聖女とお別れ
「おねえさん、ありがとう! バイバイ!」
にっこり笑ったたっくんとお母さん、それから鯉のぼりが離れていく。二人の背中を見送っていると、鯉のぼりの青い尾が不自然なくらいぴょこんと揺れた。
「ママ、たっくんのこいのぼりにお花がついてるよ!」
たっくんの声に視線を向けると、ひらひら揺れる吹き流しに今までなかったはずの花の模様が浮かんでいる。まるで花の家紋みたい。
「あら本当ね。落ちたときに付いたのかしら……?」
「ママ、お花かわいいねー」
「そうね。お花かわいいわね」
「うん!」
その会話を最後に、翌日からたっくんの鯉のぼりは飾られなくなり、三人に会うことはできなくなった。あまりに実感がわかなくて、ノワル、ロズ、ラピスと過ごした異世界の出来事が夢だったと言われ方が信じられるくらい。
それでも、私の左手の小指には三人との絆を結ぶ模様が残っていて。黒、赤、青色の鯉のぼりのウロコ模様が現実に起こったことだと告げていた。
◇◇◇
三人のいない日常が戻って、まもなく一年が経とうとしている。異世界から戻ったばかりの頃は三人にすぐ会えると信じていたけれど。
「……やっぱり違う道で行こう」
もうすぐ子どもの日がやって来る。たっくんの鯉のぼりは早くからベランダに飾られるので、会いに行こうと思えばすぐに行ける。でも、どうしても勇気が出なくて足が向かない。
会えるという言葉を支えに過ごしていたけれど、一年という時間は私の心をゆっくり不安に染めていた。
もし登龍門の守り人の提案を受け入れていたら?
もし異世界に留まったままだったら?
三人に会えない寂しさや悲しみで、私に都合のいい『もしも』ばかりが頭をよぎる。その度に、慌てて首を横に振って否定してきた。
「今日は子どもの日かあ……」
結局ぐずぐずするばかりで一度もノワル、ロズ、ラピスの鯉のぼりに会いに行けないまま子どもの日になっていた。
今まで、たっくんの鯉のぼりは子どもの日を過ぎても飾られている。でも、もし今年は違って早く片付けてしまったら、また一年会うことができなくなる。
たっくんの鯉のぼりが元気よく泳ぐのを見るが怖い。三人の鯉のぼりを見たら、どんな気持ちがあふれてしまうのか分からなくて、すごく怖いと思う。
それでも、やっぱり会いたい。
たっくんに嫉妬してしまうかもしれない。嫌な自分になるかもしれない。でも、このまま会えなくなるのは、もっと嫌。勇気のない自分が一番嫌で気づいたら走り出していた。次の角を右へ曲がれば、たっくんのアパートが見える。立ち止まって深呼吸をひとつ。
「……っ」
鯉のぼりを見た途端に涙がせり上がって、あっという間に涙腺が決壊した。
「ノワル……ロズ……ラピス……会いたいよ……っ!」
次から次に涙が落ちてきて止まらない。前がにじんで鯉のぼりが見えなくなってしまう。あふれる涙を拭った途端に小指から光がきらきらと煌めきはじめた──
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