No.01 白の空間
白の空間。
目を覚ました時に得られた情報はこれだけだった。
『白色』ではなく『白』。
白く塗られた壁があるわけでもなく、ただ白い空間があるだけ。
上も下も延々と白が続き、境界線も見えない。
記憶が混濁しているせいか、頭の中も同じく真っ白だ。
その空間に慣れてくるとようやく自分の状態に意識が向く。
まず地面に足がついている感覚はある。
が、地面と呼べるものは見えない。浮いているようにしか見えないのだ。
呼吸もできる。
触った感覚もある。
声も出る。
身体に異常はないようだ。
――じゃあなぜこんなところにいるのだろうか。
気持ちを落ち着かせて記憶にあるものを呼び起こしていく。
今日は、数理物理学の授業を受けていた。
それで――。
次に、飲みに誘われて、他のやつらも誘ってお店に向かったんだよな。
そして――
そうだ。その道中、急に息が出来なくなってどんどん意識が薄れていって、気が付いたらここにいた。
流れはこんな感じだったな。
記憶は残っている、のか。
でも状況が全く分からない。
なんで今は何ともないんだろうか。
ここは結局どこなのだろう。さすがに病院という感じでもないしな。
しかも風はないけど感覚としては建物の外だ。
障害物も無くどこを向いても何もないのは確認できる。
周囲の確認はしたいが、動き回って面倒なことになるのはごめんだ。
まずは自分のいるところだけでも確認するか。
足元に罠のようなものがないか確認していく。
「いやぁ、ごめんごめん。来るのが遅くなっちゃった」
後ろから声が聞こえた。
近づいてくる音も気配もなく突然現れた。
「……なになに、なんでそんな怖い顔してるの? なんで睨んでくるのさ」
「こんな意味の分からない場所に連れてこられて、突然後ろに現れたら警戒するのは当然では?」
咄嗟に身体が反応した。
そりゃそうだろう。
街中で知らない人に声を掛けられるのよりも心臓に悪い。
「だからごめんって。ほら、僕は君に対して害意はないよ」
両腕を上げ、くるくる回って証明しようとしている。
確かに着ている服に何かを隠すようなところも無い。
服の膨らみもいたって普通。まぁ、一般人の俺が隠された武器をすぐに見分けられるわけも無いんだが。
「……わかりました。この状態でこのまま敵対してもこちらにメリットはないですし」
「物分かりがよくて助かるよ! では、そろそろお話しをしようか」
お互いの意思確認が出来たところで話が進む。
謎の男が空中で何かをすると椅子と机、それにお茶が出てきた。
「今のは気にしないでくれ。まずは自己紹介だね。僕は、えぇっと、自称・神様、とでも名乗っておくよ」
なにその適当感。
いや、この空間だから説得力はあるんだけどね。
「ん。で、君の名前は何というのかな? 神様だから聞かなくてもわかるけど、こういうのはさ、仲良くなるための前段階みたいなものじゃん。ね?」
「ね、じゃないんですが。――はぁ、改めまして、僕は水無月璃或。気が付いたらここにいました。よろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
なんだろう、調子がどうもつかめない……
言動も挙動もふわふわして落ち着きがないように感じるのに、時折まともな部分が顔を出してくる。
この人が営業とかしたら成績はいいのかもしれないな。
と、適当なことを考えて気持ちをいったんリセットする。
「まず、君に伝えなければならないことがあります。それはっ!!」
「……それは?」
「うちの部下が操作を誤って、君を勝手に死なせてしまいました! ごーめんねっ!」
――はぁい?
目の前にいるこいつは何を言っているのだ。操作ミス? 死なせちゃった?
まさかここは夢の世界か?
それともこいつが寝ぼけているだけか?
突っ込みも理解もまったく追いつかない。
追いつかないが何か引っかかる。
――ここは、ゲームの世界か……?
「おや、その様子だと薄々気が付いてきた感じかな? まぁ、補足をするとここはゲームの世界ではなく現実の世界だ。ただし、『君たちにとっては』だけどね」
――『シミュレーション仮説』。または、『シミュレーテッド・リアリティ』。
この世界がシミュレーションによって作られた仮想現実であるという考え方だ。
その単語が頭の中に自然と出てきた。
そういえば、ここに来る前の授業でその内容をやっていたな。
似たようなものに『バーチャル・リアリティ』がある。
それは仮想現実であると認識できる状態の技術の名称だ。
内部にいる人間は現実か仮想現実かはしっかりと把握している。
しかし、今回の状況はV Rではない。
仮想現実かどうかなんて判別がつかない。
判別はつかないのだ。
なのに、なのにその考え方がピッタリとハマる感じがする。
まさしく自分の今までと同じくパズルのピースよりも細かい何かが気持ちよくハマったかのように。
「あっはっは。君、面白いね」
どこがだよ。
「じゃあ答え合わせといこうか」
そういうと、ずっと漂っていたふわふわした雰囲気が一瞬にして消えた。
そして、ビジネスモードよろしく真剣な雰囲気があたりを包んでいた。
主人公の名前がやっと出ました……
深刻そうに見えますが、楽しい作品にしようと考えていますのでこれからもどうか気楽に読んでくださいなっ!