聖女と鯉
そうそうと水の流れる音がする。登龍門の手前にあるなだらかな流れのところにやってきた。
「花恋様は初めて鯉になるから、少し泳いで慣れたら出発しよう」
「う、うん……だ、大丈夫かな……? 私、泳ぐのはそんなに得意じゃないよ」
改めて川の前に立つと、登龍門の急流を思い出し、緊張で心臓が飛び出してきそう。水泳なんて体育の授業でしか習っていないので不安になってきた。
「大丈夫だよ。鯉になれば泳げるようになるし、俺たちが花恋様の前後と横で泳いでサポートするから」
「本当に本当……?」
「本当に本当だよ。俺たちと花恋様と繋がってるのを覚えてるかな?」
ノワルがにっこり笑いながら小指を立てて、黒色の波模様を見せる。
「あっ! うん……っ!」
「花恋様と俺たちは魔力の糸で結びついているから絶対に離れない。それに俺たちが鯉になった花恋様を魔力の膜で覆うから、急流を感じることはないよ」
小指の鯉のぼりのウロコの模様に視線を落とす。私と三人を結びつける黒、赤、青色のウロコ模様をそっと指で撫でる。キスをする度に光る小指は、みんなと繋がっているんだなあと改めて思う。
「安心したかな?」
「うん! ありがとう……っ」
とても愛おしくて、大切で、小指のウロコ模様にキスを落とせば、きらきらと金色に煌めいた。
「かれんさまー、そろそろしゅっぱつするのー!」
待ちくたびれたラピスにぎゅううと抱きつかれる。くるんくるんの髪の毛を撫でると嬉しそうにへにゃりと笑う。はあ、きゅんです。かわいい選手権があったら優勝しかしない。
「うん、そうだね」
「ぼくのこいはーかっこいいなのよー」
「そうなんだ!」
「そうなのーみるなのー!」
かわいい両手に頬っぺたをムニっと挟まれて、ちゅう、とキスされた。ラピスはもう変身するのにキスは必要ないけれど、かわいい天使からのキスはいつだって大歓迎。
──ぽんっ
ラピスの変身する音が聞こえたと思ったら、川に一匹の鯉が飛び込んだ。まぶしいくらいに真っ白な鯉は、ラピスの瞳と同じ青い模様をしている。
「わあああ! ラピス、すごく綺麗だね……っ!」
鯉のラピスが楽しそうに泳ぎまわるのを見つめる。どうしよう、ラピスは鯉になってもかわいい……!
「カレン様、わたしたちは九紋龍と呼ばれる錦鯉です」
「そうなんだ! 鯉の名前にも龍がついてるんだね」
「ええ。雲が体中から自在に湧き昇ったような模様をしているので、龍が雲となって空に登る伝説から九紋龍と名付けられています」
「みんなにぴったりな鯉なんだね。ずっと見ていられる……っ」
ロズの説明を聞いて、大きく頷いた。
「錦鯉は、世界中で愛されていますからね。美しい模様は、着物を纏ったかのような美しい色合いですし、同じ種類の鯉であっても同じ模様のものはいないのですよ」
「そうなんだ……っ?! じゃあどこで泳いでいてもラピスだって分かるね」
錦鯉は模様が美しく、人気があることを知っていたけれど、同じ模様がないなんて知らなかった。ラピス鯉は、異世界も含めて一匹しかいないなんて素敵すぎる。
「ラピスは青いけど、ロズはやっぱり模様が赤いの?」
「ええ、もちろんです。見たいですか?」
「うん……っ!」」
「それならキスしてください」
「ふえっ?」
変な声が出てしまったのに、ロズは艶やかに口角を上げた。
「キスがないと鯉に変身できません」
「ふええっ?」
「ラピスはよくて、わたしは駄目なのでしょうか?」
真っ赤な瞳に見つめられると目を離せない。ロズの言い方はずるいと思うのに、身体中が熱く火照っていくのがわかる。
「ロズの意地悪……っ」
「好きな子は、いじめたくなるんですよ?」
両手でロズの頬を包んで引き寄せた。綺麗な唇に体温を重ねるようにキスをすれば──…
ロズの瞳と同じ赤い模様をもつ純白の鯉が優雅に川の中を泳いでいた。
ラピスとロズの錦鯉は、鮮やかな色彩を放ち、美しくゆったりと泳ぐその姿はいつまでも見ていられると思った。
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