聖女と夜を越える
思い出のふわとろの鯉のぼりオムライスを食べて、菖蒲湯にのんびり浸かった。
「はあ〜気持ちいい……っ」
コンキチさん達の温泉も竹林の中にあって風情があったけど、やっぱりいつものお風呂はリラックスできる。菖蒲の清廉な香りは、癒されるのに頭の中がすっきりしていく。
「……花恋様に戻っちゃったなあ」
ぽつりとこぼした言葉が浴室に響いた。
初めて会った時は、ベッドに覆い被されてびっくりしたけれど。先ほどは嫌なんてひとつも思わなくて、むしろ『花恋』と呼ばれることに胸が甘く震えた。熱にゆらめく黒い瞳を思い出すと、心が茹だってしまう。
「うう〜〜疲れが取れたらって、すぐだよね……」
私の疲れが取れたら登龍門を昇ると言っていたけど、早ければ明日だろうし、のんびりしても数日だと思う。
鯉が登龍門を昇ることができればどんな願いも叶って、日本に帰ることができる。私だって、家族に会いたいし、友達にも会いたい。それに、たっくんに鯉のぼりは返したい──…
「えっ、待って、それってもう会えないってこと……? 待って待って待って……うそ?!」
当たり前だけどノワルとロズとラピスは鯉のぼり。その鯉のぼりを返してしまったら、三人には会えないってことになってしまう。それは嫌だとはっきり思ってしまった。だって、三人は鯉のぼりだけど、私の聖獣で、私の大切で、私の大好きで。
…………もしかして──
このまま異世界にいれば、ノワル、ロズ、ラピスとずっと一緒にいられるってこと──?
「最低」
湯船の中にぶくぶくと沈み、浮かんでしまったずるい考えを水中で首を振って追い出した。
私、最低だ……。たっくんがどれだけ鯉のぼりを大切にしていたか知ってるのに。
それでも、私の中ですくすく育ってしまった好きは引き返そうにも、もう遅すぎる。とっくに恋に落ちてしまっているのだから、この想いはなかったことにはできない。
私が日本に戻るまでは、たっくんの鯉のぼりじゃなくて、私の聖獣だと思ってもいいかな? ごめんね、たっくん。ちゃんと日本に帰ったら返すから、あと少しだけこのままで。
浴室から上がりタオルドライしただけの髪でノワルの部屋に向かう。扉を開くと、執事服のノワルに胸を撃ち抜かれる。何回見ても、執事服が似合いすぎていて眼福だと思う。
「花恋様、こっちにおいで」
くすくす笑いながら呼ばれてノワルにぎゅっと抱きついた。陽だまりの優しい匂いが大好きで、さらにきつく抱きしめる。
「花恋様、どうしたの?」
「……ううん、なんでもない」
ノワルの手が濡れた髪を梳く。ほわりと温かく感じたと思ったらすっかり髪は乾いていた。
「髪も乾いたし、何を思っているか聞かせて?」
頭をぽんぽんと撫でられて顔を上げると、穏やかに笑うノワルに見つめられている。
「花恋様のことは、なんでも知りたい。好きな子が、辛そうな顔してたら気になるよ。それとも、俺じゃ花恋様の力になれない?」
「そんなわけない……っ」
首をふるふる横に振って否定する。本当はこのまま日本に帰るつもりだったけれど、やっぱり無理だ。右も左も分からない異世界で助けてくれたノワルたちを忘れるなんてできない。
「っ、わ、わたし、私──…」
ひと雫の涙が零れてきたら、もう駄目だった。堰を切ったように涙が流れてくる。お風呂に浸かりながらノワル達と離れるのが嫌だと思ったことや、ずるい自分も全部さらけ出して話した。
「花恋様、いっぱいため込んで辛かったね。もう大丈夫だから。あとは、俺に任せてくれる?」
「ほ、本当……? 信じていいの?」
「うん。本当だよ。信じられない?」
「ううん。信じてる」
あやすように背中を撫でてくれるノワルを見つめれば、甘やかに見つめ返されていて。
「花恋、さっきの続きをしたい」
「……うん」
ノワルの甘い声に自然と返事をしていた。ゆっくりまぶたをとじれば、ノワルの吐息がこぼれる。
「ああ、もう……。本当にかわいいね」
ノワルの甘やかなキスが重なって、二人で新月の夜を越えていく。灯りの消した筈の部屋は、小指から煌めくピンク色の光りが消えないままだった──
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