手を伸ばしてみかんもくれた。
「あ、ありがとう」
「ううん。わたしいつも食べきれないから、先生にないしょね」
はああー、天使! マジ、天使にしか見えん。
まだかなり腹はひもじかったが、胸が一杯になったよ。ありがとう、天野さん!
学校が終わるとおいらは大急ぎで家に帰って、おやつを食いまくった。
おかげで、つんつん星に来てから半年が経っても、来たばかりの頃よりは痩せたものの、ガリガリ星へ行けるほどには痩せていなかった。
「困ったことだが、ドニをここへ置いて行くしかない」
ガリガリ星へ転勤が決まっている父ちゃんは、がっかりとうなだれながら苦渋の決断とやらをしているところ。
「うん、大丈夫。おいら一人で待ってるよ」
「心配だわ」
母ちゃんも寂しそうだけど、おいらはまだこのつんつん星にいられることになって嬉しかった。生活は大丈夫。宇宙人便利グッズもあるから、なんとかなるさ。
それより天野さんと同じクラスで勉強できるほうがずっと有意義さ。
「じゃあ、2年間良い子で待ってるんだぞ」
「うん、父ちゃん母ちゃんも頑張ってね」
「デブデブ星に戻る時に寄るからな、そこで合流だ」
「わかった」
「リハビリはアメリカ経由よ」
アメリカで元のマシュマロボディになるまで2年間。それまでおいらは天野さんに優しくつんつんされる生活を謳歌する。